つながり ~君は1人じゃない~   作:ティア

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さて、今回からクリスマスカップ編です。

個人戦の大会なので、ファイトかなり多目です。例によって、相変わらずカードプールは古いですが……。

では、どうぞ。


第3章 クリスマスカップ編
ride68 夕暮れの狭間で


これは、数日前の話。

 

「おい、いたか?」

 

「ダメだ。見失っちまった」

 

「ちっ……。ゴミの分際で、俺たちに歯向かいやがって。徹底的に探せよ?」

 

「了解」

 

3人組の不良が、今は使われていない工場地帯を駆け回っていた。何かを探しているようで、その表情は怒りを含んでいるようだった。

 

その何かは、工場内の棚の陰から、3人組の様子を伺っている。やがて、3人組が去っていったのを確認すると、何か……いや、少年は姿を見せる。

 

ボロボロの格好だった。顔は痣が目立ち、身にまとう服も、下は無事だが、上は引き裂かれて左腕が露出している。その腕も、痛ましく紫に滲んでいる。

 

彼は、あの3人組にいじめられていた。この工場とは違う場所だったが、我慢ならなかった少年が必死で逃げ切り、時間稼ぎのためにこの工場に逃げ込んだ。

 

そして今、別の場所に移動したのを見た彼は、工場の裏手へと進む。表から出ては、すぐに見つかってしまう。裏からなら、リスクも少ない。

 

「…………」

 

もう、たくさんだった。元から引っ込み思案で、目を付けられやすい性格ではあった。最初は軽い嫌がらせだったが、次第にエスカレートしていく。それが、恐怖だった。

 

いつしか暴力へと変わり、今みたいに傷だらけになることは日常茶飯事。その悪行を耐えきるには、心が持たなかった。

 

音を立てずに、ようやく裏側へ。この場所を把握しているわけではないが、何とかここを抜けださなくては。

外へと続く扉を開け、彼は走り出す。夕暮れの中、工場の陰に隠れながら、出口を探して疾走する。

 

今のところは、何もない。声も聞こえないし、人影も見ていない。気づかれてもいないだろう。角を曲がり、速度を上げる。

 

と、その時だった。

 

「くそ……。あいつ、なかなか見つかんねぇな」

 

まずい。不良の一人が、近くにいる。声のする方とは逆の方向に駆け出し、とにかく角を使って距離を取る。

 

だが、物事はそう上手くはいかなかったらしい。

 

「い、行き止まり……」

 

時間をロスしてしまった。仕方なく、その場を立ち去ろうとするが……。

 

「やっと見つけたぜ?」

 

「ひっ……!?」

 

タイミングが悪かった。行き止まりの場所から飛び出した途端、不良の一人に見つかる。すかさず逃げようとするが、腕を掴まれて身動きが封じられる。

 

体格はもちろん、傷の目立つ少年には、反抗することはできなかった。ほどなくして、残りの二人も合流する。

 

「おい、てめぇ。さっきはよくも逃げ出したな?しかも、俺の足を蹴りやがって。マジでうぜぇ」

 

「お仕置きが必要みたいだな。こいつ、抑えてろ」

 

二人に四肢を掴まれ、成すすべなく涙を流す。拳を鳴らし、今にも豪腕が振り抜かれようとしている。

 

「や、やめ……!」

 

「はぁ!?何言ってやがる。こいつは罰だ。ゴミのくせに、口きいてんじゃねーよ!」

 

終わった。彼は、悟った。逃れたくて、勇気を振り絞った行動は、失敗に終わった。

これからは、よりひどい仕打ちを受けることになるだろう。この体も、いつまで持つのか。

 

それよりも、心が壊れてしまわないかどうかが心配だった。

 

「黙っていれば、もっと楽なままでいられたのに……。覚悟しろ」

 

もう、ダメだ……!

