侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
夜の森を歩く人影がある。
それも一つ二つではない、大勢の影。
先頭を歩いているのは4人。
「……ビンゴ。ナイトレイドのアジトみーっけ」
その中心人物こそDr.スタイリッシュ。
彼とともに歩いていた3人はそれぞれ目・耳・鼻と呼ばれており、呼び名のとおりスタイリッシュの手術によってそれぞれの器官が強化されている。
彼らは逃げ出したタツミを追ってここまで来たのだ。
わずかに残された匂いなどの手がかりをたどって。
手駒の一人であるトローマが先行してナイトレイドのアジトに急襲をかけにいった。
その成功を耳から聞いたスタイリッシュは大きく頷くと号令をかける。
彼が連れてきたのは3人だけではない。ナイトレイドを捕らえて実験材料にするため、多数の強化兵たちを連れてきていたのだ。
「チーム・スタイリッシュ! 熱く激しく攻撃開始よッ!!」
そして――
「スタイリッシュと連絡がつかない」
会議室に集められたイェーガーズ。その中にスタイリッシュの姿はなかった。
エスデスの発言を受け、ランが報告を始める。
「私やアリィさんで彼の研究室を調べました。強化兵が全員姿を消していましたが、研究資料や研究道具などはすべて残されており、何かを持ち去った形跡はありませんでした」
「彼の部屋に残された資料などを現在調べている途中ですがめぼしい情報は出てきていません。しかし、研究第一であった彼が資料を放置して逃亡したということは考えにくいです。強化兵がいなくなっていることを踏まえると、おそらく彼はどこかへ襲撃に向かい……」
「返り討ちにあった、と見るべきだろうな」
アリィの言葉をエスデスが引き継ぐ。
スタイリッシュの研究意識の高さは全員が知るところである。そんな彼が独自戦力を持っているということもあり、今回単独行動をとってしまったのだろう。
そしてわざわざイェーガーズに黙って襲撃に向かった先、彼や彼の強化兵を返り討ちにできる戦力となると自然と絞られてくる。
「おそらくナイトレイドにやられた……といったところか」
「ナイトレイド……またしてもっ……!!」
セリューが鬼のような形相になり、歯を食いしばって手を握る。
彼女は父を賊によって殺され、尊敬していた上司・オーガをナイトレイドに殺されていた。
そして今回、義手や武器を提供してくれた恩人をナイトレイドに奪われたのである。
正義を志す彼女にとって、大事な人が悪に奪われるというのは何よりもつらかった。
「今後、スタイリッシュは死亡したものとして動く。奴の帝具もおそらく革命軍に渡ってしまっただろう……。全員、気を引き締めろ。では解散」
イェーガーズの会議室から出たアリィ。今日は侍女の仕事はなく屋敷での仕事が主である。
そのため会議の後はそのまま宮殿からサンディス邸へと戻る。
今回は久々に馬車を使った。調査のためスタイリッシュの部屋から持ち出した資料の一部を持ち帰る必要があったからだ。さすがに手で持って帰るのは非力なアリィにはつらい。
屋敷に戻ると、アリィは一人書斎に入る。
いまや完全にアリィ専用の仕事部屋となったその部屋に、ランプの明かりがゆらゆらと揺れる。
書類を置いてもらうと、使用人たちを下がらせ一人部屋に残る。
高級な革が使用された椅子に腰掛けると、まずは大きく息を吐く。
そのまま机にひじを突き、両手を顔の前でゆっくりと組む。
「おおむね、想定どおりです」
今回の結末は、彼女の計画の範囲内。
そう。
「できればナイトレイドの方にも多数被害が出ていてほしいですが……楽観はしないでおきましょう」
アリィの計画。
それは、スタイリッシュとナイトレイドの衝突であった。
彼女が一番脅威と考えていたのは誰か?
ナイトレイド? いいや違う。
確かに脅威ではあったがイルサネリアで撃退することができた。相手もこちらを多少なりとも警戒している。あの金髪の女性が生き延びたかはわからないが、彼女の腕がねじ切られたという事実は大きい。
確かに大きな脅威ではある、が、一番ではない。
ではエスデス? それも違う。
彼女は確かにアリィを嫌っているが、直接的な行動には出てきていない。
迷惑はかけられ、互いに嫌いあっているが今はその程度だ。アリィを襲った三獣士はすでに死んだ。
では誰が。
彼女が最も脅威と判断していた人間――それは、Dr.スタイリッシュ。
今の彼女にとって、一番の命綱は何か?
言うまでもなくそれは彼女の帝具……死相伝染イルサネリア。
現にナイトレイドをはじめ多くの敵から彼女を救っている。
そしてスタイリッシュは……この帝具を研究したがっていた。
これがどういう意味をもつのか?
まず首輪をはずさなければならなくなったら? これはほんの序の口。
もしも、もしも――――
イルサネリアは細菌を感染させることで能力を発揮させるものだ。
万が一研究においてこの細菌へのワクチンを開発されてしまったら?
大臣すらアリィに手を出さないのは、イルサネリアの効果を恐れてのことだ。誰も対処できないからこそ、アリィは帝具を奪われる心配もしなくていい。
しかし、もしこれの対抗策が開発でもされようものなら、アリィは一転してこのアドバンテージを失うことになる。
そんなもの作れるはずはないとどうして言い切れる?
相手は帝国トップクラスの技術者。すでにその能力については誰もが認めるところである。
おまけに、スタイリッシュは研究材料を手に入れるためなら時には強硬手段をとることもアリィは知っていた。
現に今回のナイトレイド襲撃だってその一端ではないか。
彼はことあるごとにイルサネリアの研究をさせてくれと口にしていた。あきらめさせることは困難だったしいつ強硬手段に出るかわからなかった。
だからアリィは彼を排除しなくてはならなかった。どんな手段を使ってでも。
アリィが直接イルサネリアで殺すわけにはいかない。
イルサネリアによる死は死因こそまちまちだが事故死に見せかけることも他人に罪をなすりつけることも困難だ。
彼女が直接殺せないなら、誰かに殺させるのが一番。
生半可な戦力では無理。
そう考えていたところに現れたのが……タツミだった。
彼がナイトレイドだというのはインクルシオの鍵から気づくことができた。
さらに驚くべきことに、エスデスが彼を無理やり宮殿に連れ込むという暴挙に出た。
情報を得たタツミはなんとしてでも逃げ出してナイトレイドのアジトに向かうはず。
そこにスタイリッシュを襲撃させることを思いついた。
彼にどうやってタツミへの疑念を植えつけるか。ここは計画の中でも難所の一つとアリィは考えていたが……
偶然話してみればすでにタツミを疑っているではないか。
だからあとは、彼の疑念に同意し、さらにタツミが逃げ出したら彼の後を追うように促すだけでよかった。
彼女がタツミを見逃した理由もここにある。
まず大前提として、彼が逃げ出すことが必要だった。彼の正体をばらしては彼が逃げることはまず不可能になっていた可能性が高い。
さらにもうひとつ正体を隠した理由がある。それは、イェーガーズ全体に情報が広がることを防ぐこと。彼を囮に逃がしたとしても、ナイトレイドのアジトへ向かうのがスタイリッシュだけではすまなくなるからだ。あのエスデスのことだ、必ず自分も戦場に出る。
だがそれでは困る。
あくまで、アリィが狙ったのはスタイリッシュ個人とナイトレイドの激突。
この戦いならば、まずどちらかがどちらかを倒すという結果に終わる。
ナイトレイドが勝てばまずスタイリッシュは死ぬ。スタイリッシュが生きて逃げられる可能性は低い。
スタイリッシュが勝ったとしても、ナイトレイドの戦力が大きく減る、場合によってはナイトレイド壊滅。これはこれで大きな脅威が減る。
