「今日は付き合わせて悪かったな」
「いや、大丈夫だよ。最上君ともいいファイトが出来たし」
「ふっ、あんなインチキファイトにも、賛辞を贈るか」
ホールの入り口付近で待っていたタツヤ君とヒロム君を見つけ、最上君とはここで別れることになる。
二人は気を遣ったのか、先にホールの外で待つと言って出ていった。私はしばらく会えなくなる最上君と、言葉を交わした。
「星野。次に会うときも、俺が勝つ」
「私もだよ。2回も負けているから、このリベンジは果たすよ!」
「リベンジか。機会に恵まれたら、受けてやろう」
その言葉を嬉しく感じながら、私は最上君と固い握手を交わす。再戦の約束を込めた、力強い握手を。
きっとミズキも、こんな気持ちなんだろうと改めて思いながら……。
「では、またな」
「うん。また」
私は、最上君と別の方向へと歩いて行った。
***
「……いや、ちょっと待って」
何かいい感じで別れたけど、よくよく考えたらまずい。最上君はチームメイトを見つけたけど……。
「みんな、どこにいるの?」
ホールの入り口に来るまで、ある程度の場所は通ってきたはずなんだけど。でも、いない。もしかして、先に帰ってしまったのかな……?
「……で、でも待っているって言ってたしね」
スマホにも連絡は来ていないし、まだどこかにはいるはず。だよね、うん……。一応、こっちからかけては見たけど、応答がない。
どうしよう。もうホールに残っているのは、私くらいしかいないんじゃないかな……?不安でしかない。
「いそうな場所と言ったら、後はもうこっちの方の部屋しかないけど……」
私が向かおうとしているのは、ステージに続く通路。決勝戦の時にいた控室も、この先にある。もしかしたら、みんなはそこにいるのかもしれない。
「もう、心細いよ……」
そんな弱音を吐きながら、ステージ近くまで来た時だった。
声が聞こえる。しかも、この声は……。
「佐原君だ」
声は、控室から聞こえてくる。だったらどうして電話に出なかったのか気にはなるけど、これでみんなと合流できる。
意を決して、私は控室の中に。すると、そこで行われていたのは……。
「マジェスティでアタック!スキルで、ブラスター・ブレードとブラスター・ダークをソウルに入れて、パワープラス10000!さらに、ソウルにブラスター・ブレードとブラスター・ダークの両方がいるから、パワープラス2000!クリティカルプラス1!」
「……ロックで盤面封じたのに、使えるリアガードサークルを上手く使って攻撃に転じてくるなんて~!ノーガードしかないっスよ!」
なぜか佐原君と、ナオヤさんがファイトをしている最中だった。いや、もう終わったみたいだけど。
「おっ、遅かったな星野。こっちも心配して……ん?どうして震えているんだ?」
「……電話、したのに。心配するのはこっちなんだけど!?」
「えっ?……あ、本当だわ!ごめんなさい、シオリさん!私たち、気づいていなかったみたいで……」
私の心配と心細さを返してよ……。
「悪かったっス!俺たち、吉崎ナオヤとファイトするのに夢中で……」
「……まぁ、みんなと合流できたからよかったよ。でも、どうしてナオヤさんが?」
そう。この場には、なぜかナオヤさんがいる。てっきり、もう帰ったものかと思っていたけど。
「最初は帰るつもりだったんだけどね。そうしたら、みんなの事を見つけて、声をかけたんだ。そしたら、シオリさんを待っているみたいだったから、その間にファイトでもしないかって提案したんだよ」
「そう言う事だったんだ……」
「これで佐原君とは2回目のファイトなんだけど、みんな強いね。さすが、準優勝しただけあるよ」
世界レベルのファイターに褒められて、みんなも気分がよさそうだ。佐原君は特に、目に見えて調子に乗っているし……。
「それでえっと、どうする?もうシオリさんも来たし、小沢君と森宮さんのファイトが残っているけど……。待たせちゃ迷惑かもしれないよね……?」
あ、そうだったんだ。今も、佐原君は2回目だって言ってたからね。
「私はいいよ、ナオヤさん。私だって待たせてしまったし」
「そうっスよね!シオリさんは、最上ナツキとあんなことやこんなことでもしてたんだろうっスからね!待つのは――」
「す、ストップ佐原君!そんな変な話じゃないよ!?///」
こんな場所で、私だってその……えと……し、しないよ!///もうこの話は終わり!///はい、終了だよ!///
