腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第7話

 風が雪を載せて吹き付ける雪山の中腹。

 ハンターたちの言葉で言えばエリア7と言われる場所。

 そこには八体のギアノスを引き連れた、ひと際大きなギアノスの姿があった。

 頭についた大きなトサカはリーダーの証。そうでなくとも、周囲の個体よりも二倍の大きさを誇るその体躯を見れば群れのリーダーが誰かは一目瞭然だ。

 腕と足についた鋭い爪、口から垣間見える獰猛な牙。身体のすべてが肉を狩るために最適化されている。

 そのモンスターの名はドスギアノス。単体での強さはそこまででもないが、ギアノスの群れと行動するため単純な強さよりも狩猟難度は高めの、初級モンスターだ。

 八体のギアノスと一体のドスギアノスは得物を探していた。集団で獲物に飛びつき、殺し、食らう。それがギアノスたちの狩りの方法だ。その狩りの方法で主にはポポなどの大型草食竜を、あるいは人のキャラバンを襲う。もっとも、後者は少数派だが。

 なにはともあれ、そのギアノスたちは、ポツンと九つ置いてある生肉を発見した。

 ちょうど仲間全員分だ。当然、最初はリーダーであるドスギアノスが食べるべきだが、ドスギアノスは何故か食らいつく様子を見せない。それをチャンスと見たギアノスたちは我先にと生肉に飛びつき、食らっていき、命を散らした。

 生肉を食べたギアノスたちは次から次へと倒れていき、苦しみ、何かを嘆くような断末魔を上げながら、その目の光を失っていった。残ったのは一体のドスギアノスと、食らいつくのが遅れたギアノス一体だけだ。

 これならば、僕でも殺れる。

 知らず知らずのうちに、自分の顔に笑みが浮かぶことを自覚して、すぐに顔を引き締める。

「油断するな。戦いを楽しむな。観察を絶やすな。隙を見逃すな。リスクを取るな。状況を整理しろ。と、仲間を守れ、は別に良いか」

 今は仲間居ないし、そんなことを呟きながら、父に言われた言葉を暗唱し、少年は走り出す。

 岩陰から飛び出して、ドスギアノスとギアノスの死角から、一気に距離を詰める。

 それに最初に気が付いたのはギアノスだった。

 ギアノスは声を挙げて、自分の群れ、いまとなってはリーダー一人だが、に警戒を促す。

「うし、まず一匹」

 そんな声と共に、少年は腰からボーンククリを抜き放ち、その勢いのままギアノスの首を斬りつける。

 しかし、ボーンククリの切れ味が悪いのか、はたまた少年の腕が未熟なのか、切り付けたはずのギアノスの首は鱗が数枚剥がれただけで、致命傷には程遠かった。それは少年も了承済みだ。

 だからこそ、ボーンククリを打ち付けた勢いのまま、少年は体を小さく、素早く一回転させる。

 ギアノスは首を叩かれた衝撃で怯んでおり、少年の動きに対応できない。

 そして少年のボーンククリは、遠心力と共にギアノスの、鱗が剥がれた場所に寸分たがわず突き立てられる。二度目の一撃はギアノスの首の骨を貫き、その中にある延髄を断ち切り、命をも絶った。

 戦闘開始から一秒。少年の初戦果だった。

「よし、次は親玉っと」

 少年がギアノスの命を刈り取ったのとほぼ同時に、ドスギアノスは少年の方向を向いた。

『ギャア、ギャア!!』

 普通のギアノスよりも野太い、威圧的な声がドスギアノスの口から放たれる。普通の人間ならば体が硬直してしまうようなその迫力を、少年は少し笑みを浮かべながら受け止める。

「よし、やろうか」

 硬直するどころか、少年はボーンククリを持ってドスギアノスに向かって行く。

 しかし、それを簡単に許すほどドスギアノスも馬鹿ではない。身体を回転させ、その長い尻尾を円を描くようにして振り回す。少年はその尻尾を転がりながら避け、その転がっている途中にドスギアノスの足を斬りつける。もちろん、ギアノスの首すら落とせなかったボーンククリ、しかも苦し紛れの一撃では、よほど柔らかい場所に当たらなければ敵に傷を覆わせることなどできはしない。

 だから、少年は関節の裏側を斬りつけた。

 関節は生き物が体を動かすために必要な場所だ。その肉質が柔らかくなければ体を動かすことなどできないのだから当然だろう。そこならば大した苦労もなく、それなりの力で切り裂くことが出来る。

