腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第1話

「うわあああああああ!!」

 雪山全体に鳴り響く破砕音。そして情けない声。

 万年雪の上を、少年が走っている。

『ガアアアアアアアアア!!!』

 少年を追うは、一つの巨体。

 猿のような姿かたち、しかし猿よりは圧倒的に巨大なそのモンスターの名は、ドドブランゴ。口から大きくはみ出た牙は群れのリーダーの証となる。先の破砕音は岩石の破壊音で、その岩は少年の背丈ほどもあったと言えば、少年の焦燥感がわかるだろうか。

 それだけの危機的状況にも拘わらず、五体のブランゴも追跡に加勢している。

「なんで!なんでこんなことに!」

 少年の装備はマフモフシリーズ。彼出身の村では全く珍しくない防具だ。本当ならばそこに片手剣、ボーンククリを持っている、しかし、彼がそれを身につけている様子はない。

 ようするに、彼は今丸腰だった。

 丸腰でモンスターに挑むなど、無謀も無謀、自殺と変わらない。ただでさえ、少年にはドドブランゴに相対する気などなかった

 だからこそ彼は今逃げている。

 全力で、全身全霊をかけて逃げている。

 ただ一つ、目的の薬草が入ったポーチだけを携えて。

「もうハンターなんて嫌だああああ!!!!」

 少年の悲痛な叫びが再び雪山に轟いた。

 

 

 

 

 

 ポッケ村からは、一年の間、雪が消えることはない。

 フラヒヤ山脈の雪山を狙うハンターにとっては拠点となる村だが、間違っても栄えている、ということは出来ない。むしろ、雪山の麓という厳しい環境を生き抜く逞しい村民が居るからこそ、かろうじて、存続できている。

 そんなポッケ村からほどほど近い場所に、ポッケ農場という場所がある。

 そこではキノコの栽培や釣り、なにより畑を使った農業をしており、少なからず、雪に閉ざされた場所で暮らす村民の生活に役立っていた。

「よっ、よっ」

 そこで一人、猫型のモンスター、アイルーに交じって鍬を振るっている銀髪の少年が居た。

 両手で鍬を振るう様子は生き生きとしており、何も知らない人間が見れば農家の息子と勘違いすることだろう。

「・・・あの、ご主人」

「ん?どうしたの?コジロウ」

 そんな生き生きとしている主人に、アイルーのコジロウは声をかける。コジロウの表情はまるで何かを堪えているようであり、それでいて、何かを言わなくてはならない、という使命感に満ちていた。

 少年は首を傾げてコジロウに先を促す。

 コジロウはしばらくの間、言おうか言うまいか、口を噤んでいたが、意を決し口を開く。

「・・・あの、狩猟にはいかなくて良いんですかにゃ?」

 少年の笑顔が凍り付く。

 そう、少年は農家の息子ではない。

 自然の調和を守護する者。ハンターなのだ。

 大自然の脅威たるモンスターを狩り、人間と自然の釣り合いを保つ者。

 だが、今ここで農業をしている彼は、どこからどう見ても『立派な』ハンターではない。

 少年は凍り付いた笑顔を溶かし、柔和な、少し困った苦笑を浮かべた。

「・・・僕が狩猟に行っても、ガウシカを狩るくらいしか出来ないって、コジロウは知ってなかったっけ?」

 ガウシカとは、大きな角を二本持ったモンスターである。その角での攻撃は確かに強力ではあるが、動きは直線的で、初心者ハンターであろうと狩れる。それどころか、下手をすれば少し鍛えた一般人でも狩猟できる。そんな存在だった。

