侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
第11話 特殊警察に入って死にたくない
アリィにとって、何よりも大事なことは自分の命を守ることである。
両親の拷問趣味を知り、被害者が目の前で拷問に悲鳴をあげ、苦しみながら死んでいくのを何度も何度も彼女は見ていくことになった。
そして彼女は妄執ともいえる意思を確立させていったのである。
「私は死にたくない」と。
自らも親の目がある以上拷問に参加し、そして多くの人間を殺してきた。
しかし彼女の心の中にあったのは歓喜よりも安堵であった。「自分はそちら側ではない」「自分は死ぬ側ではない、殺される側ではない」。
そんな彼女は、すでに他人が死ぬことについてはどうでもいいと感じている。
だって自分が死ぬわけではないのだから。
自分を死の危険から守ってくれる人間が死ぬことは恐怖する。
しかしそれは人の死を恐れることではなく、あくまで「自分の死」への恐怖。
徹底した自己愛こそ、彼女の人生の中で作り上げられた至上命題。
しかしそんな彼女の日々にも亀裂が入る。
ナイトレイド、首斬りザンク、三獣士ニャウ。
どうにかこれらの危機は帝具、死相伝染イルサネリアの力で撃退することができ、彼女は今も生きている。
だがその心は、癒えない。死ぬかもしれない場面に何度も遭遇してしまったのだ。
むしろ、死への恐怖はより増大していく。
逃げているだけでは駄目だった。死は向こうから勝手に襲ってきた。
ゆえに彼女は、危険排除のために自ら動くことを決めた。
「帝具使いを集めた部隊、ですか」
「えぇ……相変わらず彼女は要求もドSです」
オネストから伝えられた連絡事項。
それは、エスデスが新たに帝具使いだけで構成された特殊警察を組織するという話であった。
その時点でいやな予感がしたアリィはすぐさまオネストに直談判する。
「私は招集されませんよね? 参加したくありません。ましてやエスデス将軍の下につくのは死にそうなのでいやです。わかってくださいますかオネスト大臣」
ただでさえ彼女の家来に殺されかけたばかりである。
もっとも、ニャウは先日竜船で他の三獣士と共に殺害されたという。相手はまずナイトレイドだろうと考えられている。
アリィとしてはニャウが死んだのは歓迎すべきことであったが、部下を失ったことにより「あいつらが弱かっただけだ」と口では割り切ったことを言うエスデスは実際のところ機嫌がかなり悪かった。
彼女に見つからないよう、アリィがフルに危機感知能力――これはイルサネリアの素材となった危険種に由来する――を使ったことは記憶に新しい。
「えぇ、えぇ、わかっています。彼女はあなたも戦力にしたがっていましたがそれであなたが我々に不信感を持っては私の心臓が止まってしまいます。別に帝具使いを集めましたとも」
オネストは少し冗談めかして言ったが、決して冗談で済む話ではない。
ここでオネストが無理に部隊に入れようものなら、エスデスともども脅威とみなして排除していた可能性もあった。
実のところ、アリィの精神はすでに、侍女という立場が脅かされるとしても大臣や将軍といった帝国の重鎮を殺すことをためらわないまでに追い詰められている。
可能ならば逃げるというのではなく、排除に動く。目に見えずとも、アリィの歪みはさらに大きくなっていた。
「では、私へわざわざ説明していただいたのは……?」
「理由は二つあります。ひとつは、暗殺部隊の帝具使いをこの部隊に編入させます。さすがに動かせる帝具使いは限られていますからねぇ。そして暗殺部隊は現在あなたの管轄ですので、報告しておくというわけです」
なるほど、とアリィは頷く。
クロメという少女。暗殺部隊の中でも実力は指折りであり、そして帝具使い。
手放したくはないが、彼女の代わりに自分がエスデスの部隊に入れと言われてもそれは困る。
ならばアリィが殺したビルの代わりに暗殺部隊を運用する立場となった以上、その異動が報告されることはまったく不自然なことではない。
もうひとつの理由ですが、と口を開いたオネストはなにやら言いづらそうに言葉を選んだ。
「あー。そのですね」
「なんでしょう」
危険を感じアリィは目を濁らせて身構える。
そんなアリィの様子に冷や汗を流しつつも、ゆっくりと口を開いた。
「部隊に入れとは言いません。ですが、今の皇帝付き侍女としての仕事とあわせて特殊警察における侍女として働いてほしいのです。主に情報伝達や部屋の掃除、時には食事の用意などですね」
それを聞いてアリィの目じりがわずかに直る。
聞いた限り特殊警察として前線に出るのではなく、あくまで宮殿内でのバックアップ。
さらに話によると他の侍女としての仕事は一部減らすという。もちろんその分の時間的余裕は特殊警察での仕事に回されるわけだが、それでも侍女としての仕事の範囲内である。
「エスデス将軍にもこの条件で納得してもらいました。いかがですか?」
「そういうことであれば問題ありません。了解いたしました」
頭を下げるアリィに、オネストはほっと息を吐き出しもうひとつ連絡事項を伝えた。
同時に、数名の人物について書かれた書類も見せられる。
「では今からこの部屋に向かってください。今日、特殊警察のメンバーが集合、顔合わせすることになっています。まだ集合時間まで時間はありますが」
「……もう少し早く連絡していただけなかったのでしょうか」
「……あなたにはギリギリで伝えろとエスデス将軍が言っていたので」
アリィの中でエスデスの印象がさらに悪くなった。
帝国海軍に所属していた男、ウェイブ。
慣れた故郷を離れ、帝都でいろいろなことに驚かされつつも彼は宮殿に来ていた。
新しい部隊。新しい同僚。
彼の心臓は緊張でドキドキと聞こえるほど鼓動している。
(びしっと決めてなめられないようにしねえとな……!)
大きく深呼吸すると、部屋が間違っていないか確認。
大丈夫と確認を終えて大きく息を吸い込むと扉を開く。
「失礼します! 帝国海軍より来ました、ウェイブです!」
部屋の中では
半裸にマスクの大柄な男が、嗚咽を漏らしながら侍女服の少女に頭を下げていた。
「失礼しました!」
彼が入ってきた音でこちらを見た二人……特にマスクに恐怖を感じすぐ扉を閉めた。
しばらくウェイブの頭の中で困惑が続く。
(え、何今の!? まずあの男の人、どう見ても拷問官じゃねぇか! マジかよあの人が俺の同僚!? つーかその人が泣いて頭を下げてる女の子って何者だよ!? 侍女に見えたけど絶対違うだろ!? あれか、あの女の子、男のほうが襲ってきたから泣くほどシメて立場をわからせたとかそんな感じか!? やっべぇ人は見た目によらねぇなってか帝都怖えぇ!!)
もちろん大いにウェイブの誤解である。
「あの」
「うぉぉぉぉぉおぉっ!!?」
混乱が止まらない彼は、急に扉が開いたのでビビり全開で大声をあげる。
そんなウェイブの様子にクスリと笑うと、扉を開けた少女は部屋へと彼を案内する。
「帝国海軍のウェイブさんですね。中へどうぞ」
「ア、ハイ」
ガチガチになりながらウェイブは椅子に座る。
マスクの男性の、対角線上に。
「…………」
「…………」
(やべーよがん見してるんだけど!? 怖いよ母ちゃん!)
