実況パワフルプロ野球 鋳車和観編   作:丸米

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サブマリンVSサブマリン④

そして、淡々と試合が進んでいく。

回を進むごとに両投手の球のキレが増していく。

内角を容赦なく抉っていく鋳車のピッチングに、低めに直球とマリンボールを集めていくあおいのピッチングに、互いのバットが空回っていく。

二巡目において、両バッテリーの攻め方も変化してきた。

恋々側は、パワプロへの配球は全て外角のボール球へ変えた―――事実上の敬遠である。

この配球は、当然五番に座る猪狩守に仕留められる可能性が高くなる訳だが、六道聖は彼の性格を完璧に把握していた。

自身の前で敬遠されるという状況を前にして、冷静でいられないその性格を。

ウイニングショットに使っていたマリンボールを初球から積極的に使い二連続の空振りを奪った後、インハイの直球で仕留める。

出鱈目な長打力を持つ故に空振り率も高い猪狩守。その特性と彼の性格を鑑みて、敬遠後の打席で冷静でいられる訳が無いと理解していたのだ。

そして、あかつき側においてはアウトコースへの配球の割合を二巡目より増やした。

執拗なまでの内角攻めは、外角へのバッティングも変化させる。

内角を意識しポイントを前にしていき、その過程でバッティングが崩されていくのだ。

前のポイントに修正していくと、それはすなわち上体が突っ込んでいく形となる。この形に陥ると、変化球の対応が出来なくなっていく。

そのタイミングを見計らい、あかつきバッテリーはアウトコースのスライダー、シンカーを多用し始めた。

面白いようにバットが空回り、四者連続三振などを挟みながら二巡目を完璧に抑えるピッチングを見せた。

 

―――そして、五回表。

先頭の鋳車を打ち取ったその時、既にあおいの球数は80球を超えていた。

 

早川あおいという投手の弱点は、スタミナである。

先発投手として、明らかにスタミナが不足している。80球あたりで制球が落ち始め、100球を超えた辺りで球威すら虫の息となる。

だからこそ、継投で繋いでいきたい所だが―――あかつき相手にまともにここから繋いでいけるピッチャーは数少ない。

 

しかし、次の先頭バッター矢部に、一二塁間を破るシングルヒットを打たれ、二番に送りバントを決められる。

―――相対するは、猪狩進。

一打席目は四球。二打席目はショートゴロであったがしっかりとらえていた。パワプロの次に、厄介なバッターである。

だが、パワプロの前にこの男を出塁させるわけにはいかない。

―――勝負せざるを得ない。

強力なクリーンナップは、打線から切れ目を無くしていく。逃げ道を塞いでいく。

考えろ。

―――どうすれば、この危機を乗り越えることが出来る。

スタミナが切れ始めたあおいに、迎え撃つはあかつきのクリーンナップ。

打ち取るビジョンが、浮かばない。

そうして苦々しく顔を歪めていく聖の姿を、あおいはしっかりと見ていた。

 

―――ごめんね。

 

本来であるならば、もう少し球数は抑えられるはずであった。

アンダーフォームからテンポよく低めにボールを集め、ゴロを量産するか、早いカウントから勝負を仕掛け三振を取る―――そういう戦略でこのバッテリーは戦い続けてきた。

しかし、いざ相手が強豪校になると、配球にズレが生じていく。

以前ならば振ってくれたコースを我慢する様になっていく。ゴロの勢いが強くヒットになる。完璧なコースでもしっかりバットに捉えられる。こうした個々の力量が、あおいの球数を更に更に増やしていったのだ。

 

―――悔しい、なぁ。

 

後輩の子を、あんな風に苦しめている現況が。つまりは自分の力の無さが。ふがいなさが。全てが全て、悔しい。

 

猪狩進が、打席に立つ。

その姿が、やけに大きく見えた。それは、きっと彼の存在感が増したのではない。自分自身の心が、自分を小さくさせているのだ。

―――ふざけるな。

男に比べて、身体も弱い。力も無い。体力も無い。そんな事解りきっていた事じゃないか。だから、決して心だけは折れぬ様にしてきたのではなかったのか。

そうだ。

自分は、このありのままの自分のまま、このグラウンドに立つ事を、望んでいたのではないか。

 

一つ、眼を瞑る。

ロジンバックを手に持ちながら、ゆっくりと自意識を暗澹たる底にまで下ろしていく。

呼吸を整え、踏み込みが弱々しい足腰にゆっくりと力を与えていく。

 

眼を開ける。

一つ穏やかな風が眼球に触れる。力強い夏の日差しが自分を焼いていく。砂塵が軽く舞い、端正な顔立ちの男が1バッターボックスに立っている。

 

最後の力を、振り絞れ。

心だけは折れぬよう、―――踏み込め!

 

 

投げられたボールは、浮いていた。

甘いコースに投げられたその球は、真ん中の高めへと吸い寄せられていく。

―――やはり、三巡目。ここで彼女の制球が悪くなるデータは本当だったのですね。

その確信の下、彼は思い切りそれを、―――振った。

ギィン、と音が鳴り、ボールは高々と―――打ちあがった。

あれ、と。打った彼はそう感じた。

完全にタイミングは取れていたはずだ。引っ張り上げたライナーが飛んでいるはずなのに―――何故に、フライが上がっているのか。

高々と打ちあがったフライは、ゆっくりとライトのグラブに収まった。

球速表示が、電光掲示板に映る。

―――137キロ。

この土壇場に来て、彼女の球速は上がっていた。

その事実に―――球場のボルテージが、何処までも上がっていった。

 

 

五回を投げ切り、さて継投か―――そう監督も考えていた。

しかし、今彼女の意地を垣間見た。

「あおい。次の回もいけるか?」

そう尋ねられた瞬間―――彼女は豆鉄砲でも喰らったのかと言わんばかりに、目を見開いた。

「いいんですか?」

「どうせ次の四番五番から続く打線を相手にできるのは、ウチの手駒じゃあみずきくらいしかいない。だが、ここから四イニング任せるにはアイツ一人じゃあちと重荷だ。だったら、今のピッチングが出来るお前に託す」

「監督----」

「いいか?もう細かい制球は気にすんな。全力で踏み込んで全力で腕を振れ。その結果打たれたなら何も言わん。さっきの球を、後一イニング投げてみろ。聖。荒れるだろうが、しっかり捕ってやれ」

「-----はい」

「それと―――いい加減、へっぴりごしのバッティングは見飽きた。踏み込むなら踏み込め。デッドボールが怖いなんぞ泣き言言ってんじゃねぇ。まんまとあかつきバッテリーの掌に転がされてんじゃねぇか」

その言葉に、小山雅が一番表情を歪めていた。

解っている―――誰に、その言葉を一番突き刺しているのか。

「お前等舐められてるぞ。あかつきはおろか、観客にまでな。あのブーイングはな、こう言ってんだぜ。―――内角使わんでも勝てるだろ卑怯モン。女相手にそんな危険なボール投げんじゃねぇってな」

「-----」

「お前等、女だろうが男と同じ土俵立たせろって要求したんだろ?同じ場所で戦いたいんだろ?だったら、内角の球にピーピー言ってんじゃねぇ。当たるのを怖がってんじゃねえ。野球をやっていれば、内角投げるのも当たり前だ。デッドボール食らうのも当たり前だ。女だからで済ませられねぇんだよ」

沈黙が、ベンチを支配する。

「―――いいか。勝負はこのままじゃもう十中八九決まっている。電池切れの投手陣がこれからもずっと無失点でいられる訳がねぇ。そんなへっぴり腰で打てる訳がねぇ。だったら、変えてみやがれ!恐れを捨てろ!じゃねぇと、勝てねぇぞ!」

監督の一喝が響き渡る。

―――顔つきが、徐々に変わっていく。

「さあ行って来い。せめて、一矢報いてみろ」

その声に、押忍、とけたたましい声で応えた。

 

後半戦が、始まる。




短気発動。150は流石に無理です。

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