腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第11話

『■■■■■■■■■■■■■!!!』

 フルフルの咆哮は、どことなく音爆弾に似ている。

 耳を貫き、平衡感覚がなくなる不快な音だ。高周波の音と低周波の音が混ざり合ったかのような気色の悪い咆哮は、フルフルの容姿をそのまま具現化したかのようだった。

 白くたわんだ皮膚、所々浮かび上がる赤い血管。そして、何よりも目立つのは身体の白とコントラストをなす口の赤だ。微細で、鋭利な牙が赤い口の中に無数に並び、マキリにいや応なくグロテスクな光景を想像させる。

 不気味。

 その一言に尽きた。

 しかし、怯もうとしてはいけない。

 時間が経てば新たなモンスターが来るのは先ほどまでの戦闘で嫌と言うほど分かった。このモンスターハウスで狩る速度が遅ければ自分の生存率は指数関数的に減少していく。

 だからこそ、怯まない。

 立ち向かう。

 マキリは大剣を身体に一体化させるようにして労力を減らしながら、フルフルの側面に移動する。

『フルフルの前にだけは立ってはいけない』

 フルフルはその柔らかい皮膚と伸縮する筋肉によって首や尻尾を伸ばすことが出来る。そんな相手の前に立つなど恐ろしくてできたものではない。

『だから、斬りつけるならば側面か背後からになる』

 マキリは大剣を振るい、翼の付け根を切り裂く。

 フルフルの肌は鱗に覆われていない。そのためフルフルの肌は柔らかく、ほかのモンスターに比べれば肌を斬ること自体は容易い。

 しかし、この鱗に覆われていないという性質はハンターにとって、決してプラスにのみ働くわけではない。

 翼の付け根を切り裂かれたフルフルは、小さくうめき声を上げた。

 しかし、次の瞬間。

 マキリの眼前には、赤い口が広がっていた。

「っ!!」

 その赤い、剣山のような口に恐れを為す前に、マキリは動いた。

 マキリは即座に大剣を自分と口の間に割り込ませると、フルフルの歯と大剣の刃とがぶつかり合った音がすると共に、腕に少なくない衝撃が伝わる。

 マキリはその衝撃に耐えようとはせず、利用し、地面を転がった。

「・・・やっぱ、やばい」

 マキリは、乾いた唇をなめながら、目の前の敵を見据える。

 フルフルは伸ばした首を元の位置に戻していた。そして、まるで犬が臭いを嗅ぐときのように首を周りに一回りさせる。敵の位置を探っているのだ。

 そして、どうやらマキリの気配を察知したらしい、フルフルはマキリの方に顔を向ける。

 その仕草はどうしても不気味さが先に立ち、一体何を考えているのか、次の瞬間どのような行動に出るのか、予想が出来ない。

 そして、フルフルはマキリの方向に首を向けると、口をパクパクと開閉させた。

「・・・?」

 マキリが、何か不気味な予感を感じて半歩、確かに後ずさった。

 かぷ、という気の抜けた、何かに噛り付くような音がした。

 マキリの視覚は、聴覚に比べてコンマ数秒遅れた。

 気が付けば、鼻が触れてしまいそうなほどの距離に、フルフルの顔があった。

 鳥肌が立つ。

 顔が引き攣る。

 我武者羅に後ろに飛び去り、息を整える。

 一気に上がった心拍数に呼応しているのか、マキリの全身には汗が噴き出ていた。未だかつて相対したことがない脅威に対し、全身が絶え間なく危険信号を発している。

「・・・読みにくい」

 フルフルの最大の特徴は、その読みにくい攻撃だ。

 通常、飛竜などの生物は決まったモーションを持つ。

 何故なら、生物には固有の、最も効率的な体の動きと言うものがあるからだ。

 例えば、犬や猫は基本的に二足歩行はしない。それをするメリットがないからだ。

 四足歩行の方が速度も出る。二足歩行が出来たところで人間のように道具を使うことも出来ない。だから二足歩行はしない。

 それは骨格や筋肉が四足歩行という生態に合致しているからでもある。非効率的な動きは往々にして淘汰され、洗練された動きをする個体だけが生存を許される。

