腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第4話

 雑草を抜く音が農場に響く。

 雲ひとつない青空が頭上を覆い、銀色の髪が太陽の光を反射する。

 傍ではコジロウも全身の力を込めて雑草を抜いており、時々すっぽ抜けては尻餅をついていた。

 マキリはそれを見ては静かに笑い、大丈夫かと声をかける。コジロウはニャーと鳴いて返事を返す。

 ホイレンとの雪山探索の翌日、マキリは農場に足を運んでいた。

 これは珍しいことではない。マキリは狩りがないときはほとんど毎日のようにポッケ農場を訪れている。それは彼が自分をそう評するように、農場が気質に向いているということもあり、来るべき将来のための訓練とも言える。

 毎日作物の様子を見て、何か異常があれば対処する。それが農家の仕事だが、そもそも『異常』を察することが出来るのは熟練の勘に近いものがあり、その『対処』もまた、確固とした知識が必要なのだ。

 だからそれを見て、覚える。その為には出来る限り足繁く通い、経験の量を増やす。

 マキリがやっているのは、そういうことだった。

 やがて、コジロウが二回に一回は尻餅をつくようになり、マキリは穏やかに笑いながら休憩を提案した。

 二人、地面に座りながらパンをかじる。

「ご主人」

「なに?」

「申し訳ないにぁ。僕が先にばててしまって」

「僕の方が体が大きいんだから当たり前じゃないか。それに、コジロウには十分世話になってるよ」

 マキリが教わった農業の基礎はほとんどがコジロウから与えられたものだ。コジロウがこの村に来たのは二年前だったが、それ以前にも別の場所で農業をしていたらしい。はっきり言ってコジロウの農業の知識は卓越していた。

 しかし、コジロウにはその自覚がないらしく、首が取れそうな勢いで頭を横に振った。

「そんなことないにゃ。僕が居たところにはもっと凄いアイルーが居たにゃ。僕はまだまだ未熟にゃ」

 あくまでもコジロウは未熟者というスタンスを崩さない。何がそんなにも彼を頑なにさせるのかはわからないが、何か事情でもあるのだろう。マキリはそう思ってあまり深く訊こうとはしない。

 ホイレンだったなら根こそぎ聞きたがるだろうが、と、マキリはぼんやりと予想する。

「・・・ホイレンはどうしてあんなに僕のことを気にするんだろうな」

「ご主人が前任ハンターだからじゃないですかにゃ?」

「いや、それにしても干渉しすぎな気がするんだよね」

 場合によっては、怒っても良いような、というか少しだけ腹立たしい質問をすることもある。しかし、ホイレンの独特の雰囲気がそうさせるのか、不躾な質問でもすらりと答えてしまいそうになる。ああいった雰囲気を纏った人間は今までマキリの周りには存在しなかった。

「都会の人はああなのかな」

「あの人は特別だと思うにゃ。僕も猫バアに連れられてミナガルデに行ったことがあったけど、あそこまで積極的な人は珍しいにゃ」

 コジロウは意外にも様々な場所を回っている。大陸を回ったり、時には飛び出したり、本人にも予想がつかない場所に行くことがあるという。猫バア曰く、生粋の巻き込まれ体質なのだそうだ。

 マキリのもとに居る時が最も平穏な時だ。と、先日コジロウが漏らしているのを聞いた。

 しかし、マキリにとってもコジロウといる時間が最も平穏な時だった。

 特に、ここ数日を振り返ってみるとそれは明らかだ。

「・・・こんなに忙しい日はそこまでなかったなあ」

 いつも通り、トマリに言われて狩りに行ったことが始まりだった。

 そこで雪獅子とその配下に追われ、その雪獅子を轟竜が食ったかと思えば、今度は自分が食べられそうになる。

 そこをハンターに助けられて無事にお勤め終了かと思いきや、翌日に雪山散策。しかも普段は使わない大剣を持たされてギアノスたちと戦闘。その後も雪山散策をして、村に帰ってきたのは夕方だ。

「・・・我ながら、濃い二日間を送ってしまった」

 しかし、今日はそんなことはしなくてもいい。

 何故ならば、ホイレンの歓迎会があるからだ。

 歓迎会を開く以上、ホイレンが居なければ話にならない。ホイレンが居ないと出来ないということはつまり、今日は狩場にはいかないということ。それは自動的にマキリの休みをも意味する。

「休みだよ。コジロウ。やっと休みだ」

「ご主人の場合、休みでも農場に来てるじゃにゃいですか」

「そりゃそうさ。農業は心の癒しなんだ」

 モンスターとの戦闘でささくれだった心を癒してくれる存在。マキリにとってはそれが農業であり、コジロウだった。

「別に農業が癒しでも良いんだけど、ちょっと顔貸してくれる?」

 例えば、いま聞こえた声の主とは違って。

 マキリは思わず空を仰ぎ、自分の後ろに立つ少女の姿を思い浮かべた。

 恐らくは腰に手を当てて、その美しい金髪を風に流しているのだろうなあ、それもちょっとおっかない顔で。

 何度か似たようなことがあったために、もう驚くようなことはない。

「ちょっと、早くこっち向きなさいよ」

 ぐりん、という音と共に回されたマキリの顔は後ろに向けられ、声の主、トマリの姿を捉えた。

「・・・どうしたの、トマリ」

 若干痛む首を抑えながら、マキリはトマリと相対した。トマリはいつも通りのマフモフを纏い、板についた冷たい表情でマキリを見下ろしていた。

「オババが呼んでる」

「オババが?」

 トマリの言葉に、トマリは真っ先にハンターの仕事か、と考えた。

 しかし、すぐに頭の中で否定した。何故なら既に新たなハンターは来ているのだ。百歩譲って今日がホイレンの歓迎会だから、という理由でマキリにお鉢が回ってくる可能性もある。

「でも、オババはそんなに鬼じゃないもんな・・・」

 マキリの心情を無視して命令をするような人物ではない。マキリが頭の中で疑問を反芻していると、呆れたような声音が彼の耳に届いた。

「何考えてるんだか知らないけど、ちゃっちゃと行って来て」

 トマリはマキリにそう言い放つと、目の前の畑を見据えて片目を瞑った。

「また畑の手入れやってたの?コジロウも一緒に?」

「そうだよ。僕の日課みたいなもんだからね」

「僕もそうですにゃ」

 二人の度重なる日課宣言に、トマリは複雑そうな顔でため息を吐く。

「・・・仮にもハンターのやることじゃないわね。まあ、もうそろそろ終わりみたいだけど」

「そうだよ。もうそろそろ終わりなんだ」

 マキリがそう答えると、トマリは少しだけ眉を潜める。その表情は何かを思い悩んでいるように見え、マキリはその表情の変化を、怪訝そうにして見ていた。

 しかし、トマリの表情が元の氷像のような、路傍の石を見るようなものに変わり、マキリはほっとする。

 トマリがマキリの前で悩んでいる。という光景は珍しかったが、それゆえにどこか落ち着かなかった。

「まだ、あんたはハンター。それは変わらない。しっかりしなさい」

「・・・はい。わかりました」

 トマリのピリピリとした、緊張を促す声音を聞いて、マキリの背筋がぴんと伸びる。

 何故か敬語で返事をしてしまったマキリを見て、トマリは口元に笑みを浮かべる。

「今回のことはハンターとしての仕事じゃないと思うわよ」

「じゃあ、なんだろう」

「この村で指折りの力持ちで、いま手が余ってるのがあんた。こういえばわかる?」

「力仕事かぁ」

 マキリは十五歳だ。既に大人の体つきになりつつある。それに加えてハンターと言う仕事をやっていただけあり、その肉体は並大抵の大人よりも屈強になっている。時には二十キロ以上ある卵を運ぶような運搬クエストを受けなくてはならないのだから、当たり前だ。

 しかし、そういった仕事であれば全く問題ない。

 何故なら、命が掛かっていないのだ。

 命が掛かっていなければマキリの体力はそうそう尽きるものではない。ドドブランゴを相手にあと一歩で逃げ切れるところまで全力疾走を続けたその体力は伊達ではないのだ。ちょっとやそっとの労働で尽きはしない。

「よし、それじゃあ行ってくるよ。あ、コジロウごめんね?手伝い途中なのに」

「問題ないにゃ。元々はぼくひとりでやるつもりだったにゃ」

「私が手伝うわよ」

 唐突に発せられたトマリの言葉に、マキリは目を丸くする。

「え、大丈夫なの?」

「別に良いわよ。仕事なら夜にやれば終わるんだから」

 トマリは自信ありげに言った。自分の仕事に対してはかなりの自負があるのだろう。実際、一時期睡眠時間を削る勢いで猛勉強していたのをマキリは知っている。

 最も、何の仕事をしているのかは知らないし、全く教えてくれないのだが。

 しかし、いま話しているのはそのことではない。

「そっちじゃなくて、体力の方だよ。意外と力使うけど、大丈夫?」

 マキリがそういえば、トマリは頬を引き攣らせた。その表情が意味するところが怒りなのか、それとも体力を使うという言葉に対する恐れなのかは分からない。

「いくらなんでも草むしりくらいでばてないわよ。馬鹿にし過ぎ」

「いや、本当に、割と力使うんだよ。腰への負担も結構ひどいからさ」

 実際、マキリの腰も普段はあまりとらない体勢をとったおかげで少しだけ不調を訴えている。普段からあまり体を使っていないトマリがこれをやればどうなるのか、マキリには容易に想像できる。

 しかし、トマリはやはりというべきか、強情な態度を崩さない。

「出来るったら出来るわよ。なんだったらこれを使ってもいいし」

 トマリがそう言って取り出したのは二つの瓶だった。どちらも一つの掌に乗るようなサイズ。茶色の容器に入れられているため中身を見ることは出来ないが、今の話の流れからマキリは何となく察していた。

「鬼人薬と強走薬?」

 鬼人薬は一時的に鬼神のごとき力を発揮できるという触れ込みの薬だ。強走薬も、いくら走っても疲れることがないという触れ込みの薬。どちらも効果は確かな薬で、ハンターの良いお供だ。もっとも、マキリは強走薬しか使ったことがないが、どちらも強力な薬だ。

「そうよ。これがあれば少しはましになるでしょ」

「・・・もしかして、わざわざ持ってきたの?」

「違うわよ。常備してるの。いつ力が必要になるかわからないでしょ」

 こっちはあんたみたいな馬鹿力なんてないの、そう言い放つトマリに、マキリは唖然としてしまう。

 ハンターでもないのに鬼人薬と強走薬を持っている人間など聞いたことがない。いや、マキリが知らないだけで他にもいるのかもしれないが、なんにしても常識外れだ。

 効果だとか市場にあまり出回らないだとか、そういったことではない。

「それ、不味いよね」

「良薬口に苦し。苦い薬を敬遠するなんて子供のすることよ」

 トマリはそう言って薬をウエストポーチに仕舞う。しかし、マキリの言いたいことはそれだけではない。単純に、薬には副作用が付き物なのだ。

 しかし、マキリの言いたいことはわかっている、とでも言いたげにトマリは手で制した。

「大丈夫よ。普通のハンターが使うものに比べたら千倍に薄めてあるから」

「・・・なら、良いけど」

 こうなったときのトマリは頑固だ。この状態になったトマリをマキリが止められてことは一度としてない。

「さっさと行ってきなさい。コジロウも居るんだから大丈夫よ」

 ね、と同意を求められたコジロウは鷹揚に頷いた。その仕草は芝居がかっており、マキリは苦笑した。

「わかったよ。コジロウ、よろしくね」

「任せるにゃ!」

 胸を叩いて了承したコジロウを見てから頷いて、マキリは農場を後にする。

 その姿が見えなくなってから、トマリはコジロウに向き直った。

「ねえ、コジロウ」

「なんにゃ?」

 コジロウは返事をしながらも、若干、鳥肌が立つのを感じていた。

 それは、トマリがマキリの前では決して浮かべないような満面の笑みを浮かべていたことが原因だろう。しかし、トマリはコジロウの様子には気が付かない。否、気がついても止まりはしないだろう。

「ちょっとだけ、モフモフしてもいい?」

「にゃ?」

 その数秒後。

 コジロウの喉からはゴロゴロという音がなっていた。

 

 

 

 

 

 

「オババ。来たよ」

「うん。よく来たね。それじゃあ早速で悪いけど、竜車を直してくれんかね」

 オババと焚火を挟んで座ったマキリは、オババの話を聞いて首を傾げる。

「別に良いけど、どうして僕?」

「変なところで抜けてるねえ。ウタリは今、怪我をしてるだろう?」

「ああ、そうだった」

 ウタリ、というのは大工の親父だ。そもそもマキリが一昨日雪山に行く原因になった人物である。

 確かに、薬草を使ったからと言って一日や二日で怪我が治るとも思えない。ウタリにも息子は居るが、その息子はまだ五歳。大工と呼ぶには幼すぎるのは言うまでもないだろう。

「でも、僕も大工のまねごとなんで出来ないよ?」

「ウタリに監督させるから大丈夫さ。要するにいま必要なのは力があって、それなりに器用な人間だからね」

「あれ?療養してなくて大丈夫なの?」

 確かウタリは屋根から落ちて腰を痛めた。本当ならば動くのも辛いはずだ。実際、薬草を届けに行ったときはベッドに寝たきりになっていた。

 しかし、オババは何が可笑しいのかほっほ、と柔和に笑った。

「あの子も気にしてるのさ。屋根から落ちるなんてへまをやって、誰かに仕事の代わりをされて、ずっと寝てられるほど図太くないんだよ」

 そう言われて、やっと納得する。

 確かに、マキリが体調不良になって、どうしても誰か、別の人間が狩りに行かなくてはならなくなったとき、流石について行くこともできないが、黙って寝ているということも出来そうにない。狩りに行きたくない自分ですらそれなのだから、大工仕事に誇りを持っているウタリならばなおさらだろう。

「竜車はどこに置いてあるの?あと、ウタリを迎えに行った方が良い?」

「竜車はほら、水車の近くに置いてあるよ。ウタリは大丈夫じゃないかねえ。確かホイレンさんが会いに行くとか言ってたから」

 たぶん、竜車のところまで運んでくれるんじゃないかい。と、オババは行った。マキリもそれには同意見だ。出会って間もないが、あの男はそれなりにおせっかいな男だとも思っている。

 だが、疑問はある。

「ホイレンが?どうしてウタリのところに行くの?」

「さあねえ、私にはわからないよ」

 オババはほわほわとした笑みで言うと、瞬時に鼻提灯を付け始めた。どうやら眠りに落ちたらしい。

「・・・うん、じゃあ行くか」

 オババの寝つきの良さは昔からよく見てきたため、今更驚くことはない。

 驚くことはないが、それでも会話が途中で終わってしまうとどうしても妙な違和感がある。

 ホイレンがウタリに会いに行く理由。恐らく、というか十中八九村の人へのあいさつだろう。今日、歓迎会があるのだから気にしなくてもいいとは思うが、ホイレンにはホイレンの考えがあるのだろうか。

 マキリは少し考えながら歩いていたが、考えてもわかるものではない。すぐに思考を打ち切って、ポッケ村の水車へと向かった。

 

 

 

 

「おお、マキリ、昨日ぶりだな」

「こんにちは、ホイレン、ウタリ」

 ポッケ村の入り口からほど近い場所にある水車。その傍らに置いてある竜車の前には二人の男が居た。

 一人はホイレン。マキリたちと同じようにマフモフシリーズに身を包み、愛用の大剣も持っていないため、若干いつもよりも存在感が薄い。

「ようマキリ。この間は世話になったな」

 もう一人は、茶色のくせ毛が特徴的な男だった。

 背丈自体はホイレンよりもありそうだが、腰を悪くしているため立ち上がることが出来ず、手ごろな岩に腰掛けている。顔だち自体は優しそうだが、その実、加工屋に負けないほどの頑固者である。

 マキリはウタリに気にしないでくれ。と声をかけてから、ホイレンに目を向ける。

「ところで、ホイレンはウタリに何の用だったの?」

「あ?普通に挨拶だよ挨拶。歓迎会であいさつ回りばっかりしてるってのも面白くないからな。やるべきことは先にやっちまおうってわけよ。どうだ?賢いだろ」

「自分で賢いって言わなければ賢かったかもね」

 マキリの返しに、ウタリは膝を叩いて笑った。

「ちげえねえ。能ある鷹は爪を隠すってな」

「おいおい、自己評価をきっちりするのも大切だぜ?そういう謙遜をしてると周りも自分のことをわかってくれなくなってだな」

「はいはい。そういうことは後で聞くよ。で、ウタリ、僕はどうすればいいの?」

 ホイレンの言を無視して、マキリはウタリに話の矛先を向ける。ホイレンは不満そうな顔を見せ、その顔を見てウタリは再び笑った。

「はっはっは!お前ら会ってから三日しかたってねえとか思えねえな!息がぴったりだ」

「ホイレンが接しやすいからね。多分そこだと思うよ」

「まあな。俺ほど接しやすい人間もこの世にはいねえだろうさ」

「調子に乗るとウザいけど」

「ひでえなおい!」

 二人のやり取りにウタリは笑い声を絶やさない。笑いのツボが極めて浅いのだ。マキリがウタリと会話をしていて、ウタリが笑わなかったことなど数えるほどしかない。

 やがて笑いつかれたウタリが息をついて自分の復活を伝えると、やっとのことで作業が始まった。

 竜車というのはアプトノスやポポと言った草食獣に引かせる車で、商人や旅人、そしてハンターたちの足となるものだ。一応頑丈には作られているが、大抵の場合は軽くない重量がかかるため、どうしてもガタが来る。

 実際、今回ガタが来ていたのも最も負荷がかかる車軸の部分だった。若干ではあるが歪んでいる。車軸が歪むと車体全体の揺れに繋がり、その揺れはさらなるゆがみを産む。そういった連鎖を起こすため、出来る限り早い修復が望まれる。

 今回はその車軸の交換だ。一度竜車の車輪を取り外して車軸も取り出すのだが、この際歪んだ車軸をすんなりと取ることは出来ないため、途中で切断する。そして、新たな車軸を挿入する。

 言ってしまえばガタが来た部分を取り換える。それだけのことでしかない。

 逆に言えば、それだけのことでしかないからこそマキリが呼ばれたということもできる。

 作業自体は一時間程度で終わる。

「なるほどな。確かにこれならマキリでも出来るわなあ」

「あたぼーよ。これくらいできて貰わなくちゃな。きちんと大人になったならよ」

 マキリが真剣に作業をしている横で、ホイレンとウタリは二人で話を続けていた。二人とも本質的にお喋りなのだろう。会話が途切れる様子は一向にない。

「大工仕事って言うと、ここら辺は大変じゃねえか?雪で色々壊れるだろ」

「まあな、毎年のように屋根は修繕するし、道を慣らすのも俺の仕事だからな。けど、遣り甲斐はあるぜ?」

 ホイレンとウタリは気が合うのか、始終話し続けていた。マキリはひたすらに修理に集中し、所々ホイレンたちに支えてもらいながら、修理を一時間で終わらせた。

「・・・こんなもんかな」

「うし、初めてにしては上等だ。お疲れさん」

 ウタリからの労いを受けて、マキリは少しだけ疲れた笑みを見せる。慣れない作業は肉体的にはともかく、精神的な疲労が大きい。

 マキリは首を回して体を解してから立ち上がり、手ごろな岩に腰掛けた。ホイレンとウタリも同じように腰掛けており、三人で向かい合うような形になる。

「ほらよ。飲みな」

 ウタリの声と共に渡された木のカップを見て少し顔をほころばせながら、マキリはそれに口をつける。

 そして、その体がホカホカとするような辛味に顔を歪めた。

「・・・これ、トウガラシが入れてあるね」

「はっはっは!体が温まるだろ?まあ、お前はあんまりホットドリンク飲まねえからな。苦手かもしれねえが」

 雪山で活動する際、一般のハンターが忘れてはいけないものの一つがホットドリンクだ。

 ホットドリンクとは飲むことで人間の体を温める効果を持つアイテムだ。

 通常の雪山はほとんどの場合氷点下だ。厚着をしなければ人間などあっという間に凍死してしまう。

 しかし、厚着をしていればその分機動性も下がり、モンスターを相手にしているときにそんな恰好では簡単に死を招く。だからこそ、ハンターは自分の防具で思うような活動をするためにホットドリンクを飲み、身体を温めるのだ。

 最も、マキリの普段着用しているマフモフシリーズであればその弱点を克服し、ホットドリンクを節約することが出来るのでマキリがお世話になったことはあまりない。

 そのホットドリンクにはトウガラシが入っている。マキリはあまり辛い物が好きではないので苦手だが、確かに身体は温まる。

「そういえば、お前マフモフシリーズ以外の防具を着たことってあるのか?」

「ないよ。生まれたときからマフモフ一筋だね」

 ホイレンの疑問に、マキリはあっさりと答える。しかし、ホイレンは怪訝な顔を見せる。

「お前が前任者の言葉守るのは良いんだけどよ。そんなに臆病なら防具も変えた方が良いんじゃねえか?」

 ホイレンの言葉に、マキリは難しそうな顔を見せる。どういったものか、といった表情だ。

「・・・んー、僕にとってはどっちもどっちなんだよ。マフモフシリーズは防寒対策がしっかりしてるから、いきなり吹雪いても水と最小限の食料があれば生き残れる。けど、普通の防具とかだとそうはいかないでしょ?ホットドリンクも結構ポーチを圧迫するし、その分水も携帯食料も入らなくなる」

「・・・けどなあ、やっぱり俺にとってはモンスターの攻撃の方が厄介だと思うんだが」

 二人のやり取りを見て、ウタリは笑った。彼からしてみれば控えめに、ほかのものから見れば盛大に。

「ははは!ホイレン。そいつの臆病具合をなめちゃいけねえよ。そいつは正式にこの村のハンターになってから二年間。痣はともかくかすり傷一つ負わなかった男だぜ」

 ま、その分戦果も大したことねえけどな。そう呟くウタリに、マキリは恨みがまし気な目を向ける。本人もそう思っているが、他人に言われるのとでは違うのだろう。

 一方、ホイレンは目を丸くして驚いていた。

「・・・かすり傷一つなし?マジか。マキリが恥に想って隠しているとかじゃなく?」

「基本的にガウシカとかポポとか、珍しくてドスファンゴ、ドスギアノスくらいしか相手してないからね」

「ああ、それに、こいつ、毎日温泉に入ってるから、隠すのは無理だ」

 マキリはホットドリンクもどきを喉に流し込みながら補足説明を加える。そうでなければ、何かホイレンが自分に対して変な期待をしてしまいそうだと思ったからだ。

 しかし、幸いというべきか、生憎というべきか、ホイレンの関心は既にそこにはなかった。

「・・・温泉?ここには温泉があるのか!?」

 ホイレンは岩から立ち上がり、目を爛々と輝かせて目の前の二人に詰め寄った。突然の豹変に、マキリは若干身体をひき、ウタリは一瞬キョトンとしたもののすぐに大笑いし始めた。

「はっはっはっは!なんだ、知らなかったのかホイレン。そいつは損したなあ!」

「マキリ!なぜ伝えなかった!」

 ホイレンは瞳に怒りの炎を燃やし、マキリを睨み付ける。しかし、マキリからしてみれば知ったことではない。

「逆になんで知らないのさ。ポッケ村の湯治って言えば結構有名なのに」

「知るか!そんなもん。ドンドルマじゃポッケ村って名称を知ってるのも雪山を狩場にするハンターか、じゃなけりゃ行商人くらいなもんだ!」

「ひどいな。この村の知名度」

 マキリも二年間、誰もハンターが来なかったことから知名度がないことは薄々感じていたが、まさかそこまでのものだとは思わなかった。それでは誰も来ないはずだ。

 マキリが自分の村の知名度のなさを嘆いている間にも、ホイレンは己の迂闊さを嘆いていた。

「くそ、マジか。そういえば確かに、うっすらと、頭の片隅に温泉があるって聞いたことがある気がする・・・いや、あれはユクモ村だったか?頭がこんがらがってきた」

 ホイレンは頭を抱えてぶつぶつと呟いていたが、やがて吹っ切ったようにため息を吐くと、マキリと目を合わせた。その表情はなぜか鬼気迫っており、マキリは苦笑いを浮かべざるを得なかった。

「マキリ。あとで案内しろ、いや、いま案内しろ。今すぐに、だ。良いな」

「・・・はい。了解デス」

 マキリは渋い顔で頷く。

 ウタリはどうやらツボに入ってしまったらしく、岩を叩いて笑い続けている。そのうち過呼吸になるのではないか、と思えるほどの笑い方で、周りの村人たちの心配するような視線が見受けられる。

 でも、まあ。

 マキリは苦笑の裏で考える。

 村人の視線にはよそ者に対する忌避の視線はなく、むしろ、馬鹿をやっている村の男たちを見る、親し気なものだった。きっとこれはホイレンの人柄もそうであるし、村人たちの温厚な気性もいい方向に働いたのだろう。

 うまく溶け込めたようで良かった。

 マキリはひとまず、安堵して、目の前のホイレンを落ち着かせることに専念した。

 

 

 その後、結局マキリが強引に温泉に入れられたことは言うまでもない。

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