あの後輩は歪
まったくもって騒がしい。
ここ一年で、校内の騒ぎがいままでの数倍にました。
元凶が俺たちの学年ではないからいいものの、騒ぎの中心にいる三人組は、悪い意味で有名な生徒たち。
「昼間からうるさい奴らだ。そうまでして見たいものなのか?」
窓の外を見下ろすと、何人もの女子生徒たちに囲まれた男子が三人、正座して震えているのが見えた。
よく見ると、頰が膨れ上がっている。すでに何発かもらった後のようだ。
「毎度懲りないな」
「そうですね。彼らは賑やかなのはいいのですが、いささか卑猥すぎます」
独り言のようにつぶやいていると、横から言葉が返ってくる。
「ソーナか……生徒会の仕事か? 大変だな」
「いえ。私が望んでしていることですから。あなたこそ、この地を任されている身として、苦労が多いんじゃないですか?」
「そうでもない。優秀な眷属に、お得意様がいるからね」
答えると納得したのだろう。
それでは簡単ですね。などと言ってくれる。
「私もそろそろ眷属を増やそうかしら」
「ほう。ソーナのおめがねにかなった人材がいたのか。そいつは相当いい者なんだろうな」
「ふふっ、いま交渉中ですから、正式にOKを貰えたらあなたにも紹介するわね」
「楽しみにしておこう」
生徒会の仕事が多いのだろう。
話を終えると、すぐに行ってしまった。
「もう三年か。学生も悪くないな、サーゼクス」
眷属はいまだ白音一人だが、俺は眷属の数より質を取りたい。焦って選ぶより、じっくりと見極めてからがいい。
「とはいえ、こちらも交渉中の者がいることを話しておくべきだったか?」
すでに生徒会室に向かってしまったソーナには悪いことをしたかもしれないな。
だが、こちらはいまだ正式に了承してもらえそうにない。
「いや、焦ることはないな。ゆっくり話を進めていけばいいさ」
再び窓の外に視線を向けると、その先では、兵藤一誠が女子生徒五人に袋叩きにあっていた。
「情けない……」
最初に出会ったときに感じたあの気配。
あれはやはり気のせいだったのか……?
攻撃を避けるでもなく、防ぐわけでもない。無様に逃げ回り、捕まれば即暴力の餌食。
「兵藤一誠。キミは俺になにを教えてくれるんだ?」
どれだけ経っても才能の片鱗すら見せない男。
故意に隠しているのか、俺の勘違いなのか。それを判断するだけの材料が、どこかにないものか。
『ヴァーリ、なにかがこの町に入りこんだぞ』
兵藤一誠を試すものがないかと考える俺に、相棒が話しかけてくる。
なにか、か。
『感じからして堕天使だろうな』
そうか。
俺があの人から任された土地に土足で立ち入るとは……バカなやつだ。
『どうする?』
心の内から、相棒が楽しそうに聞く。
答えなど、最初から決まっている。
「叩き潰すだけだ」
『なに、任せるさ。おまえが望むのなら、ヴァーリ。こちらはいつでも力を貸そう』
ありがたい。
面倒事を起こそうものなら対処しよう。誰かを狙おうというのなら、その前に奴らを狩ろう。
もう放課後だ。学校から出て行っても、誰も止めはしないだろう。
「兵藤一誠。キミに当ててみるのも面白そうだったが、やめておこう。この地でなければ、そうしていたかもしれないね」
机にかかったバッグを掴み、教室を後にする。
校門をさっさと抜け、力を感じた方角へと進む。
近づくにつれて力量がわかってくるが、このぶんならアルビオンの出番はなさそうだな。
『この程度では楽しめないからな。別に構わないさ』
だろうな。俺も、おまえの相手にはふさわしい者でないと納得できない。
『お互い苦労する生き方だな。神や魔王どもを相手にした者の言葉だ。案外、聞き流せるものでもないぞ?』
わかっているさ。だが、俺が追う背中はもっと生きづらい男だ。
小さなプライドかもしれないが、それはそれで悪くない。
アルビオン――二天龍の一角が笑う。
二天龍。
いまは互いに睨み合っている、天使、堕天天使、悪魔の三陣営が戦争をしていたころ、唯一手を取り合い相手をしたとされる存在。
現在は魂を神器――「聖書の神」が作ったシステムによる能力――に封印されているが、その中でも神すら滅ぼすことができる力を持つと言われる神器、神滅具として確認されていたりする。
幼少期はこの力と出生元のおかげで無事では済まなかったが、成長したいまなら、この巡り合わせにも感謝できるものだ。
「さて、あまり時間を無駄にする相手でもない。さっさと終わらせようか」
『だな。戦は楽しいが、弱者を排するのは楽しみが微塵もない』
