木片を握る。
地面を蹴る。
振りかぶり、頭を殴りつける。それと共に木片は砕け散り、武器は失われる。しかし、足元には新たな木片がある。すかさず握り、地面を蹴る。
民家がいくつか壊されており、皮肉にもそれらの破片がマキリの武器となる。
もっとも、モンスターの甲殻を相手に効果があるのか、と言われれば苦笑いするしかないが。
観察しながら、考える。
眼が見当たらない。ということはフルフルのように目以外のもので周囲の状況を探っている可能性がある。
体はティガレックスを一回り大きくした程度の大きさだ。突進を食らえばただでは済まない。
翼の形状から飛行能力は相当のものと考えられる。
飛び散っている粉末の正体は不明。今は出来る限り吸い込まないことだけを考える。
脚の太さは通常の飛竜と同程度。しかし四本の足があることから突進のスピードはフルフルなどとは比べ物にならないと考える。
鱗がありきちんとした骨格が存在している。つまりフルフルのような変幻自在な動きは出来ない。
そして、最も重要な情報が一つ。
相手の身体の傷だ。
翼も頭も背中も尻尾も、ほとんどすべての箇所が負傷している。赤い血液が身体の至る所から流れ出している。並外れた代謝をもってしてもすぐには回復できまい。
人間かモンスターか。その判別こそできないものの、目の前のモンスターは確かに深手を負っていた。
これを利用すれば、倒せるとまでは行かなくても、苛立たせ、注意を引き付けることは出来る。
村人たちの様子を横目で見れば、既に何人かは事前に用意してあった竜車に乗り込んでいる。全員が避難するのに必要な時間はあと十分ほどだろう。それまでマキリは目の前の怪物を引き付ければいい。
勝利条件は村人全員の避難が完了すること。
「・・・まあそれを為しても、逃げるわけにはいかないんだけどッ!」
ゴア・マガラは身体を少し浮き上がらせ、紫と黒が混ざり合った色のブレスを吐き出す。このブレスの材質は不明でも当たれば即死することは確かだった。避けたブレスは民家にぶち当たり、容易くその形を崩壊させる。
転がした身体を一瞬立ち上がらせようとして、辞めた。逆に、地面に這いつくばる。
目の端にゴア・マガラが翼をはためかせ突進する姿が映ったからだ。
這いつくばったマキリの上をゴア・マガラが滑空していく。今立ち上がれば首だけを持っていかれたかもしれない。想像するだに恐ろしい光景だ。
マキリは即座に立ち上がる。
身体はかつてない高揚感を訴えていた。それはそうだろう。鬼人薬によって筋力を増強し、硬化薬によって体の強度を底上げしている。強走薬のおかげで息を荒げることはなく、秘薬の作用によって体力は通常の水準に近付いている。
しかし、わかる。
これはあくまでもドーピングであり、言うなれば身体を騙し続けているに等しい。この状態は決して長くは続かない。
勝利条件であるあと十分間、これが続くか。
否。
普段の健康状態であればどうにかなったかもしれないが、今のマキリではこの体の性能に体の強度がついて行かない。持ってあと五分。マキリの予想では三分が限界だ。
では、どうすればいいか。
分からない。
分からないが、それでも止まるわけにはいかなかった。
村にはまだ人の姿がある。彼らを追わせるわけにはいかない。
『■■■■■■■■ッ』
小さく、呻くように、ゴア・マガラは吠える。
マキリは漏れそうになるため息を飲み干し、木片を持つ手に力を籠める。
頼りない木片を構え、もう一度地面を蹴った。
※
大剣は青の軌跡を描き、鋼の甲殻に叩きつけられる。
その鋼の甲殻の前ではホイレンの大剣は単なる鈍器に成り下がる。弾かれた大剣は赤い火花を散らし、使用者への衝撃となって襲い掛かる。しかし、弾かれた大剣の動きを利用しつつ再び攻撃を加える技量は流石というべきだろう。旋風吹き荒れる戦場に数条の雷が迸る。
ホイレンが目の前の脅威と遭遇したのは、度重なる不運が原因だった。
雪山を調査していたホイレンは、山頂付近に存在していた黒雲が一時的に散ったことから、山頂付近の調査を開始した。
考えなしの結果ではない。そもそも、轟竜が山頂付近に居たということが、逆に山頂付近の安全性を保証していたのだ。
もしも轟竜と同程度、あるいはそれ以上の脅威が山頂付近にあるようなら、普通の轟竜ならば近づいたりはしない。それは本能だ。よほど頭がやられていない限りは、その原則が破られることはない。
しかし、残念ながら、その轟竜はまさしく頭がやられていたらしい。
山頂付近に到達したホイレンを待ち受けていたのは、巨大な龍の抜け殻と、その抜け殻の主であろう龍だった。
その時のホイレンの心境を表すなら『勘弁してくれ』が最も近かっただろう。
「おおおおおらああ!!!」
ホイレンは声を張り上げ、吹き荒れる嵐の中で自分の存在を主張する。
