侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第26話 鬼が出てきて死にたくない

隠密部隊。

暗殺部隊と並立する形でアリィに組織された部隊である。

メンバーは主に暗殺部隊としての活動ができなくなったもの、困難になったものを中心としている。

無論、ほかにも軍隊などから引き抜かれた者もいるが。

 

任務は主に密偵活動。

暗殺部隊と協力して標的の周辺情報を集めたり、帝国のための諜報活動を行っている。

今、ラバックに助けられアリィのもとに来た少女、メイリーもその一人。

元・暗殺部隊であったが暗殺の適性が低く、また薬の効果が切れやすい体質であったため発作も多いからと隠密部隊に異動した人員だ。

 

ボリックの屋敷から移動し、この部屋にいたアリィは隠密部隊の少女を出迎えると声をかけた。

その脇にはクロメ。彼女が護衛としているからこそ、アリィは引きこもっていた部屋から出て今いる部屋まで移動することができたのである。

 

「どうやら、うまく使えているようですね。時間がそう経ってもいないのに素晴らしいことです」

「ありがとうございます! アリィさんが先日敵から奪ったこの帝具、授けていただいた以上それに見合う働きをお見せしたくて!」

「それは何より。ですが、少し問題もあったようですね」

「えっ」

 

同時に、壁が崩壊して人影が部屋へと飛び込んできた。

 

彼女はメズ。羅刹四鬼の一人であり、先ほどまでラバックと戦闘していた人物だ。

メイリーが逃げ出したあと、シュテンに囁かれたのは「二手に分かれて始末する」というもの。

つまり、シュテンがラバックを、そしてメズが密偵の少女……つまりはメイリーを追いかけていたのだ。

 

メイリーを追いかけていた彼女は、メイリーが建物の中へ入っていったのを見てこれはアジトを見つけたのでは? と一旦様子を伺うことにした。

中では先ほどの少女が報告を行っている。

 

(おっと、あれイェーガーズの子じゃない? まさかそんなところにも裏切り者がいたなんてね)

 

そう、彼女は根本的に思い違いをしていた。

密偵の少女が逃げ込んだここは、革命軍の人間、あるいは帝国に対する反乱分子が集まっていると思っていたのだ。

おまけにどうやら帝具を入手した上で自分たちで使っているようだ。

帝国においては、基本帝具は大臣、またはイェーガーズの隊長であるエスデスが管理をしている。その彼らの話が出てこなかった以上余計に怪しいと見えた。

 

(しっかし、これはアタリを引いちゃったね……上官らしき女の子、ずっとこっちを気にしている)

 

アリィ、と呼ばれた少女が時折こちらに視線を向けているのがわかる。おそらく相当な実力者かも知れない、とメズは考えた。なにせ修行を積んだ自分が気配を消してなおこちらに気づいていたのだから。

向こうにはイェーガーズであるクロメもいる以上、下手に様子見を続けて攻撃されては危険だと考えた。

そしてとどめに、先ほどのアリィの「問題」という言葉。やはりバレていたのだ。

だとすると、メズが出した結論は単純明快。

 

(――先手必勝!)

 

壁を壊すと、一番自分を警戒している人物……アリィへと狙いを定めた。

理由は自分に気がついていたこと、そしてこの場で一番上の立場であると考えたからだ。

クロメがこちらに気づいて彼女を守ろうとしては殺すのは困難になる。

 

だから、先に仕留めようと彼女は爪をアリィへと向けて伸ばそうとしたのだ。

彼女たち羅刹四鬼は皇拳寺の裏山に生息する危険種・レイククラーケンの煮汁を食べて育ち、また壮絶な修行によって肉体操作を自由に行うことができる。

爪を鋭くして伸ばすのもまた、肉体操作の一部であり――

 

 

その爪は、メズの首(・・・・)を貫いた。

 

 

「……え?」

 

何が起こったかわからずそのまま部屋に倒れこむメズ。

クロメが驚いた顔をする中、アリィはゆっくりと彼女に近づいた。

 

「先程からずっと危険を感じていたので警戒していましたが。襲いかかってこなければ良かったものを」

 

アリィが彼女に気づいていたのはイルサネリアの危機察知によるもの。

そしてアリィはずっとこの部屋にいたのだ、当然部屋だけでなく周囲や外にもイルサネリアの瘴気が蔓延している。しばらく様子を伺っていたメズが感染するのも当然だった。

 

そして今。アリィに襲いかかろうとした彼女は、イルサネリアの能力により自らその首を貫いたのだ。

 

「アリィさん、この人、羅刹四鬼の……」

「なるほど。大臣直属の護衛部隊でしたか? 帝都にいると思っていましたがここにいたのですね。メイリーを追いかけてきたのですから、私たちが革命軍だと勘違いしたのですかね?」

 

壮絶な修行をくぐり抜け、肉体操作が可能なメズは今かろうじて生きていた。

首を貫かれても死なないのは鍛えた肉体と肉体操作の技術両方が揃ってこそである。

どうやら自分はなにか勘違いをしていたらしいとようやく気づいた彼女は――

 

アリィが振り下ろしたナイフによって、完全に絶命した。

 

「あ、アリィさん!? どうして」

 

これを見て驚いたのはクロメだ。

メズは勘違いしていたようだが、クロメたちは正真正銘帝国側だ。

にも関わらず、彼女は同じく帝国側のメズを殺したのだ。

 

「どうして、も何も」

 

顔を上げたアリィの目を見て、クロメは心の中でしまった、と悔やむ。

その目は彼女が、セリューを殺した時と同じ。

自分は一切間違ってないと信じている狂人の目。

 

「私に襲いかかってきたのですから。死んで当然でしょう?」

 

さらに言えば、悪化している。

アリィは襲われたが、死が目前まで迫ったわけではない。だからこそ奥の手も裏技も発動はしていない。

にも関わらず、彼女は平気で味方とわかっていながら殺したのだ。自分の手で。

理由は一つ、自分の命が危険にさらされるかもしれなかったから。

 

「さて、報告の続きを聞きましょう」

 

返り血を浴びたまま、笑顔で告げるアリィを見て……

彼女は自分が守らなければならない。クロメはそう、強く感じた。

 

「ではメイリー。そろそろ元の姿に戻ってください」

「……あ、はい! かしこまりました!」

 

メイリーが腕をはらうと、その姿はそばかすのある短髪の少女から、勝ち気そうな表情の茶髪の少女に変わる。

 

これを為したのはアリィがチェルシーを殺した際に奪った帝具・ガイアファンデーション。

変身を自由自在に行うこの帝具を使えると考えたアリィが回収、その後キョロクに移動した際にクロメに頼んで先に潜伏していたメイリーに引き渡したのだ。

適合しなければそのまま隠密部隊の本部に運んでもらう予定であったが、適合したためそのままメイリーが使うこととなった。

 

「ちなみに、今化けていた女性はやはり?」

「はい、例の密偵です。確か名前はバイスでしたね。潜入中の他の隠密部隊から情報は得ていたので、入れ替わりはさほど難しくはありませんでした」

 

それを聞いてアリィは満足そうに頷く。

隠密部隊から数人、革命軍へスパイを入れていたがやはり新顔では扱える情報にも限界があり、また革命軍も決起を前に新たな人員を入れるにあたっては相当気を使っていた。

裏切りと見せかけてスパイを入れるのにも限界を感じていたアリィは、ガイアファンデーションが有効であればキョロクに入っていた革命軍の密偵部隊と入れ替わるよう指示を出していたのだ。

 

どこに潜伏している、とかどのような人間か、といった情報はほかのメンバーからすでに得ている。

そして元・暗殺部隊であるメイリーにとって、内から手引きされたというのもあり他の人物になりすましておびきだし、バイスを暗殺、入れ替わるのは一日もかからない容易いものだった。

既に本物のバイスは死体となってキョロクの郊外に埋められている。

 

「そして革命軍ですが、別チームが抜け道について調査していました。どうやらボリックの屋敷や大神殿には抜け道があるそうで」

「なるほど。脱出用でしょうが……」

 

他にもメイリーが目撃したナイトレイドの糸の帝具。

及び、その使用者の顔。

クロメはすぐにエスデスに報告しようと提案したが、ここでアリィは待ったをかけた。

 

「え……どうしてですか?」

「正直、今回はクロメさんにとっては不本意だとは思いますが……メイリー。ガイアファンデーションを使っていくつかしてほしいことがあります。単独行動は可能ですか?」

「はい。バイスの恋人だったトリネも、入れ替わりが気づかれないよう暗殺済みですので」

 

ならば、とアリィが指示したのは潜入。

しかし、その行動、その結果を理解した二人は……驚きを隠せなかった。

 

「アリィさん!? どうして!」

「先ほどエスデス将軍への報告を止めたことも同じ理由ですが……今回の護衛任務、イェーガーズの皆さんには失敗(・・)していただきます。革命軍の決起の先駆けとはなるでしょうが、タイミングが測りやすいぶん焦って消す意味はありません。どのみち革命が起こるのなら不意を打たれないほうがマシです」

 

それに、とアリィは呟く。

もちろん、アリィの真の狙いは別にある。

今回の任務は失敗で終わらなくてはならない。欲を言うなら、イェーガーズからセリューとは別に死亡者が出ればさらにベスト。

もちろんクロメの手前、口には出さない。

 

その理由は――

 

 

 

 

 

 

 

(エスデス。あなたには、失態を持って帰ってもらいます……!)

 

全ては自分のため。

どうせ起こる革命ならば、起こしていいから目先の問題を解決する。

そのために、エスデスには汚点が必要なのだ。

 

教団の設立祭まで残りわずか。

ナイトレイドがボリック暗殺に動く日が、近づいていた。




今回はかなり、かなり難産でした。
何度も消しては書き、また消して書き……
1評価が急に増えたのもあるのですが。せめて理由は書いて欲しいものです。

さて、次回より教団の攻防。
アリィが望むは、護衛任務の失敗。
帝国側にとっての痛手ですら、今のアリィは良しとする。

だって、エスデスが任務に成功しては困るのですから。

エスデスがアリィを連れてこなければ、きっとアリィが彼女の邪魔をしようと思うことはなかったというのに。


P.S
革命軍の密偵バイスちゃんは恋人のトリネ共々お休みです。永遠に。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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