 歴戦のハンターから言わせてみれば、ただの食料。

 そんなガウシカ程度しか殺せない少年は、ハンター業界では無能と言ってもいい立ち位置だ。

「でも、この村にはご主人しかハンターが居ないんじゃ・・・」

 その言葉に、少年はうっ、と胸を抑える。

 そう、この村は一時、上質なマカライト鉱石が取れるとして栄えたものの、いまとなっては交通の便も悪いド田舎。

 交通の便が悪いということは、外からハンターが来ることも少ない。

 必然的に、雪山にほど近く、モンスターも豊富なこの村には駐在するハンターが必要になる。

 そのハンターが少年だった。

「というか、さっき村長が呼んでいたようにゃ・・・」

「うっ」

 二度目の胸痛。少年はもはや笑みを浮かべてはおらず、唯々胸を抑えて蹲るのみだった。

 ポッケ村の村長、通称オババは温和な老婆なのだが、普段怒らないだけに怒ると怖い。

「・・・コジロウ、良いかい」

 しかし、少年は立ち上がる。

 立ち上がり、目の前のアイルーに目線を合わせ、にっこりと、出来る限りの笑みを浮かべた。

「僕はね、別にやりたくてこの仕事をやっているわけじゃないんだ。ドンドルマからハンターが来るまでの繋ぎなんだよ」

 少年がハンターになったとき、村長は言った。

『すぐにドンドルマからハンターを送ってもらうから、その間だけでもやってくれんかね』

 少年は了承した。ハンターなんて仕事は自分に向いていないとは思っていたが、それでも、繋ぎだというのなら、村のためだというのなら、受け入れないわけにはいかなかった。

「それで僕は何年間ハンターをやってきたんだよ!十三歳から初めて二年間だよ!?二年間も繋ぎをやるってどういうことさ!」

 いくらなんでも遅すぎる。それが少年の主張だった。

 少年とて、ドンドルマからハンターを募集しても、すぐには来るとは思っていなかった。少なくとも三カ月くらいは必要だろうな、と、彼自身そのくらいは覚悟していた。なにせこの村はド田舎なのだ。好き好んでド田舎に来る人間などいない。特にドンドルマなんて言う都会に住んでいる人間であればなおさらだ。

 しかし、まさか二年間も見つからないとは思わない。

「契約違反だよ!いや、契約違反じゃないにしてもひどすぎるよ!僕がどれだけ命がけだと思ってるのさ!」

「でも、この間ドスギアノスを狩猟したじゃにゃいですか」

「コジロウ。良いことを教えてあげよう。あの時ドスギアノスはトサカが折れていた。これがどういうことかわかるかな?」

 少年はまだ幼い子供に言って聞かせるように柔和な笑みを浮かべているが、その笑顔には何故かプレッシャーがあった。

 コジロウは少しだけ慄きながら、どういうことか考える。

「・・・どういうことにゃ?」

 考えてもわからなかった。

「・・・コジロウ。ドスギアノスのトサカっていうのはリーダーの証なんだ。それが折られているっていうことはつまり、誰かと戦った後ってことなんだよ。つまり消耗していた。トサカを壊されるほどにね。僕はそのドスギアノスに止めを刺しただけ。わかったかな?」

