今回も甘さ控えめ・・・なのかな?
今年も、この日がやってきました。
二月。後二、三週間もすれば春が訪れるのに、外は一段と冷えてきています。今日にいたっては、雪と霙を繰り返す空模様でした。
どうせなら、積もってくれると、景色として楽しめたりするんですけど。雨交じりだと、余計に寒さを実感することになりますね。
そんな窓の外を見遣りつつ、わたしはエプロンの腰紐を、気合いを入れて縛ります。身が引き締まる気がしました。
「よしっ」
「お、気合入ってんなあ、吹雪」
そんなわたしに、カウンター越しに声がかかりました。頬杖をついてこちらを見ているのは、摩耶さんです。鎮守府を初期から支えてきた、重巡の筆頭艦娘です。
「こんなにたっぷりの愛情をもらえて、提督が羨ましい限りだぜ」
「あ、愛・・・っ」
頭が沸騰する感覚がしました。
そ、それはそうなんですけどっ!摩耶さんの言うことを否定する理由も材料もないので、ただただ、悶えるしかありません。うう、改めて意識すると、やっぱり照れてしまいます。
「おいおい、もうすぐケッコン二年だろ?そんなに照れることか?」
「そ、その通りですけどっ!こうやって、改まって何かするのは、やっぱり慣れないんですっ!」
「ははっ、そういうもんか。ま、頑張れよ」
そう言った摩耶さんは、ひらひらと手を振って、カウンターから離れていきました。残された私は、まだ熱い頬をピシャリと叩いて、もう一度気合を入れなおしました。
今日は二月十二日。日曜日ということもあって、鎮守府は最低限の警戒だけ行い、非番の子たちは外出も含めて思い思いに休日を楽しんでいます。
そんな中で、わたしは食堂の調理場に立っていました。
理由は、もちろん。明後日、十四日のバレンタインに、司令官に渡すチョコを、作るためです。
去年は、その・・・。渡すときに緊張し過ぎて、握りしめたままだったチョコが溶けてしまって。今年こそは、ちゃんとしたチョコを、渡したいです。
そんなことを思いながら、わたしはチョコ作りに取り組み始めました。
「んー、いい匂い」
湯煎したチョコの様子を見ていたわたしに、カウンターから再び声がかかりました。艶やかな黒髪を揺らし、柔らかい笑みを浮かべているのは、祥鳳さんです。個性派揃いの軽空母を取りまとめています。
「チョコレートですか?」
「はい。明後日が、バレンタインなので」
「なるほど。提督に渡す、手作りチョコレートですか。ふふ、いいですね」
ますます笑みを深める祥鳳さんに、またわたしの頬が赤くなるのがわかりました。うう、皆さん絶対に楽しんでますよね。
「今年はどんなチョコレートを作るんですか?」
「えっと、小さいものをいくつか作ろうと、思ってます」
その方が、執務の合間とかに、摘まみやすいでしょうし。・・・それに。
「小さいと、『あーん♪』もしやすいですしね」
内心を言い当てられて、心臓が飛び出るかと思いました。思わず、湯煎のボウルをひっくり返しそうになって、慌てて押さえます。
「そ、そそそそ、そんなこと考えてませんっ」
「そうですか?提督、喜ぶと思いますよ」
も、もう穴があったら入りたいです・・・。否定する材料がないだけに・・・。
「頑張ってね」
そう言い残して、祥鳳さんは笑顔のまま、カウンターを離れていきました。
その後も。わたしがチョコレートを作り続けている間、色んな人が入れ代わり立ち代わりやってきては、声をかけていきます。どれもこれも、皆さんいい笑顔でしたけど。いつぞや司令官が言っていた、「今世紀最大の責め苦」の意味を多少なりと理解した気がします。
◇
そして、バレンタインデー当日。
朝から落ち着かないのは、わたしも司令官も同じでした。
いつも通りに朝早く起きて。暖炉にくべる用の薪を割ってる時も。一緒に朝食をとっている間も。お互いをチラチラと窺ってしまいます。目が合うと、沸騰しそうになる頭をなんとか抑えて、ぎこちなく笑います。うう、こんなんで、本当にチョコが渡せるのか、不安になってきました。
・・・でも。
決めたんですから。今年こそ、ちゃんとチョコを渡すんだ、って。司令官に「おいしい」って言ってもらうんだ、って。
鎮守府の皆も。からかっているようで、最後には必ず、応援してくれました。わたしの背中を、押してくれました。
冷蔵庫で冷やしておいたチョコは、ちゃんとラッピングもしてあります。後はわたしが、司令官に渡すだけです。
大丈夫。一生懸命作って、おいしくできてるから。
司令官に渡すために、作ったチョコなんですから。
意を決して掴んだそれと一緒に、執務室へ急ぎます。いつもより足早だったのは、きっと誰よりも大切で愛しい人に、このチョコを―――この想いを届けたかったから。
執務室に入ると、一足先に、司令官は書類仕事を始めていました。
「おう、来た来た。今日もよろしくな」
いつも通りにそう言って、司令官が笑います。その笑顔が堪らなく愛しくて。高鳴る胸は、むしろ締め付けられるように痛い。バクバクという心臓の音が、司令官にも聞こえてしまいそうでした。
深呼吸を、一つ。
「あ、あの。司令官っ」
舌を何とか回して、司令官を呼びました。顔を上げた彼の目の前に、後ろ手に隠していたチョコの箱を差し出します。
「こ、これっ!バレンタインですからっ!司令官に、本命チョコレートですっ!」
うわあああ、なんか変なこと口走ってる!ケッコンしてるのに、本命も何もないじゃないですか!
