今回の話は、「桜吹雪の季節に」の第七話の少し後の話です
短いですが、砂糖の量は普段と同じくらいにしたので、結果的に濃厚な甘さとなっているはずです
どうぞよろしくお願いします
満開だった桜も、はらはらと散り始めた。夕陽の中で舞うその花びらを、俺は鎮守府の屋上に腰掛けて眺めていた。
淡いピンクは、オレンジ色の光の中ではきらめく白に見える。まるで雪が降っているような錯覚を覚える光景に、感嘆の溜め息が漏れてきた。
「綺麗だ・・・」
「もう、司令官。そんなところで黄昏てたら風邪ひきますよ」
そんな俺に、小さな影が声をかけた。
屋上に続く階段、その扉が開いて、吹雪がこちらを見ている。花びらを散らす風が、やはり彼女の髪も揺らしていた。夕焼けの橙色が、きらめく星屑のように黒髪に反射する。
「大丈夫。馬鹿は風邪ひかないって言うだろ」
「馬鹿でも風邪はひきますよ」
馬鹿は否定しないのね。とほほ・・・。
こちらへゆっくりと歩いてくる。少女らしく、軽やかな足取り。夕陽が照らすその姿に、胸の辺りがむず痒くなる。
「呑みますか?」
吹雪はそう尋ねた。手に持ったお盆をわずかに掲げる。
「熱燗か?」
「鳳翔さんが持って行きなさい、って。渡してくれたんです。わたしはラムネですけど」
「ありがたい」
俺の隣にやってきた吹雪からお盆を受け取って、彼女が腰掛けるのを待つ。スカートを丁寧に折って腰を下ろした吹雪は、俺にお猪口を差し出し、暖かい酒を注ぐ。それから自分のラムネを取った。
シュポッ。
爽快な音がして、ラムネの栓が抜ける。溢れようとする泡を、吹雪は必死に押さえていた。
「「乾杯」」
それぞれの持っているものを掲げ、クイッと煽る。季節は春とはいえ、時折寒風の吹く夜には、熱燗の暖かさが心地よかった。
「桜の季節も終わりですね」
空になった俺のお猪口に、吹雪がゆっくりと酒を注ぎ入れる。風に乗って散っている桜は、おそらく今夜がピークだ。
「桜吹雪の夜、ってとこか」
何となしに呟いた。
「司令官に詩的センスなんて似合いませんねえ」
「ひどい言われようだ」
まあ、実際俺に詩的センスなんてものは備わっていないが。第一、肝心なことを言い淀むぐらい、話すのは下手だ。
―――多少は伝えられるようになったとは思うが。
お猪口を再びあおりながら、チラリと吹雪を窺う。彼女はラムネのビンを傾けながら、桜と夕陽の共演を眺めていた。
ラムネのビンに差し込んだ夕陽が、キラキラと散乱して吹雪の横顔を照らす。お酒とは全く関係のない、熱さと幸福感が、俺の胸を満たしていた。
「きゃっ」
思わず、吹雪を抱きしめていた。小さく華奢なその温もりを壊さぬよう、それでもしっかりと俺の存在が伝わるよう。俺のこの想いの片鱗が、少しでも届くように。
「し、司令官・・・?」
「・・・しばらく、このままでいいか?」
俺の問いかけに、吹雪は黙って頷いた。それから、前に回した俺の腕に、両の手を重ねる。
「吹雪の手、冷たいな」
「さっきまでラムネ持ってましたから」
「それもそうだな」
想いっていうのは、伝えなくちゃならない。伝えようとしなければ、相手に届くことはないからだ。口にしなければ、相手が応えてくれることもないからだ。
けれどもこうして、この腕に吹雪を抱いている時。確かに感じるのだ。彼女の想いを。
温もりという想い。伝えるだけではない、触れなければ届かない、俺と彼女の想い。
どれくらいそうしていただろうか、熱燗がまだ冷め切らないうちに、俺は吹雪から離れた。
「これで風邪はひかないな」
「・・・そうですか」
苦笑する吹雪の頬は、オレンジに負けないくらい赤く染まっている。徳利を手にして、三杯目を注いでくれた。
「陽が沈んだら、ご飯食べに行きましょう」
「そうするか。今晩のメニューは?」
「すき焼きです」
「それはまた、凝ったメニューを」
大人数がいる鎮守府において、鍋料理は大変だ。今日も今日とて、喧々囂々となるだろう。
先に待つ騒々しさを思いながら、俺はお猪口を傾ける。太陽がその姿を隠すまで、束の間の静けさが、俺と吹雪の前に横たわっていた。
ニヤニヤが止まりません
お気づきかと思いますが、このシリーズは非常に短い文量で進めていくつもりです
まあ、短い文量の中、ずっと「吹雪可愛い」と書き連ねていくだけですけどね