黙ったままこちらを見てくるマスクにウェイブはもう半泣きである。
そんな二人を見るに見かねて、アリィが助け舟を出す。
「ウェイブさん。こちら焼却部隊から来たボルスさんです。人見知りな方ですが、とても紳士的で優しい方ですよ」
「ウソォ!?」
思わず声に出してしまい、さすがに失礼だと頭を下げる。
「す、すいません」
「ごめんね、私恥ずかしがりで。同じ仲間同士、一緒にがんばりましょう。アリィさんに紹介してもらったけれども、焼却部隊から来た、ボルスです」
見た目と全然違う……
ギャップの差に驚きつつも、どうにか挨拶をかわせてほっとするウェイブ。
(でもあの光景はなんだったんだろう……)
ウェイブの顔に出ていたのだろう。
「さっきは驚かせてすみません。二人しかいなかったので話をしていたのですが、ボルスさんが感極まって泣いてしまって。私も驚きました」
「ううん、目が覚めるような思いだったよ。気づかせてくれてありがとう、アリィさん」
「いえいえ。さて、私からも自己紹介させてもらいますね。私はお二人と違いメンバーではありませんが、皆さんのお世話をさせていただきます。皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスと申します」
(本当に侍女なのかよ!?)
ウェイブが驚きつつも、先ほどの光景に納得できてほっとしているところに次のメンバーが入ってくる。
腰に刀を差し、学生服を着た黒髪の少女だった。
アリィを見てぱぁぁと顔をほころばせた彼女は椅子に座るとお菓子を出し、ニコニコとアリィのほうを見ながらお菓子を食べる。
(またへんな子が来た)
ウェイブがじーっと視線を送っていることに気づくと、少女――クロメはさっとお菓子いれを腕の中に隠す。
「このお菓子はあげない! でもアリィさんには別のお菓子をわけてあげるね」
(やっぱり変な子だった!? てかアリィさんとの差がヒデェ!?)
そして、彼女の後もぞろぞろとメンバーが集まってくる。
「帝都警備隊、セリュー・ユビキタス&コロです!」
「キュ!」
「あぁっ、アリィさん! 同じ部隊に所属できるなんて光栄です! 共に正義を貫きましょう!!」
「いえいえ、私はあくまで皆さんのお世話やバックアップだけですので」
(アリィさん慕われすぎだろ!)
続いてセリューが撒いたバラの花びらの上を歩いて入ってくる男。
「初対面には気を使う……これがスタイリッシュな男の嗜み。あらアリィちゃん、久しぶりね。前々からお願いしているとおり、貴方の帝具を研究させてほしいのだけどやっぱり駄目なのかしら?」
「お断りいたします」
「やぁだ。相変わらずつれないのね……残念だわ、本当に」
(また濃いのがきた……てかアリィさん侍女じゃねぇの!? 帝具持ってんのかよ!?)
「ランです。よろしくお願いします」
(やっと普通の人が……)
「はじめまして、ランさん。例のピエロ、見つかりましたか?」
「……!!」
「安心してください、だからどうだというわけでもございません。情報が入ったら貴方に伝えます、とそう伝えたいだけでして。だからそんな殺気を出さないでください、死にたいですか?」
「も、申し訳ありません。……情報の件、何とぞよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
(怖ぇよどっちも!)
ウェイブはメンバーが集まった時点で、すでに心労がたまっていた。
なお、仮面をつけた女性……彼らの上司たる女性、エスデスが入ってきたときだが。
「あれ、アリィさんいねぇ!?」
「アリィさんならエスデス将軍が私たちと戦っている間に出て行ったよ」
「チッ、いないと思ったら逃げたか……! やはりアイツから攻撃すればよかった」
アリィはエスデスが部屋に近づいてきた時点で身を潜め、その後戦闘に紛れ早々に脱出していた。
イェーガーズ結成。
今回は主に伏線回です。これは! というものがあれば感想で聞いていただいても結構ですが、大部分はぼかすのでご了承を。
追記
朽木_様にイラストを頂きました、本当にありがとうございます!
イメージが崩れるから見たくない!ということがなければどうぞ
個人的には10話の最後のセリフがまさにこんな感じじゃないかと思っています
https://img.syosetu.org/img/user/38465/21308.jpg
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて