侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
「今日の標的はサンディス家だ。当主とその妻、それに一人娘。全員が標的だ」
アリィが父の死体を見つける頃より半日前。
時刻は昼、ナイトレイドのアジトにて。
革命軍の裏の執行部隊である彼らは、夜に行う襲撃について最終的な打ち合わせをしていた。
全員が集まる中、ボスであるナジェンダは用意させた似顔絵を机の上に置いて確認を進める。
「レオーネ、調査は済ませているな?」
「ああ。市民をさらって拷問を繰り返す外道の家族だ。この目この耳で確認した。有罪だ」
金髪の女性、レオーネがその端正な顔を歪ませ、吐き捨てるように調査結果を報告する。彼女の言葉に、その場にいる全員から僅かににじみ出る殺気。
平和な国を願う彼らにとって、サンディス家の行いは許しがたい所業だ。
「聞いての通りだ。新しい国に、民を虐げる外道はいらん。民の平和のためにも、これ以上犠牲を出せるわけにはいかない。悪逆非道のクズ共を、狩れ!!」
「「「「了解!!」」」」
それぞれが思いを胸に、ボスの指示へ返事を返す。
民が幸せに生きる国を作るために、人々を苦しめる一家を殺す。
やっていることをどう言いつくろおうとまぎれもなく殺し。そこに仁義はあれど正義はない。
しかし、彼らが後悔するかといえばそれは否である。そんなやわな覚悟だけしか持たない者など、ここにはいないのだから。
一方、アリィはそのころ、かねてより気になっていたことを父に尋ねていた。
「お父様、お聞きしたいことがあるのですが」
「ん? どうしたアリィ」
この日ゴーザンは自宅の書斎にて書類仕事をしていた。わざわざ平民同様外に出なくても己の仕事ができるというのが、ゴーザンのひそかな自慢であったりもする。書類を外に運んだり逆に持ってくるのはすべて部下にさせていた。
書類から目をあげたゴーザンに対し、机を隔てアリィは質問を始めた。
「かねてよりのお楽しみで、最近お父様は特殊な首輪をよく使っておられるようですが……あれはいったい何なのでしょうか?」
「おお、おお、アリィや。気になるかね。ならば教えてあげようとも」
思いがけぬ娘の質問に、ゴーザンは頬を緩めて完全に書類から手を離した。
正直なところ、自分と妻の楽しみに対し、アリィはそこまで楽しそうでもなかったので興味がないのだろうかと不安になっていたところだったのだ。そこへアリィが、自分の最近のお気に入りに興味を示した。
これを父として喜ばずにはいられない。
あわよくばもっと楽しみを見出してくれれば、とすら思っていた。その心中に、拷問にあう平民への哀れみはかけらもない。
「あれはかつて、始皇帝陛下より我が先祖が預けられたものだというのは知っているな」
「はい、お父様」
「あの首輪はこの世に一つしかない……唯一のものだ。とある危険種から作られている」
思った以上に貴重なものらしい。
アリィは首輪の価値にたいそう驚いていた。しかし一方で、あの首輪から感じる何かへの疑問がより深まっていた。
あの首輪は、褒美に出されるようなものではない。負の感情のような何かが、あの首輪にはつまっている。
アリィはそれが気になって気になって仕方ないのだ。
「しかし、いくら危険種の素材でできたものとはいえ、どうして首輪をはめるとあのように」
「うむ。そもそもなぜこの首輪が作られたのかという話にもなるのだが……」
立ち上がったゴーザンは本棚に近寄ると、古びた本を一冊抜き出した。
あれは確か首輪の調査について記されていると聞いた本だ。読もうと思ってはいたがゴーザンから説明を受けたほうが早いと思っていたのだ。
ゴーザンは再び椅子に座ると机の上の書類を脇にどけ、本を開いて置いた。
そのページには首輪だけでなく、いくつかの道具の絵が描かれている。
「これは……」
「アリィよ」
ゴーザンはニヤリと笑うと、大前提ともなる話を始めた。
「帝具、というものを知っているか?」
「時間だ」
夜。帝都が静まり返った闇の中でナイトレイドの面々が集まっていた。
彼らの視線の先には大きな屋敷――サンディス邸がある。
この大きな屋敷の中で、何人の罪なき民が殺されていったのだろう。その悲劇を終わらせるためにも、彼らは意識を研ぎ澄ませていた。
「アカメちゃん、結界の準備はオーケー。いつでもいいぜ」
糸の帝具、クローステイルを操るラバックが報告を行う。彼は糸を使った結界をはることで外からの侵入者などに対処する役割を担っている。騒ぎを聞きつけて警備隊が来る可能性もあるからだ。
「わかった。よし、行こう」
「よーーっし! 疼いてたまらないんだよね」
アカメの指示に、帝具ライオネルで獣化したレオーネは指を鳴らしながらサンディス邸に侵入する。彼女を追うように複数の影が屋敷の中へと入っていった。