「・・・つまり、ご主人の手柄ではない、と?」

「よくできました」

 少年は満足そうに頷き、鍬を取る。

「元々僕はハンターなんて向いてないの。こうやって鍬を振っている方がよっぽど性に合ってる」

 そして、少年は再び鍬を振り始める。

 そうなってしまえば、もうコジロウに言えることは何もない。ため息を吐き、農作業に戻ろうとする。

 その時だった。

「みーつーけーたー!!」

 少年にとってもコジロウにとっても聞き覚えのあるアルトボイスが農場を駆け抜けた。

 少年は背中に棒でも入れられたかのように背筋を伸ばし、コジロウもまたその声に全身の毛を逆立たせた。

 恐る恐る少年が農場の入り口に目を向ければ、そこには一人の少女が居た。

 背中まである金髪を一つに束ね、肌は太陽の光に照らされて白く輝いている。

「マキリ!!あんたオババに呼ばれてるくせになにやってんの!!」

「と、トマリ・・・」

 少年マキリは、少女トマリを見て、苦虫を食い潰したような表情を浮かべる。普通に考えれば失礼な行為だ。

 しかし、トマリはそんなことを気にした様子はなく、唯々憤慨していた。

「あんたハンターなんだから!さっさと来て!防具着て!武器持って!」

「ちょ、ちょっと待ってってば、僕は別にやりたくてハンターやってるわけじゃ」

「問答無用!今はあんたしかハンターが居ないからあんたがやるの!文句ある!?」

 マキリは言葉を詰まらせた。

 確かに、この村にはハンターがマキリしかいないし、ほかにハンターが出来そうな人間もいない。

 結局は、マキリがやるしかないのだ。

「わかったらほら!準備しなさい!」

 マキリはトマリに手を引かれ、農場から連行される。

 その際、コジロウに助けを求める視線を送ったが、コジロウは元気よく手を振るだけだった。

 

 

 

 

 

「薬草を取ってきてほしいのさ」

 オババの話はそんなことだった。

 聞けば、大工のおっちゃんが屋根から落ちて腰を痛めたらしい。しかし、薬草を取りに行こうにも最近の雪山は物騒だ。

 そんなこんなで、ハンターであるマキリに話が回ってきたということだった。

「・・・それにしても、あんたらはいつも一緒にいるねえ」

 オババは、トマリを見ながら呟いた。トマリは今もなお、マキリが逃げ出さないように見張っている。

 トマリはふん、と鼻を鳴らすと、目を細めてマキリを見た。

「こいつが意気地なしなのがいけないんです」

 マキリは頬をひくつかせた。自分が意気地なしというのは否定のしようがないが、ハンターもやっていない幼馴染に言われるのは少し納得がいかなかった。

 しかし、納得がいかないとは言ったものの事実は事実。言い返すことなどできない。マキリは苛立ちをいったん胸の内に収めて、オババと目線を合わせる。

「で、オババ。薬草は良いんだけど、雪山が物騒だっていうのは?」

「あんたも知ってるだろう?轟竜の噂は」

 マキリの眉が少しだけ強張った。

 轟竜、ティガレックス。

 極めて獰猛な飛竜で、危険性が凄まじく高いモンスターだ。ドスギアノスやガウシカとは比べることもできない。

 今のマキリが出会ってしまえば、かなりの確率で殺されるだろう。

「・・・それって、目撃情報か何か?」

「いいや、ポポが食い散らかされててね。その残骸を見た爺さんが言ったのさ」

 爺さん。と古龍観測所に所属する爺さんだ。飛竜に関する知識は人一倍で、古龍というあまり生態がわかっていないモンスターについても知識があるという。

 例え目撃情報がなくとも、その爺さんが言うのなら間違いないだろう。

 雪山には今、轟竜、ティガレックスが居る。マキリでも決して敵わないような脅威が存在する。

「・・・わかった。行くよ」

 ならば、行くしかない。

 大工のおっちゃんの怪我が大したものでないのなら構わないが、屋根から落ちたというのであれば出来るだけ早く直さなければ後遺症が残る可能性もある。

 ほかの村人には任せられない。

 ならば自分が行くしかない。

 マキリは確固たる意志をもって頷いた。

「そうかい。気を付けてね」

「ああ、肥し玉を持っていくから、ヤバくなったらさっさと逃げるよ」

 肥し玉とは、モンスターの嫌がるにおいを出す煙球のようなものである。

 はっきり言って物凄く臭い。しかも、相手がこちらに気付いている状態で使っても意味がない。むしろ激昂させる。

 そんな代物だが、ないよりはマシだろう。

「・・・まあ、あんただったらなんだかんだ言って帰ってきそうだけどね」

 トマリの発言に、マキリは肩を落とす。

 なんだか自分の扱いが軽いなあ。なんでかなあ。マキリは少しだけ落ち込んだが、すぐに気持ちを立て直して、村の出口へと向かう。

「あんた、肥し玉持っていくんじゃないのかい」

「オババ、意気地なしのあいつが肥し玉を置いていくわけないじゃない。元から持ってるわよ」

 後ろから聞こえてくる会話を出来るだけ拾わないようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果がこれである。

「轟竜だけじゃなくて雪獅子までいるなんて聞いてないよ!!」

 雪獅子、ドドブランゴの別名だ。

 雪山に生息しているのだから遭遇する可能性はゼロではないが、オババから聞いた話では「轟竜の他に大型モンスターの情報なし」とのことだった。

 だというのに

「どうしてこうなるんだよ!」

 轟竜が移動できないようなルートを経由し、兎の気配にもビクつくほどに警戒し、やっとのこと薬草を採取した。

 そして一息ついたその時、雪の中からブランゴが現れたのだ。

 それだけならばよかった。逃げられない敵ではない。

 しかし、そのブランゴは何を思ったのか遠吠えをしたのだ。

 それは明らかに仲間を呼ぶ部類の遠吠えだった。

 それに気付いて、逃走の足を速めても後の祭り。

 親玉であるドドブランゴが到着し、今に至る。

 マキリは逃げながら、心の中で文句を言いつづけていた。

 遭遇する場所が悪すぎる!よりにもよってエリア8だなんて!

 エリア8とは、雪山の山頂近くである。鋼龍クシャルダオラの抜け殻が特徴的で、山の裏に続くトンネル以外はなにもない場所だ。

 エリア8で身を隠せる場所はその山の裏くらいだが、そこに身を隠してもドドブランゴは山を乗り越えて追いかけてくる。よってその手は使えない。

 さらに山頂。見渡す限りの斜面となっている。当然、見渡しは最高に良い。

 マキリにとっては最悪の状況だった。

『ガアアアアアアアアアアアア!!!!』

 ドドブランゴはマキリを追いながらも咆哮を絶やさない。心なしか、その咆哮には怒りが含まれているように思える。

 しかし、マキリからしてみれば知ったことではない。

「くそったれ!」

 マキリは悪態をつきながら、山頂から続く雪原をひたすらに走り続ける。

 ドドブランゴが後ろから襲い掛かってくる気配があれば横に転がり、目の前に立ち塞がれば股の間を潜り抜ける。ブランゴたちに囲まれれば顔を踏みつけて跳躍する。どうしても避けられない攻撃があればマフモフシリーズで受け流す。そんな風にして、マキリは度重なる攻撃を凌いでいた。

 もちろん、そんなことを続けていればマキリにも鎧にも疲労がたまる。それはマキリ自身も承知していた。

 だからこそ、マキリは目的地が見えてきたとき、思わず笑みを浮かべた。

 洞窟の入り口だ。

 雪山の中には複雑な構造をした洞窟がいくつも通っており、その中には当然、ドドブランゴが通れないような小さな洞窟も存在する。そこにさえたどり着けば、ドドブランゴが再びマキリを補足することはほぼ不可能だ。

 これで逃げ切れる!