 足の関節の裏側を斬りつけられたドスギアノスは、少年に怒りを込めた視線を向けるが、その時、少年は既に動き出している。

 少年はドスギアノスが稼働させている部位を観察し、柔らかい部位を看破する。その一連の動きは少年が父親に最も口酸っぱく言われた部分であり、最も自信を持つ能力でもある。

 ドスギアノスの傷は既に修復されていた。圧倒的な回復能力を持つモンスターには生半可な傷をいくつか付けたところで意味はない。だからこそ、生半可だろうとなんだろうと傷を無数に付けて、体内の血液を、エネルギーを使い果たす。それがハンターの戦い方だった。

 それはモンスターとハンターの体力勝負であり、ハンターに勝ち目はないように思える。

 しかし、少年は心配など微塵もしていなかった。

 何故なら、自分は己の体の何倍も大きいモンスターを狩る父親を知っているのだ。ハンターに勝ち目がないなどということはない。その戯言の反例を、自分の父親という存在を知っている。

 そして、自分もそうなるのだと、固く信じて疑わなかった。

「要するに、技量で勝ってれば良いんだ」

 少年はボーンククリを構え、再びドスギアノスに攻撃する。

 ドスギアノスの威嚇する声を意にも介さず、片手剣は一閃された。

 ポッケ村の少年、マキリ。十歳の頃だった。

 

 

 

 村に帰ったのは夕方だった。狩りを始めたのが朝方だということを考えると、随分と長い間戦闘していたということになる。マキリは自分の未熟さを感じながら、そして確かな達成感を感じながら、村の入り口にたどり着いた。

「マキリ!?大丈夫!?」

「大丈夫だよ。大げさだな」

「でも、頭から血が出てるよ!」

「ああ、ちょっと爪が掠ったんだよ。大したことじゃない」

「大したことだから!下手したら死んでるから!」

 マキリが村に帰るなり、入り口で待っていた金髪の少女は駆け寄ってくる。その表情は心配だ、と全力で訴えていたが、戦いを終えたばかりの高揚感に身を投じていたマキリがそんなことを気にすることはなかった。

「おやおや、帰ったかい。お疲れさん」

 焚火の傍で眠っていたオババは、マキリとトマリのやり取りで目を覚ました。その姿は五年ごと変わらず温和だった。

「オババ。ほらこれ!ちゃんと狩ったよ!」

 マキリはそう言ってポーチからドスギアノスのトサカを取り出すと、オババの目の前に突き付ける。それを見てオババはふむふむと頷き、顔をにこりと綻ばせた。

「頑張ったみたいだねえ。とりあえず、家に帰って手当をしてもらいなさい」

 オババはそう言って、マキリの格好を見る。

 まだ小さいマキリの体に合わせた防具は所々爪痕が残り、右腕部分と左足部分には食いちぎられたような跡があった。

 マキリの小さな体では、モンスターを殺すまでにかなりの時間がかかる。当然時間が長くなるなら相手から攻撃を食らうことも多くなり、マキリの小さな体ではまともな一撃を食らえばそれだけでも命が危うい。

 しかし、マキリは敵の一撃を出来る限り紙一重で躱し、相手の懐に入り込む戦法を好んだ。

 というより、そうしなければ時間内にモンスターを狩猟することが出来ないのだ。

 トマリはマキリがけがを負ってくるたびに大慌てし、見ている方が困ってしまうほどにマキリを心配していた。

「マキリ、こんなことやめなよ。せめて大人になるまではハンターお休みしようよ。ね?」

「仕方ないだろ。僕以外にやれる人間が居ないんだから。僕がやるしかないじゃないか」

 マキリの表情は仕方がない。と言いながらも目が輝いており、たとえ代わりの人間が居たとしてもやめようとしないことは明白だった。そして、トマリは死中に活を求めるという言葉を地で行くマキリを見ていて気が気でない。

「もし本当にハンターが必要だったらおじさんに帰ってきてもらえばいいじゃない。マキリが態々やる必要なんてないよ」

「父さんは父さんで忙しいんだ。砂漠に行ったり、樹海に行ったり、凄い時には別の大陸にだって行くんだよ?そんな父さんをいちいち呼び出すわけにはいかないだろ」

 マキリの父は、一年のほとんどを狩場で過ごしていた。雪山に古龍が現れたり、相当たちが悪いモンスターが現れれは話は別だが、そういった緊急事態を除いて、マキリの父は常に狩場に身を置いていた。

 しかし、モンスターを狩る必要があるか、と言われるとそうでもない。

 父親が呼び戻されないということは、つまり緊急事態ではないのだ。そのころの雪山は比較的安定していたし、せいぜいがドスギアノスが群れを率いて居るので不安。ドスファンゴが農村に侵入する。といった案件だけだった。

 それでもマキリは狩りを辞めなかった。ただ単に、速く、父親に追いつきたかった。その一心だ。

 だが、トマリにしてみればそれは危険極まりなく、マキリが狩りに行くたびに出迎えをして、いつもマキリを諭すのだ。

「どうしてわざわざ危険なところに行くの?そんなことしなくてもいいのに。ハンターになりたいんだったら訓練場で武器を振ってたらいいじゃない」

「それじゃあモンスターと戦えないだろ。経験しないとうまく動けないんだよ」

「死んじゃうかもよ?」

「死なないさ。それに、ちょっと間違えたら死ぬのがハンターだもん。これくらいが丁度いいんだ」

 マキリの譲らない姿勢に、流石のトマリも口を引き結んで押し黙る。

 しかし、やはりトマリが諦めることはない。

「本当に死んじゃったら終わりじゃない。おばさんだって悲しむよ」

 おばさんが悲しむ。と言っておきながら、トマリの表情はまるっきり自分が悲しんでいた。しかし、トマリはその表情を読まないばかりかその言葉すらまともに聞かなかった。

「あ、そうだ!母さんに無事だって報告しないと。じゃあねトマリ!また明日!」

「え、違う!そうじゃなくて!マキリ!?」

 マキリはぼろぼろの防具を纏ったまま家へと一直線に掛けていく。その後姿を見ながら、トマリは眉尻を下げる。

「・・・もう」

 オババはそんな二人を見て、ふう、と息を吐き出す。

「・・・ふむふむ」

 そのよぼよぼとした瞳が何を写しているのかは、誰も知らない。

 

 

 

 

 

「母さん!ただいま!」

 家の中では、一人の女性が料理をしている最中だった。

「マキリ。おかえり」

 女性は頬を緩めて微笑んだ。

 銀の長髪を一つに束ね、白いというより青白いというべき顔色をした女性は、名をキノと言った、生まれ育ちはポッケ村。そしてポッケ村から出たことがない女性だった。

 マキリはキノの目の前に走り、そして慌てたようにして急停止した。まるで幼子のような突拍子もない行動に、キノは目を丸くする。

 マキリはその『訳が分からない』と言った表情を見て顔に笑みを浮かべると、ポーチから水色のトサカを取り出した。

「見てこれ!僕が狩ってきた!」

 キノはトサカを見ると、首を傾げる。それを見て、マキリもまた首を傾げる。親子なだけあって全く同じ仕草だった。

「・・・ギアノスのトサカ、かしら?」

 キノが出した答えはしばしマキリを呆然とさせ、その後憤慨させた。

「違うよ!ギアノスはギアノスでもドスギアノスだよ!一番強いギアノス狩ってきたの!」

「あ、ごめんなさい。私あまりモンスターのことって詳しくなくて」

「・・・大丈夫だよ。母さんがちょっと世間知らずなのは知ってるから」

 キノは心から申し訳なさそうな顔をして、眉根を下げた。

 マキリは自分の母に一抹の不安を感じながらも、仕方がない、とため息を吐いた。自分の母親が何やらずれていることは、生まれたときから見てきたマキリが一番よく知っている。

