「――禁手化」
力強い言葉が、ヴァーリ先輩から放たれる。
直後、辺りを圧倒するほどん力の本流が駆け巡り、ヴァーリ先輩を包んでいく。
『相棒、よく見ておけ。あのときとは違う。オレたちを試すために使われた禁手ではなく、相手を倒すための禁手。おまえがいずれ、辿り着かなければならない地点だ』
俺――兵藤一誠に、相棒である赤龍帝ドライグが話しかけてくる。
わかってるさ、んなことは。
あのときとはまるで違うことくらい、俺でもわかってる。自分を守ることと逃げることを重点的に磨いてきた俺でも、ヴァーリ先輩の姿から読み取れるものは確かにある。
これは俺たちに初めて見せる、誰かを守るための戦いだ。
本流が収まったとき。
『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』
音声が響いたのち、ヴァーリ先輩の体を白い輝きを放つ全身鎧に包まれていた。最後にマスクがシュバッとヴァーリ先輩の顔を覆い、完全なる鎧の戦士へとその姿を変えた。
「これが、禁手化」
俺にはまだ、籠手を多少防御のために展開するくらいのことしかできない。相棒曰く、そんな方向に進化しているのは歴代でもおまえだけ、ということだが、正直これを見せられたら喜んでもいられないな。
俺を助け、導いてくれているライバルであり、主である先輩は、もっと高いところにいる。俺も、追いつかないと!
『フッ、奴の勝利をまるで疑っていない辺り、相棒も正直な奴だな』
ドライグは愉快だと言わんばかりに指摘してくるが、確かにヴァーリ先輩が勝つって決まったわけじゃなかった!
ま、まさか負けないよな?
『どうだろうな。白龍皇が悪魔でもある以上、一撃でも貰えば致命傷だが……相手も相当の実力者なのがどう響くか』
ま、マジかよ……いや、ルフェイちゃんのお兄さんが強いってのはわかるんだけど、そこまでなのか!? い、いや、俺が弱気でどうする! 下僕たるもの、主を信じなきゃダメだろ!
いざってときは、俺もやるしかねえ!
籠手を出現させ、静かに戦いを見守る。
いざってとき、後ろの三人を守れるように。ヴァーリ先輩の守りたいものも、俺の守りたいものも全部、守っていけるように。俺はあの人の――『女王』だから。
俺が新たに決意を固めた頃。
眼前では、ヴァーリ先輩が飛び出していた。
刹那。
大質量の波動弾を、一切の容赦なくアーサーに放つ。
「人間とは言え、相手が聖剣の使い手とくれば容赦なしですか。それでこそです。ルフェイを攫った罪は消えませんがね」
彼は動じることなく聖王剣を構えると難なく波動弾をふたつに斬ってみせた。
そこからは、ヴァーリ先輩が何発魔力の塊を放とうとも、目で追いきれない速さで振るわれた聖王剣にことごとくを捌かれる。だからといって敵に飛び込めば聖剣で斬られかねない……。
「普通の戦い方ではかすりもしないか」
攻められない状況なのに一向に焦らないヴァーリ先輩も凄いが、人の身であの反射速度。嫌になるぜ。
「やはり、素直に拳で殴った方が早そうだ」
「フッ、私も貴方は斬り倒した方が早いと思っていたところです」
アーサーは浅く笑みを浮かべると、ヴァーリ先輩へと歩み寄っていく。
対するヴァーリ先輩はマスクで表情がわからないが、きっと笑っているのだろうと白音ちゃんが教えてくれた。
というか、この子まったく不安そうにしてないな!
「白音ちゃんはさ、不安とかないわけ?」
「ありません。ヴァーリ先輩なら、きっとなんとかしてくれると信じてますから」
「白音ちゃんは、私と同じで、信じている相手がいるんですね」
アーシアが優しい声で白音ちゃんの手を自分の両手で包みながら話しかける。
信じている相手、か。
だったらなおさら、守らないといけないな。俺には俺のできることを、ですよね。ヴァーリ先輩!
静かに歩み寄っていくアーサーに応じて前進を開始するヴァーリ先輩。
焦ることも、慌てることもなくお互いに肉薄する距離に立っても、両者ともに構えすら取らない。ついには眼前に詰め寄ったところで二人は足を止める。
不敵な笑みを絶やすことなく浮かべ続けるアーサー。
すぐそばに自分を殺し得るだろう聖剣がありながらも冷静に立ち続ける俺の主。
どちらも動こうとせず、視線が交差しあう時間が続く。
そして、ついに二人の姿が一瞬、その場から消え失せる!
盛大な轟音が周囲に鳴り響き、俺たちは慌てて上空を見上げた。なんせ、上から火の粉が舞ってきたんだからな! 案の定、両者は高く飛び上がっており、二人の間には斬られた跡の残る魔力の塊が浮かんでいた。
「って、おいおい! どうするんだよ、これ!?」
特に町の被害は? 轟音とか隠し通せるレベルじゃないし、そもそも見られてるでしょ!?
「心配ありません」
後々の問題点を探していると、ルフェイちゃんが冷静に指摘しだした。
「この辺り一帯にはすでに認識の阻害のためと、人払のための結界が張ってあります。もう少し時間があればどこか別の場所への転移ができたのですが……せめて、私の蒔いた種ですから、できる限りのことはします!」
そうか、この子も戦っていたのか。
嬉しいな、そういうの。なにより、やっぱりこの子、めちゃくちゃいい子じゃねえか! アーシアとも普通に接してくれるし、俺たちとの仲も悪くない。
なら、後輩として、しっかり支えてやらないとな!
「だから、勝ってくださいよ。ヴァーリ先輩……」
眼前で繰り広げられている戦いでは、ヴァーリ先輩が斬り込まれた魔弾の中に仕込んでおいただろう小さな魔弾が跳ね、様々な軌道を描きアーサーへと向かっていく。
対するアーサーもその魔弾を斬り伏せながら、器用にも空中を移動し、ヴァーリ先輩との距離を詰めていく。
それを見ていただろうヴァーリ先輩は即座に急上昇し、空中で自在に動けることを活かし、自身の体を武器に彼へと突っ込んでいく。
「ほう。自ら聖剣の餌食になりに来ますか。いいでしょう」
「そのつもりは、ない!」
アーサーが降下してくるまで、僅かな時間しかないだろう。
だがあの二人はその中で、濃密に圧縮された攻防戦を展開していた。
空中を自在に飛び回りヒットアンドウェイを繰り返し、拳、脚技に魔弾を混ぜながら手数と重い一撃を振り分けながら攻撃を仕掛けるヴァーリ先輩に、毎回違った型を振るい、ぶつかりあうものだった。上段から斬り下ろし、突き、下段からの斬り上げ。時には大振りに、またときには小振りに。俺が見えた光景はここまでで、実際にはこれ以上の攻防が繰り広げられているのだろう。
つい、魅入ってしまう程の戦闘。
やがてアーサーが着地を果たすと、両者が共に睨み合う。
「悪魔とは言え、さすがは白龍皇。一筋縄ではいきませんか」
「そちらこそ。一瞬でも気が抜ければ即座に天へと召されそうだ」
よく見れば、アーサーのスーツはところどころ焦げ跡や引きちぎられたような跡がある。攻防の刹那、ヴァーリ先輩がやってくれたのか!
「よく言いますね。こちらの聖剣を受け止めておいて」
「受け止めてなどいないさ。確かに効いている……だが、鎧にしか届かなかっただけだ。届かないと言えば、一撃も入れられなかったな」
なに!? まさかと思いアーサーを見れば、服は破れているものの、その下の肌にはひとつも傷がない。紙一重で、避け切ったのか!
「私のスーツに攻撃を当てただけ優秀ですね。こちらの聖剣が斬れなかったのも同意です」
ヴァーリ先輩も、よくよく観察すると鎧の修復をし始めているな。あの部分、斬り裂かれたのか……鎧があってあの様子だと、二度同じ場所を斬られたら防ぎきれないな……やっぱり聖剣相手だからか?
「悪魔とは言え――いいえ。ルフェイを誑かした相手と言えど、これほどとは。いえ、ルフェイの存在に気付き彼女の優秀さを悟ったからこその強さでしょうか?」
……出会って間もないが、この人シスコンなんじゃないだろうか。うん、シスコンだな。でなきゃここまでの執念見せないって!
「ルフェイちゃんも苦労しているんだな」
彼女の頭をひとつ撫でるが、
「そこのキミ、なにをしている! 気安くルフェイの頭に触れないでもらおうか!」
おおっと、まさかこっちを気にしているなんて思ってもなかった! だ、だけどこの子を連れて行こうってなら、俺だって相手になってやろうじゃねえか!
「次にしたらまずはキミから斬りますからね」
こわっ! 鬼の形相じゃねえか!
やっぱりその人はヴァーリ先輩にお任せします! いまの俺じゃとてもじゃないけど無理です!
「なぜそう怒る?」
「キミには妹のことがわからないのですか?」
瞬時に鬼の形相から冷静な顔に戻ったアーサーがヴァーリ先輩の疑問に答える。けど、多分これは答えになっていない。
「妹はともかく、ルフェイのことならわかるが。特に、彼女の料理は素晴らしい。俺は普段からまるでしないが、彼女が来てくれるようになってからは、本当にその時間が楽しいからね。白音も満足そうにしているし、俺も嬉しい限りだ」
「なん、だと……?」
あっ……ヴァーリ先輩、それは火に油です! この人割と天然でやらかしてるんじゃないだろうか!? どうして兄に向けてそんな羨ましいこと語っちゃうの!
「なるほど。面白いことを教えてくれたお礼です。せめて、貴方は完全に消して差し上げましょう」
アーサーが聖剣を前に構えた直後。
俺の横を、小さな少女が駆けていくのが視界に映った。