 マキリは足の回転を速めて、ドドブランゴたちとの追いかけっこに幕を引く。

 しかして、その目的は果たされた。

 ただし、誰の意にもそぐわない形で。

『■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 衝撃波とも錯覚するような咆哮が、上方より下った。

 雪獅子は怯えたように立ち竦み、マキリは顔を一気に青褪めさせて上を向く。

 そこにあったのは、竜のシルエット。

 長い尾、腕と同化した、グライダーのような構造をした翼。

 そして、逆光であってもわかるその巨大な顎。

 それは、大きな雪埃をまき散らしながら、マキリの前に着地した。

 そうして初めて、マキリはその竜の全体像を見た。

 黄色い外殻に青い縞模様。飛行よりも走行寄りに進化した太い腕。一度狙った獲物を絶対に逃さないと言われる獰猛な目。

 そのすべてが、マキリの生存本能に危険信号を飛ばしていた。

「・・・ティガレックス」

 マキリがそう呟くと同時に、轟竜は上体を起こし、息を大きく吸い込んだ。

 それを見たマキリは急いで耳を塞ぎ、轟竜から身を投げ出すようにして雪に倒れこんだ。

『■■■■■■■ッ!!!!』

 その次の瞬間、冗談でも何でもなく、衝撃波が放たれた。足元の雪が抉れ、空間が歪み、鼓膜が破れそうなほどの咆哮。

 マキリは耳を塞いでもなお、肌で感じる咆哮の威力に戦慄した。

 轟竜の所以となったとされる、周囲に轟く咆哮は、マキリが今まで聞いたどんな音よりも強烈だった。

 肌のピリピリとした感覚がなくなった瞬間、マキリは転がるようにして立ち上がり、轟竜に目を向けた。

 咆哮を放つことに集中するためか、轟竜はその場から動くことはない。そして、幸い、轟竜はマキリに意識を向けている様子はなかった。

 彼の関心が向いているのはただ一つ。目の前にいる、人間などよりよっぽど大きな獲物だけだった。

 そして、哀れにも彼の関心を向けられてしまった雪獅子はというと。

 逃げていた。

 配下のブランゴたちと共に、わき目も降らず、一心不乱に逃げていた。

 心なしか、先ほどよりも走る速度が上がっているような気さえする。

 盛大な雪埃を上げながら逃げていく姿は情けなさを飛び越して、いっそのこと潔く見えてしまう。

 マキリは若干呆れていたが、轟竜にそのような感情は存在しない。

 あるのはただ一つ。腹を満たすという欲望のみ。

 轟竜は足に力を溜め、一気にそれを解き放った。

 再びの雪埃。

「うわっ!?」

 煙球を使ったのかと思うほどの、濛々と広がる雪煙がマキリの視界を遮った。濃霧に包まれたかのようなその有様では、敵の姿どころか自分の姿すら見失いそうになる。

 しかし、音だけは確かに聞こえてくる。

 轟竜の低い唸り声と、雪獅子の何かを訴えようとするような悲痛な叫び。

 何が起こっているのかは、見ていなくとも一目瞭然だった。

 マキリは歯を食いしばって、己を奮い立たせる。

 ここで立ち止まっていても何もできない。惚けている場合じゃない。

 マキリは己の記憶を頼りに、洞窟に向かって走り出した。

 しかし、その足音に反応したのかは定かではないが、その瞬間、轟竜が捕食しているはずの方向から、まるで岩でも削り取るかのような音が響いた。

 捕食するにしては妙な音だな。マキリがそう思った瞬間。

 彼の意識は一瞬、暗闇に落ちかけた。

 何が起こったのか、マキリには分からなかったが、自分が雪原に倒れているということを認識してからは芋づる式に理解した。

 恐らく、雪の塊のようなものでもぶつけられたのだろう。マキリの体には、倒れただけでは説明できないほどの雪がまとわりついていた。ポーチに手が届かないし、これでは走る速度も大幅に制限される。

 体は痛みを訴えていた。しかし、そんなことよりも、マキリにとってはここを離れることが先決だった。

「・・・くそったれ」

 だが、その意思に反して体は動かなかった。

 どうやら今の一撃は、自分の体を動かなくさせるには十分なものだったらしい。

 マキリは妙に冷静な思考を巡らせて、自分の状況を判断する。しかし、考えれば考えるほど、自分の絶望的な状況に対する諦観が湧いてくる。

 遠くでは、轟竜が捕食している音が聞こえる。肉がぐちゃぐちゃと音を立て、いやおうなしにグロテスクな光景を思い起こさせる。

「・・・これ、死ぬかも」

 マキリは息を吐きながら呟いた。

「でもまあ、やることはやんないとな」

 一応、約束だし。

 そんなことを思い、マキリは自分の体も一緒に攻撃する勢いで、自分に纏わりついた雪を殴った。

「っつーー!」

 案の定、自分の体にも拳があたり、マキリは顔を歪めるが、その甲斐あってか、自分の背中についていた雪は吹き飛んだ。

 体は動かないが、腕はまだ動く。マキリはポーチから茶色い色をした球体を取り出した。

「・・・まあ、気休めだけどっ!!」

 言葉と共に、茶色の臭気が爆発した。

 マキリの顔の横に叩きつけられた肥し玉は、あっという間に周囲に広がっていく。これを顔にぶつけられた村人は一週間トイレ恐怖症になったというのだから、その威力は推して知るべし。