本音を言えば、ここで逃げてしまいたい。しかし出来ない。何故なら、ここは山頂付近だから。
くしくも先日のマキリと同じような状況に陥ってしまったホイレンは、しかし、ここで逃げることも出来なかった。
相手がドドブランゴであればいざ知らず、目の前の龍は飛行する。逃げている途中に上空から攻撃をされれば人間であるホイレンは一溜りもない。
この手の手合いは一瞬でも目を離せばこの世からおさらばという事態になりかねない。だからこそ、ホイレンは今、ここで戦うしかない。
例え、相手が古龍という天災に等しい存在だったとしても。
『■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!』
甲高い叫び声。鋼龍クシャルダオラは、それと共に、雪を巻き上げつつ迫る風の弾を打ち出した。近くにいるだけでも風圧で吹き飛ばされそうになるそれを、ホイレンは身体を投げ出すように回避し、すかさず立ち上がり、再びそこから身を投げ出す。すると、先ほど立っていた場所に大きな風穴があく。ホイレンが足場にできるほどしっかりした雪の足場を、跡形もなく削り取るほどの威力。人間に当たっても恐らく同じ結末が得られるだろう。
一瞬だ。一瞬の判断ミスが文字通り生死を分ける。いつもの狩りと同じと言えば同じだが、防具の守りもほとんど意味をなさないという点において、やはり古龍ほど理不尽な存在はいない。
しかし、ホイレンは自分が幸運だと感じていた。
クシャルダオラの角が、半ばから折れていたからだ。
ハンターの中でも一部しか知ることはないが、クシャルダオラは角を折られると、風の操作が出来なくなる。
正確には細かな操作が出来なくなるだけで、天候を変える程度のことは変わらずに出来るのだが、クシャルダオラの最大最強の特徴である風の鎧。近づくだけでも吹き飛ばされるような厄介な性質を封じることが出来る。
これがなければ、いくらホイレンと言えども一瞬で勝負は決まっていただろう。
クシャルダオラと単体で遭遇し、生き残った人間はいない。
そう言われる一番の所以が、今、恐らくは消失している。
であるならば、チャンスはある。
迫りくる鋼龍の突進を避けるとともに、足を浅く斬りつける。弾かれず、傷をつけられる程度に。金属に小さな傷が走り、それと共に電撃が流れる。
しかし、その程度の傷も電流も、鋼龍にとってはかすり傷ですらない。
それどころか、少しだけ首を傾げ、今、何かをしたか?とでも言いたげな仕草だった。
「・・・ま、あくまでもチャンスなんだけどな?」
先の見えない戦いに、ホイレンは少しだけ苦笑いを浮かべた。
※
正直、マキリにとってこの状況は絶望的も良いところだ。
ゴア・マガラの怪我の具合から見て、このモンスターはエネルギーを補給するために、すなわち獲物を食らうためにこの村に目を付けた可能性が高い。
なぜ雪山に行かなかったのかと言う疑問はあるが、なにはともあれ、このゴア・マガラの目的は肉。つまりは人間だ。
捕食するためにここに来た。つまり、こいつはマキリが邪魔をしなければ喜々として村人たちを捕食する。例えその人間が逃げていようとも、飛行するモンスターから逃げ切れるほど竜車は速くない。
つまり、マキリはこのゴア・マガラが探し出せないほどの遠くに村人が避難するまで、この村に、この体で、ゴア・マガラを押さえつけておかなくてはならない。
それは一体、どれほどの時間を稼げば可能なのだろう。
今だって、このモンスターが飛び立ち、村人たちを捕食に向かえばマキリに止める手立てはない。そもそも集落を襲われた時点でマキリに為す術などほとんどないのだ。
どうすればいい。
マキリは焦りと共に考える。
木片は絶えず補給される。しかし、それはあくまでも気休めだ。否、実際のところ気休めにすらなりはしない。速ければ一撃で、持っても五度相手に叩きつければ壊れてしまう。しかもほとんど相手にダメージを与えられていない。相手が焦れて逃げてしまったら、つまりは撃退してしまったなら、恐らくそれはマキリの敗北を意味する。
「マキリッ!!」
瞬間、意識の半分が声に集中する。
オッカイの声だ。姿は見えないが、どうにか何かを伝えようとしていることは分かる。
マキリはゴア・マガラから距離を取り、もう少しだけその声に耳を傾ける。
「俺の家に行け!そこならば―――――」
そこから先は、距離が離れすぎたのか、何も聞こえなくなった。
家に行け?どういうことだ。
マキリは一瞬、その言葉の意味を考えた。
しかし、そこでマキリはミスをした。
その言葉の意味を考えるのは良い。オッカイが残したヒントを知ろうとするのは決して悪いことではない。
だが、敵を目の前にして、少しでも意識を外したのは失策に他ならなかった。
