侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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今回は今までで一番長いです。
本当はこんなはずじゃなかったけれども長くなった。かといって途中で切ると中途半端になってしまうので……


第10話 処分されて死にたくない

アリィがニャウに襲われてから数日がたった。

 

エスデスはアリィへの訓練場に来いという指示をすっぽかされた挙句ニャウの不始末によりブドーやオネストから小言をくらい相当機嫌が悪くなった。

ニャウに課された罰が目を覆うほどのものであったことは言うまでもない。

 

事実、百戦錬磨である彼の仲間、リヴァやダイダラですら目を背けるほどエスデスの怒りと罰はすさまじかったという。

 

一方アリィはというと、今回の件で通達をすぐ終えていなかった大臣にも問題があるが、エスデスの情報を持っていてもその部下について警戒していなかった自分を大いに恥じた。

 

こんなことでは死んでしまう。

それはだめだ。

死にたくない。安全だと思っていた宮殿で襲われるようなことが二度とあってはならない。

いや、宮殿だけではない。帝都においても辻斬りに襲われたではないか。

このままではだめだ。警戒が足りない。情報が足りない。

 

周りのものが引くほどブツブツと独り言を続けたアリィは考えた末に決断した。

 

アリィが身を守るのに役立つのではと唯一引き継いだ父の業務。

今まではいつでも手を出せるようにと書類や金銭をやりとりしていただけだった。しかし、そんなままだから駄目なのだとアリィは自分を戒める。

 

今こそ直接手を加えるべき。これまでしていなかったから駄目なのだ。

 

「となると、用意も早く終わらせなくては」

 

伝達だけでは足りない、根回しも必要だ。

まずは手の届くところから始めなくては、とアリィは頭の中で侍女としての仕事を整理しつつ、用があった大臣の執務室へと足を向ける。

 

大臣に根回しすることも、必要だから。

 

 

 

 

 

「えー。死を待つだけの皆さん。こんにちは」

 

それからさらに数日後。アリィはある集団の前で一人たっていた。

規律正しく整列した彼らはおのおのが得意とする武器を手に、アリィの話を聞く。

しかし、か弱い侍女にしか見えない彼女から突然棘のある言葉を吐かれ、多くが苦々しい顔になった。

 

自分たちの苦痛をつきつけられ怒りだす顔。

反論することができずうつむく悲しみの顔。

わかりきったことだと受け流す無表情な顔。

 

多様な、しかし負の感情しか見えない彼らを見渡しつつアリィは話を続ける。

 

「何を言うのか、と言いたい方が多いようですね。まあ当然でしょう。死ぬのは嫌ですよね。私だって嫌です。私は死にたくありません。死なないためならどんなに手を汚すことだって私はためらいません。さて。皆さんはどうでしたっけ」

 

当然、答えは返ってこない。

まあ仕方ない、とアリィは心の中で思う。

立場上、アリィは彼らの上司に当たる。上司に口答えすることは許されない、と彼らは今までの日々で頭に刻み付けられている。

厳密にはスポンサーであり研究者に近い存在だったが、貴族として、侍女としての人脈を使い地位は得た。名前ばかりの役職だが、それでも組織の中で役職による権力というものは馬鹿にできるものではない。

それが、組織だ。

 

「あなた方は確かに、帝国のため頑張っています」

 

その言葉に、彼らの一部が顔を上げる。

だが、アリィすぐに彼らの心を叩き落す。

 

「しかしあなた方は訓練を受けはしましたがその実力は不十分と判断されました。だからこそ強化薬があなた方に支給・投与されるわけです」

 

身体能力を向上する薬品が、彼らには度々投与されている。

それは彼らも重々わかっている。そして、その副作用も。

 

「まだまだ強化薬は完成に至ってはいません。あなた方は使用者であると同時に、人体実験の被験者でもあるわけですね。その副作用により体を壊し戦えなくなり、結果――”処分”されたものもいます。そうですね?」

 

 

 

 

 

暗殺部隊の皆さん?

