東方春風駘蕩(完)   作:綾禰

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 これ以上の文量にすると止まらなくなりそうだったので一話分でまとめられて良かったかなと。

 本日投稿3/3

 2018/09/10 サブタイトルを番外編から外伝に。


外伝 記憶に無い、さよならとよろしく

 

 

 

 昔は良かった。

 

 まだ獣で人の言葉を発する事が出来なかった頃は良かった。

 

 あの頃は山道で人間を見かけたら荷物持ちを手伝って、ご飯が貰えて良かった。

 

 人の姿になった事に後悔は無い。

 

 いつからか妖怪の退治屋に追われる様になったけれども後悔は無い。

 

 だって、隣に寄り添ってくれる愛しい男性(ひと)が居るから。

 

 だって、この腕に(いだ)く愛しい我が子が居るから。

 

 今、私は愛しい男性(ひと)と森の中を走っている。

 

 いえ、坂道を登ったり降りたりもしたしいつの間にか山に入ったのかもしれない。

 

 愛しい我が子を抱いて走る私の前を行く愛しい男性(ひと)は、妖怪である私に負けない速さで走り続けていたけれども、やがて限界が近づきその足を止め膝に手を付いた。

 

 

「はっ! はっ! ……くはっ……すまない。お前と子供だけならもっと速く遠くへ逃げられるのに……」

 

「……それ以上は言わないで下さい。この子は確かに大切な私達の子です。そして貴方も私にとって大切なお方。私とこの子を愛しているのならば夫として、父として悲しい事を言わないで下さい」

 

 

 眉を下げ俯いていた愛しい男性(ひと)はそうだ、そうだなと疲れは隠せずとも背を起こして微笑んで見せてくれた。

 

 そこで、追っ手の声が聞こえてきた。愛しい男性(ひと)と同じ人間なのに、妖怪である私を殺す為に武装しているのに、安々と追いついて来た。

 

 人の善意を知っている。妖怪と言えど飯を恵んでくれる人が居る事を知っている。なのに、なのに何故。ただ妖怪だってだけで命を狙われるのか。何故、私の夫だからと同じ人間なのに命を狙われるのか。何故、妖怪の血が流れているからと生まれて間もない赤子の命が狙われるのか。

 

 追っ手の声が聞こえた瞬間愛しい男性(ひと)は険しい顔で背を少し曲げ、静かに急ぐぞと小声で伝えてきた。

 

 反論する必要も無く、私も背を曲げ、見つからない様に願いながら足を進めた。

 

 しかし、願いとは得てして簡単に叶う訳も無く。犬の鳴き声が二度響いた。

 

 

「そっちか!? それ、見事妖しとそれを匿う男を捉えたら豪勢な飯を食わせてやるぞ!!」

 

 

 妖怪の耳は人間より良い。だから、犬の足音を理解する。だから、犬の後を追う退治屋の足音を理解する。

 

 

「……ああっ」

 

 

 私の漏らした声で状況に気づいたのだろう。愛しい男性(ひと)はこちらを見て足を止めた。

 

 

「あ、貴方……」

 

「すまなかったな。お前と、息子を守りきれなかった」

 

「……いえ、私の方こそ……巻き込んでしまいました」

 

「なに、お前と出会えて、恋をした。愛した。そして子を授かった。何も悔いは無い。幸せだったと、胸を張れる」

 

「はい。私も、貴方と過ごした時を幸せだったと言えます」

 

 

 そして二人して、示し合わせたかの様に我が腕の中で眠る子を見た。

 

 

「ははっ、こんだけ走り回っていたのによく眠っておるわ。……お七夜を迎える事も出来なかったなぁ」

 

「そう……ですね。せっかく生まれてきたのに、かわいそうな目に合わせてしまいます」

 

「実はな。お前に教えていなかったのだが産まれる前に名前をすでに命名紙に書いておいだのだよ」

 

 

 そう言って懐から折りたたんだ紙を取り出し、広げて私に見せてくれた。

 

 

「太助……ですか?」

 

「ああ。心大らかに、豊かに育ち。身の回りだけで良い、お前の様に手助けを当たり前の様に出来る子になってほしい。そんな名前さ」

 

「太助……お前の名は太助だよ」

 

 

 愛しい男性(ひと)は命名紙をまた折りたたみ太助を包んでいた布の隙間に差し込んだ。

 

 

「もし、奇跡が起きてこの子が善良な人に拾われれば……この名も、俺達が愛した証も残るだろう」

 

 