スタイリッシュを死に追い詰める、かつスタイリッシュが勝ったとしてもナイトレイドの脅威を削ることができる。アリィにとってどっちに転んでも大きな効果が見込める計画。
これこそがアリィの立てた計画の全貌である。
「もっとも、タツミさんには別途処置をしましたが……」
イェーガーズの情報を黙る可能性、さらにはアリィの情報まで流れる可能性。
これを否定できなかった彼女だが、かといってタツミをナイトレイドの元へ逃がすことが計画だった。
なので彼女は、サヨたちの話を持ち出したのである。
秘密を漏らすという悪意では少々足りない。アリィに対する直接的な行為でもない。
だからアリィは、自らへの悪意を増幅させた。イルサネリアによる第3段階の効果が、より大きくなるように……。
「ではタツミ。イェーガーズの情報を聞かせてもらえるか」
「情報をもってるタツミを逃がしちゃうなんて甘いよねー向こうも。ま、タツミが革命軍とはまだ知られてなかったってのもあるだろうけどさ」
スタイリッシュの襲撃により、新たなアジトにおいてナイトレイドの面々は食事をしながら今後の対策を練っていた。
タツミがイェーガーズの元にいたと聞き、彼の情報は大きいと考えるナジェンダ。
新たに仲間としてナイトレイドに加わったチェルシーも明るい声で言う。
しかし……タツミの顔は暗い。
『あなたは二つに一つを選択することになりますね。イェーガーズや私について、沈黙を守るか。それとも、自分が死ぬことになったとしても情報を仲間に伝えるか』
情報を話したら自分がどうなるのか……考えるだけでも手が震えそうになる。
だが。
だが、シェーレも、ブラートも……仲間のため、民のために命をかけたのだ。
自分がそれを恐れてどうするというんだ。
同時に、思い出すのはアリィへの憎しみ。
どうしても、彼女がイエヤスとサヨを死に導いたという事実が頭から消えない。たとえ彼女が直接手を下したわけではないのだとしても。
彼女を革命軍に誘ったのは、この憎しみを仲間だから恨むなとごまかしたかったのかもしれない。だがそんな可能性も消えた。彼女とは決して分かり合えない。そう、悟ったから。
意を決して、タツミは口を開く。
「あいつらの、帝具は――」
「「タツミ!!?」」
突然大声を上げ、両隣にいたアカメとレオーネがタツミの手をつかむ。
二人はともに、驚愕と恐れを顔に浮かべていた。
「な、なんだよ……?」
「アンタ、まさか……気づいてないの……?」
マインですら声が震えている。
見渡してみると、彼女だけでなくラバックやスサノオ、ナジェンダ、チェルシー……その場にいた全員が顔を真っ青にしていた。
彼らはみな自分の……正確には顔の下、ちょうど手のほうを見ている。
タツミは視線をおろして、そして見た。
「……え」
食事のため手にしていたナイフを強く握り締め、まっすぐ喉元にむけている、自分の手を。
その手はアカメとレオーネが抑えたからこそ、震えてとどまっているだけ。
もし、彼女たちが抑えていなかったら?
(喋ることすら、許さないっていうのかよ……!)
きっとこのナイフは、秘密を漏らす前に自分の喉を貫いていただろう。
『そんなこと聞いて、俺が黙ってられるかよ……!』
『いいえ、あなたは黙ります。確実にね』
どこかでアリィが笑みを浮かべた、そんな気がした。
出したい情報をすべて出せなかった……
なので続きはこの次に。少々長くなったので。
ですがアリィの計画はだいたいわかってもらえたかと。
彼女が今回企んでいたのはスタイリッシュ>ナイトレイドの排除です。
今なら13話のアリィとスタイリッシュの会話をはじめ、暗躍編を読み直すと、また違って見えるかもしれませんね
原作通りなら何をしなくてもこうなったじゃないかって?
いやいやまさか。
アリィは原作なんて知らないのですから。
彼女の介入は小さなひずみを確かに作りました。
また、彼女が介入しなければならなかった理由が次の話で、もう少しわかってもらえるかと。
ヒントはそう、今回の話の中に。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて