甘さ控えめの基準がわからなくなってきたから、もう何も言うまい
全くもって脈絡はないのだが、四月二十二日は「よい夫婦の日」というらしい。
なんとも、適当なこじつけな気がしなくもない。十一月二十二日だって、「いい夫婦の日」なのだから。
・・・そうは、言っても。
こういう日があるからこそ、できることというのも、ある気がするのだ。
一番、側にいる人だからこそ。いつも、隣にいる人だからこそ。
伝えていないことがある。言葉にしていない想いがある。
気づかない温もりを確かめ、自らの胸に手を当てて、大切な誰かに想いを馳せる。
そうしたきっかけには、丁度いいんじゃないかなと、俺は思っている。
・・・全くもって、脈絡のない話をしてしまった。
夕方の執務室。ようやく暖かくなってきたこの頃は、この部屋もそこまで寒さを感じなくなった。日に日に長くなる太陽の時間は、朗らかに俺の顔を照らしている。
執務ももう少しで終わる。手元の書類は、すでに残り数枚だ。
新たに書き上げた書類を「済」のボックスに入れたところで、俺はふと、隣に目を遣った。
そこで吹雪と目が合った。
夕焼けオレンジに照らされる横顔が、俺の瞳を窺っている。コテンと首を傾げた彼女は、それからニコリと微笑んだ。
「どうかしましたか、司令官?」
「いや、」
思わず、言葉に詰まる。息を飲むほど、その笑顔が魅力的だったから。
「悪いな。もう少しで、終わるから」
「わかってます」
こうして吹雪は、俺が執務を終えるまで、隣で待ってくれている。執務が終われば、そのまま食堂でご飯だ。
いつもと変わらない日常なのに。それがどこかむず痒い。
数分で仕事を終えて、俺は吹雪と共に席を立ち、食堂へと向かった。
「司令官」
談笑しながら夕食を楽しみ、お互いに残りも少なくなった頃だ。
デザートでついてきた杏仁豆腐にスプーンを入れながら、吹雪が俺のことを呼ぶ。
「今日は、『よい夫婦の日』だそうですよ」
ご存じだったか。
顔を上げた俺の前で、吹雪はニコニコとしている。
「実はですね。司令官に、渡したいものがあるんです」
「俺に?」
一体なんだろうか?
首を傾げる俺のことなど気にする素振りなく、吹雪は後ろから何かを取り出した。
「はい、司令官」
吹雪が俺に手渡したもの。長方形のそれは、見まがいようのない、手紙の封筒。何か変わったところもない。何の変哲もない、普通の、手紙。
「わたしからの、ラブレターです」
前言撤回。何の変哲もある手紙だった。
ラブレター!?ラブレターと言ったかね吹雪!?
産まれてこの方、ラブレターなんてものは受け取ったことがなかった。吹雪とケッコンして、婚約もして。これから先も、受け取ることなんてないとばかり思っていた。
まさか・・・自分の想い人から、ラブレターをもらうことができるなんて。
「あ・・・ありがとう」
半ば魂が抜けてしまった状態で、俺は吹雪からラブレターを受け取る。
夢見心地、というのはこういうことを言うのだろうか。
「えへへ、読んでみてください」
頬を朱に染めながら、吹雪が言った。
・・・おわかりいただけるだろうか?
大好きな人の前で、大好きな人が書いてくれたラブレターを、読まされるのだ。どんな拷問かと思った。
しかも。俺が封筒を開けて、手紙を取り出し、文面に目を通すまで。照れ笑いを含んだ、純粋な瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめているのだ。
このまま天国に召されてしまう気さえしてきた。
白い便箋一枚の、シンプルな手紙。吹雪らしく、飾らない言葉。少し丸みのある、愛らしい筆跡。
けれど。紙の上に綴られ、俺の目が追いかけている文字列は、酸素魚雷もかくやというほどの衝撃で、俺の胸の辺りに深く突き刺さった。
柔らかい言の葉が語るのは、激しいほどの愛だった。
・・・内容について、ここでは語らない。そんなことをしたら、恥ずかしさで死ねる。
物凄く長いように思われた時間も、恐らく実際にはほんの一、二分のことだ。愛する人からの初めてのラブレターを読み終わった俺は、ゆっくり顔を上げる。
対面の吹雪は、頬を真っ赤に染めて、それでもただただ真っ直ぐに、俺のことを見つめている。
「どう、でしたか?」
「あ、ああ」
放心状態になっていた俺は、その言葉でようやく現実に引き戻される。
「たくさん・・・たくさん、伝わった。吹雪の言葉、確かに受け取った。・・・ありがとう」
あまりの嬉しさに、ありきたりな言葉しか出てこない。
この胸の内。想ってやまない君に、言葉が浮かばなくてもどかしい。
この手の内。君と掴むことができたこの気持ちを、全て伝えきることができないむず痒さ。
けれども、言葉にしなければ。胸の内から出さなければ。俺の想いも、愛しさも、感謝も、伝わることはないのだ。
「なあ、吹雪」
「はい、司令官」
呼べば答えてくれる距離。伸ばせばこの手が届く距離。
笑顔の瞳に、俺の言葉を届けよう。
「俺には、好きな人がいるんだ」
吹雪が目を見開く。嫁さんの意表を、つくことができただろうか。
「その娘は、なんにでも一生懸命でさ。いつも俺の隣にいてくれて、一緒に考えてくれて、励ましてくれて、時には叱ってくれて」
口下手な俺にできるのは、ただただ直球に、俺の胸の内をさらけ出すことだけ。この愛しさが、少しでも君に届くように。
「たくさんの温もりをくれた。かけがえのない一日一日をくれた。多くの愛を伝えてくれた。数え切れない幸せをくれた」
「よい夫婦」というのがどんなものなのかはわからない。愛の形はそれぞれで、「よい夫婦」の姿は夫婦の数だけあるのだろう。だから、二人で探し続けるのかもしれない。
けれども。俺は自信をもって、これだけは言うことができる。
「吹雪」
「はい」
「吹雪のおかげで、俺はとても幸せだ。世界中のどんな夫婦よりも、幸せだと思ってる。君を愛しく思えることが、何よりも幸せだ」
二人の視線が交錯する。それは新緑の季節に似た暖かさ。木漏れ日のように差し込む、柔らかな温もり。
俺の言葉は、吹雪の心に届いただろうか。
コクリ。照れたように頷くその仕種が、きっと何よりも、吹雪の心を表していた。
ちなみにだが。今のやり取りは、食堂で行われていたわけで。当然周りには、同じように食事中の艦娘たちがいた。
一部始終を目撃していた娘たちに、俺たち夫婦が散々イジられたのは、また別の話だ。
メンテ明けそろそろかなー
またこれからも、気まぐれに書いていきます