 ……奇跡か。時代が違えば、私が暴れれば助かったかもしれない。だけれども、今は妖怪を殺す技術が優れ私程度では抵抗も意味をなさない。

 

 それこそ、奇跡でも起きなければ太助は助からない。

 

 

「そこの茂みに、太助を隠せないか?」

 

 

 すぐ後ろに迫る足音に気づく。

 

 

「そうですね。奇跡を願ってみましょう」

 

 

 見つけたぞと言う声が聞こえる。

 

 

「太助よ、まだ言葉は判らないかもしれない。だがな、お前の父と母は、確かにお前の事を愛していたぞ」

 

 

 太助を茂みの下に隠す私の後ろで、愛しい男性(ひと)の倒れる音が聞こえた。

 

 立ち上がり、振り向けば。振り下ろされる刀。

 

 肩から袈裟斬りにされ、倒れる私は即死ではなかったらしく退治屋の声はまだ聞こえた。

 

 

「もう少し俺が遅ければどうだったか。そこに赤子を置く所も見ておったわ、くはは」

 

 

 入らない力を振り絞り、太助を隠した茂みに顔を向ける。

 

 

「……お願い……しま……奇跡を…………太助……」

 

 

 視界が滲んできた。死の直前だからか、涙が理由だからか。

 

 

「む!? 居ないだと……くそ、欺きよったな!!」

 

 

 ……居ない? 遠のく意識の中、茂みを眺めていると空間が揺らいでいた。

 

 あの揺らぎは……一度だけ見た事がある。まさか、ここで神隠しが? 今、この時に神隠しにあえたの?

 

 ああ、神様……。太助、貴方が神隠しにあって何処にたどり着いたのかは判りません。ですが、それでもその行き先で良き人に巡り会える事を願います。

 

 こんな土壇場で起きた、愛しい男性(ひと)と願った奇跡。だから、だからどうか。

 

 

「……幸せに……なってね」

 

 

 私が生きている事に気づいた退治屋は、くそと吐き捨てながら刀を掲げる。見上げる私の瞳から溢れた涙と、振り下ろされた刀が地についたのが同時だったのか。私には、判らなかった。

 

 ――――その頃の幻想郷。

 

 八雲紫と八雲藍は、二人が住む屋敷の裏手に結界の揺らぎを感じたのは同時だった。

 

 屋敷を出て、思考しながら歩く主人の紫に対し式神で従者の藍が問いかけた。

 

 

「紫様。結界に異常が起きた様な気配はありませんが、確かに微弱な何者かが侵入していますね」

 

「そうねぇ。博麗の巫女にも龍神にも伝えていない私の屋敷の裏手に急に現れるなんて何処の誰かしら」

 

 

 そう言い合いながら歩く主と従者は屋敷の裏手にある林に、本当に微弱な妖気を感じながら、それを頼りに向かって行った。

 

 少し歩いて行けば、木の根元に布に包まれて眠っている赤子が一人。それを発見した藍はもちろんの事、妖怪の賢者と言われる紫でさえ一瞬の間思考が止まってしまった。

 

 

「……赤ちゃん? え? 何で赤ちゃん?」

 

「……周囲にこの赤子以外の気配はありませんね。っと、結界の揺らぎの痕跡がこの赤子周辺にありますよ」

 

「そ、そう。揺らぎの痕跡や他に誰かが居る様子も無い事から、この子は神隠しにあった様ね。けど、神隠しとしても無縁塚とかじゃなくて何でまた此処に来れたのかしら? 私の招待が無ければ屋敷には近づけない筈なのに」

 

 

 赤子から自分の中の疑問に意識を向ける主人を一旦置いといて、藍は赤子を抱き上げる。

 

 藍も赤子だからか、何も警戒せずにお前の親は何処にいるんだろなと聞きたかったが、赤子相手には意味が無かった。

 

 

「これは……紫様。この子は、生まれて本当に数日程度の子みたいですよ。目をはっきりと開けない様です」

 

「あらそう? って、布の隙間に紙が挟まってるじゃない」

 

 

 藍が抱き上げた赤子に近づき、布の隙間から紙を取り出すとすぐに広げる紫。

 

 

「これは、命名紙みたいねぇ。太助って書かれてるわ」

 

「この子の名前ですね? そうか、お前は太助と言うんだな」

 

 

 赤子――太助に微笑みかける藍を見て、紫はあまりのめり込まなければ良いんだけどと従者の心配をするのであった。

 

 

 

 

 




 何故、太助の親は手放したのか。どうやって、紫達と出会ったのか。書きたかった事を書けたと思います。
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