大木の影にバックを置き、森の奥へと入る。
いましがた駒王町についたばかりだろう。拠点をすでに用意している可能性もあるが、一休みといったところか? 緩いな。そんな暇があるのなら戦力を整えるべきだ。
「もしここに立っていたのがソーナなら、周り一帯を囲まれ、飛ぶこそさえ困難だったかもな」
一歩、また一歩と足を前に。
すると、樹の上から声がかかる。男性のものだ。
「おや、誰かと思えば。これはこれは、この土地を――は?」
瞬間、そいつが被っていたと思わしき帽子が足元に落ちた。どれだけ待っても、男性の声が二度と聞こえることはなかった。
数秒遅れて、上半身が消し飛び、下半身だけとなった肉塊が背後に落下する。
「呑気に話しているほど、暇ではない」
その下半身も魔力を以って消滅させた。
やはり、神器を使うまでもない。
あいさつ代わりに放った魔力弾一発で終わるとはな。どちらにせよ、この程度では兵藤一誠の力を試せるはずがない。
「な、なによあいつ!」
「ドーナシークが一撃で!? ウソでしょ!」
「聞いてないわ! あんな若い悪魔がここまで強力な力を持つなんて!」
全部で四人いたのか。
一人を消すと、他の三人が騒ぎ立てる。だが、この程度で俺の力を測られるのは気に食わないな。
「くっ、三人でかかれば勝機はある! いくわよ、ミッテルト、カラワーナ!」
「そうね。ドーナシークの仇はうって見せるわ!」
「ええ! あなたについてきた身なんだから、レイナーレ!」
三人で同時にとは言ったものの、実力差は明白。
「あまり騒がないでくれ。強い者の話は聞くし、優しい者の言葉にも耳は傾けよう。だが、サーゼクスから任された土地を荒らすバカだけには、躊躇しない」
企みだとか、任務だとか、関係ない。
なにかするのであれば、事前に一言あれば容赦なく消しには来なかった。けれど、おまえたちは俺にあいさつすらなくこの土地に降りたのだ。
ならば、覚悟はとっくにできていると思っていたんだがな?
右手の先に、魔力が溜まっていく。
先ほどの一撃よりも、遥かに威力が上がっているのがわかる。
「レイナーレ、どういうことなのよこれは!」
「知るわけないじゃない! こんなの、こんなのぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「やってやるわよ!」
三人がこちらに突っ込んでくるが、もう遅い。なにもかもが、遅いんだ。
「消しとべ」
一発。
溜めた魔力の一撃を撃ち出すだけで、三人の堕天使はこの世から姿を消した。その最後には、声すら届くことなく、静かに消滅するのを確認。
「終わったか。これで今日のぶんの仕事は片付いたな」
体を動かすことなく、魔力だけでとは。実戦が少ないと鈍るのだがな。
「夜は白音と特訓コースもいいかもしれないな。彼女にも平和ボケがうつっていたら大変だ」
特訓内容を組みつつ帰り道を辿っていくと、噴水が特徴的な公園に入る。
森の中からこの公園に続いていたのか。新しい発見だったな。
「……なに?」
「え? ヴァーリ先輩!?」
噴水の前には、兵藤一誠が構えて立っていた。
まさか、森で起きた異常を察してここまで……? 構えは初心者のそれに近いが、足運びは慣れたものだ。
「動くことだけは得意そうだな」
「……そうっすかね? 毎日女の子に追いかけ回されてるんで、足腰が鍛えられただけじゃないっすか?」
額に汗を浮かべながら、そう返してくる。
俺を警戒しているようだが、やはり、力の一端すら感じ取れん。
公園から森までの距離は大してないぞ? この距離なら、なにかしらの力を発現させていてもおかしくはないのだが。
最初に彼を見かけたのは、高校二年に上がったときだったか。
瞳の奥にくすぶる激情を感じたのは、そのときだったな。あれ以来だろうか? 彼の隠す力を見てみたくなったのは。
「ヴァーリ先輩、俺はもう帰るところなんで、また明日も学校で会いましょうよ。ほら、先輩も忙しいでしょう?」
俺と兵藤一誠が面と向かって話すのは、たぶんこれが初めてだろう。
お互い、噂の多い身であるだけに、名前と顔を知っているだけだ。
この機会、逃すにはもったいないな……。
鬼が出るか蛇が出るか。
そろそろ俺の疑問に、答えを得るときが来たみたいだ。
「フッ、やはりキミは面白いな、兵藤一誠。できることなら、ここでその実力、見せてもらおうか」
瞬間、辺りに力が弾けた。
俺の拳は兵藤一誠を捉え、その顔面を正確に撃ち抜いた――。