 だから、結果的に決まったモーションと言うものが生まれてくる。非力なハンターはそのモーションを熟知し、モンスターよりも一歩先を読んだ行動をしなくてはならない。

 だが、フルフルは良くも悪くも普通ではない。

 弛んだ皮は柔軟な動きを、収縮する筋肉は途轍もない速度の捕食を可能とする。

 結果、何が起こるか。

 この上なく読みにくく、油断が出来ない攻撃が完成する。

『変幻自在、フルフルの攻撃はまさにそれだ』

「・・・くそったれ」

 悪態をつく。

 前任者がなぜこいつを好んでいたのか、理解に苦しむ。

 マキリは再び大剣を構える。

 先ほどと同じ攻撃をするのは下策だ。フルフルも馬鹿ではない。同じ動きを何度もされれば対策くらいはするだろう。しかし、待ちの姿勢をとるのも危険だ。先に言った通り、読みにくい動きを待ったところで大したカウンターをすることは出来ない。さらに、今は時間もない。

 重要なのは、先手を取り続けること。

 相手に対応の隙を与えないことだ。

 マキリはフルフルの背後に回り込み、大剣を振り下ろす。

 無論、フルフルは避けようとするが、避けようとしても避けられない位置に大剣は振り下ろされていた。浅い一撃がフルフルの肌を切り裂く。浅くてもいい。マキリに必要なのは手数だ。

 フルフルの後ろに張り付き、ひたすら大剣を振り回す。

「ふっ!」

 息と共に吐き出される大剣はフルフルの肌を切り裂き、赤い血が表面を流れていく。

 だが、フルフルもやられるばかりではない。

 尻尾を振り回し、後ろに居るマキリの頭を殴打しようとする。狙いが正確なのは、フルフルの主な感覚器官が目ではないからだろう。

 だが、正確な分、マキリにとっては避けやすい。

 紙一重で頭を下げ、尻尾の付け根に大剣を叩き込む。

 防具の端を尻尾が撫でていく感覚が、マキリには懐かしい。ずいぶん昔は、こういった避け方をしていた。しかし郷愁に浸っている暇などない。マキリは全身に力を入れ、大剣を振るい続ける。

 しかし、妙なことが起こった。

 その時、フルフルの尻尾が、まるで吸盤のように膨らみ、地面に吸い付いたのだ。

 いったい何をするつもりだ。

 マキリは怪訝な顔をしてそれを見たが、すぐに顔を青褪めさせた。

『フルフルが尻尾を地面に着けたとき、それは体の中のエネルギーを外に放出する時だ』

 記憶の中の声が、今更にして蘇る。

 まずい、そう思った時には、マキリの身体はフルフルに近づきすぎていた。

 フルフルを見ることも、戦うことも初見だったマキリには見切れない。

 ドスギアノス、ドスファンゴ、そういった、目に見える脅威とは違う力を持つ存在とは違う。

 マキリが今まで相手にしてきた、分かりやすい脅威ではないと頭ではわかっていても油断していた。

「しまっ」

 その行動は、フルフルの大きな特徴の一つ。

『■■■■■■■■■■!!!』

 光が、マキリを襲った。

 青白い、熱い、電気の束がフルフルを囲うようにして走り出す。周囲が一瞬明るく照らされ、不気味なはずのフルフルが明るくライトアップされる。

 それは電撃だった。

 空中を走るほどの強烈な電圧で弾き出された電子の光。まともに受ければ感電どころでは済まない。空気と電気の抵抗は強大な熱を生み出し、触れるものの肌を焼き、焦げさせる。

「がああああああああっ!!!」

 マキリから今日初めて、苦悶の声が発せられた。

 防具に目を向ければ、二の腕から前の部分の防具は溶けだし、頭部の上部分は食い千切られたように消失している。その断面が黒く炭化しているところを見れば、その電撃の脅威は十分に伝わるだろう。

 溶けだした防具の一部は身体に張り付き、強烈な熱をもってマキリを襲う牙となる。マフモフは寒さには強いが暑さには滅法弱い。その性質が裏目に出た。

 

 熱い、痛い、熱い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!

