『空白期』のストーリー投下です。
かなり眺めかつシリアス……だとは思いますが、良かったら読んで見てください。実は以前から書いてみたかったアリサとすずかをメインにした『空白期』のストーリーをついに書いてみました。他の何人もの方々が書いているのを見ましたが、最近はどなたも止まってるので……どうしても続きが読みたくなって自分で書いてみました。
過去であることをなるべく強調するつもりで書いてみました。
それでは、どうぞ。
《ブランクタイム》 第一話 『始まりの傷』
《ブランクタイム》
『闇の書事件』。『闇の欠片事件』、『構成体(マテリアル)事件』、『砕けえぬ闇事件』。
様々な戦いが、あった。
そして、再び……大きな野望を成さんとするもの達が目覚めるまでの、しばしの空白の時が……少年と少女たちの間に訪れる。
その空白の中でかわされる、怒りと悲しみ、孤独と絶望。そして、信頼と愛の……物語が、今――始まる。
《空白の時、ブランクタイム ――灼熱と血の月を司りし、姫君たち――》
* * * 『序章・不安が生む、心の亀裂』
あれから……二年の月日が流れた。
皆それぞれの道を選び取りながら、日々を過ごしていた。
それぞれの空を目指し、飛び立っていく。
だが、そんな子供たちの志を……まだまだ、未熟な心を、純粋な思いを……壊していくのだ。
――課せられた運命という、怪物が……。
事の始まりは、ほんのわずかな……些細なものだった。しかし、それは大きな欠落から……始まった。
空を舞う、純白の天使に突然訪れた……悲劇から、始まる。
それは、人々の心の片隅にある――知らないがゆえの恐怖と、失いたくない故の恐怖が……重なり、悲劇を……呼び寄せる。
少年と、少女たちとの間にある絆は壊れ、強く繋がり……とこしえのものとなる。
彼ら彼女らの抱いていた、始まりの「想い」が……「今」へとつながる。
これは、そんな「今」を作った……少年少女の『空白の時』の物語である――。
* * * 『少年が抱えしもの』
『無限書庫』、次元世界の叡智と記憶の全てを……その本棚に納める、超巨大データベース。いつからあるのかは、誰も知らない。しかし、これまでずっと「世界の記憶」をずっと蓄え、人々に伝えるためにいつも、その世界の片隅にあった……などともいわれるが、実際のところ、認知されたのは「時空管理局・本局」の中に置かれたことがきっかけだろう。
ただ、設立以前から管理局にあったことだけは確認されているが、誰が何のためにどのような目的で作られたのか、などは明らかになっていない。
それゆえに、扱える者が少なく……これまでずっと「物置」として管理局の「お荷物」呼ばわりをされていた。
だが、それもある一人の少年の手によって変えられた。
そのたった一人の少年の手によって……物置などと揶揄されていた『無限書庫』は、データベースとしての本来の姿を取り戻すことになった。これまで数年単位でなくては情報を「発掘」できなかったにもかかわらず、少年の使う「検索魔法」と「速読魔法」が、情報を引き出す決め手となった。
歴史の発掘を生業とする一族の出だという彼のその手腕に、時空管理局の上層部も彼の存在を認知し始め……『無限書庫』は瞬く間に管理局の主要部署となった。だが、その重要度とは裏腹に、これまで顧みられてこなかったこともあり、重要度と注目度のわりにその位置づけは人々の心の中でもかなり低い位置に鎮座することになった。
――所詮は文官。
――所詮はデスクワーク。
――所詮は物置だった場所。
――所詮は使い走りの下位部署。
――所詮は体を張らない楽な部署。
そんな認識が溜まり、徐々にそこで情報を集める者たちのことを顧みないような無茶な「依頼」が寄せられるようになった。未だに、体制は十分とは言い難いというのに……汚い「大人」の欲望は、どこまでも「子供」を苦しめることになる。
その欲のつけは「子供」に、ここを開拓した少年に回されることになる。
実際、発足から正式な部署として認められるまで――一年。
少年以外の「司書」たちが正式に配属されるまで――半年。
少年が『司書長代理』として、責任者となったのが――その直後。
そして激務に追われることになり、その半年が過ぎ……「司書」の半数が去っていった。
結果として、無限書庫に残った「司書」はたった数人……。
その数人で、激務をこなしていく日々……。しかし、作業効率はいまだに少年の受け持ちが六割という異常なほどの状況でも、少年は〝頑張った〟。
勿論、自分のやるべきことをこなしているとも言えよう。
だが、本当は……少しだけ、違うところに……『始まりの目的』があったのかもしれない。
――――孤独なのは……嫌だ…………。
孤独の海に包まれて生まれた少年は……ずっと、そこから抜け出そうとしていた。でも、そのための決定的な「他人」とのつながりを、彼は……ずっと、持っていなかった。だから、縋っていた。
――誰かに、認めてほしいと……。
そうして、ようやく……得られた。そう、感じられるものが……ようやく、見つかったから。
* * * 『雷光を背負いし少女が成したいこと』
――執務官になる。
その始まりとなった気持ちは、一体……何がきっかけだっただろうか?