「そ、それにね。みんなにはいい情報を持ってきたから」
「いい情報?」
「うん。実は……」
ちょうど話題を変えるのに都合がよかったので、私はクリスマスカップについて話を切り出す。
優勝すれば優先参加権がもらえる事。個人戦のため、全員が負けるまではチャンスがある事。
私が一通り話を終わらせると、3人は目を輝かせて私を見ていた。ナオヤさんも、その話は知らなかったみたいで、頷いて納得していた。
「す、すごいじゃないっスか!クリスマスに大会!?クリボッチには大助かりっスよ!」
「佐原……お前、クリスマスは一人なのか」
「そ、その反応はまさか……毎年予定は埋まる系っスか」
「普通そうだろ。友達とかと一緒にいたり、な?」
「えぇ。パーティーとかね」
……二人とも、さも当たり前のように言っているけどね?クリスマスには仕方なく一人で過ごさないといけない人がいるんだってことも覚えておいてほしい。
だって私も、数年前は……うん。止めよう。
「あはは……。でも、またとないチャンスだよ!準優勝のみんななら、きっと優勝できる!」
「確かに、最上ナツキは参加はするらしいっスけど、準優勝まで残れば可能性はある……!」
「しかもブロックに分かれるなら、決勝トーナメントまで戦わずに済むかもしれないわね」
「なんか、行けそうな気がしてきたのは俺だけか……?」
いや、みんなそうだよ。完全に自分の力次第だけど、可能性としては十分にある。きっと優先参加権を手にできる。
「……そう言う事なら、やる気出るな。吉崎さん。早速残ってたファイトをお願いしたい」
「いいよ。後、さっきから言ってるけど、僕たち歳は同じなんだから。敬語はいらないよ」
「つい、な。じゃあ、行くぞ!」
クリスマスカップに触発され、気合満タンの小沢君がナオヤさんに挑む。かげろうの退却を活かして、相手の戦力を潰していく小沢君だったが。
「幾年の時を経ても、変わらぬ志がここにある!ライド!アルフレッド・アーリー!!」
「なっ!?マジェスティから、アーリーにライドしただと!?」
「今欲しいのは、共に戦うリアガードだからね。アーリーのスキル!ソウルのブラスター・ブレードをスペリオルコール!そのブラスター・ブレードのスキルでCB2、バーニングホーンを退却!」
機転を利かせたプレイングだ。単に力押しだけじゃないところも、強さの一つなのかもし得ない。
「今のでインターセプトが……。ダメだ、この手札じゃガードしきれない……」
そしてこのプレイングが勝負を決め、小沢君のダメージには6枚のカードが並んだ。
「くっそ……。アルフレッド・アーリーじゃなかったら、まだ勝機はあったんだがな……」
「でも、いいファイトだったよ。かげろうのような退却を得意とするクランには、いつも苦しめられるからね」
太鼓判を貰い、小沢君は満足してデッキを片付ける。そして次にナオヤさんの前に立ったのは。
「最後は私よ。せめて、チームリーダーとして一矢報いるわ」
「僕も負けないよ。よし、行こう!」
森宮さんとナオヤさんのファイト。森宮さんはアクアフォースの連続攻撃で、着実にダメージを与えていく。だが、
「く……マジェスティのパワー上昇がなかったら、もっと楽に攻められるのに……」
「これがマジェスティの特徴だからね。さて、そろそろ決めるよ!」
「えっ!?」
「忘却の彼方、絶望の果て……希望なき世界に生まれる、昏き世界を描き換える光!ライド!エクスカルペイト・ザ・ブラスター!!」
これは痛い。エクスカルペイトは、相手のユニット全てにアタックできる。リアガードをフルに展開している森宮さんの受ける被害は、尋常なものではない。
「エクスカルペイトのスキル。CB3で、相手ユニット全てとアタックする!そのままアタックし、さらにスキル発動!ソウルのブラスター・ブレード以外のカードをドロップ!1枚に突き2000、5枚捨てたから、パワープラス10000!」
「これじゃあ、インターセプトも使えないわね……。ノーガードよ」
やはり、世界で戦うファイターは違う。善戦はしたが、まだ届かない。
「強いわ。完敗よ」
「いや、これでも世界では下の方だよ。努力の必要ありって感じかな」
ナオヤさんですら、まだ世界には遠く及ばないのか。レベルがあまりにも違いすぎる。
「そうだ。せっかくだし、シオリさんも僕とファイトしようよ。またファイトしたいって思ってたんだ」
「おっ、いいじゃないっスか。あの時のファイトが再び見られるってことっスね!」
