吹雪ワンドロ参加作品です。お題「衣装交換」をこじらせました
ほんとは絵も描きたかったんだけど・・・
司令官が、風邪を引きました。
昨日から、あまり調子が良くなかったんです。本人もそれに気づいていたみたいで、普段よりも早く仕事を切り上げて、わたしたちの部屋に戻りました。熱を測ると、三八度を超えていて、そのまま寝てしまいました。
今朝も、まだ布団で横になっています。少なくとも今日は、ゆっくりお休みしている必要がありそうですね。
と、いうわけで。
「本日はわたし、吹雪が司令官代行を務めます!」
と、そういうことになったのでした。
普段のセーラー服。その上から変則的に第一種軍装の上着を羽織った私は、いつも司令官が座っている執務机で、書類と向き合っていました。
鎮守府が始まって以来、最も長い間秘書官を務めてきました。書類の確認も、慣れたものです。どうしても司令官が確認しなければいけない書類、というのは意外に少なく、やろうと思えばわたしだけでも執務をこなせます。
とは、言っても。ようやく月が変わって、三月。年度終わりに向けて、書類も増えています。わたし一人でこなすには少しどころではない無理があることは、すぐにわかりました。
「・・・なるほど。それで、私の出番、というわけですね」
朝の食堂で、わたしの前に座る大淀さんは、そう言って笑いました。
大淀さんは、わたしと明石さんと共に、鎮守府の最初期メンバーです。一時期秘書艦だったこともありますし、大規模作戦でわたしが手一杯だと、代わりに書類整理をしたりもしています。
「すみません、お願いしてもいいですか」
「もちろんですよ」
答えた大淀さんが、何かを含むように笑みを深めます。
「早く書類、終わらせちゃいましょね」
「それから、大淀さんに手伝ってもらって。書類、すぐ終わっちゃいました」
「そうか」
お昼休み。カーテンで光の量が抑えられた室内は、どこかぼんやりとした色に包まれています。その中で、マスクをした司令官が、寝巻のままの体を起こしています。お昼ご飯に持ち込んだおかゆを食べるためです。
「すまん。色々、任せちゃったな」
「いいんですよ。秘書艦なんですから」
もう、こんな時まで。自分のことより、わたしたちのこと、なんですから。
ゆっくりとおかゆを食べる司令官は、昨日の見るからに弱々しい様子から、いくらか回復しています。真っ赤だった頬の色も引いていますし、この分なら、明日には元気になってると思います。
「ごちそうさま」
食べ終わった司令官が手を合わせます。口元は見えませんが、目もとが微笑んでいました。
「お粗末様でした」
えへへ、何を隠そう、このおかゆは、わたしが作ったんです。
「それじゃあ、ちゃんと寝ていてくださいね。あ、制服、まだ借りてますね」
「おう」
食べ終わったおかゆが乗ったお盆を持って、わたしは部屋を出ます。
さて、午後も執務です。
外の空気は、三月を迎えたというのに、まだまだ冷えています。さすがに、肌を刺すほどではないですが、風が吹くたびに体を震わせます。
司令官から、外套も借りてきた方がよかったかな。そんなことを思いながら、わたしは沖で行われている演習を見守っていました。
午後はいつも、こうして司令官と演習を見守っていました。後は、工廠の見学に出かけたり。
今日は、右に誰もいなくて。わたし一人で、埠頭から演習海域を見守っています。
風がまた吹きました。背中を寒気が走り抜けます。思わず、司令官から借りた第一種軍装を、抱きかかえました。
司令官の香りがします。いつもわたしを抱き締めてくれる香り。太陽のように優しい暖かさを感じる香り。
でも今日は。彼はいません。
どれほどこの身を抱きしめても。どれほど香りを感じても。
ご飯を食べている時も。書類を片付けている時も。演習を見守っている時も。
そこに彼がいなければ。ただただ、潮風に吹かれて、寂しいだけ。恋しいだけ。
・・・ああ、こんなにも。わたしにとって司令官は、とてもとても、大きな存在で。