義兄の付いていた職業だから……というのもあったかもしれない。憧れの部分もあった。
だから、とは言わないが……行く当てをなくした少女を拾ってくれた義母と義兄の所属する管理局に入ることははなから決めていたし、彼女は一度罪を犯した。だから、その分の貢献をしたい、という気持ちもあった。
だから、戦闘タイプの彼女がつくにはちょうどいいし……義兄や義母の手伝いができる……それが彼女を、この「執務官」という官職に着こうとする意欲を更に掻きたてることになったのだ。
だが、彼女が〝家族〟に入ったころから、〝兄〟や〝母〟は昇進や彼女のそばにいようとする親心の為に地上勤務にかわろうとする関係でごたごたしており……彼女は一番参考になりそうな兄や母から教授を賜ることは出来なかった。
だが、独学にはやはり限界がある。
かといって、今から……せっかくできた友人たちと離れる選択をしてまで……そういった系統の学校に編入するのも、ちょっと複雑であり、彼女は行き詰まりを感じることになる。
無論、執務官になるのはかなりの難関であり……普通は一年や五年で慣れるのは本当に一握りの天才達だけだ。中には十年もの月日を費やす人も珍しくはない。だから、後一年かそこらじっくりと勉強して、大分落ち着いたころに兄や母に習うことだって選択の一つだ。
だが、やはり……気持ちは焦る。
そんな時だ、世界の叡智を操る部署に着いた幼馴染の少年に……教えを乞うことになったのは……。
彼の教えは分かりやすく、少女はめきめきと力をつけていった。
しかし、彼はやはりどうしても「忙しい」のだ。だが、それでも彼は一緒にいてくれる。
それが嬉しくて、でもやはり申し訳なくて……だから少女は彼にこう聞いたことがある。
「迷惑じゃない?」と。
その問いに彼はこう返した。
「全然」と。
それから、こういった。
「君が、僕を頼ってくれて……すごく嬉しい」と。
その屈託のない笑みでそれを言われると、なんとも言い難い高揚した心が彼女の胸に湧き上がる。頬が上気し、少女の色白の肌は……すっかり赤く色づいてしまう。
その何というか……とても「落ち着く」雰囲気を醸し出している彼に彼女は、記憶の中にある
だから、自分は彼に甘えてしまう。ひょっとしたら、親友よりも……どこか深い所での「依存」の様なものが始まっているのかもしれない。そんなことを考えてしまい、なんだか恥ずかしくなった。でも確かに、一番親しい異性……という親友たちとは違うカテゴリにいるわけだから、意識してしまうのはしょうがない気もする。
そう、しょうがないのだ。
彼の翡翠の光を放つ魔法陣に魅せられるのも、その上で本を高速でめくっていく彼の背に寄りかかって背中合わせで無重力の海に漂うことが心地よいのも、偶々忙しかった家族が家にいないから彼のところに泊まったのも、仕方ないのだ。
忘れることのできない、払拭もできないほどに、心に沁みついた温かさを手放すなんて、馬鹿らしいから。少しだけ、欲張りになるのも仕方無い。そう、仕方ない筈のだ。
――だから、その日も彼女の心と体は……とても温かかった。
* * * 『夜空を統べる少女の心』
初めは、特に何もなかった。
女の子かと思った、でも男の子だった。
『闇の書』の呪いから助け出してもらうのに、一役を買った少年だと聞いた。
友達の〝始まり〟をくれた人だと聞いた。
友達の師匠で、一番仲のいい男の子だと言っていた、実際その通りだと見てて分かった。
後に、管理局のデータベースを扱える凄い人だと聞いて、とても凄い子だと分かった。
何度かそこへ遊びに行った時、割と彼が生活に対してだらしないことが分かった。
そんな風に無茶を平気でするところが、友達と同じだなぁと思った。
それで、皆でそういうのを直そうとして、行く機会が増えた。
料理を作っていったら、「美味しい」って食べてくれた。
その時に彼の浮かべた笑顔が、とても素敵だと感じた。
なんとなく、意識……していた。
そして、私がかかわった「罪」の観察期間が切れた今年の初め。魔導師として、ランク試験を受けることになり……、嘗て自分の持つ魔導書の「優しき管理者」である銀髪の女性の告げた『新たな魔導の器』を作る時が、……世に生み出す日が……来た。
〝彼女〟の意志を受け継ぐ「管理者人格」であり、「融合機」……そして、我が家の末っ子。
そんな子を生み出すために、彼の力を借りた。
自分たちの使う「古代ベルカ式」は、今ではもう廃れてしまった者であり……「近代ベルカ」が現在の主流になっているとかで、デバイスを作ること自体が困難であると分かった。ましてや、『闇の書』……現・『夜天の魔導書』の管理者人格だった〝リインフォース〟並のユニゾンデバイスとなれば、他に例が少なすぎる。
だが、そんな窮地に陥ったデバイス誕生計画を後押ししてくれたのが、彼がこの二年で開拓・整理を行い、本格的に「データベース」としての姿を取り戻した『無限書庫』であった。
しかし、そこなら資料が見つかるかもしれないという話を受けて、自分の可愛い『守護騎士』たちを引き連れて……ようやく自らの足で踏みだせるようになったことも手伝い……勇み足で向かったのだが――結果として、自分たちは役立たずであったといっていい。
【検索・閲覧・選別】
たったこれだけの作業である筈なのに、非常に手間取った。
まさに『無限』の名に恥じぬ様な、膨大な量の資料の数々。
ここに収められているのは、まさに「世界の記憶」であったと……実際にそこで資料検索をした彼女らは、それを痛感した。
そこへ忙しいだろうに、間を縫ってまで……彼は来てくれた。
そして、〝家族〟を生み出すためのサポートをしてくれた。
知り合って二年ほどしかたってないのに、彼は真摯に自分たちを支えてくれた。
なぜそんなにまで、皆を支えてくれるのか? と聞いたこともある。
すると、彼は笑いながらこんな風に言った……。
――前に、フェイトにも同じことを聞かれたよ。
と、そしてさらに彼はこう答えた……。
――僕は、こうして皆を支えること位しか、できないから……。だから、自分にできることで……少しでも、支えられたら……って。皆と、一緒に…………居たいから。……それにね、皆が頼ってくれると、嬉しいんだ……。少しでも、皆の力に……「支え」になれている様な実感があるから……。
だから、支えたいんだ……。と、彼は言った。
その言葉に、思わず自分も……周りにいた守護騎士たちも聞き入ってしまった。
――そして、彼に対する見方が……また少し、変わった。
その彼に対する『見方』……彼に対して抱く『想い』の像が――より強く、より深く、より鮮明に……そしてなによりも、……とっても熱いものに……変っていったのだ。
それから少しして、彼の集めてくれた資料を基にして……自分の「リンカーコア」をコピーした『融合機』の製作が始まった。
