優しい世界を望んだら   作:ガスキン

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第六話 天災と書いてざんねんと呼ぶ

「束、お前は自重という言葉を知っているか?」

 

「はい・・・」

 

「私はな、別にお前に淑女になって欲しいわけではない。むしろ、お前のその奔放な性格は好ましいと思っている」

 

「はい・・・」

 

「しかし、お前ももう中学生だ。常日頃とは言わないが、時や場の状況に合わせて落ち着きを持つ事も大事だと私は思うのだが」

 

「はい・・・」

 

女性の乱入からの正座、そして説教という展開から既に十分近くが過ぎていた。最初こそ柳韻さんの言葉に果敢にも口答えしていた女性だったが、五分くらい経った頃から勢いが弱くなり始めて、今では「はい・・・」しか言わなくなっていた。心なしか、頭につけているウサ耳が垂れている様にも見える。まさか、装着者の気持ちに合わせて変化してるのか? この人ならそれくらいの物なら普通に作りそうだし。

 

「篠ノ之ちゃん、止めなくていいの?」

 

後ろで門下生達が一生懸命剣を打ち合っている中での正座説教タイムというシュールな光景を打破するべく、俺は隣にいる篠ノ之ちゃんに耳打ちしてみた。

 

「気にするな。ここの人間からしたら馴染みの光景だからな。その証拠に誰も気に留めてないだろう?」

 

言われてみれば、十分間の説教なんて中々な長さのはずなのに、みんな剣を止めるどころかこっちを見向きさえしてないぞ。つまり、篠ノ之ちゃんの言う通り、これがここでは当たり前って事なのか。・・・何だろう、この女性から一気に残念臭が漂い始めて来たんですけど・・・。

 

「とは言え、今日は織斑達が来てくれているし、これ以上残姉さん相手に時間を潰すのもよくないな。仕方無い、止めるとするか」

 

ちょ、呼び方辛辣過ぎぃ! そして仕方無くなのね。お姉さん、体が震え始めてますけど。

 

「父さん、そろそろ・・・」

 

「箒? ・・・おお、しまった。私とした事が一夏君達の前にも関わらずつい。すまないな二人とも。待たせてしまった」

 

「いえ。ところで、そちらは? 確か入学式の時にもいらっしゃいましたよね?」

 

「ああ、よく覚えていたね」

 

「・・・強烈だったから」

 

ポツリとマドカが呟く。まあ、あの自己紹介のやり直し要求からのオッシュは忘れたくても忘れられないよなぁ。・・・横で篠ノ之ちゃんが何かに耐える様にプルプルしているのには触れないであげておこう。

 

「私のもう一人の娘で箒の姉だ。束、挨拶しなさい」

 

「・・・ふっふっふ。ようやく、ようやくこの時がやって来た! パピーの説教を耐え、ついに束さんのターンがやって来たのだぁ!」

 

(あ、全然反省してないなこの人・・・)

 

「さあ、耳をかっぽじってよく聞くがいい! 我こそは、そこにいるプリティーでキュートな箒ちゃんの姉にして、世紀の大天才と呼ばれる(予定)パーフェクトウーマン! その名は篠・・・!」

 

テンションが極まったのか、正座から一気に立ち上がろうとした女性だったが、その表情が瞬く間に真顔に変わり、言葉が途切れた。

 

「束?」

 

「姉さん?」

 

柳韻さんと篠ノ之ちゃんが訝し気に声をかけた次の瞬間、女性の両目から涙が流れだした。そして、涙声で女性は一言。

 

「・・・足が痺れて立てない」

 

そう俺達に訴えて来た。いたたまれなくなった俺は、とりあえず足を軽く伸ばしてマッサージするといいですよ・・・とアドバイスするのだった。

 

 

 

「篠ノ之束です。箒ちゃんの姉です。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる女性・・・篠ノ之束さん。さっきまでのテンションとは対照的に落ち着いた挨拶だった。理由は恐らく・・・彼女の後ろに立っている三人(柳韻さん、篠ノ之ちゃん、姉さん(竹刀装備))だろう。

 

「初めまして、織斑一夏です」

 

「・・・織斑マドカです」

 

「んっふっふ~。なるなるなるほどぉ。キミ達がちーちゃんご自慢の弟君と妹ちゃんか~」

 

興味深々といった様子で俺達を見渡す束さん。彼女が俺の知る“篠ノ之束”ならば、ここで興味を持たれるのと持たれないのでは今後の対応がかなり違って来るはずだ。

 

(ひとまず、第一関門は突破か?)

 

「ちーちゃんってば酷いんだよ。学校じゃいっつもキミ達の自慢ばかりする癖に、写真の一枚も見せてくれないんだもん。仕方無いから勝手に妄s・・・イメージとかしてたんだけど、思ったより差異が無くて束さんビックリだよ」

 

「何を言う。お前こそ妹の話か宇宙の話しかしないじゃないか。おかげで学校では陰でシスコン呼ばわりされてるんだぞお前は」

 

「それはブーメランだよちーちゃん。ちーちゃんだって“ブラコン(+シスコン)の織斑”って通称されてるじゃん」

 

「? それのどこに問題がある」

 

いや、そんな「お前は何を言っているんだ?」みたいな顔されても・・・。

 

「どうした織斑? 両手で頭を抱えて」

 

「学校での姉の知りたくなかった部分を知ってしまった・・・」

 

「ああ・・・」

 

「篠ノ之ちゃんはその・・・平気なのかい? お姉さんがそう呼ばれてて」

 

「表現の仕方は間違っているとは思うが、それでも姉さんなりに私の事をとても愛してくれていると感じているからな。だから、困惑する事はあっても嫌悪する事は無い・・・かな」

 

そう言ってはにかむ篠ノ之ちゃん。ああ・・・天使や。ここに天使がおるで。

 

そうだな、確かに篠ノ之ちゃんの言う通り。姉さんのそれはちょっとばかし過激だけど、姉さんなりの愛情表現なんだ。それだけ俺の事を想ってくれているって事なんだよ。うん、そう考えるといい事じゃ・・・。

 

「まあ・・・布団に潜り込んで来たら容赦無くしばき倒すがな」

 

「何があったのさ!?」

 

「一度添い寝して欲しいと言われて頷いたら、不自然なくらい体をまさぐられたからな。それ以来枕元に竹刀は欠かせんのだ」

 

「何やってんの!?」

 

「全くだ。妹の体なんか触って何が楽しいのか。あの時はくすぐったくて寝るどころでは無かったぞ」

 

まあ、まだ小学生だもんね・・・。

 

「何だ織斑、そんな微笑ましいものを見る様な目で私を見つめて」

 

「篠ノ之ちゃんはそのままでいてくれな」

 

「?」

 

「お兄ちゃん、私ならイケるよ?」

 

「そっかー。マドカはもう手遅れかー」

 

どっから知識を得てるのか調べないとなー。

 

「うむ、いい感じに打ち解けて来た所で本題に戻ろうか」

 

この状況でそう言える柳韻さん流石です。

 

「とりあえず、今日は見学してもらうつもりだが」

 

「マイファザーよぉ、見学だけじゃつまらないでしょ。竹刀握らせたげたらぁ? 実際に振ってみたら興味湧いたりするんじゃないの?」

 

「む・・・一理あるな。しかし防具がまだ・・・」

 

「必要無いじゃん。打ち合うわけじゃないんだしさ」

 

「・・・わかった。では二人とも、ついて来なさい」

 

そう言われて柳韻さんの後に続いて道場の奥の方に移動すると、そこには様々な形の竹刀が保管されていた。

 

「ここには普及型と呼ばれる一般的な形の竹刀はもちろん、我が流派の剣技に合わせて特別に作ってもらった竹刀もある。今マドカ君の前に立てかけてあるのは通常の半分くらいの長さしかない小太刀形の竹刀だ」

 

「ふうん・・・」

 

説明を受けたマドカがその小さな竹刀を手に取る。その場で二、三回振ってみたが、お気に召さないのか首を傾げる。

 

「振りやすい。けど、なんか物足りない」

 

「ゲームとかだとそのサイズの刀で二刀流とかやったりするよな」

 

「二刀流・・・」

 

ただの思いつきを口にしただけだったのだが、マドカはその響きが良かったのか同じ竹刀をもう一本手に取った。そしてそれを振るったのだが、その動きは素人の動きのはずなのに、俺の目にはどこか鮮麗に映った。

 

「ほぉ・・・」

 

柳韻さんが感嘆の溜息を漏らす。束さんもまた顎に手をやりながら楽しそうな表情をマドカに向けている。

 

「ふむふむ・・・そこに目をつけるとは流石ちーちゃんの妹ちゃんとでも言うべきかな」

 

ま、まさか・・・妹も姉と同じ人外の道を・・・!? 止めて! 人外と人外に挟まれたら凡人の僕は耐えられません!

 

「そういえば、お前も()()だったな。・・・マドカ、本当に()()でいいんだな?」

 

「うん。お兄ちゃんが選んでくれたから」

 

え、いやちょっと。俺は別にそういうつもりで言ったんじゃ・・・!

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

「アッハイ」

 

・・・キラキラお目々からの上目使いコンボには勝てなかったよ。

 

「さて、次は一夏君の番だな。どの竹刀にするか決まったかい?」

 

「俺は普通のでいいです」

 

「それならこの辺りの物だな。持ってみなさい」

 

手渡された竹刀を両手で持つ。重くは無いかと聞かれたので丁度いいと答えておいた。

 

「では好きに構えて振ってみなさい」

 

好きにと言われてもな。ええっと・・・とりあえず向こうで練習している人達でも参考にして・・・。

 

「織斑、竹刀はこう握るんだ」

 

俺が困っている事を察したのか、篠ノ之ちゃんが横に並んで実演しながら教えてくれた。おかげで格好だけはマシになった。こっから竹刀を上段に構えて・・・振り下ろす!

 

「うむ、思い切りのいい振り下ろしだった」

 

柳韻さんからお褒めの言葉を頂いた。まあ、反応を見るにマドカほどではなかったみたいだが。

 

「どうだ二人とも、初めて剣を持った感想は」

 

「・・・悪くない」

 

「そうか。一夏は?」

 

「とりあえず、マドカはやっぱり姉さんの妹だな・・・と」

 

この日、俺は人外シスターズ誕生の立会人となった。

 

 

 

 

 

それから一週間後、俺達は揃って道場に通う事になるのだった。


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