腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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皇我リキさん。誤字報告ありがとうございます。


第3話

 まだ回る場所は残っていた。

 だが、気温が下がる夜に雪山で狩りをする度胸などマキリにはない。加えて、探索という名目にもかかわらず、暗く、周囲を見渡せないに狩場をうろつくことに意味などない。

 そのことから、帰還は夕暮れになった。地平線に沈む太陽の光は、合掌造りの建物を赤く染める。美しい光景だ。

 特に、入り口にある巨大な岩は、いや応なく目に入る。

 この岩、ただの岩ではなく、巨大なマカライト鉱石だ。かつて良質なマカライト鉱石の出土で栄えていた名残。マカライト鉱石特有の青が夕日とのコントラストをなしている。

 ホイレンはその特徴的な大岩を見上げて目を細めて、感心したように息を吐いてから、その根元に居るオババに目を向けた。オババもホイレンに気付き、焚火から目を外す。

「雪山はどうだったね」

 オババは柔和な笑みを浮かべた。重ねた歳のなせる業なのか、その笑みを見ているだけで疲れが抜けるようだ。

 ホイレンもそれに応え、笑う。

「よく言えば遣り甲斐がある。悪く言えば面倒な狩場だ。まあ、こいつの知識も役に立つってところが救いだな」

「僕だけじゃなくて、代々雪山のハンターに受け継がれてきた情報だけどね」

 ホイレンは隣に立つマキリの肩を叩く。マキリは嬉しいような困ったような、そんな苦笑いを浮かべた。ハンターとしての知識が褒められてうれしい反面、もう役に立たない知識なのが何とも言えないのだろう。

 例えほかに何か要因があったとしても、その場に居なかったオババには分からない。

 オババはゆったりとした口調を崩さず、あくまでもマイペースに話した。

「二人とも、今日はゆっくり休みなさい。明日はホイレンさんの歓迎会もあるからね」

 オババは焚火に向き直ったかと思うと、間髪入れずに鼻提灯を付け始めた。

 就寝までの時間、わずか一秒。驚異的な早さだった。

「・・・寝るの早いな」

「オババも年だからね」

 詳しい年齢はマキリにもわからないが、マキリの母親が子供の時から既にオババだったらしい。竜人族だから寿命が長いのだろうが、それにしても謎の多い女性である。

 マキリはホイレンに向き直る。

「で、どうする?一応、村の中でも案内しようか?」

「そうだな。昨日は夜だったから、周りきれなかった」

「わかった。それじゃあ案内するよ」

 マキリはもっとも、と言葉を区切った。

「ここからほとんど見えるんだけどね」

「まあ、そうだな」

 オババの居る場所からはハンターがギルドからの依頼を受ける集会所、食材から爆弾までなんでもござれの道具屋、そしてハンターには欠かせない加工屋がすべて一望できる。元々小さな村だ。重要な店はすべて大通りに集まっている。

 案内する必要があるか、と言われると首を傾げるが、紹介があるとなしでは随分違うだろう。

 まず、二人は道具屋に立ち寄った。中には一人の女性と、奥で帳簿を付けている男の姿がある。

「アイさん。ちょっといい?」

「ああマキリ、と、新しいハンターさんかい?」

 マキリが声をかけた恰幅の良い女性、アイはホイレンに目を向けてつま先から頭の先までざっと見渡すと、うんうんと頷いた。

「良いね。マキリとは違ってハンターっぽいよ。あんた」

「そいつはありがとうよ」

「本当のことを言っただけさ。マキリ、あんたもお疲れさん」

「はは、ありがとう」

 アイに叩かれてマキリは少しだけ笑みを浮かべる。ハンターという職をそこまで好いていないのは、村では周知の事実だ。それでもハンターをやっているのだから、それを労うのも当然だろう。

