「カッカッカ」
……。
名を聞いてみれば、初対面で真名まで名乗られてしまった。
名乗った本人はどこか誇らしげで、此方を見てしてやったりとした表情をしている。
一方の自分はと言えば、思っていた以上の人物であったことで何もいえずに黙ってしまう。
司馬懿、字は仲達。
三国志の中でも有名な軍師であり、蜀の諸葛亮のライバルでもある。
司馬懿の兄弟は八人おり『
但し、司馬懿が登場するのは三国志の中でも後期の方である。
この場にいるのはおかしく、もっと後に登用される筈だが、色々とおかしな世界なので今更である。
そんな司馬懿であるが自分の中では、某ゲームの『フハハハハハ』と笑い宙に浮かびビームを乱射するのが一般的だったりもする。
この世界には気という概念があり、存在することを華佗から聞いていた。
何でも男性にはほぼなく、逆に女性の中には大きな気を持つ者が極たまに存在するとか……
ということは、目の前に居る仲達殿も軍師ビームを撃つ可能性があるのだ。
申し訳ないのですが……事情がありまして、真名は――。
「別によい。儂にとって真名とは、気に入った相手か興味深い奴への唾付けじゃ。呼ばずともいいし、其方が預けんでも気にはせん」
ありがとうございます。
そんなことを考えつつも、真名の件に関してだけは頭を下げて断らせて頂く。
大事な事なので、あっさり受け入れてくれたことにほっとした。。
「真名が呼べぬのであれば、仲達とでも呼べ」
分かりました。仲達様。私の字は徳祖でございます。
「様はいらん」
立場上、上司になるのでそうはいきませんよ。
「ふむ……なるほど」
立場上、相手の方が上なので此方もお断りをさせて頂く。
しかし、それも間違いだったかもしれないと、仲達様の表情を見て思った。
断った際の彼女の表情は、何やらいたずらを思いついたといった顔をしていたのだ。
素直に受け入れておけば良かったかもしれないが、もう遅いだろう。
こういった人達は、こうなったら訂正しても頑として聞き入れないことが多いのだ。
華琳様とかが、そうである。
「お話がすみましたら……ご飯を」
「おぉ……忘れておった。冷めぬ前に食わねば」
どうなることやらと、今後について不安が増した。
そんな空気を破ってくれたのは、子和さんである。
未だに食事に手を付けていないのを気にし、声を掛けてくれたようだ。
「徳祖」
はい、何でしょうか?
「あーん♪」
……はい?
仲達様が、寝台からゆっくりと起き上がると机の前の椅子に座った。
そして自分を手招きで呼んだ後に、そう言い放ち口を大きく開ける。
「察し悪いのぉ……上司命令じゃ。たべさせい」
……分かりました。
「私は、本の整理をしますので……」
子和さんは逃げた。
いつになっても、この空気には慣れませぬ。
「何その変な語尾」
失礼いたしました。緊張していたもので。
仲達様に会って数日後、朝を少し過ぎた時間帯に大広間にて定期報告会のようなことが行われる。
元の世界で言えば会議と言った方がいいだろうか、その真っ最中だ。
華琳様が玉座に座り、その手前に左右に分かれて偉い人順に並んでいく。
自分の地位は、文若様の部下ということなので華琳様に近い位置である。
ちなみに反対側には本来、仲達様が立っている筈なのだがいなかったり、ではさぼりかというとそれも違う。
何を考えているか分からず、触れないでいるのは文若様も同じであったり……嫌なシンクロである。
「気楽ね。能天気過ぎない?」
私達の番は終わりましたので!
前までも度々参加はしていたが、報告することも特になくいるだけであった。
しかし、一応軍師見習いということで毎回の報告義務が生じてしまった。
計算と少しの仕事で済んだ日々にさようなら。
こんにちは、軍事、行政、人事……まって仕事多くない?内容もえぐい件について。
電卓からパソコンになったような物では?進化の過程がおかしくない?
……。
「小さな声で喋るなら聞いてあげる」
私の仕事多くないですか?
