秋予選編も後2話で終わりなので、この勢いで投稿します。
今回は少し短いですが、ナツキの過去を見届けてあげてください。
夕日に照らされながら、俺は家への道を歩いていた。
カズヤとのファイトは当然負けた。そんな俺に、涼野マサミは一言だけ残した。
「アクセルリンクを持っているとはいえ、力を持たないカズヤに負けているようでは話にならないな。今回の協力、引き受けてもらわなくて正解だったかもしれん」
遠回しに、俺は弱いのだと告げられた。
「……くそ」
俺は、タツヤよりも弱い。それだけが、俺の頭の中を満たしていた。その事実を痛感してはいたが、不思議と恐怖は感じない。
ようやく家に着いた頃には、もう心の奥底にまで傷が広がっていた。
「……ただいま」
「兄さん!よかった。やっと帰ってーー」
「タツヤ。兄さんとファイトしよう。いや、してくれ」
心配してくれたんだな。そう思いながらも、自分の気持ちを前に出す。今だけは、そうさせてほしい。
「頼む……タツヤ」
もう、帰って来てから話を聞くことなど忘れている。ただ、俺は確かめたかった。
「……仕方ないな。いいよ。ファイトしよう」
承諾してくれた。俺はその言葉に感謝し、荷物を片付けた後にファイトを始める。
「じゃあ……行くよ、兄さん」
「あぁ」
俺はファーストヴァンガードを表にする。そしていつものように、アクセルリンクを発動することを……しなかった。
俺は、確かめたかったんだ。俺はまだ、兄でいられるのかを。アクセルリンクを使う、機械的で勝利が確定しているファイトではなく、実力のファイトでタツヤよりも上に立てるのか。
ヴァンガードをしている理由は、それだけなのだ。俺の中では、それが全てなんだ。
だから、もし俺が負けることがあるのなら、その時は……。
「…………」
久しぶりのファイトだった。タツヤとファイトすることも。機械ではない、自分の手でファイトすることも。見えているものが見えなくなり、その分思考を働かせる。
そう考えると、タツヤはすごいよ。敵わない。敵うはずがない。
こんなにも頭を使い、勝利への道筋を組み立てることを、タツヤは平然とやってみせるのだから。
力に頼って、強さを求め、そうすることでしか兄になれないからと浅はかな気持ちで自分らしさを捨てた、タツヤには似合わない兄さん。お前は、気持ちでも俺に勝っているんだ。
すごいんだよ。お前は、本当にすごいんだよ。俺がどれだけ手を伸ばしても、どんな誘惑に負けてしまったとしても、その上を行くのだから。
「行くよ。これで……とどめだ!」
「……ノーガード。ダメージチェック」
恐怖はない。あの時のように、焦りを感じることもない。アクセルリンクの力で、この窮地を脱してやろうとも思わない。
これが、今の俺なんだ。この1枚が、俺が兄としていられるのかどうかを証明づける。
「……トリガーは、ないな」
負けた。ファイトの結果が、俺に見せてくれた。ヴァンガードを始めてからの日々は、刹那の夢物語だったのだと。兄でいられた日々は、悪くはなかった。
唯一兄でいられたヴァンガード。強くいられたヴァンガード。タツヤが、俺を見ていてくれるヴァンガード。
……けど、俺はもう、愚かな姿を見せることでしか兄にはなれない。出来のいいタツヤの兄が、そんなみっともない屑であってはいけない。
「……どうして、泣いているの?」
「え……っ!」
タツヤに言われるまで、気が付かなかった。自然とこぼれた涙だった。その涙が、俺の感情を表に流しだす。
「……すまなかった。本当に、すまなかった!」
「え、ちょ、兄さん!?どういう……」
「……馬鹿だった。ヴァンガードでなら、タツヤの兄さんでいられると思いあがっていた……!そうすることでしか、俺は兄にはなれなかったんだ!」
タツヤに悪い想いをさせてしまったことが、唯一の後悔だった。だが、これからはもう、兄になろうとは思わない。無理だから。
あがいたところで、お前の兄は醜いから。そうしたら、タツヤまで醜く見えてしまうだろう?
俺よりも優れた、誇りある弟がそんな風に見られるのはごめんだ。あのショップでの俺の行いも、タツヤをよく見せないことは確かだ。
だから……。
「……俺はやめる。ヴァンガードを」
「え……?」
ヴァンガードをやめる。そうすれば、もう愚かな自分を見せなくてもいい。最善の選択だ。
このままヴァンガードを続けていたら、またいつか力に頼る日が来るだろう。今はよくても、きっと来る。
タツヤより劣るという事実がある限りは。
大人しく手を引き、ヴァンガードとは無縁の日々を過ごすんだ。元の状態に戻るだけのこと。それで済むのなら、俺は……。
「……何言ってるの、兄さん」
「タツヤ……?」
「ヴァンガードをやめる……?ふざけるな!冗談にしても笑えない!」
タツヤが怒号と共に、俺の胸倉をつかむ。俺はなすすべなく、いつも怒りを見せたことのないタツヤの姿に仰天する。
「ヴァンガードをしている兄さんが、俺にとっての兄さんだって?そんなわけないだろ!なら、今俺の目の前にいる兄さんは一体何なの?決まっている。兄さん以外の何者でもない!」
嘘だ。でっち上げただけの軽い言葉に過ぎない。少なくとも、今までの俺はヴァンガードでしか兄にはなれなかった。
「兄さんは兄さんだ。何をしていようが、そのことに変わりは――」
「黙れよ!」
俺はつかんでいた手を強引に外し、俺を言いくるめようとする甘言を否定する。
「俺は……兄とは違う!何もかもお前に劣り、唯一上でいられたヴァンガードも追い越されて、向き合い方で負けたんだ!」
たまっていた想いをすべて吐き出す。タツヤがいくら言葉を並べても、俺自身が兄だと認められない。
「もう、諦めがついたんだ!惨めな姿を見せられない俺が、タツヤの前に立って歩く兄でいては……お前が惨めだ」
なぜ、俺の方が先に生まれてしまったのか。なぜ、タツヤが兄ではないのか。立場が反転していれば、まさに理想とも呼べる兄弟像が出来上がっていたのに……。
「……兄さんの言う兄さんって何?」
「え……?」
「教えてよ。兄さんの言う、俺にとっての兄さんって……一体どんな人なの?」
投げかけられた質問に、俺はタツヤの顔を見る。その表情を見て、俺は凍り付いた。
「なんで、タツヤが泣くんだ……?」
意味が分からない。どうして、タツヤが泣く必要がある?同情か?だとしたら、そんなものは必要ない。
ほら、笑ってくれ。そんな姿を俺に見せないでくれ。お前に、弱々しい姿は似合わない。だから……。
「…………」
そんな俺の想いに応えることなく、タツヤの目からは涙がこぼれ続けている。向かい合い、その目はまっすぐに俺を捉えている。
「兄さんって、どんな人のことなの……?俺に、教えてくれよ……」
「そ、そんなの……」
涙を拭こうともしないタツヤを見ながら、俺は確信をもって言う。
「……兄は、弟の前に立って先導する……規範のような存在だ。どんなものにしても、手本というのは常に優れていないといけない。汚い手本など、誰も参考にはしない。そうだろう?」
だから、俺は苦しんでいる。兄という立場にいながら、その姿は兄と呼ぶには程遠い。
「だが、俺は手本となるものを何1つ持っていない……。タツヤの方が全てにおいて優れている。劣る俺が手本になっても、それは手本とは言えない……」
「…………」
「ヴァンガードでなら兄でいられると思ったのは、そういうことなんだ。強いから、タツヤの手本でいられる。俺を見てくれる。兄として、そう思っていた。だが、今ではこの有様なんだ。もう手本とも呼べない……ただの機械だ」
これまで悩んで、抱え込んできたことが外に出る。兄になりたいと、そんな浅はかな考えを吐き出して、諦める方向へと後押しする。
「わかっただろう、タツヤ。これが、兄に生まれた者の定めだ!そんな宿命に従えず、愚かな姿を見せるのは嫌なんだ!だから俺は、ヴァンガードをやめるんだ!!」
ヴァンガードは、俺には必要のないもの。それは、これからも変わらない。
「……そうなんだ。兄さんの言う兄さんは、そんな人だったんだ」
「…………」
「だったら悪いけど、俺にはわからない。兄さんの言う兄さんのこと。そんなもの、兄であるために必要なものでも何でもない!」
だが、それでもタツヤは、俺を認めることをしようとはしなかった。
「どうしてだ!?なぜわからない!?俺はお前を、見上げるしかできないんだぞ!?規範のようで、崇高な存在で、俺にないものをすべて持っている憧れなんだ!お前こそ、兄であるべき姿を持っているんだ!なのに……」
「何もわかっていないのは、兄さんの方だ。俺が兄さんに見上げられているだって?そんなわけない。俺はいつだって、兄さんを見上げることしかできない、無力な弟だった!」
無力な、弟?何を言い出すんだ。タツヤが?
「俺、小さいころから運動もできなかった。勉強だって、何もわからなかった」
「お前の、幼いころ……?」
「でもね。そんな俺の目には、兄さんが輝いて見えたんだ。運動もスポーツも、俺よりも上手だったんだ。あの時の俺には、手の届かないことだったんだ」
言われてみれば、そうかもしれない。タツヤがまだ小学生になったばかりの頃は、今のように成績が良くなかった気がする。
「そんな兄さんを、俺は尊敬していた。でも、俺は出来が悪い。周りの人も、注目するのは兄さんだった。長男で、出来がいいから。だから、俺を見てくれる人は誰もいなかった」
「何を言っている……?」
「そんな出来の悪い弟を持って、兄さんは嬉しくないだろうって……思ってたんだよ」
「……っ!?」
「だから、俺は見てほしかったんだ。俺だって、頑張ってるんだって証明したかった。兄さんに褒めてほしくて。見てほしくて。だから今も、勉強もスポーツも頑張ってるんだ」
だから、タツヤはあんなにも優れている……!?すべては、俺がいたから……!?