 例え腰抜けであっても、居ると居ないのでは随分違うのだ。

 笑いあっている二人の姿は、さながら親子のような温かみに満ちていた。

 ところが、アイの表情が一瞬でもっと濃い笑みに変わったかと思うと、マキリの肩は万力のような力で握られた。

「で、トマリちゃんとはどうなってるんだい?」

 その空気が一瞬にして怪しいものに変わり、マキリの笑いが引き攣る。

「いや、その、別にどうとか、そういうのじゃなくて」

「なんだい、まだ何もしてないのかい。情けないね」

 ホイレンは面白そうな匂いを嗅ぎつけたらしく、愉快そうに目を細める。

「へえ、何かお前、あの嬢ちゃんとそういう関係だったのか」

「違うって・・・」

 ホイレンとアイの声音には明確にからかいの色が見え、マキリはため息を吐きながら否定した。ホイレンは仕方がないとしても、アイは事情を少なからず知っているはずなのだ。冗談だとしてもたちが悪い。

 しかし、二人は一通りマキリで遊んだら満足したのか、とっくに二人の話に戻っていた。

「砥石や回復薬ならきちんと売ってるから安心しな!調合してくれる娘も伝手があるから、珍しい材料さえなければ手配できるよ!」

「おおマジか!すげえなアイさん!じゃあ回復薬グレートとか行けるのか!?」

「行ける行ける!何のために農場があると思ってんだい!そこのマキリが頼みもしないのに管理してるよ!」

「おっしゃ!正直調合とか苦手でさあ、助かるよ!」

 二人の会話は実にハンターと商人らしい一幕だった。若干マキリに対する悪口があったような気がするが。

 対して、マキリは自分とアイの会話に思いを馳せた。

『最近安い野菜ある?」

『シャキシャキキャベツかねえ。あ、あとはポポノタンがあるよ。あんたが狩ってきた奴』

『ああ・・・んじゃあそれで』

『あ、砥石は要らないのかい?』

『大丈夫。この一週間でポポしか相手してないから、そんなに消耗してない』

 所帯じみている。いや、実際この場面は夕飯の買い物に来た時なので所帯じみていて間違いではない。しかしハンターとしては間違っている。そんな気がする。

 そういう意味で、ホイレンとアイの会話は懐かしかった。

 久々にハンターらしい、真っ当な会話というものを聞いた気がする。

「さて、それじゃあ他のところも紹介してもらおうか。マキリ」

「ああ、なんだい案内中だったの。引き留めて悪かったね」

「いや、アイさんが良い人だってことがわかってよかったよ」

 ホイレンの言葉を聞いて、アイは目を丸くする。

 そして、大きく口を開けて笑った。

「はっはっは!こりゃまいったね。口も上手だ。こいつは食わせ物だね」

「本当のことを言っただけだって」

 この二人、会ったばかりのはずなのに息ピッタリである。

 ホイレンの無遠慮にも見える強引さは、ある種人間関係を円滑に進めるためには重要なのかもしれない。特に、様々な場所を転々とするハンターにはそういった短時間で周囲に溶け込む努力が必要なのだろう。

 その点で言えば前任者はあまり優秀ではなかったのかな。

 マキリがぼんやりと考えていると。ふと、後ろから視線を感じた。

 振り返れば、そこにいたトマリは手を上げて挨拶をしてきた。マキリも同じように挨拶を返す。

「トマリ、ただいま」

「・・・大剣、似合わないわね」

「普段使わないから」

 夕食の買い物に来たのだろう。トマリは買い物かごを手に持ち、マフモフシリーズによく似た民族衣装を身に着けていた。厳密にいうならば、民族衣装にマフモフシリーズがよく似ているのだが、まあ良いだろう。

 トマリはマキリの言葉を鼻で笑った。

「でも、使えるんでしょう?」

「まあ、使って体を痛めるようなことはしないけど」

「良いじゃない。私じゃ持ち上げるのも難しいし」

 そう言って、トマリは自分の腕を掴む。厚着であるはずの民族衣装の上からもわかるその細さは、大剣を扱うには不足が過ぎた。

 マキリは一瞬言葉に迷ったが、ため息交じり、冗談交じりに呟いた。

「・・・これからこの力が役に立つかは分からないけどね」

「だったら加工屋に弟子入りすれば?力なら不足なしでしょう」

「あれは技術がないと無理だからなあ。流石に十五からやってもきついだろ」

「でしょうね。言ってみただけ」

 二人が他愛もない話をしていると、アイとの会話を終えたホイレンが近づいてきた。

「おお、嬢ちゃんか。ただいま」

「ホイレンさん。お疲れ様です」

 トマリは礼儀正しく礼をする。その様子に、ホイレンはお、と感心したような様子を見せる。

「礼儀正しいなあ。マキリ、そう思わないか?」

「あれ?僕の態度に不満でもあるの?」

「・・・いや、お前って俺相手だと太々しいよなって」

 ホイレンの言葉に、マキリは首を傾げて考える。そして、すぐに結論を出す。

「なんだろう。ホイレン相手ならこうした方がよさそうかなって」

「なんだそりゃ。野生の勘か?」

「ホイレン、あんまり畏まられるの好きじゃないでしょ。だからこっちの方が良いかと思って」

 ホイレンは目を瞬かせてマキリを凝視する。

「・・・お前、案外よく見てんだな」

「案外って何」

「いや、臆病者っていうくらいだから視野が狭いもんだと思ってた」

 今度はマキリが目を瞬かせる番だった。そして、首を傾げる。

「・・・逆じゃない?」

「あ?なんで」

「え、むしろなんで?」

 二人がそろって首を傾げる。明らかに話がかみ合っていない。

「・・・あの、ホイレンさん。これ以上遅くなると、加工屋さんが閉まると思います」

 二人の問答とも言えない問答を見かねたのか、トマリがため息交じりに介入した。それを聞いて、ホイレンもおお、と気付いたような顔をした。

「そうだな。よし、マキリ行くぞ」

「了解。じゃあねトマリ」

 トマリは手を振るだけで答えた。雑な扱いに、マキリは苦笑いを浮かべる。

 三人はそこで別れ、トマリは道具屋へ、二人は加工屋へとそれぞれ歩を向けた。

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 マキリは一人、ポッケ農場で釣りを楽しんでいた。

 空には既に星が見えている。傍らにはマキリと共に釣竿を持ったコジロウの姿があった。

「・・・ご主人。いい加減に元気出してくださいにゃ」

「・・・うん。ごめん、ちょっと堪えたから、あと少し釣りをしていってもいいかな」

「それはかまわにゃいですけど・・・何もこんなところで魚を釣らなくても」

 マキリは岸からほど近い場所で釣りを楽しんでいた。実はポッケ農場には桟橋があり、その先端から釣りをした方が大きな魚が捕れるのだが、マキリは今、大物をつりたくて釣りをしているわけではない。

「まさか案内をする側が追い出されるとは・・・」

 マキリはぽつりとつぶやいた。

 道具屋の紹介を終えて加工屋に向かった二人は、ひとまず加工屋のオッカイに挨拶をするところまでは行った。そこまでは問題なかった。

 ところが、ホイレンとオッカイとの間で大剣の美しさ論争が勃発。攻撃力、強度こそが正義だと唱えるホイレンに対して、加工屋の立場から整備のしやすさを重視するオッカイは出会ってわずか二分にして闘争状態に移行した。

 マキリは無論仲裁しようとした。いくら何でも初対面から決裂するのはまずいと判断したのだ。

 しかし、二人にとっては余計なお世話だったらしく、マキリは邪魔だと言われて加工屋から追い出されてしまった。

「・・・いやあ、ほんと、時間の価値ってなんなんだろう」

「ご主人。オッカイさんはいつでもそんな感じにゃ。気にしたらまけにゃ」

「そうだね・・・コジロウ。ありがとう」

 オッカイはよく言えば真面目、悪く言えば頑固な職人気質だ。納得できない仕事はしない。だから品質にはこだわるが、その分融通が利かない。

 マキリもそのことはよくわかっていたつもりだったが、まさか生まれたときから知っている人間よりも今日会った人間との会話を優先されるとは思わなかった。地味にショックである。まあ、あれは会話というよりは喧嘩だったが。