 

 心中で叫ぶマキリは、それでもフルフルから目を逸らすことはない。

 苦悶の声を漏らすマキリの方に、フルフルは目を向ける。恐らく声のおかげで場所が把握しやすくなったのだろう。しかし、そうとわかっていても声を漏らさないのは至難の業だ。

 フルフルは、またもや尻尾を地面に着けた。マキリはその姿を認めると、今度はすぐさまフルフルから距離をとる。歯を食いしばり、荒い息を漏らす。全身から吹き出る汗が、やけに強く感じる心臓の鼓動が鬱陶しい。

 マキリは早急に火傷のダメージを抑えようと、ポーチから回復薬を取り出そうとする。

 ここまで離れれば、あの電撃からは逃げられる。だから今のうちに回復を。

 そう思ったマキリは、しかし、目の前のフルフルの挙動が先ほどとは違っていることに気が付いた。

 先ほどと同じように、身体を電気が走っている。それは良い。

 先ほどよりもその勢いが弱い。それもいい。

 だが、その口元が青白く光っているのは、一体どういうことだ?

 天を仰ぐように上に口を向けたフルフルは、全身を光らせながら、その口から電気と空気のぶつかり合うバチバチという音を鳴らしている。

「ふざっけんな・・・!」

 彼我の距離は目測で三メートル。直接的な攻撃であれば、避けるには十分な距離。

 だが、電気の速さにとって、そんな距離などないに等しい。

 マキリはポーチに入れていた手を引き抜いて、回避行動をとろうとする。

 フルフルの口から電撃の弾が吐き出されたのは、それとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたマキリ。これで終わりか?」

 父親が、木刀を持ってマキリを見下ろしている。

 場所は訓練場。久々に帰ってきた父は、帰ってくるなりマキリに稽古をつけた。

 稽古と言っても、ハンターの武器を扱うわけではない。ただ、相手の動きに目をついて行かせる訓練だ。

 父親が打ち、マキリが受ける。隙あり、とマキリが思えば、マキリが攻める。

 だが、マキリの攻めが父親に通ることはなかった。

「・・・まだ、やれる」

 マキリは生来の負けず嫌いを発揮して、いつも粘っていた。自分の身体が動かなくなるまで、気を失うまで、骨が折れるまで、父親が終わりにする、と宣言しない限りは絶対に負けを認めたりはしない。

 そのとき何歳だったのか、マキリは覚えていない。ただ、八歳の頃にはハンターの武器を持たせてもらっていたから、恐らく六歳前後だろう。

「おりゃああああああああ!!!!」

 マキリは大声を上げながら、父親に向かって木刀を振るった。

 父親の動きを真似て、身体に負担がかからないように、最短で、真っすぐに、最良の軌道を目指して。

 けれど、マキリの技術がそこまで到達するにはまだ遠く、体格も違うようでは父親に一撃を与えることは出来なかった。

 容易く木刀は打ち上げられ、父親の木刀がマキリの腹に突き刺さった。

「うっぐう」

 思わず膝をつくマキリを見て、傍らに居たオッカイは呆れていた。

「おいギンジ。流石にやりすぎだろう。まだ子供だぞ」

「黙っていろ」

 父親はオッカイの言葉に耳を貸そうとはせず、ただ自分の息子を見下ろしていた。

「どうしたマキリ。これで終わりか」

 その声が、マキリは嫌いだった。

 自分がこの程度で諦める等と毛ほども思っていないくせに。

 マキリが、立てなくなるまで戦うことなど知っているくせに。

 それでも馬鹿にするような口調で自分を詰る父親が、その時ばかりは嫌いだった。

「・・・終わりなわけ、ない」

 オッカイの呆れたような、不憫なものを見るような目は気にならなかった。

 ただ、目の前の敵から送られるその視線が。

 馬鹿にしたような。

 侮ったような。

 失望したような。

 そして、どうでもいいものを見るような。

 そんな視線が許せない。

 子供には過ぎた自尊心が、その時のマキリを動かしていた。

 目的はただ一つ、目の前の人間に認められたいがために。超えたいがために。知らしめたいがために。

 マキリは木刀を握り、地面から膝を離す。

 目の前を見据えて、ただ意識を相手に一撃入れること、それだけに集中する。

 そうすると、見えてくるものがある。

 どうすれば攻撃を掻い潜れるか。

 どうすれば敵に攻撃を当てられるのか。

 そして、どうすれば敵を殺せるのか。

「■■■■■■■■!!!」

 どんな声を出したのか、自分でもわからない。

 どんな行動をしたのかも、どんな攻撃を受けたのかも、どんな攻撃をしたのかも。

 どうやって一撃を入れたのかも。

 その時のマキリには、なにも分からなかった。

 

 

 

 

 

 身体が熱い。そんな気がする。

 特に、足が熱い。見てみると、ブーツが溶けていた。なぜだろう、そんな風に考えようとしても、なにやら頭に靄が掛かっていた。体が熱すぎて、どうにかなってしまったのだろうか。

 だが、まあどうでもいい。

 重要なのはきっと、目の前に居る獲物だけだ。

 背中にある大剣に気が付いた。これなら、叩き潰せそうだ。

 目の前の敵を見る。あれなら、殺せそうだ。

 手を握って、開ける。動く。足を上げて、下す。動く。首を回す。動く。腕を振る。動く。指を動かす、ナイフを抜く、しまう。大剣を振る。しまう。

 問題ない。出来る。

 ならば、殺す。

 青白い光が視界に入る。肉が焼けた匂いがする。どこからするのだろう。気になったが、すぐに意識の外側に放り投げた。

 殺す。

 目の前の白い皮膚に、大剣が阻まれる。ぶよぶよの皮膚は衝撃を吸収している。手応えがないのが良い証拠だ。

 殺す。

 ならば、頭を狙うか、それとも懐に入り込むか。しかし、懐に入り込んでも大剣では思うように動けない可能性がある。

 殺す。

 頭しかないか。また、目玉付近を狙う。そうすれば少なからず相手の脳にもダメージを与えられるだろう。

 噛み付かれて肉が引きちぎられるかもしれないが、仕方がない。

 今は、怪我を気にしている暇はないのだ。

 ただ殺す。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 殺すために殺す。殺しつくす。何もかもぶっ潰す。血みどろにして、死体を増やす。ひたすらに殺す。殺しつくす。

 そのために考える。どうすれば相手に最も致命的なダメージを与えられるか、それだけを考える。自分の怪我など知ったことではない。

 目の前の白い何かは何度か青白い何かを放っている。肌がピリピリするような不思議な感覚がする。少しだけ身体が痺れる。けれど痛みはない。だから問題ない。

 身体が動けばそれでいい。

 大剣を振りかぶり、振り下ろす。回転させ、翼に叩きつける。ぶよぶよの身体でも骨はあるらしく、目の前の何かは怯んだ様子を見せる。

 なるほど、つまり、肉感が薄いところを狙えばいいわけだ。

 そうとなれば話は早い。

 相手の最も肉感の薄いところはどこか。

 見渡して、一瞬で見抜く。

 足だ。

 このぶよぶよ、足の筋肉が薄い。もしかしたらいつも洞窟にくっついて狩りでもしているのだろうか、それとも待ち伏せ?それなら足の筋肉は必要ないし、翼があるのなら飛ぶのだろう。ますます足の筋肉は必要ない。

 けれど、いま、地上で活動している以上は足がなければ移動もままならない。

 つまり、足を殺せば殺せる。

 殺せる。

 即座に近づいて、足に大剣を叩きつける。骨が折れた音はしない、しかし、少しはダメージを与えた。ならばあとは重ねていく。攻撃さえ通れば勝てない道理はない。

 上から、下から、横から、振り下ろし、打ち上げ、薙ぎ払う。身体が軽い。驚くほどによく動く。頭の片隅でそんなことを考えながらも動きは止めない。

 血が飛び散る。相手の血だろうか。それとも自分の血?

