涼し気な風が、鎮守府工廠に吹いていた。
季節は梅雨真っただ中。ただし、今のところ雨は少ない。今日もいい天気だ。気温も高い。
そんな中、俺はある人の帰りを、ずっと待っている。
やがて、その影が、水平線の向こうから見えてきた。
白い波を立てて、海上を行く、六つの人影。その先頭に立つのは、六人の中でも小柄な少女だ。
はためく黒髪と、セーラー服。コンパクトにまとまった艤装。右手に備える主砲は、「誰かを守るために」、「必ず帰ってくるために」、と彼女は言っていた。
こちらへ向かってくる影が、大きく手を振った。殊更に嬉しそうなその様子に、思わず頬が綻ぶ。やはり不思議で、とっても自然な、彼女の魅力だ。
艦隊が工廠の埠頭に近づいてきた。俺は彼女たちを出迎える。
埠頭の手前で、彼女たちが主機を止めた。
俺の目の前、蒼い海に眩しい笑みを映しつつ、俺の愛しい人が敬礼した。
「ただいま戻りました、司令官」
吹雪の言葉には、いつもの報告以上に、感慨深げな、何かを噛み締めるような響きが混じっていた。
「おかえり、吹雪」
自然と、笑ってしまう。笑顔がこぼれてしまう。
なぜなら、きっと今日は、俺たちにとって、二つ目の大切な日になるから。
「ひゅーひゅー、相変わらず、お熱いこった」
せっかくの雰囲気を茶化したのは、摩耶だった。それを皮切りに、吹雪以外の艦娘たちが、次々に口を開く。
「お二人は愛し合っているのですから、当然のことだと思いますよ?」
自然な口調で、なかなかに恥ずかしいセリフを吐いたのは、神通だ。
「お互いに、大好きオーラ全開ですからね。見てるこっちがお腹一杯です」
大和がコロコロと苦笑を漏らしながら言った。
「そーゆーのは、二人きりの時にしろっつーの」
溜め息混じりに、曙がツイとそっぽを向く。
「まあまあ。提督も吹雪ちゃんも、幸せが一番ですよ」
そう言ってなだめながらも、赤城は笑いをかみ殺せていない。
「み、皆さんっ!」
急激に頬を真っ赤にした吹雪は、両目を「×」にして、ワタワタと手を振る。抗議のつもりなんだろうが、五人には効果なしみたいだ。さすがは、うちの鎮守府でもトップクラスの猛者たちである。
大和が微笑みながら口を開く。
「そういうわけですから、提督」
どういうわけだ。
「私たちは、先に艤装を戻しに行ってますね。どうぞ、お二人でゆっくり」
シャナリと音が聞こえてきそうな一礼をして、大和たちは埠頭に上がり、工廠の方へと行ってしまう。埠頭には、俺と吹雪だけが残り、静かな海風に吹かれていた。
・・・ううむ、気を遣わせてしまったか。
今は、その気遣いを、ありがたく受け取っておく。
「・・・司令官」
吹雪の、柔らかいお陽様のような声が、俺を呼んだ。
「吹雪、本日の演習にて、最高練度に達しました」
笑顔の奥に、これまで積み重ねてきた日々が、映る。
俺も笑って、彼女に応えた。
「ああ。おめでとう、吹雪」
*
六月十九日。夏を前にして、梅雨の季節を迎えているこの日ですが、わたし、吹雪にとっては、別の特別な意味もあります。
記憶の奥底。わたしが艦娘になる前、ただの軍艦だった頃。駆逐艦“吹雪”は、今日六月十九日に、起工されました。
進水日とか、竣工日とか、色々な記念日が、軍艦にはあります。そのどれを「誕生日」と呼ぶのかは、人それぞれだと思うんですけど。
―――全部で、いいじゃないか。全部、君たちにとっては、大切な日だろう。
司令官が、そんなことを言っていたのを、思い出しました。
艤装を工廠に預けて、軽くシャワーを浴びたわたしが出撃ドックの建物から出ると、扉の前で司令官が待っていました。
「お疲れ様」
優しいその声で、どうしようもない幸福が、胸のうちに満ちていきます。
二人並んで、庁舎へと歩いていく道すがら。ふと、わたしは疑問に思っていたことを、司令官に尋ねました。
「そういえば、どうして今日だったんですか?」
脈絡のない質問に、司令官が首を傾げます。わたしは慌てて、言葉を補足しました。
「最高練度到達の日です」
「ああ、そういうことか」
質問の意味を理解したらしい司令官は、恥ずかしげに頬を掻きながら、答えてくれました。
「俺たちがケッコンしたのは、鎮守府の開設から一周年の時だっただろ。それって、『艦隊の記念日』であり、ようするに『俺の記念日』だと思うんだ。だから、最高練度到達は、君の―――『吹雪の記念日』にしようと思った」
・・・。
わ、わたしの旦那さん、わたしのこと好きすぎませんかっ!?自惚れでもなんでもなく、こちらの頬が沸騰してしまうくらいの、熱烈な愛。
―――愛されてるなあ。
そんな想いで胸が満ち、夏にはまだ早いのに、暑さすら感じます。
・・・まあ、でも。
「司令官」
こんなにも、わたしを想ってくれる、大切な人。わたしの愛しい人。
「あなたと一緒なら、わたしにとっては毎日が記念日です」
あなたと出会えた記念日。
お茶をした記念日。
日向ぼっこした記念日。
夢を語った記念日。
カレーを作った記念日。
てるてる坊主を飾った記念日。
花火を見た記念日。
手を繋いだ記念日。
キスをした記念日。
一日一日、あなたのことが、もっともっと好きになる記念日。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、末永く、お願いします」
向かい合い、お互いに頭を下げて、一言。あなたと一緒にいられることが、何よりも幸せだから。わたしはこぼれてくる暖かな心持ちの笑みを、隠すことができません。
本編にも書きましたが、うちの吹雪が、無事、レベルカンストを達成しました
ありがとう、吹雪。これからもよろしく