原作にはまだ入りませんが、入るまでもわりと重要な話を書いていく予定ですので、どうぞお楽しみください。
いつだって、誰かが側にいる。
本当の孤独というものを知っている者は、世界においてごく僅かだろう。
「つまり、ここでの戦局に対しては、こちらの兵士を――」
「いや。それでは向こうが手薄になる。ここは――」
そんなことを、私――サーゼクス・ルシファーは考えていた。
正直なところ、ヴァーリが他人と接していけるかどうかは心配だった。
幼い頃より虐待にあってきた彼が、果たして周りに溶け込んでいけるのかと。
「だが、必要なかったかな」
少し離れたところで、ボードゲームについて話し込んでいる二人を眺める。
一人は当然、私の息子、ヴァーリだ。
うん、息子……。
息子なのだが、いまだ一度たりとも『お父さん』とも、『パパ』とも呼んでもらえていない。この前、なんなら『親父』でもいいと言ってみたら、華麗にスルーされてしまった。
「せっかく父になれたのだから、一度くらいは呼んでほしいものなんだが……」
強要する気はない。
残念なことではあるが、ヴァーリは照れているだけだと思っている。
ミリキャスを見る目には優しさがあり、普段暮らす中でも、憎しみや恨みといった感情を見せたことはない。
「ヴァーリ、そのままですと、あと二手で詰みます」
「それはない。こちらの駒を動かせばいい」
「なるほど。でしたら、これで返しも回避できますね――」
いまも、無愛想ながらも隣の少女との会話を楽しんでいるようだ。
二人目は、ソーナ。
ソーナ・シトリーだ。
グレモリーとシトリーは、ある共通の事情を持っているため、家同士でも、割と深い関係にある。
ソーナは、シトリー家の次期当主という立場にあるが、次期当主としてではなく、ヴァーリの友人としてグレモリー家を訪れることが多い。
いいことだな。若い世代同士が手を取り合う日も、遠くないだろう。
ちなみに、ヴァーリは自由に生きたい願望が強いらしく、いずれ、次期当主はミリキャスに譲るだろうと、私とグレイフィアは考えている。
「サーゼクスちゃんも、よく思い切ったものよね」
「セラフォルー……ああ、そうだろうね。一般的に見るのなら、私のしたこは理解しがたいことなのだろう」
「ふふっ、同じ魔王としては、誇らしいわ」
同じ魔王。そう、隣にやってきた黒髪の少女は、セラフォルー・レヴィアタン。
私と同じ、四大魔王の一人だ。
魔王を排出した家同士、なにかと面倒なことも多い。
「ルシファーを養子に、か。魔王と一部の悪魔しか知らないとはいえ、サーゼクスちゃんのしたことは問題がありすぎる。どうなるかわかってるの?」
特に、こんな立場にある者としてのけじめなんかは、私を大いに縛る。
「わかっているさ。わかっているからこそ、私でなければならなかったんだ。父上にも言ったけれど、生まれてきた子に罪はないよ、セラフォルー。なにより、私の息子だ。ルシファーではない、グレモリーのね。であるなら、問題があってもなくても、私はただ、守り、育てるだけだよ」
「そう。ごめんなさい、ちょっと考えていることを聞くために、キツい言い方しちゃった。別に、ソーナちゃんのお姉ちゃんとしてはなにも問題ないわ。だってほら、ソーナちゃんと仲良いんだもん!」
隣で大はしゃぎして妹の様子を記録するセラフォルー。
シスコンとはこういうものか、と思ったものの、言うのは躊躇われた。
仮に言ってしまっても、彼女なら嬉々として頷きそうではあるが……パワフルさでは、私も敵わないだろうな。
「魔王は四人とも、バランスよく振り分けられているのかもしれないな」
「ん? 魔法少女のことかしら? 確かに、最近の魔法少女ものって、いい感じにキャラが区別されてるわね! 知ってる? なんでも、駒王には筋肉隆々の、魔法使いの魔法、悪魔の魔力すら効かない漢の魔法少女がいるって噂!」
「それは魔法少女というカテゴリーに属しているのかい? ……いや、なんでもない。それより、息子と妹の微笑ましい様子を見守ろうじゃないか」
私も記録を開始し、二人を画面に映す。
「アハハ、親バカねー」
セラフォルーの何気ない呟きが耳に届いたが、私はヴァーリの変化していく表情の一瞬を捉えるため、反論する余裕はなかった。
ちなみに、今回の記録映像はその後ヴァーリに発見されることになるが、それはまた別の話だ。
またサーゼクスがうろちょろしている……。
一人で書庫を漁っている俺――ヴァーリ・グレモリーは、紅い髪が棚の一角に隠れたのが視界の隅に映ったのを見逃さなかった。
サーゼクスが俺を養子に迎えてくれてからというもの、定期的にあの奇妙な様子を目にする。
ミリキャスの側でも同じような行動をしているところを見かけたが、いったいなにをしているのだろう?