「私の三分の一程度だけど?」
失礼いたしました。文若様……尊敬しております。いつまでも一番上にいてください。
今更ながら仕事の量と内容に驚き、少しばかり遠くを眺めて思考を放棄していれば文若様が見かねて声を掛けてくれた。
もっとも、素直に思っていた事を口にしてみれば、文若様は自分が報告に使用した書簡の数と此方の書簡の数を目で追った後に鼻で笑う。
確かに、現在自分が預かっている文若様の報告書の数と自分とでは量が違った。
彼女に並び立つとこうなるかと戦慄し、素直に称賛する事にする。
「気持ち悪い」
ひでー……。
まぁ、その賞賛もうへーと本気で嫌そうな顔で対応されてしまったが。
いつものことなので特に気にしないし、これからも尊敬はし続ける上に定期的に口にする予定だ。
口にしないと伝わらないものが多いのだ。
「――であるからして、暫くの間だけど城を空ける事にする。振り分けに関してだけど」
暫くの間、無言で他の人の報告を聞いていく、自分であればあの報告の仕方で――、あれは改善点がと考えつつ待っていれば終わりに近づいた。
最後に上がった議題は、黄巾の乱終結に対しての華琳様への褒美の件についてだ。
褒美貰いに朝廷のある漢の都に行かねばならない為、その人選である。
「最後に……九十九。あなたも付いてくる?」
えー……遠慮しときます。
「あら、中央を見られる良い機会よ?」
まだまだ勉強不足ですし、何か不敬を働いたらと思うと足がすくみます。謹んでお断りさせていただきます。
いつも通りのメンバーが選ばれる中、最後の最後に自分の名前が呼ばれた。
本来であれば、付いて行くのが得策なのだが、幾つかの点でお断りをさせて頂く。
第一に自分も連れて行こうかと提案を受けた際、目の前の上司の首がぐりんと回り鬼のような形相で此方を見た為。いや、怖い。あんたは仲達様か。『はぁ?何で私が置いて行かれるのに、アンタが行くわけ?』である。
第二に現在の自分は楊修を名乗っている訳で、あちらに本物の知り合いなどがいたら厄介である為。
第三にあっちには千里がおり、ばったりと会ってしまったら連れて帰りそうな為だ。多分、離さなくなる。
「そう……分かった。連れて行かない事にするわ。ところで九十九……前に来なさい」
はい、承知しました!
話がそこで終わっていれば良かったのだが、にっこりと笑った華琳様が手招きをしてくる。
何というか、こんな時に思うのも何だが、華琳様の私への呼びつけがペットに対するようだと思うのは間違いだろうか。
「正座……あなた今度は何をしたのかしら?」
すいません。心当たりが多すぎて、どれかわかりませぬ。
どうやらご褒美かと思ったらお説教の様だ。
まさかのまさか、無事に仕事の報告が終わったと思っていただけに精神に大きなダメージを受けてしまう。
華琳様のお言葉的になにかをやらかしたようなのだが、あれやこれとやり過ぎていて一つに絞れない。
「この間、有住に会ったわね?」
あぁ、その件ですか……お会いしましたが、特に不敬は働いていないと思いますが。
「そこら辺は、
それならば、私からいえることもないのですが……なにがありました?
話を聞いてみると、どうやらこの間会った仲達様についてであった。
怒るというより困っている様子の華琳様を見ながら、記憶をたどる。
それでも特別な出来事は一切なかったように思える。
「有住が、私の元を去り……あなたの配下に入ると言っているのだけど?」
「はい?」
「はぁぁ!?」
さて何事かと身構えていると、予想の斜め上を行く答えが返ってきた。
思わず顔に張り付けていた仮面が剥がれ、ぽかーんとした表情を華琳様に見せてしまう。
それほどまでに衝撃的な出来事であり、慌てて仲達様がいる方向を見てみれば、文若様も思わず声を上げ、預け持っていた書簡を落とすと、後ろに立っていた仲達様へと睨みを利かせているのが目に入った。
「なるほど……有住」
「カッカッカ……急遽決めたことじゃしな。伝えておらんわ」
「なっ!なっ!なっ!」
えぇ……。なんで部下に?
「貴様がいうたことじゃろ」
私が?
「様をつけるなというに『立場上、上司になるのでそうはいきませんよ』と」
……まさか?
「部下なら問題ないな?」
……まじですか。
「はぁ……『放逐でもなく、敵に回る訳でもなく』か」
「一応華琳の元にいることには代わりあるまい。飼い殺しよりかはましじゃろ」
「九十九の下であれば働くと?」
「さてのー?」
正直な話、あの話は食事を食べさせるだけで済んだと思っていた。
しかし、実際にはそれ以上の被害を被ることとなってしまう。
一体自分の何がそんなに気に入ったのか、それとも何かしらの事情があるのかニヤニヤと笑う仲達様からは一切分からないが、どうやら部下を得てしまったようだ。
どうしよう。いや、本当に誰か助けて。