「嫌な感じがします」
ベッドの上でアリィは目を開ける。
さっきまでぐっすり眠っていたのに、急に目が覚めた。頭の中で警報がなっているかのような悪寒と共に。
これも
「…………」
無言で寝床を出たアリィは、護身用に普段持っている短剣をいつも通り腰に携える。
そしてゆっくりと部屋を出た。
部屋を出た後は、周りの様子をうかがうと、すぐに駆け足になる。アリィは意識していなかったが、このとき、窓からは離れて走っていた。外から攻撃される危険を無意識のうちに考慮に入れていたのである。
そして、彼女の逃走は結果的に大正解であった。
彼女が部屋から離れて数分後。寝室に招かれざる客人がやってきた。
「……ここは寝室、であってるはずなんですけど。いませんねー」
メガネをかけた女性、シェーレは首をかしげた。
襲撃に気付いた? そのわりにはベッドに慌てた逃げた痕跡はない。
ただ、ふと起き上がって部屋を出ただけ。そう考えたほうが自然だ。
たまたま部屋を出たのなら戻ってくると考えられる。もっとも、他にも侵入した仲間がいるので彼女たちと遭遇したらそこで終わりだと思うが……。
「私はここで待ってましょうか」
時計があることを確認し、予定帰投時間までは潜伏することを選ぶ。
ふかふかのベッドに飛び込みたい気持ちはあったが、今は任務中。
名残惜しい気持ちを押し殺して彼女は部屋の陰に潜んだ。
もっとも、部屋の主がこの夜にもどってくることはついぞなかったのだが。
「ぐ、おお……離せぇ……」
家の主、ゴーザンは死の淵にいた。
突如部屋に飛び込んできた賊に襲われ、逃げようとするもすぐに首をつかまれたのである。
「どうせ下賤な平民だろう! そんな手で私に触れるな、今すぐ離せ!」
「はぁ。平民を傷つけるクズだとは思ってたけど、アンタ選民思想だったわけだ」
ナイトレイドの一人、レオーネはため息をつく。
彼女はスラムの出身。ゴーザンの言う通り平民ではある。しかし、下賤だと言われる筋合いはない。
ましてや、生まれが平民であるからといって、傷つけられていいわけがない。
「アンタが市民をさらって拷問まがいのことをしたのはもう調べがついてるんだ。このまま地獄に落としてやるよ」
「我々高貴なものが、平民をどうしようと我々のじゆげぼがはっ」
叫び続けるゴーザンに、ついにレオーネはキレた。
こんな身勝手なやつは新しい国にはいらない。民の平和のため生かしてはおけない。
殴り飛ばして地面を転がるゴーザンはここでようやく自分の立場に気が付いた。
下賤などと見下している場合ではない。相手は自分を殺しに来ている。
そのことに、ようやく思い至ったのだ。
「待て、へいみ」
「待たないよ。地獄で後悔しな」
グシャッ!
顔面が陥没するまでに、レオーネはゴーザンを殴りつけた。
彼女の帝具は百獣王化ライオネル。獣の力を得ることができる帝具。
その腕力で身分に驕って抵抗できない者をいたぶるだけだった男を殴り殺すことなど、造作もなかった。
「あーばっちぃばっちぃ。さて、私のノルマは達成と」
他の面々は仕事を終えただろうか?
そう考えたところで、彼女の強化された聴力が近づいてくる足音をとらえた。
仲間ではない。しかもそろりそろりと警戒したような歩き方。
(護衛が来たか? 逃げてもいいけど護衛も標的に入っている。一度隠れて奇襲するか)
部屋の陰に潜むレオーネ。
入ってきた顔を確認すると、そこには一人の少女がいた。
事前に調べてある。名前はアリィ。今さっき自分が殺した男の娘だ。
(確かシェーレの担当だったはずだけど……逃げられたのか?)
逃げてきたのかはわからないが、入ってきた少女は父親の死体に気づき、呆然とした様子だった。
「あぁ、こんなふうには死にたくない」
少女のつぶやきが聞こえた。小さい声だったが彼女の聴力ならとらえることは造作もなかったのである。
(死にたくない、ねぇ。あんたが殺した他の人々だってそう思ったろうよ)
だから殺す。
彼女の死角から勢いよくレオーネは飛び出した。
「だから」
獣化した彼女は速度もあがっている。だからこそ、ただの貴族の娘が対応できるわけがないとレオーネは思っていた。現に、アリィについて特別な戦闘力があるという報告はなかった。
そのまま首をつかもうと伸ばしたレオーネの左手は
「
「……は?」
戦闘力はないはずなのに。
本来対応できないはずの速度で奇襲をしかけたレオーネを、彼女の濁った目が見つめていた。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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アリィとチェルシー、喫茶店にて