 

 

 

 

 

アリィの発言に、学生服を着た少年少女……暗殺部隊の面々は思い思いの目を向ける。

処分という言葉は、それだけ彼らにとって重いものなのだ。

当初、薬品投与が行われていたのは選抜組とは別の強化組だけであったが、現在は強化組から選抜組に昇格した者が存在している。

つまり、選抜組、強化組共通の問題であった。

 

「何が、言いたいんだ……?」

 

強化組のまとめ役である少年、カイリが震えながら声を漏らす。

そんな彼の言葉にも、アリィは肩をすくめて答えを返す。

 

「先ほどから言っているとおりです。あなた方の体は強化薬によって今も崩れつつある。そしてあなたたちに待っているのは、任務失敗により相手に返り討ちにされるか、処分。または体が限界を迎えることによる死亡か、やはり処分。ほら。あなた方は死を待つだけの存在でしかない」

 

言い返したい。

自分たちは違うと言い返したい。でも、言い返せない。

なぜならアリィの言うことは事実だから。そうやって死んでいった仲間たちを多く見てきたから。

 

「なにか反論がありますか?」

 

もちろん、答えは返ってこない。

それすらも承知で、アリィはさらに話を続ける。

ここからが彼女にとって勝負である。

 

「貴方たちが思うところがないのであれば、ずっとこのままでしょう。ええ、このままです。そこでお尋ねしますが、あなたたちは何か言いたいことはありませんか? 今だけなら立場を気にしなくていいですよ。言って何が変わるという保障はしません。ただし言うことがないなら何も変わらないと保障しましょう」

 

ここで言葉を切ると、アリィは改めて全員を見回した。

 

「何か言いたいことはありますか? 今、死を待つだけの皆さん?」

 

沈黙。

長い、長い沈黙が流れた。

 

やがて、ぽつりと声が出る。

 

「……です」

「聞こえませんね」

 

かすかな声にアリィは返す。

実際よく聞こえなかった。近くにいたものが聞き取れたかどうかだろう。

 

「……処分されるのは、嫌です」

 

口を開いたのは、元強化組であり帝具使いでもある少女……クロメ。

彼女は人一倍仲間思いであり、そしてだからこそ処分された仲間を悼んできた。

 

やがて彼女に触発されたのか、あちこちから声が上がり始める。

 

「処分は……嫌だよね」

「任務で死ぬなら仕方ないさ……でも、処分で死ぬのは……」

「うっ、ううう……」

「俺たちは……せめて帝国のために死にたいんだ……」

 

この中には、先日の検査の結果が思わしくなく、まさに処分の瀬戸際とも言える者もいる。

そんな彼らは涙し、そして彼らを見つめる他の暗殺部隊のメンバーも沈痛な表情をしていた。

 

絶望。

それが、今の部屋の雰囲気、そして暗殺部隊の心情を言い表すのに一番適している言葉だ。

 

アリィが叩きつけた現実に、全員が暗い表情を浮かべて俯き、

 

 

 

 

 

「では、これからの皆さんの話をしましょう」

 

 

 

 

 

 

続いたアリィの言葉に、やはり全員が顔を上げた。

暗闇の中急に一筋の光を見せられた彼らに微笑みながら、アリィは自分のビジョンの説明を始めた。

 

「といっても、強化薬を使って暗殺部隊として活動してもらう、この大筋は変わりません。問題はその後ですね。強化薬の症状により暗殺業務が不可能になったと思われる者。身体能力が低下し任務が遂行できない者。そのように判定された人たちは異動という処置をとります」

 

その異動先こそ、アリィの本命。

 

「新しく、隠密部隊を立ち上げます。主な任務は帝国における内偵調査。暗殺部隊の襲撃先を調査したり、革命軍など反乱分子の調査や情報収集等に動いてもらいます。戦うことはできなくても、命を落とす可能性は格段に減るでしょう。現在あなた方にはキルランクという序列がついているようですが、暗殺に適正がなくとも隠密活動に適正がある人もきっといるはずです」

 

処分ではなく、新しい道。

戦うことができなくなったとしても、まだ自分たちにできることがある。

アリィの言葉は、確かに希望としてゆっくりと彼らの心に浸透し始めていた。

 

しかしすぐに信じられない者も当然いる。

自分たちの状況を現実的に考えた一人が問題点を見つけ、アリィに質問した。

 

「だけど、俺たちは強化薬を定期的に投与しないとひどい禁断症状が出る。隠密部隊に移っても結局は強化薬で死ぬだけじゃないか……」

「そうですね、そこも説明しておきましょう」

 

えっ、と声を上げた少年に対し、アリィはポケットから液体の入ったガラス瓶をとりだし、振って見せた。

 

「実はですね、あなた方の強化薬の効果を抑える薬、とっくに開発されているんです。開発・使用目的はあなた方の治療とは一切関係ないんですがね。無抵抗薬といいます」

 

アリィが父・ゴーザンが残した書類を整理している中で見つけたこの薬品。

 

きっかけはある一人の少女だった。

暗殺部隊を、帝国を裏切り、ナイトレイドに加入したある人物。

この人物の裏切りを受け、ゴーザンを含む重鎮たちは強化組も裏切る可能性を考慮したらしい。裏切りは悪だと暗示をかける処置もこの時導入されたものだが、暗殺部隊が反乱を起こした場合の処置も考えられた。

 

それが、「無抵抗薬」。

投与することで強化組に投与された薬品を中和・無効化し反乱を起こした暗殺部隊を無力化して捕らえ、”再教育”できるようにと開発された薬品である。

 

もともと強化薬は最終的に禁断症状などのデメリットをなくし、帝国の正規兵にも投与できるようにして兵力の増強を狙ったことから製作が始まった。

そのため、現在の強力な副作用がある強化薬の効果を薄れさせる実験も並行して行われていた。無抵抗薬はさほど時間をかけずして作られたのである。

 

「あ、あんたに、そこまでの権力があるのか……?」

 

次に投げかけられた質問には、にっこりと微笑むとアリィは部屋の隅へ移動した。

そこには幕がかけられている上に明かりも届いていない。

闇の中からアリィは何かを引きずって戻り始めた。

 

「確かに、あなた方暗殺部隊はビル氏によって育成計画が主導されていました。私は父がこの計画に参加しており、その立場を引き継いだわけですが……まぁ、主導的立場とも言えず。彼と協議を行いました」

 

んしょ、んしょ、と非力な彼女はそれを引きずるのに苦労しながらも話す。

何人か手伝おうかと前に出たがアリィは大丈夫ですよと断った。

 

「どうも彼はあなた方は捨て駒で十分だと思っていたようでして。隠密部隊の作成に反対されたんですよね。そんなことに人員はさけないと。しまいには私の暗殺部隊をのっとる気か! だなんて言われてしまいまして」

 

やがて、彼らにも見える明かりの下にそれは引きずり出された。

目にしたものに暗殺部隊の全員がどよめく。

なれない力作業をしたアリィはふーっと息を吐くと引きずったそれを手で示した。

 

「しまいには銃を抜いて私を殺そうとしてきたので、死んでいただきました」

 

ビルの死体のこめかみに穴があき、血が流れた跡があることから銃で撃たれたのだろうと誰が見てもわかった。

しかし、誰もビルが銃を握ったまま死んでいたこととその致命傷を結びつけることはできなかったようだが。

 

 

「大臣にはすでに許可をもらっています。暗殺部隊ならびに隠密部隊は私の下、運用されていくことになります」

 

 

 

 

 

 

その後の暗殺部隊の喜びようといったらすごいものだ。

処分を免れたものたちは涙を流し、よかったなと肩をたたく仲間たちも涙をこぼす。

最初に処分されたくない、と声をあげたクロメはアリィにありがとう、と何度も言って抱きついてきた。

どうやらそうとう慕われたらしい。ついアリィも先日のことを思い出しクロメの頭をなでてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。

暗殺部隊と別れたアリィは、大臣と廊下を歩く。

 

「いやはや、お見事でしたな」

 

「何が、でしょうか」

 

「すっかり彼らの心をつかんだようではないですか」

 

「嘘は、ついていませんよ」

 

「わかっていますとも。いやはや、あなたの手腕、しかと見せてもらいました」

 

「…………」

 

「彼らに現実を教え、絶望の中にたたき落とす。その後一筋の光を見せて彼らに希望を与えた」

 

「…………」

 

「あなたがすることは変わらずとも、その伝え方であなたは一番深くまで彼らの心をつかんだ。これを見事と言わずして何と言いますか」

 

「恐れ入ります」

 

「彼らはあなたを裏切らない。いや、裏切れない。あなたがいなくなったら、次は自分たちを使い捨てにする者が上につくかもしれない。仲間意識の強い連中ですから、仲間のためにあなたを守りすらするでしょう」

 

「私が彼らの未来を守り、彼らが私の命を守る」

 

「実に素晴らしい依存関係です。あなたが主導権を握っているあたりが特に。彼らは何の疑問も持たずに、あなたを守るためにその命を使うでしょうねえ」

 

「オネスト大臣」

 

「はい、何ですか?」

 

「それが、何か問題ありますか?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いえいえ。ちぃっとも」




前回の話までで死から逃げる可愛らしい少女、アリィを堪能した皆さん。







第1章「アリィ逃走編」はもう終わり。







これより「アリィ暗躍編」開始。
死の危険に追いつめられたアリィはついに自ら動き始めました。
あなた方はまだ、彼女の闇の一端を見たに過ぎません。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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