 骨が折れる音がする。これもどちらか分からない。

 朦朧とする意識の中で、ただ敵への殺意だけが明瞭だった。

 目の前のぶよぶよが倒れる。チャンスだ。

 ここで、頭をかち割れば殺せる。千載一遇だ。殺さなければ、殺せば死ぬのだ。ならば殺す。

 自分の中で論理を確認しながら、大剣を振り下ろす。

 ガツンと、相手の骨に大剣が当たる感触がした。思わず笑みが零れる。これだ。この感触だ。これが殺せる感触だ。

 大剣を大きく振り回し、余りある破壊力と共に、大剣と地面で白い頭を挟み込む。無論、今度もガツン、という感覚がする。それも、先ほどよりも強く。

 これで良い、あと少しだ。

 そう思い、新たなモーションへと移る。今度も先ほどと同じように身体ごと回転させる。大剣を振り回し、風切り音と共に振り下ろす。

 ガツンと言う音と、バキン、という何かが折れる音がした。

 これだ。

 これが出れば、あと一撃だ。

 白いのは起き上がりつつあるが、関係ない。あと一撃、たった一撃見舞ってやればそれで終わりだ。

 と思ったが、白いのは口から青白い光をバチバチと放っていた。まるで何かをため込んでいるようだ。必殺技でも出すのだろうか。知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。このままいけば、先にぶつかるのは自分の大剣だ。白いのの行動は無駄だ。

 大剣は音をさせ、ガツン、という音と共に停止した。そして、首を傾げる。

 ガツン?脳を殺した音じゃない。

 音の源泉を見てみれば、そこにあったのは翼だった。

 翼が、自分の大剣を受け止めているのだ。その翼はどうやら今の一撃で折れたようだった。最後の一撃だから、と気合を入れていたのが良かったのだろうか。

 そんなことを考えていると、目の前の口が青白い光を更に増幅していた。今にも青白い塊となって、目の前に、自分に、放たれそうだ。

 これは流石に死ぬかもしれない。

 見るからに熱そうだし、見るからに痺れそうだ。これを食らったらただじゃすまない。バチバチと言う音が、どこか現実離れしたものに聞こえる。さながら小鳥のさえずりのようでもあり、川のせせらぎのようでもある。

 ああ、綺麗だな。

 青白い塊は、時折黄色の火花を散らせている。さながら金色の宝玉だった。

 自分の命を奪うかもしれないその光に、しばし魅入る。その時間は一瞬のようにも、数秒のようにも感じられた。極限まで引き伸ばされた時間の中で、その黄金を見つめる。

 良いかもしれない。

 これに殺されるのなら、それでいいかもしれない。

 殺し殺され殺す殺され殺して殺して殺して殺して殺して殺される。それで終わりちゃんちゃん終了お疲れ様だ。光は収束し、一つの大きな球となる。近づくだけで感じる熱の奔流。

 これは、死ぬな。

 そう思えば、ふっと頭の奥が冷えていく。

 そういえば、この白いのの名前はフルフルだった。青白いのは電撃か。さっきから焦げた匂いがするのは自分の肉だな。骨も何本か折れてるのかも。気が付けば満身創痍だ。回復薬を飲むのも忘れていた。僕が戦っていたのはハンターだからだ。