これ以上ないくらいに、顔に血液が集中します。それでも、半ば意地で、司令官から目を逸らさないように。真っ直ぐに、彼の目を見つめて。
それまで書類とにらめっこ状態だった司令官の目が、これ以上ないくらいに細められました。
「ありがとう、吹雪」
むしろこちらが幸せになるくらい、嬉しそうな笑顔で、チョコを受け取ってくれました。
「今年は溶けませんでした。うまく、できたと思います」
「そっか。開けてもいいか?」
「ど、どうぞ」
自分が作ったものを、誰かに食べてもらうのって、やっぱり緊張しますね。それが、好きな人ともなれば、尚更。
とっても嬉しいことで。ほろ苦い緊張と。甘い幸せ。
「おお、きれいにできてるな。うまそうだ」
箱の中に並べたチョコたちを見て、司令官が感嘆の声を上げます。うん、とりあえず形は合格できたみたいです。
「た、食べてみてください」
「では、早速。・・・なあ、吹雪」
「はい?」
「一つ、お願いがあるんだが」
お願い?何でしょうか?
首を傾げるわたしに、司令官は咳払いを一つ。それから、満面の笑みで、
「久々に、『あーん♪』してくれないか?」
何言ってるんですか!?
そ、それは・・・。たまに・・・たまーに、やったりしますけどっ。
「い、今ですか!?」
「大丈夫だ。ここは執務室だから、誰も見てない」
「そういう問題じゃないです!」
わたしの、心の準備の問題です。
落ち着いて、まず落ち着こう吹雪。
わたしは、司令官にチョコを渡しました。でもそれは、まだ渡しただけ。
チョコと想いを「届ける」。そう、決めたのですから。
「・・・わかりました」
恥ずかしいですけど。一度吹っ切れてしまえば、意外とできてしまう、それがわたしです。後で、その時のことを顧みて、あまりの恥ずかしさと己の所業に畳を転げまわることになるんですけど。
今回もごめん、未来のわたし!
そんなことを思いながら。箱の中から、チョコを一つ、取り出します。選んだのは、九個が並んでいるチョコのうち、真ん中にあるハート形のチョコ。
「し、司令官」
「おう」
ちゃんと、伝われ。確かに届け。
このチョコと一緒に、わたしの想いが。
「わ、わたしの気持ちです。受け取ってください。・・・あ、あーん♪」
震えそうになる右手を堪えて、司令官の口元に差し出します。
パクリ。そのチョコを、司令官がくわえます。それから目を閉じて、何かを確かめるように、ゆっくりと味わっていました。
心臓の高鳴りが、時を止めてしまったかのような錯覚さえします。やがて静かに目を開けた司令官は、若干の照れを見せながらも、笑います。もう、自分でやらせて、照れるんですから。わたしの方がよっぽど照れてしまいます。
「うまい。・・・吹雪の気持ち、ちゃんと受け取った」
「えへへ・・・それなら、よかったです」
「うまい」。たった一言、その言葉が聞きたかったから。わたしの想いが、愛しくて、大切な、かけがえのない司令官に届いた、そう確信できるから。
わたしは今日、誰よりも幸せなバレンタインだと、言い切ることができます。
「残りは後で食べるとするか。小さいと、執務の合間にも摘まみやすそうだし」
いや、でももっとゆっくり、味わいたい気もするな。そんなことを、真剣に考え始めるんですから。思わず、小さな笑みがこぼれてしまいます。
わたしが、この胸の内をどうしようもないほど、想ってやまない人は。こんなにもわたしのことを、大切に想ってくれている。
「さ、司令官。早く、終わらせちゃいましょう」
執務が早く終われば、それだけ長く、あなたと色々な話ができるから。それが何よりも幸せなんです。
日常と、ほんのちょっぴりの非日常。いつでもそこにはあなたがいるから。それが何よりも幸せなんです。
段々甘さ控えめの基準がわからなくなってきた(白目)
感覚がマヒしてきてるのかな・・・