少しずつ、少しずつ……。自分自身の魔力を注ぎ込みながら、
そして、ついに……その新たな命は、この世に生まれてきた…………生まれてきてくれた。
『祝福の風』の名を受け継ぎし少女、その生まれてきたその姿はまさに「妖精」だった。しかし、彼女の透き通るような銀髪は……確かに、『祝福の風』の意志を受け継いでいることを、示していた。
そして、彼女はおとなしく静かな印象だった姉とは裏腹に、元気があふれださんといわんばかりの声で、自分の名を……主である自分に告げた。
「初めまして、マイスターはやて! リインフォース――――Ⅱ(ツヴァイ)ですっ!!」
「こちらこそ初めまして……。これからよろしくな……リイン♪」
「はいです!」
この日、新たに誕生した命。
それに多大な貢献をしてくれた彼に対する「想い」は……〝友達〟だけでは、……既に、収まらなくなってしまった。
――その日から、彼女はもう忘れることは出来なくなった。この胸に抱いてしまった、どうしようもなく高揚する心の形を…………。
――――彼を……好きになってしまった、という……その、「想い」を…………。
* * * 『炎の定めを受けし少女が思ったこと』
始まりは、何というか……まぁ、その……複雑で…………。
真実を隠されていて……親友が、あたしやもう一人の親友の知らないところで、今の女五人組な親友グループの二人のために戦っていて……そのきっかけが、始まりが……彼だった、らしい。
この世界を守ろうという、責任感など要らないだろう程、他人事と笑い飛ばせるのでは、とさえ思えるほど、彼がこの世界を救う理由などないのに……彼はここに来たらしい。当初環境が合わない状況で苦戦し、連戦による疲労で助けを必要とする程に弱り、あの姿になったと言っていた。
まぁ、それは別にいいと思う。
ただ、そういったことを知らないあたし達からすれば、それを告白されたときに思うことと言えば……まぁ、あれやこれやということで、でもまぁ確かにものすごく嫌がっていたのは分かってた。でも、あの時の彼は〝動物〟を演じきっていたわけで……それに結局気づいていなかったあたし達の方が強引に連れ込んだ、というのがどちらかというと正しい見解ではあるが……それだけで納得がいくほど、あたし達の「乙女心」という奴も安くはない――と思っていたのだが……。
まっさらな純白が似合いそうな茶髪の少女は全く気にしてなかったけど……。
自分よりも透き通った金髪の少女は寧ろその辺をよく分かってない様で……。
短めな茶髪の元・薄幸系美少女は「役得やねぇ」と逆に面白がっていて……。
夜空の様な紫の髪のおっとりとした少女は寧ろ両得とさえ思ってそうで……。
――それでもやっぱりあたしは納得がいかなかった。
だからだろうか? 彼を無意識の内に半分敵視・半分好奇心な視線を向け始めたのは……。
エロフェレットなんて罵ったこともあったけど、いつの間にかそういった類の感情は消えていき……いつの間にか、親友の輪に加わったその少年に対して、「凄い奴」だという感情も出始めた。
勿論他人より秀でているという点なら、あたしだって負けてはいないはずだ。あたしらのグループにいる彼女らだって、色々な才能に恵まれている。ただそれとは少し違うベクトルで、彼はすごかった……というだけで、ちょっと興味が深まった。
桜色の星光や金色の閃光、そして夜空を統べる白き王のような、分かりやすい「強さ」ではない。
でも、悔しいが……彼女ら彼の働いている『無限書庫』へと親友三人に付いて行って、紫の少女と同じく初めてそこをみんなと共に訪れたとき、正直愕然としてしまった。
『魔法』――という世界のスケールに驚いて、呆れて、感心して、感動して……そして、見惚れた。
まさに『無限』の書物の中で、その本の海におぼれることなく寧ろその自らの翡翠の光で、本の流れを自らの手で制御して、まるで躍らせている様なその姿に、悔しいが……正直見とれていた。
だから、どうしようもなくこのころから……一緒にいたら、何でもできる気がするような……そんな気がしていた…………。
そんなことを、黄金色の炎の定めを受けた少女は……思っていた。
――でも、私は…………彼を、貶した、傷つけた、突き放した……。
なのに、……なのに、…………なのに――
――彼は…………私の元へ、私たち二人を…………救ってしまった……。
それが、どうしようもなく……………………うれしかった。
そして、その思いは……一度彼と決別した後に、もう一度――よりいっそう強く、つながることになるのだった……。
* * * 『月と血の定めを受けし夜闇の少女の気持ち』
――すごく可愛いフェレットさん……それが、私が彼に対して抱いた最初の印象。
そのあと、私が知らない……よく分からない不思議な力……『魔法』との出会いを親友に与えた人だということを知った。あと、彼が普通の男の子だということも含めて、私は……そしてもう一人の太陽のように活発な、私とは反対の少女も……私達は、知ったの。
それ以外は特に何もなかった、と思っていた。ただ、私たちの親友のとっても活発な金髪少女――アリサちゃんは、彼をお風呂に連れ込んだことを後悔していたみたいだけど……私は特にそういうことは感じなかった。
彼はとても誠実な人だということは分かっていた……。そう、〝分かっていた〟……。
それでなくても、私は不思議と惹かれた…………。
嗜好も近かったし、彼の中性的な顔立ちも、それなのに時折のぞかせる真剣な表情、彼の優しい心やそれを現したかのような、翡翠の光に、私はとにかく……、どうしようもなく……魅かれていた…………。
しかし、そんな彼に……私たちは酷いことを言ってしまった。
貶してしまった、罵ってしまった……傷つけて……しまった。
なのに、……なのに、…………なのに。
――彼は、私達を助けに来てくれた……。
紫に染まった闇の月光の下で、暗闇の中に取り込まれそうになっていた私の元へと……彼は来てくれた。
仲違い……というには、一方的すぎる罵倒。
軽蔑されてもおかしくないのに、寧ろ当たり前なのに……それなのに、彼は私たちを優しく包み込んだ。彼は生まれながらの
だからこそ、あの時の私は最低だったと今でも思う。
つまらない意地や、非常に身勝手な「知らない」という、……「無知」という名の〝罪〟に対する「怠惰」の代償に、私は自分の命すら失いかけた。
だが、その代わりに、傲慢にも私は……、救われる価値もなかったはずの私は……、彼との〝絆〟を取り戻すことができたのだった…………。
彼女の抱いた「想い」は、いくつもの壁を乗り越えて……より一層強く……繋がっていったのだった。
* * * 『純潔の天使だった、血に濡れた少女』
……「痛かった」……。
そんな言葉では言い表せないほどの、衝撃と、熱を、あの時、その身に……受けた。
冷たいはずの雪の上に横たわったわたしの体は、内側からあふれ出す「嫌な熱」に侵されていた。
虚ろいで行く視界の中に、見知った赤毛の少女の顔が見えた。
彼女は顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。
わたしの為に、泣いてくれていた……。
それを見て、思った。
あぁ、泣かせてしまったな……と。
だから、わたしは……その子の、ヴィータちゃんにこういった。
――――「大丈夫だよ」って……。
でも、結局それじゃあ……ヴィータちゃんを慰めることはできなかった。
そのまま私の意識は途絶えた。
そして、次に目が覚めたのは、真っ白な病室のベッドの上だった。
家族や、友達が、他にもたくさんの大切な人たちが、私が目が覚めたことを喜んでくれた。凄く、……すごく、…………すごく、嬉しかった…………。
けれど、
そこに、彼の姿はなかった。
それが凄く……寂しかった。
凄く、すごく……悲しかった。
皆に聞いても、顔をうつむけるばかりで、仕事が忙しいとか、また倒れたとか、……そんな彼女が求めている、彼女が欲しかった答えは……、何一つとして返って来ることはなかった。
でもそんな気まずさが流れる病室に、彼に関する報告が流れ込んできた。それはその場にいた彼女を、皆を……いや、それこそ管理局中にさえ届きそうな程にけたたましく、駆け巡って来た。
その……、
――「ユーノ・スクライア司書長代理が、危険な状態で手中治療室に担ぎ込まれた」
という知らせが……その場にいた皆を、彼女を震撼させた。
すぐさまそれを聞いたシャマルが、そちらへと飛んでいた後……その場には訳が分からないという呆然とした沈黙が訪れた。
なんで? どうして? ユーノくんが……危険な状態……?
そんな筈はない。
彼はもう前線を退いて久しい筈だ。
それなのに、何がどうなって彼が危険に等さらされなければならないのか?
有りえない。有りえるはずがない!
なんで、どうしてユーノが傷つかなくてはならないのか…………。
ユーノのことを告げに来た局員が、病室に居合わせたメンバーの中で、管理局に入った後もユーノと親交が深かったクロノの前にユーノが倒れる前に集めていたという何かの紙の束と、データをクロノの前に出してきた。
「これは?」とクロノが聞いた。するとその局員は、「スクライア司書長代理が倒れる寸前まで集めていたと思われる、何かの資料なのですが……」それを差し出した職員も、それが何なのかまでは分からなかったと言った。
クロノがウィンドウを広げてそれを閲覧しようとしてみるが、容量がすさまじいらしく……クロノはそれを受けとり・開くのに苦労していた。そしてようやく開くと、そこに映し出されたのは、膨大過ぎる量の……資料。
それは、彼女自身へと……なのはへと向けられた…………彼の誠心誠意の証だった。
――そこに集められていたのは、「リンカーコアの修復」と「脊髄神経治療」の膨大な資料。
全ては、
それを知ったとき、どうしようもなく……嬉しかった。
申し訳ないという気持ちもあった。
せっかく彼が繋いでくれたこの力を、上手く使えなかった自分に対する不甲斐無さもあった。
その所為で彼を危険になるまで追い詰めてしまったことが、悲しかった……。
でも、それでも……、どうしようもなく…………嬉しかったのだ…………。
自然と涙があふれる。とめどなく流れる。白いシーツを、濡らしていく。涙の海が、広がっていく。嗚咽が、大きくはないが……悲しさよりも、嬉しさが表に出るのを止められないような、苦しくも……温かいようなこれまでに感じたことのない心の泉から、何かがあふれ出し、先ほどまでどこかにあった隙間を、埋めていった。
その時気づいた。
前にも、『これ』を感じたことが……あることに。
そうだ、これは……この、〝心の隙間〟を埋めるような感覚は……、『あの日』から感じなくなっていった寂しさを埋めた――あの温かさと似ている。
『あの日』が訪れるまで、心のどこかに誰にも言えなかった〝隙間〟があった。
でもそれは、決して埋まらないのではないかと……ずっと思っていた。
心の叫びのようなものが、あったのだ。誰にも聞かせたくない、自分の一番弱い部分。
覆い隠して、目を背けていた、そんな……ところを、何も聞かずに埋めてくれる出会いがあった。二十一個の青い宝石と、たった一個の赤い宝石が、全てを変えた。
翡翠の少年と、出会った。
フェレットかと思っていたが……彼は人間の少年で、どこか自分と似ている部分があった。彼もまた、〝孤独〟を知る者だった。家族のいない痛みを、知る人だった。自分の居場所がないという気持ちを知っている人だった。
だからだろうか、彼と触れ合って……過ごすうちに、彼のくれた『魔法』の織り成す様々な出会いを重ねるごとに、彼女の心の隙間はいつ間にか…………埋まっていた。
そして、その出会いが……これまでの、全てに……繋がっていったのだ。
母親を健気に慕い想う、優しき金色の閃光の少女に。
家族を守りたいと願う、儚くも……優しき夜空の王に。
そしてその先にある様々な、心を躍らせるような素敵な出会いの数々に……繋がっていたのだ。
そして、その始まりをくれたのは…………彼だ。
だから気づいた、彼が少しだけ他とは違う特別だという感情に。
何といえばいいのかなんて、分からないが……どこまでも近いのだ。何よりもきっと近いのだ。分かってしまうから、そういう心の痛みを、平凡なはずの日常の中に居場所がかけている様な感覚を知っているからこそ、深く拙い「愛」の形に彼女は気づいている。でも、今更近すぎるかもしれない、と思う程に近い。
――〝家族〟と称せるのは、案外……近すぎて拙いからなのかもと思ったこともある。
でも、今は、気づいている。そうだ、好きなのだ。どうしようもないくらいに…………。
でもそれなのに、やっと、……やっと気づけた筈なのに、今彼を取り囲んでいる状況が最悪だったことには、気づけていなかった。
それに気づけたのは、そのすぐあと。
そして、もっと残酷な、真実を知った後だった。
この時、この瞬間から……始まったのだ。
長くて、深く、残酷な……空白の時が……。そしてその空白の、虚無の中を……とても温かいものが、埋めていくのも…………。
とても深い……空白の時の中で、いくつもの悲しみを越えていく。そして、
* * * 『始まり、傷ついた心――傷つけてしまった心』
―― アンタが居なかったら……あの子が傷つくことなんてなかったハズなのにっ!! アンタが『魔法』なんかを教えたから……アンタがあの子に助けを求めたりしたから……! そのせいで、あの子は……なのははっ…………得体のしれない場所で……得体のしれない敵に襲われて……そのせいで、死にかけたのよ!?
もしも……あの子が死んだりすることがあるなら…………その時は絶対に、……絶対に、アンタのことを――私が殺すからねっ………………!!!!!!
…………ごめんなさい…………。
――ねぇ……どうして、〝元凶〟のユーノくんが……一番後に、来るのかな? どうして、何も……傷つきもしないで、いられるのかな? なのはちゃんが……こんなに、傷ついてるのに……。ねぇ、どうして? どうして……? ……どうして……?
…………ドウシテナノカナ、ユーノクン……?
なんで、平然としていられるのかな? どうして一番に来ないの? なのはちゃんは、ユーノくんをあんなに信頼してたのに、ユーノくんは…………最後なの?
どうして、なのはちゃんを……私達から遠くに行かせる原因を作ったくせに、一番遅れてきて、何もできないの? 返してよ……、なのはちゃんを……返してよ……! 消さないでよ、なのはちゃんを、殺さないでよ……! 返して、よぉ……………………ッッ!!!!!!
……ごめんなさい……。
――……………………(無言)
ごめん、なさい……。
――……………………(沈黙)
…………ごめん、なさい…………。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……ごめんなさい……。……ごめん、なさい…………っ。
――――ゴメン、なさい…………っ!!
そして、彼は……逃げる様に駆け出すわけでもなく、呆然と立ち尽くすわけでもなく、憐れに這いつくばるわけでもなく、ただ……ひたすらに……静かにその場を、ゆっくりとした歩調で、立ち去った……立ち去るしか、なかった…………。
* * * 『壊れそうになったとき、つなぎ合わせるもの ――執念――』
……………………。
………………。
…………。
……。
――逃げてしまった……。
――僕は……、いつも、いつも……弱い。
――『あの時』だって、そうだった……。
――助けを求めてしまった……。あんなことさえなければ……きっと……。
彼女は、ずっと……平和の中で、安全でいられたはずだ……。
――何とかしなくちゃ……。何ができる? そんなことはいい、何かしないと……死なせるもんか。
いや、ホントは――。
――なんとなく、気づいてはいた……。彼女も、自分と同じで……いや、〝同じ〟なんて、おこがましいけれども……「無茶を厭わない」タイプだ。だから、〝少し〟彼女がいつもと違うことに、……気づいていた。
でも、それでも――。
――きっと、「大丈夫」。
そう、信じた。
勝手に、信じた。
たった十一歳の〝普通の女の子〟を……まるで無敵のヒーローの様に、勝手に全てを救ってくれると、そう勘違いした。……理想を、押し付けたのだ。
――…………くそっ!!
自分への怒りが、溢れてくる。しかし、そんな『怒り』では状況を好転させることなどできない。
今……何よりも必要なのは、一体何か?
その答えがあるとするならば、「冷静な頭」と「彼女を救う為の知識」。
そして、それを……用意するためには――。
――そうだ、今の僕にできることはこれだ……。僕なんかでも、それは……できる。
でも今それは、君にしかできないことだ。
ならば行こう、僕の行くべき場所へ……。自ら潜った「穴倉」へと……。
自分の命なんていらない、無茶なんてどうでもいい。彼女を助けられるのならば、それでいい。彼女の為なら、命なんていらない。今自分にできる全てをもって、彼女に対する「逃避」に対する「贖罪」を……。
自らを卑下する内罰的な心と、救いたいという執念が……彼を突き動かしていく…………。
* * * 『示した心、どこまでもまっすぐになった心』
目の前に示された、膨大な量の治療のための資料。
示された彼の鋼の如き意志の証で、彼の心の証明。
誰もが呆然となる。自分なりの誠意を行動で真摯に示した。何が何でも助けたいという気持ちと、自分の責任――見ようとしなかった責任――から逃避した分の贖罪。そういったもの全てを、……一言も発することもなく、文字通り死の淵まで自分を追い詰めながらも、結果として全てに対して見せる様に証明した。
それに対し、彼を知る者は――
嬉しさに、涙した。
彼の心に感動した。
何もできなかったことを悔やんだ。
彼のことも支えられなかったことを、悔やんだ。
彼の執念にも似たその思いに、ただ呆然とした。
彼のした行いに、その深い想いに……絶句した。
――ただ、誰もが……彼が「凄い」ことだけは……理解した。
そして、沈黙の中……一人の人物が、病室のドアを、……開いた。
それは、ある一つの真実を告げるために来た使者、〝スクライア〟からの来訪者だった。
その人は、名をセイ・スクライア。見た感じ、自分たちと同い年くらいの少女であった。彼女は、今日偶々ユーノの元を訪れたといった。そして『無限書庫』を訪れると、彼が尋常でない本にかこまれたまま、一人で異常な検索をしている現場に居合わせ、彼が重体であったことを知り限界の訪れて……いや、既に限界など超えて単なる執念の塊であった彼を止めて、というより、彼は既に意識すらなかった……そんな状態の彼を医務室に連れたといった。
それを聞き、偶々彼女が彼の傍を訪れたことに奇跡の様な偶然……タイミングの良さに体の力が抜けるのを感じる一同。
しかし、彼女は……更に言葉をつないだ。彼を返してください、と。
それを聞き、驚愕する一同。とりわけ魔導師の皆は何故かと彼女に聞き返した。
それに対し、彼女は答えた
ここも、彼にとってあまりよい環境とも言えない場所になったのではないか? ということを。そして、それは……端的に言って、事実である。
そして、彼女は語り始める。
――〝ユーノ・スクライア〟という少年の、これまでを。
彼には、血縁者がいない。なぜなら、彼は孤児だから。彼の出身地も、ルーツも、誰も……知らないから。
彼には、おおよそ〝家族〟と称せる存在が、いない。
彼は、二~三歳になるかならないか程度の年齢の時、ボロボロの姿で「スクライア」がその当時張っていた『里』に、流れ着いた。ぼろ布を纏い、首元に、赤い宝石をだけを身に着け……他には何も持たずに、彼は、現れた。
「スクライア」では移民は、珍しくない。というより、流浪の民であるからこそ……一族内の隔離された民族というわけでもない。だから、ユーノは割とあっさりと受け入れられた。だが、彼は……少しばかり『特殊』であった。
名は、彼の纏っていた布に縫い付けられていた擦れた文字から、「ユーノ」だと分かった。
ユーノは、初めは普通に一族の中で、普通の子供として過ごしていた。ただ、彼が〝学ぶ〟ことを知ると、人々は次第に彼を遠ざけるようになった。
彼は、なかなかに〝才能〟を持っていた。
それは、二年前にたった九歳でロストロギアを発掘したことからも分かるだろう。確かに『ジュエルシード』を見つけたのは偶然だが、そもそも彼は九歳時点で現場の「総責任者」だった。これだけでも、十分異常だ。
そう……彼は、〝学ぶ〟ことに才能が有りすぎた。
言葉を覚え、一族の生業である「歴史への探求」を知ると、彼の才能は爆発した。大人ですら真っ青にさせるほどの論文を書いて見せたり、思考能力そのものが回りより頭一つ二つ抜けていた。
それが、気味悪かったのだ。
天才、だけで片付けるには……少しばかり、彼の能力は突出しすぎていた。
歴史だけにしか才能が向かないのなら、そこまで気味悪がられることもなかったかもしれない。しかし、普通なら幸いなハズなのにこの場合は不幸なことに……彼の才能はとどまらなかった。魔法でも、彼の才能は高く評価された。
防御に関してはピカイチ。本格的な攻撃こそ、〝出来ない〟ものの……彼の魔導運用ははっきり言って子どもとしては異常だった。たいていの攻撃は防ぎ、大抵のものは束縛できる。まさに後方支援としては専門家、一人の魔導師としても一流と言って差し支えない。
だから、彼は気味悪がられた。
何せ、どこまでも彼が「スクライア」に利益をもたらすのに十分で、彼自身がどこまでも善性の塊みたいな気質であったことも、それに拍車をかけた。
初めは、偶然だった。
良い拾い物だと思った。
しかし、都合がよすぎるほどに彼は利益をもたらす。
そこで、歴史やオカルトにも秀でているスクライアの民は彼を何かの化身や使い、あるいは何かの落とし子ではないかなどと考え始めた。
それはどこまでも、膨らんでいく疑念だった。
しかし、直接的にユーノに関わろうとするものは、いなくなった。
案外、突出しすぎると、異常だと、どこか不気味だと、誰も構わなくなる。気になど留めなくなってしまう。
別に傷つけることもない。彼の居場所はここしかない。どのみち行くべき場所もない。ほっとけば出ていくか、ここに残るだけ。どちらでもよかった。確かにどこまでもあふれんばかりの才能や、彼のもっている「秘宝」は手放しがたいと言えばそうではあるが……次元世界は広い。元から、そういった一つ一つに溢れんばかりに「好奇心」を向けているスクライアに、こだわり続けるほどの執着を抱き続けろなどというのも奇妙で変な話だ。
どこまでも、新しい事を……歴史を追い求めるのに役に立つ、くらいの認識なのだ。
なぜなら、早すぎる勢いで〝自立〟した彼に対して、そこまで思い入れを抱くものなど……いはしなかったのだから。
だから、ユーノは孤立した。〝かかわり〟を持てなくなった。
誰ともつながりが、無くなった。
しかしそんな中で、唯一彼のそばに居たのがセイだった。
セイはまさに当時のユーノにとって自分を避けないたった一人の人物だった。でも、それでも居場所というには、「スクライア」は彼らには狭かった。だから、セイはいっそのことユーノに外の世界で暮らしてみてはどうかと語った。もともと、外で個人個人での探索作業も珍しいことではない。むしろこのままここでくすぶっているよりも、外の世界に出て行った方が彼にとって必ずプラスになるとセイは考え、ユーノにそれを進めた。そして、ユーノも、それを聞いてそうした方がいいと考え、外の魔導学院に入ることを決心したのだ。
だから、彼は里を離れることにしたのだ。静かに、目の前の少女以外には何も告げずに、里を去った。これは彼がわずか五歳の頃の話である。
そうして、その後彼は魔導学院に入ったのだが、そこでも飛び級で卒業してしまい……また彼は孤独に戻ってしまったのではないかと心配していた。一応在学中に騎士カリムやそのほかにもいろいろとお世話になった人々が出来たとも語っていた。それでも、魔導学院を卒業してしまった時点で、彼はそのかかわりとも希薄に戻ってしまい、また一人になったのではと心配していたとセイは語った。
しかしそんな時、彼に発掘の仕事が訪れた。
ここにいる者ならば、それがなんであるかはなんとなく分かるだろう。
そう、この時彼に訪れたのは……全ての、《始まり》の発掘だった。
――それが、彼を心配する彼女に、彼は「仲間」が……「友達」が出来たのだと嬉しそうに告げてくるきっかけになったと彼女はいった。
それがセイはうれしかったと語った。ようやくユーノに自分以外にも信頼できる者たちが出来たのだと。
だが、しかし……。ユーノは、また傷ついてしまった。傷つけられるような状況に陥ってしまった。
だから、セイは……ユーノを連れ戻したいと、皆に語った。
私はもう、傷つくだけのあの子は見ていたくない。
ただそれだけだと、彼女は最後にそういった。
それを聞いた誰もが、言葉を発することは出来なかった。
勿論、何も無く彼を彼女の元へと送り出したいわけではない。
言いたいことがある。
伝えたい思いがある。
誤りたいことがある。
自分のしたことの重さを悔いる程度の罪悪感は有る。
自分の犯した過ちに頭が気づける程度の間は有った。
自分の中の感情に区切りをつけられはしないが、それでも……それでも、思うところがあることは誰の目にも、耳にも、頭にも、心にも……全てに置いて、明らかだった……。
それだけは、「確か」だった。
その様子を見て、セイは少なくともこの場所に置いて……ユーノの居場所は有ったのだということを再認識した。だが、彼女もまた……ユーノのことを〝見てきた〟ひとりであることには変わりはなく、彼女自身の気持ちとしてはユーノが「非難された」という事実だけでも彼をここから連れ去ってしまいたいとさえ思う。だが……確かに、ここにもユーノのことを〝見ていた〟人はいるのだ。ユーノ自身が望んだ「居場所」を、彼から取り上げてもいいのかと、そう思った。
でも、彼が傷つくことが必要だとも思えない。それに、彼は……優しすぎるから……背負う必要のない「もの」を、自分で勝手に……自分の体に枷としてはめてしまうから……。だから……いや、そんなのは自分の都合の良い「言い訳」だ。ただ、私が、彼の傍に入れない間に、他の誰かが……その位置にすっぽりハマっているから、それが、きっと……「悔しい」だけだ。本当に彼のことを思うのならば、自分の……すべきことは――。
彼女は、沈黙する皆に対して……更にこう告げた。いきなりきてこれでは無礼ですね……、ならばもう少しだけ……時間を置きます、と。
そして、事の次第は……少しだけ、時間をおくことになった。
しかしそれは、ただ単に結論を先送りにしたのと同義であり……放棄と変わらないのだということは誰もが分かっていることだろう。だが、それでも簡単に結論付けた回答を導き出せないのが、人間という「愚かな」生き物なんだろうということもまた、誰もが知っていることだ。
それぞれの「思い」と「想い」は、様々な交錯する螺旋を描きながら複雑な模様を描きつつ……どこまでも深い渦の中に囚われていく。
* * * 『新たなる決意、そして…………』
――…………。
??? ……な、に…………?
――……なよ。
何だろう、誰かが……呼んでる? そんなはずはないと思う、だって今ここには「僕」しかいないから……。そう彼は「暗闇」の中で何かの「呼び声」の様なものに対して答えた。というかここはどこだろうか、という疑問が彼の中に生まれた。
確か自分は、何をしていたのだったか……そう、確か――なのはを助けるための…………資料を……集めて――――
そこで、彼の意識は覚醒する。
(そうだ、こんなところで寝てる場合じゃ……っ!)
――やっと起きたかい? というかボクの呼びかけには反応せず、〝あの子〟のことを思い出しただけで目が覚めるなんてちょっと嫉妬するなぁ~。どっちかっていうと、君と過ごした時間はきっとボクの方が多いのにさぁ。
「……えっ?」
――やぁ、初めましてユーノくん。
誰だろうか、と思った。しかし、なんだか知ってるような気もするという奇妙な気分をユーノは今、現在進行形で味わっていた。見た目は自分よりも幼い少女だ。薄い翠の長い髪を持った、少女。誰だろうか、彼女は。そもそも、ここがどこかすらわからないのに、彼女が何者なのか――なんて…………分かるわけもない。
――ボクが誰か、なんて考えるだけ無駄だと思うよ~? 悩むより、案外あてずっぽうの方が当たると思うよ。何せボクはかなり特殊な存在だからねぇ~。
「……そんなこと言っても。っていうか僕はこんなところで――『「遊んでる暇はない」かな?』――っ!?」
――「なんで!?」 って顔してるねぇ、まぁ別に不思議な事じゃないさ。だって僕は君のその熱~い想いを一身に受けてたんだよ? このカ・ラ・ダ・に♪
「……な、何いってるんだよ……っ!? 僕はそんな変な事を君にした覚えなんていよっ! というかあったことだって無いハズ――――」
――あれあれ~? どんなイケないコト想像しちゃったのかなぁ~? 僕は別に君のその思いの下で本来の機能を使って、懸命に働いてけるように慣れて嬉しいな~とかって思ってただけなんだけどなぁ? おませなユーノくんはいったいどんなイケないコトを想像してたのかぁ~……?
「なっ…………!?」
ニヨニヨと笑いながら、ユーノを突っついてくるその少女にユーノは顔を真っ赤にしながら、うつむくしかない。彼の顔は羞恥で真っ赤だ。
――あぁ……もういちいち可愛いなぁ君は~。うりうり~♪
「……ぁぅぅぅ…………」
――まぁ、冗談はこの辺にしてもだよユーノくんや。ボクの断りなしに死ぬなんてのは許しがたいんだけどなぁ……?
「…………えっ…………?」
死ぬ? 誰が? どんな理由で?
――いや、君は自分のことを顧みるということを少し学んだ方がいいね。今死にそうになっているのは君だよ、キ・ミ・っ!
「……そう」
――反応薄っ!? 僕もかれこれと長々と生きてきたけど、君も相当変わってるねぇ……ま、べつにいいけどさ。
「…………」
――とはいえ……死ぬんです、はいそうです、で終わらせやしないけどね。君は僕にとって誰よりも必要だから、ね。というか、『君』なら……もう僕が何なのか冊子はついてたりするんじゃないかい?
そう言いながら、ニヤリと微笑む少女はユーノをまっすぐに見据えていた。その微笑みの意味が、本当に自分の想像している通りのものであるのか……ユーノはいまいち自信を持てなかったが、口の方は彼の意志よりも先に……彼の中にある疑問を、既に「声」として彼女へと向けて放出していた。
「……君は、『無限書庫』なのか……?」
――イエースっ! ザッツライト! その通り!! 大正かーい!!
