その年、世界は例を見ない大不況に陥り、各地で失業者や浮浪者が続出し、混乱を招いた。人々の心は荒んで、犯罪も増え、非行に走る少年少女も多くなった。佐藤という男もその中の一人であった。
元々佐藤という男はこれといった才能もなく、かと言って人格はどうかというと、こちらの方もよい訳ではなく、優柔不断で、学生時代はよく不良に使いっ走りにされた。
親のコネもなく、ガールフレンドもいない。一言で言ってしまえば『パッとしない人』そのものであった。そんな彼がこの不況で荒れたご時世にキチンとした職に就ける訳でもなく、アルバイトを転々とし、家賃も滞納してしまい、さえない日々を送っていた。
「こんな世の中、神も仏もねぇ、せめて誰でもいいから俺を助けてくれないか、悪魔でもいい」
そう呟いて佐藤は、河川敷の小石を蹴っ飛ばした。小石がきれいな放物線を描いて、ポチャンと、さみしい音を立てて川に落ちた。しかし突然どこかのお偉いさんから、
「貴方はこの国に必要な人間だ、今すぐ私たちと来てくれ」
と言われて連れていかれる訳もなく、宝くじでも当たらないかと思い、佐藤は河川敷に寝転んだ。
中学や高校の同級生には、医者になった奴も、大企業の重役になった奴もいる。それなのに、どうして俺はこうなってしまったのだろうか。
「クソッ、クソッ、」
と呟きながら、佐藤は河川敷で一人寂しく暴れた。やがて落ち着くと、商店街へ出かけた。だが何かをするわけでもなく、忙しそうに走るサラリーマンや、青春を謳歌している学生たちを恨めしそうな目で睨んで歩いていた。
「お兄さん、荒れてますね」
いきなり話しかけられる。顔を見ると、特に興味のあるわけでもない古ぼけた骨董屋の主人であった。
「なんだい急に、今俺に金なんてないから、さっさとどこかに行けよ、今俺は機嫌が悪いんだ」
「まあそうおっしゃらずに、こうやって会うのも何かの縁、ここはひとつ、見ていきませんか」
佐藤は、半ば無理矢理の形ではあるが、気分転換も悪くないと思い、渋々骨董屋へと入っていった。そこは、蜘蛛の巣が張っていて床もボロボロ、いかにも売れない骨董屋という感じを出していた。
十分程見て回っていると、ほかの置物等とは違い一際存在感を放つ置物があった。
それは、東洋の物かと言われるとそう見え、西洋の物かと言われてもそう見えてしまう様な、不思議な置物であった。佐藤は、この置物に興味を示し、主人に尋ねた。
「主人、この置物はどこの物なんだい」
「ハァ、これは外国へ仕入れに行った時の物でございまして、色んな国で人から人へ回ったものらしいです」
「そうか」
「何でもこれは、悪魔を呼び出せるとかという、曰くつきの置物なのですが・・・」
佐藤は思った。今は悪魔にでもすがりたい状況、どうせ悪魔なんて居るかもわからないが、もし居なかったら適当に売り飛ばせばいい、それに、こんなものどうせ安物だろうと。
「そうですか、二千円と言いたいところですが、客が居なくて、店もこの通り、千円でお売り致しましょう」
佐藤は、財布の中を探って千円を主人に渡して置物を買い、アパートへと戻った。が、さあ大変。佐藤は、肝心の悪魔の呼び出し方が全く分からないのだ。骨董屋の主人も人から人へ回った物と言っていたので、主人に聞こうにも聞けなかった。
骨董屋の主人も人から人へ回った物と言っていたので、主人に聞こうにも聞けなかった。佐藤はため息をつき、その辺に飾るかと思いながら、置物をこすっていた。
すると、部屋中を煙が多い、何事かと思い煙を払って状況を見ると、悪魔にしては悪魔らしくない、どちらかというとビジネスマンの様な男がそこに正座していた。
「どうも、悪魔です」
男は言った。しかし、何があったか全く把握出来ず、男に尋ねる。
「本当に、悪魔なのか」
「そう言ってるでしょう、何か三つ、願いをかなえて見せましょう」
「そう言われても、簡単に信用出来る訳ないだろ、そこまで言うなら、何か願いを叶えてみろ」
佐藤はからかうようにして言った。
「では、何がよろしいでしょうか」
悪魔であろう男の発言に驚くよりも先に、チャンスだと思った。ここのところ家賃をためている。明日までに払わなければ追い出される所だったのだ。
「現金で百万、それと、今日は何も食べていないから、とびきり美味い飯を用意しろ」
どうせ無理だろうと思ったが、男が指を鳴らすと、札束と、豪華な食事が出てきた。札束には紙の質感があり、食事には匂いがあった。頬を抓ると痛い。今見ているものは、幻ではなかった。
「残りの一つは、どうなさいますか、この願いを叶えたら、貴方の死後、魂を頂きますが。」
ここで佐藤はハッとした。自分はどうやら、三つも好きに願いを叶えてくれる所の二つも使ってしまったのだ。そこで佐藤は、ありったけの知恵を振り絞り、願いを決めた。どうせ死んだあとなんて知ったことではない。
「俺が死ぬまで傍にいて、俺が幸福になれるように尽くせ、何をしたっていい、法を破ってもいいんだ、幸せになれるなら」
「かしこまりました、では、駅前の宝くじを、三枚買いなさい」
「分かった」
佐藤は駅前の指定された宝くじ売り場まで走り、きっかり三枚の宝くじを買った。そして、食事を腹いっぱいとったせいか眠くなり、アパートに戻るとすぐに寝た。
何故だか、心地よく眠れた。翌朝起き、宝くじの当選番号を見ると、買った三枚とも当たり。しかも、一等、二等、三等という、大当たりであった。
そして佐藤は、それからも悪魔の言うとおりにして、日々を過ごした。マンションを買えと言われたら買ったし、犬を飼えと言われたらすぐにペットショップまで走った。
何も怖くなかった。だって自分には悪魔がついている。いや、これは悪魔というより、幸せを運んでくれる天使なのではないだろうか。
そして二十年余りの歳月が過ぎた。
佐藤は立ち上げた会社が成長し、日本の経済を牛耳る男の一人となった。美人の妻、家庭にも恵まれ、息子は難関大学をトップで卒業、娘は高校生でありながらもアイドル、女優としての顔を持ち、裕福だった。
これも、あの時知恵を振り絞ったからだ。悪魔の言う通りにしていれば何も間違いはない。そう思い、今日も運転手付きの高級車に乗り、オフィスへと向かった。とてもよく晴れ、気持ちのいい朝だった。
「そこの車、止まりなさい、佐藤氏、貴方は収賄及びその他の容疑が掛けられている、署までご同行願う」
「おい悪魔、これはどういうことだ」
慌てて尋ねる、が、悪魔はそっけなく言い放った。
「貴方はここ数十年、幸せの限りを尽くしました、富、名声、愛、何でもあったでしょう」
「何を言っているんだ、お前は」
「貴方は言いましたよね、『幸せになるなら何をしても構わない、法を破ったっていいんだ』と」
佐藤は、パトカーのサイレンが徐々に近づいてくる中、自分が成功した裏でひっそりと、何十年間にもわたって積み上げられた悪魔による罪の数々を悟った。
そして、こう思った、悪魔は、魂を集めるから悪魔なんじゃあない、人が一番幸せな時に、不幸のドン底に突き落とす、だから、『悪魔』なんだと。
パトカーの窓から見える悪魔は、ただ、高笑いをしていた・・・。
小説家になろう様で活動していた頃のもの、懐かしいなぁ。お蔵入りになるよりは、と、修正して新しく公開。ヤタガラス、なんて名前で活動してたあの頃が懐かしい。