森宮さんと佐原君が、まだ戻ってきていない。
既に試合は終わり、戻って来ていてもいい時間。むしろ、後に試合があった小沢君と先に合流したくらいだ。
そんな時に聞こえた、喧嘩腰の怒声。かなり遠くから聞こえたため、会場の人たちには気づいてはいないだろうけど……。
「くそ……!何でこんなことになるんだよ!?」
「わからない……。けど、もし森宮さんと佐原君の戻ってこない理由が、今の声と関係があるのなら――」
「それ以上は言うな!何かあったとしても、まずは2人が無事かどうかだ!」
「……うん。わかってる」
両者を結び付けることは、簡単な話だった。しかも、聞こえる声はかなり殺気立っている。暴力沙汰にまで発展したら、怪我の度合いによってはここでリタイアすることも考えなくてはいけない。
そんな事で、2人のクリスマスカップが終わってしまっては……。
「あそこだ!」
そこは、会場となるホールの裏手に位置するスペースだった。よくわからないが、何人かの男性が誰かに詰め寄っているのが見える。
私たちはためらうことなく、彼らの元に向かう。だが、そこで見たものは……。
「「あっ……!?」」
2人の男性が、2人の少女を壁際に追い詰めている。その様子を、1人の男性が傍観しているようだった。
森宮さんたちではない。ひとまず安心したが、この状況は無視できるものじゃない。少女たちも、目は死んでいない。が、逃げ道は断たれている。
それに、何よりも私たちが驚いたのは……。
「破滅の翼……!?」
「お前たちが、どうしてここにいるんだ……!?」
グランドマスターカップ秋予選。相手を見下し、周りから多くの反感を買ったチームがいた。それが彼ら、チーム破滅の翼だった。
行き過ぎた言動に、私たちは思わず怒りをあらわにし、ファイトにより勝利している。けど、それですべてが解決したかと言われたらそうでもなく、結果として忘れることのできないチームとなっている。
まぁ、悪い意味でね……。
「あっ、こいつら!秋に俺たちを散々バカにしたチームのメンバーじゃねぇかよ!あのチャラ男はどうした!?」
「知るかよ。それより、これは何だ。ただごとじゃないことは、言わなくてもわかるがな」
「フン。誰かと思えばお前たちか。生憎だが、あいつらは正当防衛を主張しているだけだ」
「……正当防衛?」
前に森宮さんとファイトしていた人が、言い逃れを口にする。けど、それにしては無理矢理すぎる。第一、その言葉を使うのは、少女たちの方だろう。もっとも、まだそこまでの事態に発展してはいないみたいだったが。
「何言ってんだよ!私たちは何もしてねぇだろ!」
「そうですよ~。ただ、先に自販機を使わせてほしいとお願いしただけじゃないですか~」
「ざけてんじゃねぇぞ。雑魚の分際で、正論振りかざす気かよ。そうやっていい子ぶってる奴が一番うぜぇ。何でも都合のいいように物事通ると思ってんなよ、くずどもが」
「……っ!」
この男……黒瀬と言ったか。まだこんな、人を馬鹿にすることを続けているのか。しかも原因も、明らかに黒瀬側が悪い。なのに、お前は自分の言いように言葉を使って、何も悪くない少女たちを陥れようとしている。
それどころか、前よりも傲慢になったような気もする。少女たちが必死に弁解しているのに、いや必死になること自体おかしいのに、それをあいつは自身の威圧に任せて罵倒しているだけ。
許せない……!
「てか、あいつらって言ったな。お前だけ逃げようとしてるみたいだろうが」
「俺は見ているだけだ。そもそも、俺はこんなことに興味などない。ただ、教えてやりたいだけさ。孤独による苦しみをな。だからこそ、こいつらと手を組んでいるだけの事」
「……どっちでもいいよ。見ているだけでも、やってることは一緒だよ」
私は、憤った気持ちをぶつける。我慢がきくほど、私は彼らに対して甘くはなかった。
「あなたたちのしている事は、正当防衛でも何でもない。ただの子供のわがままだ!彼女たちは何も悪いことなんかしていない。そう仕立て上げているのは、全部あなたたちの都合だけでしょう!?」
「こいつ……あのチャラ男みてぇに、ムカつくことばっか言いやがって……!」
「そうやって苛立って、その鬱憤を晴らすための八つ当たりでしかない。あなたたちのやっていることに、信念なんてものはない!」
「……なるほど。こいつは俺も、黙って傍観するわけにはいかなくなったな」
私の言葉に、殺気立つ2人。いや、その後ろにも……1人。
「ハッ……!そうやって綺麗事を並べるだけの演説ごっこには飽きてんだよ、星野シオリ……!」
「黒瀬……」
「あの時もそうだが、本当に反吐が出る……!お前だけは、ぶっ潰しておかないと気が済まないなぁ……!」
その語気には、静かながらも強い怒りがこもっておる。そんな黒瀬を見て私の事を心配したのか、小沢君が私の前に出る。
一触即発な空気の中、それを打ち破ったのは、意外な人物だった。
「……ったく、もう少し黙ってやろうと思ったが、もう我慢の限界だな。そろそろ黙らせるか」
「あ?今何つった」
「耳も悪いのかよ。私たちがあんたを黙らせるって言ってんだよ」
突然、さっきまで壁際に追い詰められていた少女たちが、私たちの間に割って入る。つまりそれだけ隙ができていたという話だが、どうして逃げなかったのか。
「こんなことして、弱い者いじめしても、何も楽しくなんてないですからね~」
「そうだ。むしろ人生棒に振るだけだって。それとも、もう振った人生だから堕ちるとこまで堕ちてもいいって思ってるのか?」
「くそが……!黙ってろよ、てめぇら!」
「黙んないね。こんな行為に、何の意味がある?続けたところで、どっちも痛い思いするだけだろうが」
「その時はよくても、後で絶対に苦しむからね~。誰も幸せになんかなれないように、上手くできてるんだよね~」
彼女たちの言葉は、何の関係もない私たちからしても、深い重みをもっているように聞こえていた。そうやって強い口調で矢継ぎ早に放たれる言葉の数々には、確固とした信念が宿っているようにも思える。
「黙れと言ってるのが聞こえなかったのか……?」
「何なら実力行使で黙らせてもいいぜ?どうせ口で言っても、あんたたちは私たちの言葉を聞かないだろ?」
「んだと!?こいつ……!」
まさか、やりあうと言うのか。よほど腕に自信があるのか。あるいは、何か他に狙いがあるのか。
「待て、ゲンタ。……実力行使と言ったな。そんな事をして問題になれば、お前たちの大会参加も取り消されることになるぞ?」
そんな事を言い出したら、先に仕掛けてきたのは向こうだ。出場を取り消されるのは、向こうだと言うのに。
ただ、その確実な証拠はどこにもない。この場には防犯カメラもなく、私たちが駆けつけてからも、不思議な行動は起こしていない。なら、簡単に暴力手段に訴えるのは、自分の首を絞める事にもつながってしまう。
「あ、私たちこの大会には出場していないので~。ただの観客ですよ~?」
「「えっ!?」」
あ……なるほど。最初から参加していなければ、関係はないか。でも、それで実力行使を持ち出してくるには、まだ理由が読めない。
「ちっ、なめた女どもが……!」
「言っとくけど、私は強いからな。これでも体術は極めてある」
体術の達人だったのか。見かけによらず自信があったのは、そう言う事だったのか。
「さぁ、来いよ。怪我したかったらな」
「私もこう見えて、動けますからね~。見くびるのは止めた方がいいですよ~」
「ちっ……どうすんだよ。コウセイもダイキも、あいつらやんのか?」
と、ここで破滅の翼の言動が止まった。このまま感情に任せて突撃するのか、それとも大人しく引き下がる方が正しいのか。それらを天秤にかけ、成すべき行動を吟味しているみたいだった。
それにしても、今になって初めて彼らの名前が分かった気がする。少し小馬鹿にした口調の、前に佐原君とファイトしていたのが、ゲンタ。無口で、前に森宮さんとファイトしていたのが、コウセイ。そして、黒瀬と名乗るのが、ダイキ。
「……ダイキ、ここは見逃せ。どれほどの手練れかはわからないが、そこまで言い切るくらいなら、返り討ちに遭う可能性が高い」
「くそが……!」
納得はしていないみたいだったが、さすがに分が悪いと踏んだのだろう。壁を殴りつけた後、八つ当たり気味に少女の1人にぶつかりながら立ち去っていく。
「いい気になるなよ、クソ女が。それに、星野シオリ。お前も、この大会に参加していたのなら好都合だ。あの時受けた屈辱、絶対に晴らす……!」
すれ違いざまに捨て台詞を吐き、今度こそ破滅の翼は逃げて行った。
「……ったく、あいつらは悪い意味で変わらないな」
「そうだね。けど、彼らがここにいるってことは……」
「クリスマスカップに参加していると見て、間違いはないだろうな」
どのブロックにいるかまではわからないけど、油断はできない。もし相手になるのなら、今度も全力で倒すだけだ。
「……はぁ~。逃げちゃったね~」
「そう言うなって。何もないに越したことはないだろ。それに……」
と、少女たちは私たちの方に振り返る。そして、2人のうち1人が、私に対して手を差し出してきた。
「ありがとう。おかげで助かったよ。私たちだけじゃどうにもならなかった」
「いえ……私は何もしてないです。むしろ助けてもらったくらいですから」
「そう謙遜しなくていいって。私は奥山ミノリ。よろしくな」
「私は松田カスミです~。よろしくおねがいしますね~」
勝気そうな少女が、奥山さん。軽い口調でおっとりしているのが松田さんか。私は差し出された手を握り返して、こちらからも自己紹介を始める。
「私は星野シオリです」
「俺は小沢ワタルだ」
「星野さんに小沢さんね。よし、覚えたよ。カスミも覚えたな?」
「もちろんだよ~。私の記憶力なめないでよね~?」
「そうそう。こいつ、こう見えて頭はキレるからな。私は体動かすことくらいしか取り柄ないけど」
そう言って、何もないところ目掛けて正拳突きを放つ奥山さん。ビュンと空気を切り裂く音が伝わり、体術の話は本当だったのだと実感する。
けど、彼女たち、どこかで見たことが……。
「にしても、勇気があるな。いくら体術に優れているからって、あそこまで強気で言い返せるなんてな」
「ま、あぁ言う奴らは放っておけないからな。うちらのリーダーも、同じことを言うはずだ」
「リーダー?」
「あっ、ヤベ……」
しまったと言わんばかりに、奥山さんは口元を押さえる。今の発言が、何か彼女たちの中で超えてはいけない一線を超えていたのか。
「あ~あ、これはちょっとグレーゾーンじゃないですかな~?」
「うるさいな!口が滑ったんだから仕方ないだろ!?」
「滑らせるのは足とギャグだけにしてほしいな~」
「上手くもないし、今何も関係ねぇだろ!?ちょっとカスミ、後で覚えてやがれ」
「えぇ~!?そんなぁ~!?」
え、えーと……。
「あの、どういう事ですか……?」
「ほらほら、ミノリが焦らすから、2人共待ってるよ~」
「あ、え〜と……。まぁ、こいつらならいいかな。私たちの正体を教えても」
「お前たちの正体だと?どういうことだ」
「……ヴェルレーデって聞いて、何か思い当たることは?」
心当たりならある。それは、ノスタルジアの1人、過去の追憶の名前だ。まさか、彼女がそうだと言うのか。
けど、最近他の事でも聞いた気がする。確か、佐原君が言っていたような……?
「ヴェルレーデ……それと、お前たち2人……っ!まさか!?」
「その様子だと、知っているみたいだな。私たちの正体は、匿名で活動している非行抑制集団『ビリー・ブレイカー』だ」
「ビリー……って、え!?」
それって、本当に!?確かに佐原君が言っていた話では、素性不明の女子高生3人組と言っていたけど……。
「まぁ、私たちが好きでやってるだけの話だけどな。けど、感謝されたことなら山ほどあるし、確実に誰かの役には立ってるんだ」
「そう言うことがしたくて、私たちはビリー・ブレイカーに入ったんだよね~。これも、リーダーのおかげだよ~」
「リーダー?」
「そ。活動している時は、ヴェルレーデって名乗ってるんだ」
ヴェルレーデ……。過去の追憶と同じ名前を名乗る存在。それが、ノスタルジアと関係があるのかは分からない話だけど。
「あいつがビリー・ブレイカーを立ち上げて、私たちがそれに乗っかって。特にあいつは、人一倍そう言うのに敏感だからな」
「これまでも、解決した半分くらいの出来事はリーダーのおかげですよ~。ヴァンガードってカードゲームをして、その結果で全てを決めているんですよ~」
「あぁ。これまでに負けたことは1度もない。ヴァンガードってのに持ち込めば、こっちのもんだってな」
その点はノスタルジアのヴェルレーデに通じる点がある。それほどの腕と自信は、そう易々と手にできるものではない。
「まぁ、そんなわけだ。できれば、私たちの話は内緒にしてもらえると助かるんだけど」
「もちろんですよ。助けてもらったお礼もありますし、広めるなんて意地の悪いことはしませんから」
「ありがとね~。もし私たちの事が広まって、騒ぎにでもなったら面倒だからね~」
有名になるって言うのも、大変なんだな。とにかく、彼女たちのためだ。この事は、口外しないでおこう。あ、でも佐原君には知らせておきたいかな。
「てか、さっきから気になってたんだけど、敬語使わなくてもいいぜ?私たち、多分タメだし」
「えっ?そうなの?」
「うん~。私たち、高1だよ~?」
「そうなのか。俺たちも1年だ。だったらわざわざ畏まる必要なんてなかったのかよ……」
「だから気になってたんだよね。ま、気楽に呼んでくれよ。呼び方も、名前呼びでいいし」
「……うん、わかった。ミノリさん」
どうりで砕けた話し方だったんだ。てっきり年上だと思ってたから、ちょっと驚いてる。
「そういや、リーダーってのはどうした?ここにはいないみたいだが」
「あいつはクリスマスカップに参加してるんだ。Cブロックって言ってたな」
「Cブロックって……」
「佐原と同じか……!」
佐原君に聞かせたら、発狂しそうだな……。ずっとテンション上がってそうだし。
「でも、そのリーダーさんってどうしてこの大会に?優先参加権がほしいなら、ミノリさんやカスミさんも参加するよね?」
「私は詳しいことはわかんねぇけど、何か、ファイトしたい相手がいるらしいんだよ。涼野サクヤって言ってたな」
それは、佐原君の言っていたネットの書き込みと一致している。やっぱり、この大会に出場しているのは間違いない。
「まぁ、あいつとファイトすることになったら、その時は出し惜しみすることなくファイトしろよ?とんでもなく強いからな」
「わかった。今はいないけど、私の仲間にも伝えておくね」
多分、佐原君には言わなくてもわかってると思うけどね。
「それじゃあ、そろそろ行くね~。リーダーも心配してるだろうし~」
「心配と言えば……森宮たちの事もある。星野、一旦戻った方がいいんじゃないか?」
「そうだね……。じゃあ、ここでサヨナラだね」
「今日の間は、また会えるかもしれないけどな。んじゃ、またどこかでな!」
私たちに手を振り、ミノリさんとカスミさんは離れていった。私たちも、彼女たちとは逆方向へと歩き出す。
「何事もなくてよかったな」
「うん。でも、あの人たちがここにいるなんてね……」
「それは、また何か起こってから考えたらいいだろ。今はクリスマスカップを勝ち上がることだけに集中するべきだ」
「私たちとファイトしないで、敗退するって可能性も考えられるしね……」
破滅の翼の事もあるけど、私はそれよりも彼女たちの事が気になっていた。
ビリー・ブレイカーであることや、リーダーがヴェルレーデを名乗っている事。確かに驚きや疑問を感じずにはいられないけど、それ以上に私は、ある違和感を感じていた。いや、それは既視感と言い換えてもいい。
なぜか彼女たちの口ぶりは、初めて会ったような余所余所しさを感じるものではなかったからだ。
それが彼女たちの持つ性格だと言えばそれまで。初対面でも他人の懐に入りこめる人はいるし、そう言う人がすぐに人脈を広めていけることもわかる。でも……。
『まぁ、こいつらならいいかな。私たちの正体を教えても』
彼女たちは『私たちならいい』と言った。それって、どういうことなのか。
信用できるから?悪い人には見えないから?けど、恐らく初対面だし、それだけで世間にも隠していることを堂々と明かすとは思えない。
彼女たちも言ってたけど、自分たちの事がばれて騒ぎになることだけは避けたいはず。なら、多少ボロが出ても隠し通すくらいの対応はしても当然だと思う。
それに、私たちの事を同い年だと見抜いたのも、今となっては疑問が残る。私はほとんど自分のことを話していないのに、ほぼヒント無しで同級生だと言い当てるのも妙だ。
私がミノリさんの事を年上だと思っていたように、捉え方に誤差が生じることはある。なのに、ミノリさんは多分と前置きはしたけど、同級生だと言い当てている。
「…………」
もしかしたら、彼女たちは。いや、そう決めつけるのもまだ早いか。
モヤモヤとした疑問を残しながら、私は観客席へと歩みを進めた……。