「……、」
アホっぽい、という言葉がしっくりくるような(どこぞの雷撃の水色の閃光を思い出させるような気も……)そんな彼女にユーノはどう反応すべきか迷い、色々と考えを巡らせると……今自分の状況を思い出してそれについて聞いてみた。
「ところでさ、さっき僕が死ぬとか死なないとか……そんなこと言ってたけど、それはどういう……」
――君は、あの子を助けようとして……無茶な検索を繰り返してたからねぇ……ぷっつりと限界が来ちゃったんだよねぇ。それで、今君は死にかけてる。絶賛死の淵に入りびたり中で、三途の川一歩手前みたいな感じかな。なんだか君のこと知ってるみたいな子が、君のことを医務室に連絡とってくれなかったらきっとボクでも助けるの相当苦労しただろうねぇ。
「……知ってる人?」
あの時逃げてしまったような情けない自分を誰が……、とユーノは思ったが、その人物は……彼の「家族」だったから。
「セイが……。そうかぁ……心配、かけちゃったなぁ……」
せっかく、仲間ができたって報告して……安心させられたかなって思ってたのに。とユーノは寂しそうにつぶやいた。
――……ユーノくん、君はあの二人の事を……。
「……あぁ、恨んだりなんて……するはずないじゃないか……。だって、二人の言って事は、本当だから。僕は、一番見ていなくちゃならなかったんだ。『魔法』は、僕が彼女に与えたものだったから……僕は彼女の絆を紡ぐ分だけ、そのリスクを少しでも減らさなくちゃならないのに……。それから、その『責任』から逃避してしまったんだから、その分のつけは払わないと……。それができたら、一度……謝りたいんだ、皆に。そして伝えたいんだ、ごめんなさいとそれから――――」
――――これからも友達で、いても……いいですか? って…………。
――……君ってやつは……。なら、僕も協力しないとねぇ。
「えっ……?」
――えっ? じゃないよ。主が困ってるのに、助けない従者がいると思うかい? 待ってなよ、ユーノくん。まずは目覚めないと……そしたら始めよう。君をもう穴倉のモグラなんて呼ばせやしないよ。ボクが、君をもう一度あの子たちの隣に飛ばしてあげるよ。防御主体? 後方支援型? だから何だっていうんだい? 君には君にしかできない戦い方がいくらでもあるだろう? その君の可能性を伸ばすための協力が、僕は出来る。何故か、なんて野暮なことは聞くなよユーノくん。君は僕を目覚めさせてくれて、本来の形で使ってくれて、僕の機能をフルに仕えるだけの
「……僕でもいいのかな?」
――少なくとも君が居なかったら何も始まらなかった。それだけは確かだと思うんだけど……まぁ、君がそれで足りないなら、もう一つ理由を提示してみようか。
「……?」
――君が、この世界に……必要だから。これでどうだい?まだ、不満かい?
「……、」
たったそれだけの言葉でも……心など既に決まっていた。
「名前……」
――ん?
「君の名前を、教えて欲しいな……」
――フフ、よくぞ聞いてくれたね。僕の名前は……――――
「……うん、有難う。じゃあ……立ち上がってみるよ。もう一回、自分のできることをするために」
――いいね。ヒーロー復活だ♪
「はは……、ヒーローなんて柄じゃないよ。そういうのは、なのはやフェイトやはやてたちのものだよ」
――……むぅ、ならそれに君を成らせるって言ってるのにぃ……。
「有難う。でも、きっと僕はそういうのになりたいんじゃない。もし後でそれに渇望することになっても、それは今の僕じゃない。進んで、そこでそう思うときの僕だ。今の僕は……そうだなぁ…………きっと、目を覚ましたい、のかな?」
――……ふふふ、あはははっ! いいねぇ!! さっきまでとは大違いだ。それだけ変わっていれば、もう十分かもねぇ。じゃあ、起きようかユーノくん。……皆、待ってるよ。
「……うん、ここで引き留めてくれてありがとう」
――お礼はまずセイちゃんに、だよ。
「うん、それじゃあ……いってくるよ。また会えるん、だよね?」
――勿論、僕は、君の下にいつでもはせ参じるよ。
「そっか……本当に何から何まで有難う。じゃあ、今度は
――うん、ユーノくん。それじゃあね……。
そして、少年は、再び生への扉に手を掛ける。
背負うことから、今度は逃げないために。
皆のところへと、戻れるように……。
彼のもう一つの闘いが始まる。今度の相手は「情報」ではない。それはきっと……これまで、彼が真っ向からは立ち向かえないと思い込んでいた、「運命」なんてものだろう。
* * * 『立ち上がる彼、向けられぬ顔』
今度逃げたのは、私たちの方だった。
あの後、私たちはどちらの病室にも行っていない。
もう、気まずいとかではなく……ただ、今の自分の醜さから逃げ出したかったのかもしれない。
彼の示した誠意は本物だった。対して自分たちはどうか、あの時彼に向けて吐き出した言葉以外……何も、してない。できもしない。不思議な力もない。何も……無い。
ただあるのは、あの時の自分たちの行動を……まだ正当だとどこかで信じている様な……自分自身の醜さだけだった。
セイは、何も言わなかった。
私たちが、彼女の〝家族〟を罵ったということを知っていた、はずなのに……。
――何も、言わなかった……。
それがどうというわけではない。罵られたかったわけでもないし、自分達の過ちを認めろと詰め寄られたかったわけでもない。ただ、その反応が……彼を思い起こさせるから……なおのこと、辛かった――辛いなんて思うこと自体が傲慢かもしれないが、それでも……この、胸が締め付けられる様な感覚にだけは……慣れることも、どうにかすることも……できなかった。
そんな時、二人の少女は――――それぞれが、ある一つの〝出会い〟を果たす。
それは、彼女らに課せられた……定めの始まりであり、かつ彼女らが「分かりたい」と望んだ……〝不思議な力〟との邂逅だった。
運命は、何処までも……何処までも、心を痛めつけんと動き出す。
いかがでしたでしょうか? 一応自分なりに、『空白期』且つアリサとすずかを絡ませて、ストーリーを構成しようと思っています。それでいて、かつユーノくんシリーズの本編にもこれを絡められるように頑張って書いていきます。
自分なりの結末へとしっかりとたどり着けるように、最初に述べた様に……過去であることをなるべく強調しするような感じで書いていくつもりです。
それでは、また次回もまたお会いしましょう。