腰抜けハンター奮闘記   作:重さん

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第9話

「・・・今、なんていった?」

 マキリは頬を引き攣らせながら、目の前のオババに聞き返す。

 隣に立つホイレンも、その表情を厳しくしている。

 オババの顔も、いつもとは比べ物にならないほど真剣だった。

「今、雪山の麓には大型モンスター、中型モンスター問わず、多くのモンスターが集まってるみたいだね。内訳はフルフル二体、ドスギアノス一体、ドスファンゴ三体、ドドブランゴ一体。とりあえず確認できたのはそれくらいだけど、実際はもっと多いかもしれない」

 というか、たぶん多いだろうねえ。オババがそう付け加えるのを聞いて、マキリは眉を潜め、雪山の方向を見る。

 雪山は、再び暗雲に覆われていた。

 とはいっても、今回は山頂付近に集中している。麓に雲がかかっている様子はなかった。モンスターは、暗雲から逃げてきたのだろうか。

 しかし、とマキリは思う。

 いくら悪天候だろうと、モンスターがここまで麓に降りてくることが果たしてあり得るだろうか。

 いいや、あり得ない。

 マキリは断言出来た。

 そして、雪山には何かがある、何かが居る。そう確信する。

「・・・マキリ、お前はこの現象、どう見る?」

「雪山に何かが居る。と思う」

「同感だ。オババ。他に情報はないのか」

 ホイレンもまた同じように感じていたらしく、理由を聞かれることはなく話は進んだ。

 オババはふむ、と少し焚火に目を向けて考える。記憶を探っているのだろうか。

「・・・そうだね。こういう事態は聞かないわけじゃない。例えば狂暴な外来種、イビルジョーなんかが現れるとモンスターたちは住処を追われて別の場所に集合する。それは古龍も同じだね」

 マキリは、先日見た轟竜を思い出した。

 あの大食いのティガレックス。あれが発端になっているのだろうか。

 あり得ない話ではない。

 大食いということは脅威だ。多くの肉を必要とするということは、それだけ代謝が良く、強靭な肉体を持っているということでもある。実際、あの轟竜は通常の個体よりも一回り身体が大きかった。

 フルフルに例えるなら、それがネックになってくるのだろう。

 フルフルは暗闇を好み、洞窟の中で獲物を待ち構えて捕食する。だから洞窟に得物がやってこないような状況、つまり、そこに草食竜がやってこないような状況でない限りは麓に降りてくることはない。

 逆に言えば、草食竜が縄張りにやってこないような状況ならば、麓に降りてくることもある、ということだ。

 恐らく草食竜が大食いの轟竜に恐れをなして、麓に固まっているのだろう。さらに、ドスファンゴ、ドスギアノス、ドドブランゴに至っては轟竜に食われるのを阻止するため、そして獲物を確保するために降りてきている。そう考えると自然なように思えた。

 ここまで考えて、マキリは唇を噛んだ。

 そこまでの脅威だとは思わなかった。マキリは自分の見通しの甘さに苛立ちを覚えるとともに、方策を考える。

「・・・ホイレン。あのティガレックス、一人で狩れるよね」

「もちろん。正直、ここまでの脅威だとは思わなかったけどな」

 マキリと同じ感想を抱いたらしいホイレンは、ため息を吐く。

 そして、その先に考えていたことも大体はマキリと同じだった。

「とにかく、あいつが原因なら、ぶっ殺しちまえば問題ねえってことだ。もう一つの問題は、その間麓の連中が大人しく、麓で過ごしてるかどうかってことだな」

 マキリは頷く。

 モンスターは通常、人里を嫌う。

 そのため、何もなければ人里が襲われることはない。ただ、今回の異常事態は文字通り異常であって通常ではない。

 村が襲われるという可能性は、捨てきれなかった。

「今からそいつらを狩りに行くっていう手もある。が、俺も轟竜を相手にするってのに中型、大型モンスターを相手にするのは御免被る。ましてや、あの轟竜は間違いなくG級案件だ」

 マキリはそれを聞いて、目を見開く。

 ハンターの受けるクエストには、大きく分けて三つのランクがある。

 下位、上位、そしてG級だ。

 下位と上位の意味は文字通り。下位のクエストは容易で、上位のクエストは難しい。単純に強靭な個体の狩猟であれば上位であったり、逆に、数が多くても幼体ばかりだった場合は下位になることもある。

 上位のクエストを熟すことが出来るハンターは一流と呼ばれ、経験を得たハンターは大体がこの上位ハンターに分類される。

 ただ、G級ともなると、少し意味合いが違ってくる。

「・・・ホイレン、G級ハンターなの?」

「何度か受けたことはある。もちろん、苦戦したはしたがな」

 だから、G級ハンターかと言われると微妙だ。ホイレンはそういうが、マキリにとって驚くべきことであることに変わりはない。

 G級ハンターとは、言うなれば人外だ。

 ハンター自体が人外、と呼ばれることもあるが。その人外の中でもひと際頭の飛びぬけた人外だった。

 ハンターズギルドに実力を認められた猛者。数年に一人現れるか否かの逸材。

 ただの一流ハンターとは訳が違う。

「・・・一応言っとくが、お前の親父もG級だったんだぞ?」

「そりゃ知ってるよ。けど、他のG級ハンターなんて見たことなかったし」

 それほどに珍しいのだ。

 世界を見渡しても、恐らくその数は百に満たない。

 マキリはしばし、ホイレンの予想外の肩書に固まっていたが、すぐに表情を引き締める。

 そのホイレンがG級と判断したのだ。今雪山に居る轟竜は、間違ってもマキリの手に負える存在ではないし、疲れのたまったホイレンが相手できるような個体でもない。

 そうなると、選択肢は一つしか残っていない。

「・・・僕が、やるか」

「やれるのか?」

「いや、やるしかないでしょ」

 やれる、やれないではない。

 やるしかないのだ。この場合は。

 やれなければ、この村が襲われるかもしれない。

 この村が襲われれば、当然、この村の人々は少なからず死ぬだろう。そして生き残ったとしても、路頭に迷う頃は想像に難くない。

 そんな苦行を彼女に味合わせるために、ハンターをやっているわけではない。

「・・・ま、あの話聞いた直後にお願いするのもちょっと都合がよすぎるが、頼むわ。この状況、一人じゃどうにもならん」

「わかってる。ただ、フルフルは狩れるかどうかわからないから」

 単体ですらきついというのに、今回は複数体居る。しかも、数の全容把握すらままならない。

 覚悟せざるを得ない。

 自分の命がここで散る。その覚悟を。

「俺のアギトと防具・・・は、無理か。お前、マフモフで行けるのか?」

「大丈夫だよ。どうせ攻撃なんて食らわないから」

「言うねえ。お前も」

 マキリが冗談交じりに言えば、ホイレンは鼻で笑う。

 しかし、次の瞬間にはすぐに真面目な顔に戻る。

「良いか。今回やるべきことは時間稼ぎだ。あいつらが麓の草食竜を食いつくす前に、あいつら自体の数を減らす。それが目的だからな。間違っても追い詰めて、村の方にモンスターを誘導したりはするな。目的と手段を間違えるなよ」

「わかった。気を付ける」

 二人は真剣な顔で頷きあうと、オババに向き合った。

「オババ。略式でやるぞ、クエスト内容の確認だ。俺は轟竜一体の狩猟。マキリは出来る限りの中型、大型モンスターの排除。それで構わないか」

「ああ、受けてくれるかい?」

「当り前だ」

 ホイレンの言葉に、マキリも追従して頷く。オババはここにきて、やっといつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「頼んだよ」