いつの間にか、隣にいるのが当たり前になっていて。
いつの間にか、その温もりが当たり前になっていて。
いつの間にか、包み込まれる香りが当たり前になっていて。
いつの間にか、愛しいその微笑みが当たり前になっていて。
・・・ああ、わたしは。自分ではどうしようもないくらい、司令官が大切で、必要で。
ただの風邪なのに。わたしが司令官に任されたのに。わたしが司令官の代わりにしっかりしてなくちゃいけないのに。
今この時も、すぐに駆けだして、あなたに会いたい。
「・・・寂しいですか?」
「はうっ!?」
後ろからかかった声に、どこかボーっとしていたわたしは肩を跳ね上げます。風に黒い髪をなびかせて、大淀さんが微笑んでいました。
「演習、わたしが見ておきますから。もう書類も終わってるし、先に上がっても大丈夫ですよ」
「だ、大丈夫です。最後まで、わたしが見てます」
せめてこれくらいは。任されたのはわたしですから。
わたしは司令官の秘書艦で。だからこそ、彼と一緒にいるからこそ、その隣にいるのに、相応しくありたい。
そう思うことは、贅沢でしょうか。
「・・・もう、似たもの同士ですね。無理だけは、しないでくださいよ」
そう言って、大淀さんが苦笑しました。
「司令官、終わりましたよ」
演習の報告を最後まで受けて、わたしは部屋に戻りました。ゆっくり扉を開けると、寝転んで本を読んでいた司令官が、こちらを見ました。本を閉じて、体を起こします。
「お疲れ様。ありがとう」
「えへへ、何とかなりました」
・・・演習中のことは、黙っておきます。
「もう元気そうですね」
「おう。昔から、体が丈夫なのだけが取り柄でな。寝過ぎで関節が痛い以外、問題ない。明日から、戻れるぞ」
「そうですか」
肩を回してみせる司令官に、口元の締まりがなくなってしまいます。いけない、いけない。
「制服、ありがとうございました」
着ていた第一種軍装をハンガーにかけます。さすがに肩の辺りがぶかぶかで、袖も長かったですね。
「何か、役に立ったか?」
「司令官になった気分でした。中々、悪くないですね」
・・・それと。司令官が恋しくて、仕方がありませんでした。
「そっか」
短く答えた司令官が、チョイチョイとわたしに手招きします。なんでしょうか?
司令官の側まで行くと、手を取られて、強引に、それでも丁寧に、引き寄せられました。
彼の、香りがします。お陽さまのように朗らかな温もりは、正真正銘、司令官のもので。背中に回された腕。こちらを抱きしめる力。
ああ、司令官です。わたしの愛する、司令官です。
胸の奥底から、どうしようもなく、求めてしまう。その香りに、温もりに、わたしを抱擁する確かな愛に、触れていたい。
司令官の手が、わたしの頭を、そっと撫でました。髪に触れる温もりが、ちょっとくすぐったい。
「ありがとう。さすがは吹雪だ。俺の自慢の秘書艦で、大切な大切な奥さんだよ」
「・・・どうしたんですか、急に」
「なんでもない。どうしても、吹雪を抱きしめたくなっただけだ」
もう、なんですか、それ。
力の抜けた、そして幸せに溢れる笑みを浮かべているのが、自分でもわかりました。
しばらくして、司令官がわたしを離します。風邪がうつったわけではありませんが、熱くなった頬を意識して、わたしは立ち上がりました。
「ご飯、持ってきますね。多分、普通に食べて大丈夫ですから」
「よろしくな」
司令官とわたし、二人分の夕食を受け取るため、わたしは部屋を後にします。
今日、一緒にいられなかった分。明日は、いつもよりずっと、もっと、一緒にいよう。そう思うと、食堂に向かう足取りが、軽くなりました。
今夜も、そしてこれからも、わたしたちは一緒です。
だって、二人で一つですから。
二人で一つの愛ですから。
いかがだったでしょうか?
今回は久々に砂糖ドバドバ入れた自覚があります(おい)
本編では書きませんでしたが・・・「なぜ、吹雪は司令官に制服を借りたのか?」、その辺りも考えると面白いかもですね
次回はどうしようかな?ケッコン二周年記念で何か書きたいけど