 でも、ほかに何かあった気がする。

 なんだっけ。

 電撃の塊は程なく放たれる。けれど、その動きは途轍もなくゆっくりと見えて、正直なところどうでもよかった。

 僕は何のために戦ってるんだっけ。

『あんたは毎回毎回無理をするね、気を付けなよ』

 道具屋のお姉さんの声がする。確かアイさんと言ったかな。オッカイと仲が悪かった。でも違う。

『はっはっは!毎回毎回ぼろ雑巾見てえだな!ハンターならもっと楽勝に勝て!な!』

 大工のウタリが笑っている。毎回毎回傷だらけの僕を見て笑うやつだ。でも傷だらけの僕を見れば薬草をくれた。

『お前の防具を直すのは誰だと思っている』

 いつも嫌味を言うのはオッカイだった。けれど、防具なしで行こうとすればすぐに怒った。わからない人だ。

『あんたは面白いくらいに怪我するねえ。キノが心配するのもわかるわ』

 ギルドで働いていたカリンは笑いながら僕の頭を叩いた。面白いと言われたのはうれしかったけれど、叩かれた頭は痛かった。

『マキリほどの無鉄砲は見たことないねえ』

 オババはふわふわと笑っていた。僕を止めないでいてくれたことはうれしかったけれど、何故か、オババと話すと狩場に行き辛くなった。

 けれど、気にしたことなんてなかった。

 どうでもよかったから。

 他のことに比べたら、どうでもよかった。

 誰かのために戦っていた。きっと、何かの為じゃない。誰かのために。

『無理はしないこと、お願いね?』

 その言葉を言ったのは誰かだった。

 けれど、違う。

 お前じゃない。

 お前が言った言葉はわかる。自分に心配をかけさせないでほしい。そう言っていた。

 けれど、心配させたくないのは、心配させたいのは、本当に心配してほしいのは、誰だ。

 

『大丈夫?』

 

 母を埋葬した日、隣で静かに、真剣に、潤んだ瞳で自分を見つめる人を思い出す。

 片時も手を離さないでいてくれた人を思い出す。

 すとん、と心のうちに入り込む。

 そう、君だ。

 瞬間、意識に光が入る。靄が掛かっていた視界が晴れ渡る。痛みは不思議と感じない。空の青と土の黒、湖の青と雪の白、フルフルの白と口の赤。

 マキリには、全てが一挙に理解できる。

 

 目の前にある状況がいかに絶望的かということも。

 

「っ!!!」

 大剣を盾にするか?いや、間に合わない。じゃあ回避?この距離で?無理だ。じゃあどうする。どうすればいい?防具はほとんど焼かれて残っていない。ほぼ無防備な自分の身体に電撃が当たれば、最高に運が良くて気絶する。そして、気絶すればそれすなわち死ぬことと同義。

 どうするどうするどうするどうするどうすればいい?

 考えて、考えて考えて考えて、

 そして、一つ思いついた。

『フルフルは嗅覚で周りを探っているという説がある。そして、恐らくそれは本当だ。眼が退化しているため閃光玉は効かないが、その代わりになるものがある。それはーー』

 即座に、ポーチの中から茶色の玉を取り出し、相手の鼻先に叩きつける。

 普段から強いモンスターに会った時のために用意しているもの。

 今回は置いてこようかと思って、それでもいざというときのために持ってきておいたもの。

 肥し玉だ。

 一気に、凄まじい勢いで耐えがたい悪臭が垂れ流される。鼻から流れ込むその臭いは、いや応なく吐き気を催させる。痛みを和らげていた興奮が一気に引いて行き、それと反比例して火傷裂傷打撲骨折その他もろもろの痛みが押し寄せる。鳥肌が立つ暇もない。思わぬ激痛に身体が呻く。

 しかし、目の前のフルフルもまた、その匂いに悶え苦しんでいた。溜め込んでいた電撃を霧散させ、周囲を見渡している。自分の敵がどこに行ったのかもわからないらしい。

 これはチャンスだ。今こそ、無防備な頭に一撃を加えなければ。

 マキリは一歩踏み出した。けれど、実際には一歩も踏み出していなかった。

「・・・え?」

 ぶわっと、鳥肌が立つ。痛みも何もかもが一瞬遠い彼方に飛んでいき、頬が引き攣る。

 身体が、ピクリとも動かない。疲労ではない。疲労はあるが、動けないほどではない。この程度の満身創痍でも戦える。それでも身体が動かないなら、答えは一つしかない。

 ここにきて、臆病者が出た。

「くそったれが・・・!」

 あと少しだ。あと少しのはずなんだ。

 理由はわかる。今のフルフルには周りが見えていない。言ってしまえば両目が潰された状態だ。そんな状態になれば四方八方に暴れまわり、敵を近づけないようにするに決まっている。近づくのは途轍もなく危険だ。予測の出来ない動きをされたならこっちに出来ることは何もない。