「いや、サーゼクスのことだ。俺が認める、強く優しいルシファーがムダなことをするはずがない」
きっと、いまの俺では気づけない小さなことも、魔王として解決しようと動いているのだ。
「邪魔するべきではないのだろうな」
そう納得し、俺は手に取った本の内容を頭に入れていく。
先日、上級悪魔が与えられる悪魔の駒をサーゼクスからもらったのだが、これがまた興味深い物だった。
「種族、または実力によって駒の適正数が変わる、か」
ボードゲームのチェスを模倣した、精鋭部隊の制度。
悪魔の種を絶やさないため、他種族を悪魔に転生させ、眷属悪魔とする。
眷属悪魔には、チェスの特性を取り入れ、主人である悪魔が『王』。
その下に、『女王』、『騎士』、『戦車』、『僧侶』、『兵士』の15駒。
「自分だけのチームを作れというわけか……面白い」
サーゼクスに密かに教えてもらった話だが、リゼヴィムにはある能力が一切効かないということだ。
「フッ、思い出してみれば、愉快なものだったな」
神器――それも、神滅具のひとつをこの身に有していることを知ったみんなの反応は凄かった。
だが、一人として恐れる者はいなかった。それだけで、どれだけ救われているか……。
「そんなこと、おまえたちは気にしていないのだろうな」
だからこそ、この場は温かい。
陽だまりのようで、俺が影にいることを良しとしない家族たち。
最近では、誰かといる時間の方が多いくらいだ。
「それにしても、転生悪魔か。眷属については興味はあるが、俺が認める強者となると、いったい駒の消費はどうなるんだろうな」
机に置かれたひとつの駒を握る。
『女王』の一駒。
窓から差し込む光が、手の中の駒を妖しく照らし出した。
あれから数時間書庫に篭っていると、近くに潜んでいるサーゼクスが通信用の魔法陣を展開しているのが見えた。
「――わかった、すぐに対処に向かう。ああ、ありがとう」
緊急の用事でも入ったのだろうか? 魔王である立場からすれば珍しいことではないが、表情が険しいな。
書庫を後にしようとするサーゼクスを放っておくのは簡単だったが、どうにも、この家に来てから――いや、あの人たちの息子になってから、俺も随分と周りが気になるらしい。
「サーゼクス、なにかあったのか?」
「ヴァーリ……少し面倒なことが起きてね。私はすぐ対処に向かいたいところなんだが――いや、相手はキミより二つか三つ下の子だったな」
何事かを早口につぶやくと、考えをまとめ終えたのか、俺へと視線を向けてくる。
「先日、自らの主を殺した眷属がいてね。いまだ逃亡中のはぐれ悪魔なんだが、そのはぐれの親族がいたようで」
事情を話し出すサーゼクス。
はぐれ悪魔といえば、転生によって下僕悪魔になった者たちが、強力な力に溺れてお尋ね者になった悪魔だったか。
そんな奴らの話を俺にしてなんになる?
俺にはまだ、この人の思惑がわからない。
「それで?」
「はぐれ悪魔の元主は、眷属の親族にまで無茶な強化を強いろうとしたそうだ。親族を守るため、主を手にかけた。ことの顛末はこんなところかな」
話し終えたサーゼクスは、なにか質問は? と視線だけで語ってくる。
「その、はぐれ悪魔の親族はどうしている?」
「それが今回の問題だよ。主を殺害した罪を押し付けられそうな状態でね。このままいけば、高い確率で処分されるだろう」
責任の押し付け、か。
「サーゼクス。あなたは前に言っていたな」
「なにをかな?」
「こどもに罪はない。相手は俺より下の、こどもなのだろう? なら、やはりその子にも罪はないはずだ。そもそも、眷属を大事に扱わない王が悪い。俺にはまだ眷属はいないが、強化の強要など間違っていると断言できる」
俺はもう知っている。
家族が危険を冒すとき、そこには必ず想うべき人がいるのだと。
ならば、残された者を守るのが王だ。
「俺が目指す王は、俺が背中を追う魔王は、必ず手を差し伸べる」
「そうか。なら、その魔王の息子は、もちろん協力してくれるんだろうね」
「なに?」
ここにきて、俺は少なからず、サーゼクスの考えを理解した。
「いまのキミなら、正しく、それでいて優しい行動がとれるはずだ。こどもの心を開いていく希望は、私のような大人ではなく、もう次の世代へと渡ろうとしている。ヴァーリ、転移すれば、すぐにその子に会えるはずだ。どうか、優しい少女の心を開いてあげてくれ」
グレモリー家に来てから、短くない月日が経った。
そうだな。
俺がもらってきた優しさを、今度は俺が与えるべきなのだろう。
「…………わかった。俺なりにやってみよう」
目の前で、サーゼクスがひとつ頷く。
すると、足元にはすでに転移用魔法陣が浮かび上がっていた。
服の内ポケットに常に入れている物を確認し終えると、転移が始まる。
最後に映ったサーゼクスの顔には、優しい笑みが浮かんでいた。