 二人は共にオババに背を向けて歩き出す。

 その途中、ホイレンは呟いた。

「来て早々、こんな事態になるとは、俺の不運も大したもんだ」

「僕にとっては幸運だったよ」

「だろうな。この状況をお前ひとりでどうにかしろって言われても、絶対に無理だった」

「でも、何もしないわけにもいかないしね」

 結局狩りに行くことにはなっただろう。それがハンターの仕事である以上は。

 その結果がどうなるかは置いておくとしても。

「ああ、マキリ。お前、嬢ちゃんに喝入れてもらうの忘れんなよ。死ぬぞ」

「・・・自分から頼みに行くのも、変な話だけどね」

 いつもは、何も言わないうちにトマリが喝を入れてくれた。それが圧力になって、マキリの身体を動かしていた。

 だから、今回もやってもらわなくては困る。

 困るのだが、何の葛藤もなしに、ただ『行ってこい』と言われるのもまた、マキリとしては複雑な気分だった。

 心配してほしいような、欲しくないような。

 我ながら面倒くさい。

 マキリは自分にため息を吐きながら、ホイレンと別れ、自分の家に向かった。

 

 

 

 

 

 マキリは自分の装備を着こんでいた。

 いつも通りのマフモフシリーズに、最近はよく使うようになったホイレンのアギト。正直、慣れていない武器を使うのは不安だった。不安だったが、それよりも攻撃力のない武器を使うことの方が不安だった。

『己の分にあったものを使え、さもなくば簡単に死ぬ』

「なら、僕は簡単に死ぬのかな、父さん」

 自分でも驚いた。

 何も意識せずに発した言葉だった。

 しかし、それはどうにも、真実のように思えた。

 達人は武器を選ばない。という言葉がある。その道の達人はたとえ棒切れのようなものであっても、それを武器として戦うことが出来る、という話だ。

 言うまでもなく、戯言である。

 達人であればあるほど、武器には拘らなければならない。飛竜の鱗は厚く、強靭だ。そんなものに枝をぶつけたところで何になろう。

 しかし、逆に武器が実力を超えたものであると、これもまた危ない。

 その武器はあるいは、何かのモンスターに相性が良く、そのモンスターを簡単に討伐できてしまうかもしれない。そして、そのモンスターが世間一般から見て強いと分類されるものだったとする。

 そうなったとき、自分が強いと、そう錯覚してしまうことは想像に難くない。

 マキリはその典型だった。

 昔狩ることが出来たから今も狩れる。楽勝だったから次も楽勝だ。そう思う心の内の驕りを、マキリは取り去ることが出来ない。それはおそらく己の魂がそのような形をしているのだろう。

 心の内はそうなっていると、そう自覚できている。

 だというのに、自分は何故、トマリに激励してもらわなければ動くことすらままならないのか。

 自分の心を、理解し切れていない。

 一方では、この程度のモンスターに負けるわけがないと思っている。

 他方では、その程度のモンスターを相手に身体が動かない。

 心と体が噛みあわない。気色の悪い感覚。

 驕るよりは良い。

 しかし、マキリにとっては苦痛そのものだ。

 臆病者になどなりたくない。しかし、自分は間違いなく臆病者だ。

 あるいは、それが今までマキリを生かしてきたのかもしれない。

 臆病でなかったなら、無謀な挑戦をして、いつか命を落としていたのかもしれない。

 ただ、マキリは今回、臆病者でありながら無謀な挑戦をしようとしている。

「・・・この結果は、何を生むのかな」

 マキリは自分の手の中にあるアギトに目を向けて、無理矢理口角を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 作戦はこうだ。

 とにかく、マキリは一足先に狩場に行き、出来る限りモンスターの数を減らす。

 ホイレンは万全の準備を整えたうえで、轟竜狩猟に赴く。

 そのため、マキリは出来る限り早く出発する必要があった。

 準備はすぐに終わり、マキリはその日のうちに出発する。

 そして、その前にマキリはトマリを訪れなければならない。

「・・・はあ」

 マキリはため息を吐きながら、トマリの家の前で立ち止まっていた。

 どうしたもんか。

 ここまで来ておきながら、マキリは狩りに行く勇気が振り絞れずにいた。

 行くしかないと理解している。

 しかし、再び自分の情けない姿を見るのは、マキリにとっても苦痛だった。

 それに、今までトマリは自発的にマキリを狩場に送り出していたのだ。自分から頼みに行くというのはどうにも、据わりが悪かった。

 普段しない行為をするとき、どうにも最初の一歩を踏み出すのが難しい。

「・・・ま、どうとでもなるかな」

 面倒なことには目を瞑る。それもまた一つの方法。

 マキリは深く考えずにドアをノックした。

 やはり、程なくして人が近づく気配がする。

「はい、どちらさまでしょうか。って、マキリ?」

 戸口に立ったのは、カリンだった。

 マキリは少しほっとして、ほっとした自分を嗤う。

 なんでほっとしてるんだ。訳が分からん。

「あの、トマリいますか?」

「いるけど・・・なに?狩りに行くの?今から?」

「はい。ちょっと急な用なので」

 少し言葉をぼかす。

 理由はと言えば、まあくだらないが、『私に伺い建ててる場合か!』と言われながら追い立てられるのはマキリも避けたいからだった。なにせ村の緊急事態なのだ。

 カリンは少しだけ首を傾げるが、家の中にトマリを呼びに行った。

 そして、程なくしてエプロン姿のトマリが現れる。

「どうしたの?」

 トマリはそう聞いて、それからマキリが狩りに行く恰好をしていることに気が付いた。

 そして、そこは幼馴染らしく、察したらしい。呆れた顔をした。

「あんたね、それくらい自分で」

「・・・わかってるんだけどさ。どうしても」

 マキリも自分で自分が情けなくなるが、仕方がない。

 もうそうなってしまっているのだ。

 トマリは眉間に皺をよせていたが、自分の金髪を弄りながら呟いた。

「・・・行ってきなさい。村のために」

 その声は静かだったが、マキリは少しだけ、身体の強張りが取れたことを感じた。

 情けないが、仕方がない。

 悲しいが、どうしようもない。

 今はまだ、マキリは好意を得られてはいないのだ。

「ありがとう。行ってくる」

 マキリは笑みを作って、トマリに背を向ける。

 トマリはその背中を見送って、家の中へと入っていく。

 ここに、マキリが狩場に行く準備は完了した。

 

 

 

 

 オッカイは、加工屋の奥で腕を組んでいた。

 考えているのだ。果たして、自分にできることはないか、と。

 マキリやホイレンと共に、オッカイは村の異常事態を知った。しかし、オッカイはハンターではない。自分にできることなど限られているし、加工屋は武器を作ればそれで終わりだ。

 あとは、ハンターに任せるしかない。

 そう、武器を作るしか、ないのだ。

「・・・無駄になる、な」

 マキリは既に出発している。

 しかし、クエストに失敗して帰ってきたとしても、マキリは諦めたりしないだろう。

 やらなければならないのだから、あいつはやる。何度失敗しても、それこそ死ぬまで続ける。

 オッカイにはその確信があった。

 一度マキリの心が折れ、農業に勤しむようになった姿を見てもなお、確信は薄れることがない。

 マキリは必ず、諦めない。

 そして、その諦めない姿勢を少しでも、成功へとつなげる手助けができるのなら。

 オッカイはそう考え、立ち上がる。

 鍛冶場へと移動し、道具をそろえ、鍛冶場の温度を上げていく。そこにいるだけでも汗を掻くような熱さまで、武器を鍛えることが出来る状況まで。

 室内が赤い光で満たされると、オッカイは隅に置いてあった箱から、ガラクタとも呼べるようないくつかのものを取り出し、その中から使えそうなものを選別していく。

 結果は、真っ二つに折れた武器だけだった。

「・・・故人の武器を溶かすのは、好きじゃないんだが」

 武器に触れて、オッカイは呟く。

「息子の役に立つのなら、本望だろう」

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