 マキリは釣った魚を持っていた焼き肉セットを使って焼いていた。コジロウも魚には目がないらしく、焼けた傍から魚を頬張っている。その様子を微笑ましく見てから再び釣りに戻ると、水面を見たマキリは目を瞬かせた。

「・・・ああ、今日は晴れだったか。コジロウ、川を見てごらん」

 マキリがそういうと、コジロウも川に目を向けて、にゃ~と、間延びした声を上げた。恐らく感嘆しているのだろう。

 マキリは破顔一笑して呟いた。

「こういうのが見れたのは収穫だったね」

 天に広がる星の海とその水鏡。

 雲に隠れる月の光と、山から吹き下ろす夜の風。

 視線を上にあげれば、そこには満天の星空がある。

 ああ、良いな。

 陳腐な感想しか出てこないが、それでいい。マキリは詩を読む練習などしていないし、無理に着飾っても嘘くさい。

 こんなにゆっくりと夜空を眺めたのはいつぶりだろう。

 昔はそんなことをしていたような気がするけれど、もう随分と長い間、こんなことをする余裕はなかった。

 そして、ふと思った。

 ハンターを辞めたのだから、これからはこの自然の中で暮らすわけだ。

 大自然の中に人間が作り出したゆりかごの中で、油断していても死ぬことがなく、安全な世界。

 夜空を眺めていても、モンスターの脅威に怯えなくても良い場所で。

「・・・悪くない、よね」

 望んでいた場所は、もうすぐそばまで来ている。

 そんなことを感じながら、マキリは手ごたえが出た釣竿を引き上げた。

 サシミウオだった。

 

 

 

 

 

 

「・・・で、聞きたいことってのは何だ?」

 オッカイは短く、端的に切り出した。

 村の人間と同じように民族衣装を身に着けているが、その眼光は猛禽類のように鋭い。人を睨み付ければ、さぞ威圧感が増すことだろう。

 論争が一区切りした二人は、家の中で酒を飲み交わしていた。

 論争はどちらか一方が勝ったわけではない。どちらの言うことにも理があり、そもそもハンターと加工屋、二つの視点で争っていては結論を出すのは難しい。

 二人もそのことはわかっていた。だからなのか、意外にもあっさりと、妥協という形で落ち着いた。マキリの心配は完全に取り越し苦労だったということになる。

 家の中にいるのはホイレンとオッカイ、オッカイの妻であるウイと、娘のクーだけだ。クーは初めて見る大人に興味津々の様子だったが、何やら真剣な雰囲気を察したウイが抑えている。

「ちょーっとだけな。ちょっとだけ、質問がある。答えたく無けりゃ答えなくてもいいんだ。それを念頭に置いて聞いてくれ。オーケーか?」

 ホイレンは相変わらずの軽い口調で、しかし、少しだけ真剣な表情で問いかける。オッカイは少し不審に思ったが、頷いて了承の意を表した。

 それを見たホイレンは咳払いをして、所々あー、や、んーという声を挟んだ。

「マキリのことなんだがな」

「あいつがどうかしたか。最近はボーンククリの手入れくらいしかやっていないが」

「んー、そこなんだよなあ」

 オッカイは怪訝な顔をする。

「何がだ?あいつのボーンククリには何も特別なことはしていないぞ」

「そうじゃなくてだな。あーっと、なんか隠してたら悪いな。いや、本当に」

 ホイレンは頭を掻いて、とても言い辛そうな様子を見せる。オッカイは首を傾げる。いったい何を訊くつもりだろうか。そう思った時、オッカイの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。

 そして、それは見事に的中する。

「あいつの本当の武器を教えてくれ」

 オッカイとウイの表情が強張り、クーは首を傾げた。

 ホイレンは『隠していたこと』であることを察して、珍しく苦笑いを浮かべた。

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