 けれど、あと一撃なんだ。

 今がチャンスなんだ。怯んでるんだ。今しかない。

 しかし、いくら体に力を入れても身体は前に進まない。それどころか、後ずさりしようとしているようにも思える。危険だというのだろう。周りが見えていないフルフルはブレスを、電撃をまき散らす。それにあたってしまえば一巻の終わりだと言っているのだろう。

 マキリは既に悟っていた。この状態になった自分は動けない。どんなに言い訳をしても、一度出てきた臆病者を殺すことは出来ない。臆病者は自分なのだから。

 けれど、マキリは思う。

 この状態で、この満身創痍の状態のフルフルを放置することは出来ない。

 傷を負ったモンスターほど怖いものはない。周囲に当たり散らすこともあるし、自分を傷つけた人間に対して憎悪を抱くこともあるかもしれない。それが原因で、人を食うモンスターになってしまうことだってあり得る。

 それは最悪だ。

 ハンターがクエストに失敗してはいけないのは、そういう理由もある。

 だからここでマキリはハンターとして、目の前の敵を殺さなければならない。

 殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す。

 ただひたすら、それだけを考えて、思考を尖らせていく。感情をそぎ落とし、ひたすらにひたすらに、鋭く、殺すことだけを考える。

『大丈夫?』

 靄が掛かりかけた思考が、クリアになった。

「・・・大丈夫だから、もう一度!」

 もう一度、殺すことだけを

『大丈夫?』

 心配した顔が頭を過る。

 思考が途切れる。

 どんなに振り払おうとしても振り払えない。

 というよりは、振り払おうという気になれない。

 惚れた弱み?アホか。こんな時に色惚けてる場合か。しかし、出来ないものは出来ない。マキリは自分の頭に嫌気がさしてくる。

 やがて、フルフルは電撃を放ち始めた。無差別にそこら中に、マキリはその回避を始める。そして、チャンスを逃したことを確信した。

 まだ頭蓋骨は割れているはずだ。というか、流石にモンスターでもそこまでの回復能力はない。骨を折れば、まあ、寝ない限りは問題ない。むしろ、寝たならどうにかなりそうなところが怖いのだが。

「・・・どうする」

 自分で言っておいて、マキリはわかっていた。

 自分では、もうこれ以上の狩りは出来ない。

 ここは一時撤退し、気持ちが落ち着いてから殺した方が良い。が、そこで臆病者が出ないとも限らないのが痛い。

 しかし、マキリの状態は満身創痍だ。戦えないわけではないが、あと一撃でも電撃を食らえば高確率で死ぬ。

「・・・撤退、か」

 マキリはそう言って、目の前のフルフルにペイントボールをぶつけようとポーチの中を探る。せめて、位置の把握だけでもしておこう、という意地だ。

 しかし、その必要はなくなった。

『■■■■・・・・』

 消え入るような咆哮が響き、唐突に、フルフルは地面に伏した。

 しばらくもぞもぞと動いていたような気もするが、すぐに動かなくなった。

 そして、恐らく、もう二度と動き出すことはないだろう。

「・・・狩った、のかな?」

 マキリはぼんやりとした頭で、ため息を吐いた。

 何故倒れたのか、マキリには分からない。考えるだけの頭もなかった。

 狩った、そう認識した瞬間、身体から、力が抜ける感覚があった。

 許されるなら、今ここで突っ伏して、フルフルと同じように眠りたい。

 だが、それではだめだ。

 それでは、生き残った意味がない。

「・・・休もう」

 マキリはエリア1から引き上げる。足を引きずり、いつの間にか折れていた左腕を庇い、火傷の痛みを抑え、抉られた腹を止血して、回復薬を飲みながら。

 モンスターたちの屍が積み上げられた、血なまぐさい戦場から。

 その立役者は、血まみれになって帰還した。

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