 だから、もうこれがどれだけ凄いかどうかを説明するのは諦めた。

 その代わりと言っては何だが、マキリは自分が狩りから帰ってきたときの恒例行事を要求する。

 笑顔を浮かべ、母親の前で防具を脱ぎ捨てる。

「母さん、手当てして!」

 嬉しそうに怪我を見せつけるマキリを、キノはしょうがない、とでも言いたげな笑みを浮かべて見つめた。

 マキリは、キノのその優しい笑顔を見るのが、何よりも好きだった。

「またこんなに怪我をして、あまり母さんを心配させないでね?」

「うん。わかってる」

 マキリは元気に、それはもう元気に返事をした。絶対にわかっていないと断言できるくらいに元気よく。

 キノはそんなマキリの手当てをしながらため息を吐き、マキリの身体を見やる。

 数々の擦り傷、内出血、裂傷、その他もろもろの傷がマキリの身体には残っていた。その多くはモンスターによってつけられた傷だが、訓練でついた傷も少なくない。

「・・・はあ、あの人もあの人ね」

「父さんのこと?」

 呟くほどだったキノの言葉を拾い、マキリはキノに顔を向ける。キノは頷く。

「どうして帰ってきたと思ったらすぐに狩場に行くか、あなたと訓練をするのかしら。もうちょっとハンターの比率を減らすことってできないの?」

「でも、父さんが家に居たら僕違和感があるよ?」

 マキリが頭の中に浮かべている光景を、キノもまた頭に浮かべる。

 しかし、どう頑張ってもマキリの言った『夫が家にいる光景』を浮かべることが出来ない。代わりに浮かぶのは、家の中で武器を研いでいる夫の姿だ。

「・・・それもそうね。でも、やっぱりもう少し帰ってきてほしいかな」

 キノは哀しそうに微笑みながら、マキリの体に包帯を巻き終える。

 その出来栄えを見て満足そうに頷くと、キノはマキリの頭を撫でた。マキリは擽ったそうに身をよじるが、決してその手から逃げようとはしない。その仕草がキノは堪らなく愛おしく、頭を自分の胸元に抱きかかえた。

「とにかく、無理はしないこと。お願いね?」

 キノの言葉に、マキリは笑顔を浮かべて頷いた。

「うん。でも大丈夫だよ。僕は父さんの息子だから!」

 マキリがそういうと、キノはやはり、優し気に微笑むのだった。

 

 

 

 

「母さんはいつも優しかった。僕は怒られたことなんてなかったし、無理をするな、とは言われたけど子供の頃の僕に何が無茶かなんてわからなかった」

 その時のマキリにとっては、ドスファンゴやドスギアノスは十分狩れる相手だったし、飛竜に合えば何もせず、ただ隠れて逃げてた。だから狩場で無茶をしたことなどない、と、マキリは自信をもっていうことが出来た。

 しかし、とマキリは思う。

「後から考えてみても思うよ。十歳で狩りをしてたってだけでも、僕はいつも、無茶な狩りを続けてた」

「そりゃそうだ。普通、ハンターなんて早くても十二歳くらいからだからな。むしろ、なんで周りの人間が止めなかったのか不思議だ。いや、嬢ちゃんは止めたたみたいだが、というか、嬢ちゃんが止めたってのが一番驚きだ。お前嘘言ってないよな?適当に嘘言って煙に巻こうとしてないよな?疑ってるわけじゃないんだが」

「ばっちり疑ってるし。トマリが僕に狩りを辞めろって言ったのは一度や二度じゃないよ。それこそ毎日一回は必ず、多いときは五回くらい」

 マキリはホイレンの発言にツッコミを入れつつ、ため息を吐いた。

「・・・まあ、僕が単純に不甲斐なくなったから、今はああいう風になったってだけの話だと思うけど」

 マキリにも本当のところは分からない。

 それをホイレンに話すことで見つけ出そうとしているのだ。

 トマリがいったい何を考え、マキリに厳しく接するようになったのか。他の誰かの視点も踏まえて、考えたい気分だった。

『臆病者は嫌い』

 その結果があの言葉だとすれば、もはや自分になすすべはないのだが。

 マキリは自分の頭にこびり付いた嫌な想像を頭を振ることで振り払い、話を戻す。

「で、みんながなんで止めなかったのか不思議、だっけ?」

「あ?あー、そんなこと言ったな。それだそれ」

 言われるまで忘れてた、と言いたげなホイレンに、マキリは呆れた視線を向ける。「さっき自分で言ったばかりだろ」と呟くようなトーンで言い放ち、言葉を続ける。

「みんなが止めなかったのは単純に、父さんが僕の狩りを認めてたからだよ。一線級のハンターが認めてれば、誰かが文句を言うなんて出来ない」

「・・・ああ、なんとなく納得は出来た。お前、ハンターに好かれやすいもんな」

「え?どこが?」

「好かれやすいもんは好かれやすいんだよ。良いから続き話せ」

 マキリは釈然としなかったが、確かに今はマキリが話をしている最中だ。咳払いをして気を取り直す。

「とにかく、まあ僕は昔は結構狩りに行ってたんだ。トマリはむしろそれを止めてた。それは確かだよ。僕はそんなこと気にしなかったけど、確かにそうだった」

 願わくば、そのままでいてほしかった、とは口には出さない。

 むしろ、送り出されたおかげで戦えていたという面も確かにあるのだから。

「でも、僕がフルフルとかの飛竜を相手にする前に、僕は戦えなくなった」

「・・・二年前か?」

「そう。でも、たぶんホイレンが考えてるのとは違う理由だよ」

 マキリは当時に思いを馳せる。

 毎日のように狩場に向かっていた日々、恐れなど知らずにひたすら前だけを向いていた。

 それが一瞬にして崩れ落ちた日のことを。

 

 

 

 

 

 

 きっかけは、父親の死という報告だった。

 ドンドルマに迫った老山龍との戦いで、その巨体に踏みつぶされて命を落とした。

 あまりにも呆気なく、また、死体も原形をとどめておらず、それを家族に見せるのも酷だという理由でドンドルマで火葬された。村に届けられたのは父が愛用していたフルフル装備の残骸と、折れて使い物にならなくなった武器だけだった。

 そのドンドルマ防衛戦は、老山龍を撃退こそしたものの砦の一部は完全に崩壊し、何十人という人間が命を落としたという。マキリの父親が死んでも、何も不思議ではなかった。

 呆気なく人は死ぬ。人の親などということは関係なく。実力も関係なく。死ぬときはあっさりと死ぬ。マキリが本当の意味でそれを知ったのは、恐らくはその時だろう。

 そして、両親の絆というものを本当の意味で知ったのも、その時が最初で、最後だった。

「・・・母さん。大丈夫?」

 マキリは、父が死んだショックで寝込んだキノを毎日のように見舞っていた。

 キノは元々体が強くなく、よく体調を崩していた。けれど、その時の体調の崩し具合はどこか、マキリには違ったものに見えたのだ。

「・・・大丈夫よ。ごめんなさい」

 キノは無理矢理に作ったことがありありとわかるような笑みで、マキリの頭を優しく撫でた。

 ただ、自分の頭を撫でる強さが段々と弱くなっていくことが感じられ、マキリは悲しくて仕方がなかった。

 父の死という報告を聞いてから、キノはどんどんやつれていった。村の人々は代わる代わるに見舞いに来たが、それでもキノの体調は良くならなかった。

 そして、きっと村人たちもわかっていたのだろう。

 一番ひどいのは身体の負担ではなく、心の負担だということを。

 村人たちの心配の通り、キノの体調はどんどん悪くなり、やがては日中、起きている時間もほとんどなくなっていた。

 それでも、時々起きてはマキリを見て、キノは悲しそうに笑うのだ。

「ごめんなさい」

 そう言って、薬を飲めばすぐに眠る。それを繰り返した。

 そんな生活を続ける母を置いて、マキリは狩りには行けなかった。

 幸い、その間は珍しくハンターたちが雪山を拠点に狩りをしており、マキリの手は必要なかった。

 だからマキリはほとんど四六時中、キノの傍につき、出来る限りのことをした。

 キノが朝に食べたものをすぐに吐き出してしまう光景を見た。シーツを洗うマキリに「ごめんなさい」と呟いた。

 時折父の名を呼びながら、枕を涙で濡らしていた姿を見た。目を覚ました時、心配そうなマキリを見て、何度も「ごめんなさい」と言い続けた。

 直、何も喉を通らなくなった母を見た。それでも、母の「ごめんなさい」が途切れることはなかった。

 マキリがその時思ったのは、母に対する哀れみでもなく、心配でもない。

 父に対する怒りだった。

 何故、母さんがこんなになっているというのに村に居ない。何故、家族を置いて簡単に死んだ。何故もっと頻繁に帰ってこなかった。

 父が生きているころには全く考えなかったことを、マキリは考えるようになった。

 それはただ単に現実から目を逸らしたかっただけなのかもしれない。目の前の、どう考えても、どんなに自分が努力しても、目の前の人を救うことが出来ないという無力感から逃げたかっただけなのかもしれない。

 けれど、その考えは確かに、マキリの中では筋の通ったものだった。

 父親に対する、どこか複雑な感情が出来たのはその時からだ。

 ハンターとしては尊敬していた。危険な場所に行くことも顧みず、誰かのために自分を犠牲にできる。そんな強い人間で、自分もそうなりたいと、確かにそう考えていた。

 しかし、同時に、キノというものがありながらリスクを取り、自分を犠牲にして、挙句の果てには死体すら残らない死に方をする。そんな人間にはなりたくないと、そう考え始めてもいた。

 マキリは段々と弱っていくキノを見て、どこか諦観めいたものを抱いていた。

 ああ、この人にはきっと、父さんが必要だったんだ。

 そして、自分だけではきっと足りなかったのだ。

 母の「ごめんなさい」を聞く度に、マキリはそんなことを考えて、見たくないものを見ないように、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 そして、母の口が、ついに「ごめんなさい」を紡ぐことはなくなった。

 父が死んだという知らせが入ってから、一か月後のことだ。

「マキリ、大丈夫?」

 キノを土の下に埋めたとき、トマリに聞かれた言葉も、返した言葉も覚えている。

「大丈夫だよ」

 なぜ覚えているのか、それは、その時の自分の心境があまりにも醜悪だったからだ。

 マキリは思っていた。

『これでもう、「ごめんなさい」を聞かなくても済む』

 大好きだった母のために、一カ月、ひたすらに快方に向かうように頑張った。

 しかし、いくら汗を拭いても、いくら気を遣っても、母の体調が良くなることはない。終わりがなく、帰ってくる言葉はひたすらに謝罪だけ。

 何に対しての謝罪なのか、マキリには分からなかった。

 分からなかったから、苦痛だった。

 自分は何も悪いことなどされていないのに、なぜ母は謝っているのだろうか。それとも、自分が知らないだけで、母は自分に謝るようなことをしていたのだろうか。

 しかし、母の虚ろな、何も映っていない目を見たとき、マキリは一つの疑問を持った。

 母は、本当に自分のことを見ているのだろうか、と。

 母の眼が映しているのは、今ここにはいない、ただ一人なのではないか。

 いつしか、母と接することが苦痛になっていた自分に、マキリはどことなく気付いていた。大した親不孝者だ。そんな自嘲すら出ることはない。

 もう、どうでもよかった。

 一カ月という時間は、両親の死というものを受け入れるには長すぎたのだろう。マキリは母の遺体を前にしても、涙一つ流すことがなかった。

 一カ月という間に、両親を亡くしたマキリのことを、村人たちはとても気遣ってくれた。

 その気遣いが鬱陶しかった。

 僕は大丈夫だ。気にしてなんかいない。そう叫びたかったが、そのこと自体、追い詰められていると宣伝するようでマキリには耐えがたかった。

 だから、マキリは打ち破ろうとしたのだ。

 自分は憐れむべき存在ではないと、周りに、行動で分からせようとしたのだ。

 自分が最も自信を持つもので、すなわち狩りの技術で、それを分からせてやると。

 しかし、その願いは叶わなかった。

 

 

 

 

 

「身体が動かなくなったんだよ」

「・・・」

 マキリの話に無駄口を叩くことなく、ホイレンは耳を傾ける。

 そんなホイレンの様子に安心しながら、マキリは続ける。

「相手はドスファンゴだった。別に難しい相手じゃない。鱗もないし動きも直線的だ。落ち着いて戦えば負けるわけがない。僕はそう思って、ただ単に、普通に、いつも通りにやろうとしたんだ」

 けれど、出来なかった。

 久しぶりのモンスターを目の前にして、マキリの身体は動かなくなったのだ。

 はじめはただ、困惑するだけだった。今までにない感覚だったのだ。

 体に痛みはない、違和感はない。ならば動ける。

 その大前提が崩されたのだ。混乱するなという方が無理な話だろう。

「・・・話を聞いてると、桁違いに強いモンスターと戦った後のハンターみたいな症状だな」

「僕もそう思ったんだ。けど、僕は強いモンスターに出会ったことなんてなかったし、モンスターに恐怖心なんて感じた事はなかった。だから不思議なんだ。今でもね」

 マキリはその時のことを思い出すたびに、顔を顰めてしまう。

 自分は大丈夫だと、そう息巻いて、歩いて村を出た。

 帰りは昼くらいになるだろう。マキリはそう思っていた。その時はもう十三歳で、マキリの身体もそれなりに出来上がりつつあったからだ。ドスファンゴ程度、さっさと終わる。

 しかし、予想に反して狩りは夕方まで続いた。

「身体は動かなかったけど、回避だけは問題なくできたからね。でも、攻撃をしようと思うと身体が固まった。その隙を突かれて何度も、何度も何度も何度も突き飛ばされて、気が付いたら村に着いてた」

 限界まで粘って、限界まで回避した。

 そして、アイルーの荷車に乗せられて、村の入り口に放り投げられ、村に戻される。

 初めての経験だった。呆然とした。村人たちの心配する視線が憎らしかった。

 しかし、それと同時にこうも思った。

 今日は調子が悪かっただけだ。明日行けばまた違う。

「怪我は大したことがなかった。だからとりあえず、次の日も行った。でもダメだった」

 次の日に行っても、その次の日に行っても、その次の日も、次の日も、次の日も。

 どんなに自分を鼓舞しても、マキリの身体が以前のように動くことはなかった。

 どうしようもなかった。原因がわかっていれば、マキリにも対策の仕様はあった。

 けれど、なにが悪いのかが分からない。

 両親の死が響いているのか、そう思ってみたこともあったが、父に対する怒りは心の中に依然として残ってはいたものの、心の中に悲しさはなく、ただ、母の優しさと、父への憧れが残っているだけだ。

 やがて、雪山を拠点にしていたハンターたちも元の街に帰っていき、ハンターはマキリ一人になった。

 そして、一人になって、それでも変わらない自分の体に、マキリはいい加減認めざるを得なかった。

 自分は、臆病者なのだ。と。

 

 

 

 

「父さんは居なくなったから、とりあえず村専属のハンターを呼ぶことになった。でも」

「そのハンターは中々来なかった。か?」

 ホイレンの言葉に、マキリは頷く。

「僕の評判かなんかがあったのかもしれないね。一応、十歳から狩りをやってたし、無事だったし、そのおかげで緊急性がない、とか思われたのかもしれない」

 そうでなければ、二年という歳月は長すぎる。

「・・・しかし、お前、今は普通に戦えてるじゃねえか。なんでだ?」

「うん、まあ、そこで最初の話に戻ってくるんだけど。トマリなんだよね」

 マキリは、専属ハンターの話が出るときには既に、農作業に移っていた。

 自分が臆病者だと、何度も事実を突きつけられて、マキリの脆弱な心はぽっきりと折られてしまった。

 その時ちょうど村に来たコジロウと共に、農作業に精を出し、ハンターという仕事からはきっぱりと手をひこう。その頃にはそう考えていたのだ。

 オババは一度だけ、マキリにやってみるかと訊いては見たものの、一度断れば何も言わなくなった。村人たちに至っては、マキリにハンターの話題を出すことすらなくなった。

 それでよかった。例え腫物のような扱いを受けても、その時のマキリは、その扱いに一種の安らぎすら感じていた。

 自分が役立たずになったと、何もできない無能だと突きつけられるよりは、何も言われない方がはるかにましだったのだ。自分の無力感に苛まれることがあっても、コジロウとの農業はそんな心をどこかに吹き飛ばしてくれた。やがて、鍬の振り方もわかってきて、そのうちマキリは、人並みに畑に慣れていった。

 そんな時、トマリが農場に現れたのだ。

 太陽の光を存分に受けた金色の髪を風に乗せて、後ろ髪を紐で一本に纏めたトマリが、仁王立ちをして立っていた。

 マキリはいつもと違うトマリの様子に、首を傾げた。しかし、トマリはそんなマキリの様子など意にも介さず、単刀直入に、一直線にマキリに切り込んだ。

「専属ハンターになりなさい」

 トマリの言葉に、マキリは困惑した。

 今の自分が専属ハンターになってもどうにもならない。マキリはその説明をトマリにした。自分の身体が動かないことも、全て説明した。それでも、トマリは仁王立ちを辞めず、正面から言い放った。

「良いから行きなさい。今はあんたしか、やる人間が居ないの。だから、あんたが行くの」

 なんだそりゃ、大体、いま一番狩りが出来ないのは自分だろう。マキリのそんな抗議も、トマリは一笑に付した。

「何が?ただ単に、怯えてるだけでしょ?前は普通に出来てたのに、出来なくなったの?」

 トマリの唐突な暴言に、マキリは二の句が継げなかった。

 今まで、トマリがそんなことを言うことはなかったのだ。

 マキリを心配する声を上げることはあっても、マキリを蔑むような言葉を言ったことは一度としてなかった。しかし、今目の前で、確かにトマリはマキリの前に立ちはだかっていた。

 そこに今まで感じていた好意は感じられず、ただ、痛いほどの敵意が感じられた。

「どうして、突然そんなことを言うの?」

「あんたがいつまでも煮え切らないからよ」

 敵意は薄まらない。

「しょうがないじゃないか。こうなったんだから」

 むしろ、強まっていく。

「言い訳しないで、この臆病者」

 だからマキリは訊いたのだ。

「臆病者は嫌い?」

「嫌い」

 即答だった。

 マキリは、自分がどんな顔をしていたのか覚えていない。そんなことを気にする余裕もなかった。

「じゃあ、僕のことは?」

 その言葉に、トマリは少しだけ返事を躊躇ったように思う。

 けれど、その逡巡も一瞬だった。トマリはマキリの眼を見て、顔には冷たい表情を浮かべて、言い放つ。

「・・・私の身体は弱いから、ハンターなんてどう頑張っても出来ない。ガンナーにだってなれない。それがわかってても、あんたは楽しそうに狩場に行った。憎らしかった。羨ましかった。私のことを全然考えてなくて、あんたが傷だらけで帰ってくるたびにくそったれ、って心の中で呟いてた」