まさかのファイト勧誘だった。しかも、向こうから。私とファイトするのが、楽しみだとも言ってもらえた。
嬉しいな。世界の実力者に、私の力を認めてもらえたみたいで。思わず頬が緩みそうになる。
当然、私の答えは決まっている。
「……悪いけど、ファイトはいいよ。今は」
この申し出に断ること。それが、私の用意した答え。
「何言っているんだ、星野。せっかくの機会なのに……」
「待って、小沢君。……シオリさん、『今は』って言ったけど……そう言う事なんだね?」
「そうだよ。今はまだ、ダメなんだ」
嬉しいんだ。ナオヤさんに、そう言ってもらえることは。でも、その再戦の舞台はここじゃないはずだから。
こんなところで、再戦の夢を果たしていいはずがない。私が本当に望むナオヤさんとのファイトは、こんな控室でするファイトじゃないから。
「……ごめん。軽率だったね。シオリさんの事、何にも考えていなかった」
「ナオヤさんが謝ることじゃないですよ。これは、私の目標なんですから」
約束した場所は、全国だ。そこに行くことが、私の夢だから。
「……さて、もう僕も時間かな。今日はここまで、だね」
「そうっスか……。何か、これでさよならは悲しいっスね。そう簡単に会えるわけでもないっスし」
「僕も、東海の方に住んでいるからね。今日はこっちの関東の方まで来たけど、いつも来られるわけじゃないから……」
そうだったんだ。確かに、行こうと思って行けない距離ではないけど、そう頻繁には会えないかな。
「大丈夫。今日はたまたま会えたけど、今度は私たちが会いに行くよ。全国で、ナオヤさんとファイトするために」
「……そうだよね。けど、待っているだけなのも嫌だし、もしかしたら僕の方から会いに行くこともあるかも」
「そんなことできるのか?」
「できたら、だよ。みんなといると、とても楽しいから。……会いたいんだ」
「……私も楽しいよ。だから、会いに行く。必ず」
私は、そんな言葉を返すことしかできなかった。咄嗟に、何か言わないといけない気がしたから。
だって……。
「…………」
会いたいと言ったナオヤさんの顔が、何だか切なく見えたから。
「でも、惜しいな。シオリさんたちなら、全国に来てもおかしくなかったから」
「いや、あれは相手が悪かったっス!」
「だな……」
ミズキとの一件があってから、安易にアクセルリンクの話題を口にしなくなったな。あの後、かなりきつく言ったから、そうしてもらわないと困るんだけど。
「……でも、まだ終わってないよ。クリスマスカップで、絶対に勝つ。今度こそ、勝って見せる」
その時こそ……私が望んだ再戦を、ナオヤさんと果たしたい。だから、今は上を向いていよう。
負けてしまって、それでも立ち止まらずに走り続けようとする……私たちの想いがきっと、実ることを信じて。
「……うん。僕も、待ってるから。シオリさんの事。それに、みんなのこと」
そんな私たちに、ナオヤさんは優しく、祝福の言葉をかけてくれた。
***
その帰り道の事。私たちは電車に乗って、帰るべき場所へと帰ろうとしていた。
「いや~それにしても、いい時間だったっスね!またファイトしたくなってきたっス!」
「そうね。けど、そのためには全国に行かないと」
「けど、もしかしたら会いに来るとか……」
「確かに言ってたが、鵜呑みにするのもいけないと思うぞ……」
もう敗戦ムードはどこかに消えている。クリスマスカップの話はもちろん、ナオヤさんとのファイトもいい刺激になったみたいだった。
「……そうは言っても、簡単にはいかないわね」
「確かに、課題は多いよ」
けど、不安は残る。口にするのは楽だ。簡単でもある。そのための確実な強さがあるかと言われたら、そうは言えない。
現に、私たちは決勝戦で1勝もしていない。私はともかく、森宮さんや佐原君ですら勝てなかった。だからこそ、逆に前向きになれることが出来たと言えばそうなんだけど。
「そりゃ……そうっスよ。けど、まだ時間はあるっス!いくらでも強くなれるんスよ!だったら、下を向く暇なんて俺たちにはない!!」
電車の中には他にも人はいたが、立ち上がって私たちに語りかける。周りに見られていようが、迷惑だろうが、お構いなしだと言わんばかりに。(いや、迷惑なのは考えてほしいけど……)
でも……そうだ。
この数か月の間に、新しいブースターだって発売するだろう。カードもファイターも、常に進化している。