「でも、ヴァンガードだけはいくら頑張ってもダメだった。あいつ……ヒロムと一緒にいるのは、ヴァンガードについて色々と教えてもらっているからなんだ」
そんな……!それじゃあ、俺が抱いていた気持ちは、タツヤと同じ……!?
なら、俺の感じていた劣等感は、一体何だったんだ……!?
「俺は弟で、兄って立場にいたことがないから、確かなことは言えない。でも、兄であることに優劣は必要なのかな?」
「……そんなの」
「俺が兄さんに対して劣等感を抱き、兄さんが俺に対して劣等感を抱いていたけどさ……それは兄弟であることを決める材料にはならないと思う。どっちが上とかは、別の話だ」
「…………」
「けど、兄弟の関係は永遠に変わらない。俺が今、兄さんより優れているとしても、俺は弟だ。どう頑張っても、俺は兄にはなれない。逆に、兄さんがどれだけ自分を下に見ても、兄に変わりはない。弟にはなれないんだ」
「…………」
「だから……手本だの愚かだの、そんなこと言ってる暇があるんだったら、もっと自分が兄であることを誇ってよ。だって……それだけは、俺がどれだけ願っても届かないものなんだから」
兄であること。それこそが、俺だけの持てる唯一無二のもの。そういうことなのか。
「兄さんは立派な兄だ。それは、これからも変わらない。絶対に」
「…………」
「だから、やめるなんて言わないでよ。俺、兄さんとヴァンガードしたいんだ。そのために、俺は兄さんをヴァンガードに誘ったんだよ。楽しいから」
「ヴァンガードが、楽しい……」
その言葉を聞いて、俺は失いかけていた気持ちを、ようやく取り戻すことができた。そうだ。俺だって最初は、ヴァンガードが楽しかったんだ。
兄であることや、強さにこだわることもあった。それでも、俺の中には、楽しいという想いがあったんだ。
「……そうだな。俺は、自分の兄弟像に縛られていたんだな」
「じ、じゃあ!」
「悪かった。前言撤回しよう。俺はこれからも、ヴァンガードを続けることにする」
それを聞いたタツヤは、自分の事のように喜んだ。それが何だか照れ臭く、強引に話を変える。
「そう言えば、何か話があるって言ってたよな。今からでよかったら、聞いてやるぞ?」
「……ううん。いいよ。兄さんがこうしていてくれるだけで」
「何だそれ。今度は途中で止めないって言ってただろう?」
「あ、あれはなし。それより、大会の事聞かせてよ。兄さん、どうだったの?」
「それは後にしてくれ。それより、ずっとファイトで少し疲れてな……。しばらく横になりたいから、後で声をかけに来てくれないか?」
「わかった。なら、後でたっぷりと話を聞かせてもらうよ」
俺がベッドに横たわるのを見て、タツヤは部屋を出ていった。それを見た俺は、隠してきた感情をさらけ出す。
「……ふっ、く、う……!」
俺はうずくまり、小さく喘ぐ。本当に馬鹿だと、自分は単細胞以下でしかないと、つくづく実感した。
俺は持っていた。最初から、タツヤよりも上であるものを。
兄でいること。それ自体がタツヤが手にできないもの。何も及ばなくても、それだけは決して譲れず、手放すことのできない証。
兄であることを求める必要なんか、どこにもなかった。何かで上に立ち、手本になろうと思うこと自体が間違いだった。何もかもが下だと思い込むことさえも……。
あいつは、本当は弱かったんだ。そんな自分を変え、俺よりも高みに立った。その結果だけで、俺は優劣を決めてしまった。
でも、今なら……あいつみたいに、少しは変わっていけるだろうか?
俺はしばらく泣き続けた。ただうずくまり、涙を流した。そうすることで、過ちを洗い流していくように。
それからの俺は、ヴァンガードに対しても真摯に向き合うようになった。ショップの人たちには謝罪し、今後は同じ素行をしないと約束した。
ファイトも、しばらくはアクセルリンクに頼ることなく行うようになった。最初は鈍った腕を取り戻すのに難儀したが、すぐにショップ大会で優勝するほどに回復させた。
そんなファイトを繰り返すうちに、アクセルリンクを使うだけでは気づけなかったことにも気づくようになった。この場面なら、彼はどうするか。ガードに使うシールドの配分は。
ただ見える景色を辿るのではなく、相手の思考も視野に入れたファイトを行う。それこそが、カズヤとのファイトで足りなかったものなのかもしれない。
だからこそ、もう機械的なファイトを行うことなく、アクセルリンクを使いこなすことができているのだと、勝手に思っている。
それが、今の俺であり……ヴァンガードとの向き合い方だ。
ヴァンガード。それは、兄であることを証明するためのカードゲーム“だった”。けど、今は違う。
偽りの仮面を砕き、本当の姿をさらけ出すことで……確かな絆を生み出すことができるものなのだと……俺は思う。
俺は、タツヤがこのカードゲームを教えてくれたことをいつまでも感謝し続ける。
そして、このカードゲームに出会えたことを……俺は誇りに思っている。