 本当は私だってモンスターを相手に戦いたかった。村のみんなに必要とされたかった。トマリの言う言葉に、マキリは耳を塞ぎたくなった。

 心配していたと思っていたものが、全てうそだったという言葉など、信じたくなかった。

 しかし、塞げなかった。目の前の、トマリの気迫がそれを許してくれなかった。

「あんたが嫌いだった。何でもないような顔をして武器振って、モンスターを倒してくるのが気に食わなかった」

 目の前の、悪意をぶつける存在が恐ろしかった。

 しかし、それよりも、何よりも、トマリがそんなことを思っていたと気付けなかった自分が許せなくて、そのうえトマリの言葉からも逃げるようなことは、いくら心が折れていても許せるものではなかった。

 例え、さらに心が軋む音が聞こえたとしても。それはマキリの意地だった。

「でも、今のあんたはもっと嫌い」

 自分がどんな表情をしていたのかはなおもわからない。それでも相手の表情はよくわかった。

 トマリは少しだけ目を閉じて、それから間もなくして、マキリの眼を睨み付けた。

 薄く開けられた目から、確かに漏れ出る敵意は隠しようがなく、マキリは遂に気圧された。

「私に出来ないことが出来る癖に、臆病な人間なんて大嫌い。今のあんたを見てるとムカついて仕方がない」

 トマリは唇を噛み、まるで本当に苦しんでいるように顔を歪める。恐らく、マキリの顔も負けず劣らず歪んでいたのだろう。

 二人の間には、今まではなかったぎすぎすとした、お互いにお互いを刃物で傷つけあっているような、そんな空気が漂っていた。

 その時、二人とも同時に感じたのだろう。

 今までの関係性が、一気に、音を立てて崩れていく感覚だ。

 トマリはマキリに背を向けて、小さく舌打ちをした。

「・・・とにかく、オババに言って来て、自分がやりますって。じゃないと、この村に居られなくしてやるから」

 その言葉に、いったいどれほどの効果があったのかはわからない。常識的に考えて、トマリがマキリを村から追い出すなんてことが出来るとは思えなかった。

 それでも、その日のうちに、マキリはオババにハンターになる旨を伝えた。

 そうしなければならないという危機感があったのだ。

 どういう危機感か、と言われれば分からない。ただ、一つ。これ以上間違えれば、取り返せないと、そう感じたのだ。

 そして、マキリが久方ぶりの狩りに挑む日。

 見送りに来たのは、オババとトマリの二人だった。

 いつも通りと言えばいつも通りだが、最近は村人たちが総出で出迎えていたな、とぼんやりと思い返した。

「・・・今日はガウシカの角を持ってきておくれ。無理だったら戻ってきてもいい」

 寄りにもよってガウシカの角か、と、マキリは自嘲の笑みを浮かべた。それと共に、今の自分には相応しい相手だ、とも。

 そして、トマリに目を向けると、昔の心配するような視線はなく、ただ冷たい、路傍の石を見るような目が合った。

「・・・さっさと行きなさい。あんた、ハンターなんだから」

 トマリはそう言って、マキリに背を向けて、自分の家へと帰っていった。

 マキリとオババはその背中を見送って、マキリは少しだけ視線を落とす。腹の奥底に、取り除きようもない鉛の玉が沈んでいるような、そんな重苦しい気分だった。

 しかし、狩場に行くというのにそんな心境ではまずい、マキリは気を取り直して、息を吐いた。

「・・・じゃあ、オババ。行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 オババに挨拶をして、マキリは狩りに出掛けた。

 早朝、村人たちが起きるころに。

 そして、マキリは帰ってきた。

 夕方に、防具を土色に染めながら。顔に大きな疲労と、少しだけの安堵を滲ませた。

 たった一本の、ガウシカの角を携えて。




あんまりだらだらするのもあれなんで、結構圧縮しました。(一万文字越え)
圧縮・・・したんだよなあ(白目)
重苦しいの苦手なんじゃ
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