今の私たちがダメだから、クリスマスの時の私たちがダメだという保証はどこにもないから。
「……全く、どうしてトウジの言う事は、無駄に明るいのかしらね?」
「あぁ、同感。無理矢理流れを変えてくるみたいにな」
「何でそんなこと言うんスか!?俺だって、かっこつけたい時はあるんスよ!?」
「「そう言うこと言うから、ダサく聞こえるんだって」」
「まさかの二人揃って!?」
私はその様子に苦笑しながら、スマホを開く。いつの間にか、お父さんからメールが届いている。
私は、もうすぐ帰るよ、とだけ返信しておいて、窓の外で輝く夕日に目を向けていた。
***
「ただいま……」
「お帰りシオリ。どうだった?」
わざわざ玄関まで出てきたお父さんに、私は今日の事を話す。ずっと玄関で立ちっぱなしなのも変なので、リビングに移動はしたけど。
「……それで、もう少しのところで負けたんだ。準優勝だよ」
「そうか……。惜しかったね。でも、その割にはあまり落ち込んでないけど……?」
「自分たちはまだまだだってわかったから、納得しているんだ。悔しいとか、全然ないんだよ。本当」
むしろ清々しいんだよね。こうもボロボロにされると。
「でも、今日は楽しかったな。色んな人とファイトできたから。忍者とか、アイドルが好きな人とか。素行が悪い人もいたけど……友達のミズキとも、全力でファイトできた。新しい友達もできたし……」
「……よかったね、シオリ」
「えっ、何が?」
「いや、今のシオリはすごく楽しそうだから。きっと、前みたいに戻れたのかな……って。またヴァンガードを始めて、よかったんだなって」
「あ……っ」
今日の事は、全てヴァンガードがつないでくれたものだ。ミズキとの再戦も、最上君からライバル認定されたことも、涼野さんの事を知ったことも。
私とファイトしてくれた、対戦相手との出会いも。私と一緒に戦ってくれた、チームのみんなとの出会いも。
そして何よりも、アルフレッド……あなたと一緒に戦えたことも。
けど……その言葉を聞いて、同時に不安もよぎった。
「心配だったから。ヴァンガードを避けるほど、シオリは――」
「……ごめん。その話は、まだ私の前ではしないで。少しずつ前は向いているけど、後ろは向けないから」
私の過去。辛く重い記憶は、まだ私の心を締め付ける。アクセルリンクを手にしたのも、その絶望があったからなんだろう。
アクセルリンク……か。
もしかしたら、私の過去と向き合うことが、この力を知ることにつながるのかもしれない。力の変化を解くカギになるのかもしれない。
けど、そのための覚悟は、まだ私にはない。
「あっ……。そんなつもりじゃなかったんだ、ごめん」
「ううん、大丈夫。私、荷物だけ自分の部屋に置いてくるよ」
「わかった。すぐに降りてくるんだよ。おなかも減っただろうし、もうご飯できてるから」
私は2階にある自室に向かい、鞄やデッキケースを机の上に置く。その近くには、かつての私のデッキが。
「……前のように、か」
あの時もそうだった。私はアルフレッドを手にして、変わったんだ。昔の自分を、変えることが出来たんだ。
仲間が出来て、誰かと一緒にいることの幸せを知った。同時に私は、絶望への扉を開いていた。だから、私はヴァンガードを捨てた。
そして今。同じようにアルフレッドを手にして、私は変わりだした。仲間がいて、幸せを知って。
だとしたら、私は辿るのだろうか。また、同じ道を。
「…………」
私は不安だった。避けていた過去が、再び質量を持って現れるかもしれないことに。だとしたら、この出会いは何だったのか。
あの時、ショーケースの中から私を見ていたあなたは、何だったのか。
「……そんなの、決まってる」
いつだって、あなたは私を支えてくれた。自分から、手放してしまったこともあったけど……。
「あなたは、私を救う光だよ」
例え、導いた先にある未来が、絶望に包まれていたとしても。希望は残り続けるから。シュンキ君やヒナと再会した時、そんな記憶が蘇ってきたから。
それに……同じことの繰り返しにはさせない。もう、あの時みたいな間違いはしない。
あなたは光。私にとっての希望。
絶望の中に射し込む光は、輝ける未来を照らすから。
これで秋予選編は終了です。いや、長かった。進めないのが悪いんだけど。
次回からは新章に突入。タイトルは『クリスマスカップ編』です。まんま。
構成はできているので、上手く投稿できるかな……?
とにかく、これからもよろしくお願いします!