 その匂いを至近距離で食らったマキリは、遠のきかけた意識を必死につないだ。

 ここで気を失ったら、轟竜どうこうじゃなく雪山の寒さで死ぬ。

 死ぬわけにはいかない。その一心で、マキリはどうにかそのにおいの奔流に耐え抜いた。

 しかし、だからと言って、うまくいく保証はどこにもない。

『■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 名状しがたき咆哮が、後ろから響いた。その声に乗せられた怒りを、マキリは正しく理解した。

 ああ、逆に怒らせちまったか。

 轟竜の獰猛な性格を考えると、そんな可能性が高いだろう。マキリはそう思ってはいたが、試すだけのことはしてみよう、そう思っていた。

 だが、裏目に出てしまったらしい。

「・・・母さん、悪い」

 後ろから影が近づいてくる。マキリは静かに、天の母に懺悔する。

「・・・悪い」

 今度は村のみんなに、情けないハンターと言うだけでも不満だっただろうに、まさか薬草を取りに行っただけで死ぬとは思わないだろう。自分でも情けない。

 影が自分の頭に覆いかぶさってくる。マキリは静かに目を閉じて、最後に一人の顔を思い浮かべ。

「なーに諦めたような顔してんだ。小僧」

 ようとして、頭に落とされた拳骨に悶え苦しんだ。

「っーー!っーー!」

「おーおー、悪い悪い。防具の上からなら大丈夫かと思ってな」

 大人の男らしき声に、マキリは目を白黒させながら、疑問を持った。

 轟竜はどこにいった?というか、この男はどこから現れた?

 そんな疑問を口に出そうとしたが、頭の痛みのせいでうまく口が回らない。

「・・あっが、あん、た、誰、だよ」

「んー?誰?お前さ、こんなところに一般人が居るとか思ってんの?お目出度いなその頭。暖炉の上にでも飾ってやろうか」

 無駄に口数が多い男だった。しかし、そんな感想を頭の隅に置いてから、マキリはその男の言葉を頭の中で吟味して、すぐに答えを出す。

 しかし、その答えを口に出す前に、男は喋りだした。

「いやあ、参ったぜ。あんな村に配属されたと思ったらいきなりティガレックスだもんよ。いやはや、本当に人使いが荒いなあの婆。いや、別に良いんだぜ?ただ、まさかお前みたいな餓鬼一人で二年間もハンターやってたとはなあ。よくやるよ本当。お疲れさん。今度からは俺もやるから気楽にいこうぜ」

 本当に口数が多い。マキリはため息を吐きたい気持ちを抑えて、既に雪ぼこりがなくなった視界でその男の顔を捉える。

「お、中々の美少年。こりゃ都の奴らに見せたら喜ぶな。ま、装備が貧弱すぎるが」

 その男は燃えるような赤い髪に、二十代後半とみられる顔つき、装備はこの辺りでは見慣れない赤と黒をベースにした防具に、同じ色合いの大剣を背負っている。

 以前、このような装備を持ったハンターを見たことがある。確か、レウスシリーズとかいう装備だ。

 空の王者と呼ばれるモンスターリオレウスの素材を使って作られた防具。それはすなわち、リオレウスを倒すことのできる力量を持っているということに他ならない。

 マキリは自分の役割の終わりを悟り、口元に笑みを浮かべた。

「・・・僕はマキリ。あんたは?」

 マキリが声を絞り出せば、男は口角を上げて笑った。

「ホイレンだ。よろしく、マキリ。ああ、それと」

 そして、続けた。

「お前、臭いぞ」

 待ち望んだ邂逅だった。

 しかし、ホイレンの第一印象は最悪だった。

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