 

「待ちなさい」

 

声が聞こえた。それも、凛とした女の声が。

 

「え……?」

 

「な、なんだ?」

 

彼も不良も、突然の乱入者に戸惑いを隠せない。ここは人のいるような場所ではないはずなのに。

 

だが、そこには確かに、3人の少女がいた。

 

「あらあら。今回もまた、バカみたいな事で人生を棒に振ろうとしている人がいっぱいいますね~」

 

「だな。こんな事して、何が楽しいんだか」

 

おっとりとした少女と、勝気そうな少女が、いきなりいじめ集団を挑発する。水を差された上に、バカにまでされている。黙って見過ごせるほど、気は長くはなかった。

 

「なんだてめぇら。喧嘩売ってんのかよ、あぁ!?」

 

「おーおー、よく吠えるね。元気だけはいいじゃないか」

 

「調子乗ってやがるな。何のつもりか知らねぇが……!」

 

堪忍袋の緒が切れたみたいで、勝気そうな少女目掛けて、拳が放たれる。だが、ニヤリと笑った少女は、顔を後ろに下げて回避し、足を払って返り討ちにする。

 

「やめときなよ。これでも私、空手に柔道やってるんで」

 

「何……!?」

 

「あ、言っとくけど、そっちの二人も舐めない方がいいぜ?簡単な護身術は、私が教えてマスターさせたから」

 

実力は確か。応戦しようとした二人だが、それを聞いて踏みとどまる。これでは、すぐにやられてしまうと、そう直感した。

 

そして少年は、不思議に思っていた。彼女たちは一体誰なのかと。何故自分の事を助けてくれるのかと。

 

すると、先ほどから口を開いていなかった少女が、ゆっくりと二人に近づく。反射的に一人が殴りかかろうとするが、受け流して地面に倒す。

 

「くそ……お前たちは何だ!?」

 

「私たち?別に、屑に名乗る必要はないでしょう?」

 

「な……!」

 

手を出したかったが、何もできない可能性が高い。ここは辛うじて抑え込んだ。

 

「ただ、私たちはあなたみたいな存在を許せないだけ。こんな弱い者いじめに、何の価値がある?」

 

「そうそう。私たちは、悪をなくすために、こうして日夜戦っているんだよ~」

 

「ま、早い話がいじめを止める慈善活動ってわけだ。で、私たちはここにいるリーダーに賛同して、こうして協力してるって事」

 

いじめを止めるために、動いている3人組。その話に、不良は心当たりがあった。

 

「聞いたことがある……。近頃、数々のいじめ問題を解決してきた女子高生がいるって……。まさかお前らが、ビリー・ブレイカーか!?」

 

「へぇ。私たちの事、知ってたんだ」

 

「リーダーの始めたことも、多くの方に知られるようになったんですね~。すごいじゃないですか~」

 

「今は止めよう。褒められると、素の自分が出そうで怖い」

 

ビリー・ブレイカー。それは、この数か月で密かに噂になっている、いじめ防止を助成する集団の事だ。

 

構成員は女子高生。にもかかわらず、幾多の問題を解決に導いてきた。身体能力に優れ、人を説く話術もある。その功績によって、多くの人に感謝されているのも事実だ。

 

「く……ここは逃げるしかないのか……」

 

「あれれ~?仲間を置いて逃げるんですか~?」

 

「ってか、逃げようとしても、私がすぐに追いついてやるけど」

 

最早逃げ道すらない。だが、不良にもプライドがある。そう簡単に引き下がれるわけはなかった。

 

「くそ……!このままいいようにやられてたまるかよ!?相手は女だって言うのに!?」

 

「おいおい。女を言い訳にするなんて、情けないな?」

 

「こんの……!」

 

「確かにあなたの言うとおりだよね。こんなの、納得いくはずがない。でも、そんな納得のいかないことを、彼はずっと耐えていくしかなかったんだよ!」

 

リーダーである少女が、初めて声を荒げる。親身になって、自分のために叱ってくれる少年は、女神を見るかのようにリーダーの少女を見つめていた。

 

「私たちが求めるのは、たった一つ。金輪際、彼に手を加えないこと」

 

「はぁ!?何を勝手に――」

 

「納得がいかないなら、納得させてあげよう。今からあるゲームをして、私が勝ったら、約束を守ってもらう。ただし、あなたが勝ったら、ここでの話は見なかったことにしてあげよう」

 

「はい!?」

 

いきなりの提案に、不良も驚いた。ゲームの結果ですべてが決まるとはいえ、自分が勝てば見逃すと言っている。

 

よほどの自信だ。だが、ゲームの内容にもよる。一応、話だけは聞いておかなくては。

 

「……そのゲームって、何だ」

 

「簡単な話。ヴァンガードだよ」

 

リーダーは50枚のカードの束を取り出す。それは、世間でも当たり前のように知られているカードゲーム。ヴァンガードだった。

 

それなら、不良にも心得があった。腕にも自信がある。身体面では負けたが、こちらなら勝ち目はある。

 

「いいだろう。受けよう」

 

「そう言うと思ってたよ」

 

答えを予想していたように、いつの間にかファイトテーブルの代用品である大きめの台がスタンバイされる。

 

両者はデッキをシャッフルし、手札を整えて準備を済ませる。いつでもファイトを始めることはできる状態だった。

 

「改めて確認するけど、あなたが勝てば、見逃してあげるよ」

 

「ふん」

 

「ただ、私が勝てば、もうこの子に手出しはしないと誓わせる。口約束だけで終わらせないように、ある程度時間は取らせることになるけど」

 

「御託はいい。どっちにしろ、引き下がれねぇんだよ」

 

「だよね。さぁ、行くよ?」

 

ファーストヴァンガードに手をかけ、ようやくファイトの幕が開こうとしていた。

 

「「スタンドアップ!「ザ……」ヴァンガード!!」」

 

「俺は、手当の守護天使 ペヌエル!(5000)」

 

「私は……神鷹 一拍子(5000)」

 

不良が使うのは、エンジェルフェザー。可愛らしい天使の登場に、ビリー・ブレイカーの一人は目を疑いそうになる。

 

「あんな見た目で、エンジェルフェザーなんて可愛いクラン使ってるんですね~。ギャップ萌えですかね~?」

 

「いや、そう侮れない。私もリーダーにヴァンガード教わって、ある程度調べたけど……あの守護天使は、ダメージをコントロールして強力な力を発揮するらしいからな」

 

「つまり、相当手ごわい相手だってことですか?」

 

「そうなるかな。まぁでも……」

 

いつもと何も変わらない、小柄だが、たくましいリーダーの背中。そこに宿る芯の強さと、弱々しくも力強く見える矛盾した存在感が、彼女たちに信頼をもたらす。

 

そして何よりも……。

 

「リーダーが相手じゃなかったらな」

 

彼女たちは、リーダーである少女の、強さの秘密を知っている。

 

「俺の先行からだ。ドロー。刻印の守護天使 アラバキ(7000)にライド!ペヌエルは左後ろへ。ターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー。ここで神鷹 一拍子のスキル。デッキの上から5枚見て、その中の三日月の女神 ツクヨミにライド出来る」

 

残りのカードはデッキの下に送られるが、手札を消費することなくライドを行える可能性を秘めたカードだ。これも連携ライドの一種だが、このパターンの連携ライドは、あまり存在していない。

 

デッキの上から順番にカードを指でめくり、数を数えていく。すると、なぜか彼女は、4枚目の場所で手の動きを止める。

 

「……何だ?」

 

対戦相手も、よくわかっていないみたいだった。だが、思い知ることになる。これまで淡々としていた彼女が、笑みを浮かべたことによって。

 

そこにあったカードを、見ることなく、ためらいもせずに引いてみてたのだから。

 

「……三日月の女神 ツクヨミ(7000)に、ライド」

 

「なっ……!?」

 

しかもそれは、ライド先である三日月の女神 ツクヨミ。彼女はカードを見ることなく、ツクヨミの場所を当てたのだ。しかも、

 

「残りは、この順番でデッキに戻す」

 

戻すカードさえも、見ないで決める。まるで、カードの位置を把握しているかのようなプレイング。普通に考えて、まずできない芸当だ。

 

いや、こんなのはきっとマグレだ。こちらに揺さぶりをかけるための博打。当たれば当たった時だし、外れたところで赤っ恥をかくだけ。

 

だとしても、一発でカードを引き当てる彼女に、何か違和感のようなものを覚えていた。

 

「ダーク・キャット(7000)を左前列にコール。スキルで、すべてのファイターはドローすることが出来る」

 

「引けるもんなら引いてやる」

 

どちらもドローを済ませ、手札が増える。相手の手札も増やしてしまうため、デメリットが目立つユニットかもしれないが、そうではない。

 

むしろ、このツクヨミデッキには、重要なパーツとなる。

 

「ツクヨミでアタック(7000)」

 

「どういう手品か知らないが……!ガード、懲罰の守護天使 シェミハザ!これでアタックは通らないぜ?」

 

「……ドライブチェック、オラクルガーディアン ニケ。ゲット、クリティカルトリガー。効果はダーク・キャットに(12000 ☆2)」

 

最初からトリガーを乗せたことに、不良は引きの強さを憎らしく思う。ダークキャットのスキルさえ使っていなければ、トリガーは引かれなかったのに。

 

「ダーク・キャットも続いて(12000 ☆2)」

 

「はっ、そう簡単に痛いアタック通すかよ!クリティカルヒット・エンジェルでガード!」

 

だが、手札が増えたおかげで、ガードに成功することが出来た。自分の策に足を引っ張られたと、内心嘲笑う。

 

「どうしたよ。あんな大口叩いた割には、大したことなさそうだな?最初に見せた手品みてぇなのはよくわからねぇが……」

 

「そう。じゃあ、次でわかるよ。あなたは絶対に勝てないってことが」

 

「何!?」

 

「もう、未来は決まっているんだよ。何をしても、あなたは無駄。過去は変えられない」

 

勝利宣言。そこまで豪語する自信は、一体どこから出てくるのか。

 

「決して消えない。あなたのしたことは、絶対。抗うなんて、許さない。許されない。そんなこと、無駄だから」

 

「てめぇ……何様のつもりだ!?」

 

「ターンエンド。そんなに不満があるなら、ファイトで証明したらどう?」

 

 

???:ダメージ0 不良:ダメージ0

 

 

「いいぜ……!俺のターン!ドロー、天罰の守護天使 ラグエル(9000)にライド!」

 

さすがに不良の方も黙ってはいられなかった。絶対に倒す。

それは、この場を逃れたいという欲求だけではなく、大口を叩く目の前の憎らしい少女に、痛い目を見せたいという想いからだった。

 

「刻印の守護天使 アラバキ(7000)をコールし、ラグエルでアタック!(9000)」

 

「……ニケでガード」

 

「ドライブチェック、天罰の守護天使 ラグエルだ。ペヌエルのブースト、アラバキでアタック!アラバキは、守護天使のヴァンガードがいれば、パワープラス3000!食らえ!(15000)」

 

「ノーガード。ダメージチェック、オラクルガーディアン ジェミニ」

 

「ちっ、1ダメージかよ。ターンエンド」

 

 

???:ダメージ1 不良:ダメージ0

 

 

「私のターン。スタンドアンドドロー。……ふふっ」

 

「あ?」

 

ドローしたカードを見て、少女はニヤリとほほ笑む。ドローしたカードが何かいいものだったのか。

すると、ファイトを観戦していた、少女の仲間が確信めいた口調で不良に言い放つ。

 

「やっぱり。あいつ、リーダーにしてやられている」

 

「何!?どういうことだ!?」

 

「そのままの意味だよ~?リーダーの思うように、手のひらで踊らされているってこと~」

 

「はぁ!?」

 

さっきまでのプレイングが、全て策略に飲まれていたというのか。いや、そんなことはないはず。自分の意志でリアガードをコールし、ダメージを与えた。そのどこが、相手の思うつぼだったのか。

 

「……二人の言うとおりだよ。あなたは確かに、無駄な抵抗をしているだけ」

 

「何!?」

 

「これでわかるよ。どうして、そう言いきれるのか。三日月の女神 ツクヨミのスキル。デッキの上から5枚見て、その中の半月の女神 ツクヨミにライド出来る」

 

先ほどと何も変わらない、連携ライドのスキル処理。だが、少女はまたしても、デッキのカードを指でめくり、2枚目のところで動きを止めた。

 

「またそれか……。そんな変なパフォーマンスなんていらねぇよ!俺を揺さぶろうとでもしてんのか!?」

 

「そんな小細工なんて、あなたみたいな人にいらない。ただ、見えてるんだ。私には、デッキが」

 

「デッキが……!?」

 

そう言って、取り出した2枚目のカード。それは……。

 

「半月の女神 ツクヨミ(9000)にライド」

 

「な……!?」

 

本当に、見えているというのか。だが、そんな話はありえない。イカサマでもしない限り、そんなことできるはずない。

 

そのイカサマも、行っている様子など何もない。観戦している仲間の二人は、ただ立っているだけ。どういうことだ!?

 

「残りは、この順番で戻す」

 

そして見ないで選んだ。普通なら見えるはずない。不良にだって、見えてなどいない。

 

だが少女は、その信じられない話を口にした。

 

「私には、デッキが見える。あなたがいくら否定しようと、それは事実。もちろん、イカサマなんて外道な事もしていない」

 

「……意味わかんねぇ」

 

「だよね。こういうの、信じろって言う方がおかしいよ。でも、こんな私、影ではこう呼ばれているんだ」

 

そして少女は……。

 

「過去の追憶、ヴェルレーデ。ってね」

 

自分を象徴する名前を、口にしたのだった。

 


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