ゴア・マガラが、マキリの目の前で大きく体を回転させた。それはマキリに噛み付くような動きであり、対応がコンマ数秒遅れたマキリは反射的に、それを紙一重で避けれるように動く。
それは果たされた。確かに、ゴア・マガラはマキリに噛み付くことはなかった。
しかし、マキリは瞬時に自分の選択が誤りであったと悟る。
ゴア・マガラはマキリの身体を噛み損ねながらも、その体を回転させ続けた。
さながら、その長い尾を鞭のようにしならせて。
「くっ・・・!」
避けられるか、否、不可能だ。ならば何かで防がなければ、何がある?木片だけだ。それで防ぎきれるか?防ぎきれるわけがない。
しかし、他に方法がない。
マキリは木片を盾にしながら、尾の進行方向に合わせて飛んだ。これによって衝撃を僅かでも緩和する。
だが、それでもなお木片は破壊され、尾はマキリの脇腹に容赦なく叩きつけられる。
「っ!!!」
肉が引きちぎられる感覚と、衝撃が骨と言う骨を伝う感覚。先ほどまで感じていた高揚感が鳴りを潜め、本来の、全身の痛みがぶり返してくる。
その衝撃と共に、マキリは民家に突っ込んだ。木製の壁を突き破り、硬い地面に叩きつけられる。
叫び声すら上げられない。それほどまでに痛みは今までの中でも群を抜いていた。
マキリは痛みに呻き、その場に顔を突っ伏した。
「・・・何やってんだか、僕は」
大切な人たちの為と言えば聞こえは良いが、実際にはただの自殺行為だ。どこの世界に木片一つで飛竜と戦うハンターが居るというのか。自分を嘲る声は止むことなく、マキリの胸中に渦巻き続ける。
こんな敵に勝てると思っているのか?
今やっていることは、結局あの父親と同じではないのか?
無責任な言葉を吐いて、最後には何も守れないのではないのか?
先ほどまでの高揚感の反動か、その声は止むことがない。
しかし、ここで諦めては結局、何も変わらない。
臆病者であった方がまだマシだ。
地面に手を付け、頭を上げて、息を大きく吐き出した。
一刻も早く、モンスターの前に戻らなくてはならない。
生態も弱点も行動パターンも何もかもが未知の相手であっても、脅威だけはひしひしと感じている。さあ、立ち上がれ。足を付け、前を向け、走り出せ。
歯を食いしばり、マキリは目線を前に向け、思わず固まった。
そこにあったのは、今にもブレスを吐き出さんとする、目測一メートルほどの距離にあるゴア・マガラの口。
そして、なんてことはない、小さな希望だった。
瞬間、爆音が轟く。
黒の一撃は壁を破り、屋根を吹き飛ばし、家を無数の木片へと変えた。限られた空間内で放たれた強力な一撃は、逃げ場を失い、結果、全方向への圧力となって爆散した。
黒い煙が周囲に立ち込め、その中に巨大な影が見える。
今度こそやった、目障りなハエを殺してやった。そんな笑みを漏らして然るべきだろうその影は、しかし、歓喜の声を上げることはなかった。
『■■■■■■■ッ!!』
聞こえたのは呻き声。それも、何かに傷つけられたような、この村にて一度も上げたことのない声だった。
「・・・感謝しなきゃね」
マキリは一人、抜身の武器を持ち、若干肩で息をしながら、少しの笑みを浮かべていた。
引き付けるだけならば、この武器は要らなかった。
マキリが完全に死ぬつもりで、武器がなくとも耐えきれるという確信さえあれば、必要はなかった。
しかし今、この段階において、その一本はまさに救いの神と成り得た。
蒼と白の雷を纏うその刀身は鉄色。身の丈ほどの長さではあるが、幅は極めて細い。扱いの難易度は片手剣の比ではなく、防御も効かず、ただひたすらに回避と攻撃を繰り返すだけの武器。
しかし、それこそは父の愛した武具。洗練した技術。継がせた想い。
故に、これは彼にとっての切り札となる。
『武器を作ってるの!』
何故、あの時折れていたはずのものがここにあるのか、想像はつく。
だからこそ、感謝する。
無論、状況が絶望的であることには変わりない。ドーピングは既に終わりを見せ、秘薬を使ったところで身体はまだボロボロだ。しかも何かが体の中で暴れ回っているような不快な感覚もする。そうでなくても、マキリはまだ飛竜などフルフルを狩ったことしかない。目の前のモンスターは手負いとはいえ、どう考えてもフルフルよりは格上だ。
しかし、これでまだ、マキリが生き残れる可能性は、蜘蛛の糸一本分程度には繋がった。
尾で飛ばされた場所が鍛冶屋であったという幸運。ゴア・マガラのブレスの前にそれを手に入れることが出来たという幸運。そして、昔の鍛錬が今、実を結んでいるという幸運。
あらゆる幸運があって繋がった一本。
『鬼哭斬破刀・真打』
分に合わないにもほどがあるが、それはご容赦願いたい。
どうせ、ここで死んだなら終わりなのだ。
マキリは自分の武器を、太刀を振るう。
蒼白い閃光が、暗い村を明るく照らした。