侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第28話 希望を託され死にたくない

彼が初めてイェーガーズの一員として招集された日。

一人会議室で椅子に座ったまま、予定よりもはるかに早く来てしまったことへの後悔と、これから来るであろう新たな同僚とうまくやっていけるだろうかと不安で早くも落ち込んでいたときに、彼女はやってきた。

 

「失礼します」

 

侍女服を着た少女が、そこにいた――

 

 

 

 

 

パンプキンから放たれるエネルギー弾とルビカンテの炎が激突する。

1対1であるが、負傷しているぶんピンチの度合いは上昇している。

それはすなわち、パンプキンの火力の増強にもつながる。

 

「ぬぅっ……」

 

激突の結果、爆発が起きボルスは唸り声をあげて後退する。

しかし、正直不利なのは彼の方である。

マインの帝具、パンプキンは銃の帝具。本領発揮するのは遠距離戦なのだ。

対してボルスのルビカンテは火炎放射器の帝具。どうしても射程は銃には劣る。

 

つまり……

 

(距離が開いたら……攻めきれない!)

 

互いが後退したことにより、距離が生まれる。

そのチャンスを逃がすマインではない。リスクの減少に従って先ほどよりも火力は減るが、これでもかとパンプキンの銃撃をまき散らす。

だが腕を負傷していることもあり、連射するも正確にボルスを狙うことができず後ろの方へと飛んでいく。

 

「うまく狙えてないのは、たぶん傷のせい……でも、だからといって私は手を抜く気はないよ」

「これでいい……アタシはできることをやるだけ!」

 

パンプキンの銃撃をよけながら、ボルスはルビカンテを構える。

届かないなら、届くようにすればいい……それだけの話なのだから。

背中に背負ったタンクのファンが回り、ルビカンテが炎を吹き出す用意が整う。

 

「すぐに使いたくはなかったけど……仕方ない。岩漿錬成(マグマドライブ)!」

「まさか……遠距離攻撃!?」

 

ボルスはこのままでは不利な遠距離戦を強いられるだけと考え、早々に勝負を仕掛ける。

ルビカンテの奥の手である岩漿錬成。これは球状に固めた炎を長距離まで飛ばす技である。

これまでの届かない攻撃とは違う遠距離攻撃にマインは慌てて回避しようとする。

なにせルビカンテの炎は水をかけても消すことはできないと文献で読んでいる。つまり、アカメほどではないが一撃必殺の炎なのだ。消すことができない炎が体を燃やそうものなら、待っているのは焼死だけなのだから。

 

「こ、のぉっ!!」

 

通常よりも精神エネルギーを込め、パンプキンの砲撃で岩漿錬成を迎撃する。

先ほど以上の爆発が起こり、煙と爆炎から顔を覆うが……

彼女は見誤っていた。先ほどの攻撃が、止められることを前提に放たれたものだということに気付いていなかった。

 

「オオオオオオオオ!!」

「嘘でしょ!? 爆炎の中を突っ切ってきたの!?」

 

炎の中から、ボルスがマインにとびかかってくる。

彼は焼却部隊にいた際、火耐性を上げる儀式を受けていた。そのため、爆炎の中を突っ切るという荒業を成し遂げることができたのである。

ルビカンテを背負っているにもかかわらずマインに接近できるのは、彼の筋力が高いからである。鍛えられたその体は伊達ではないのだ。

 

隙を与えず、マインに殴打を浴びせる。

拳法を習っているわけではないので筋力頼りの力押しだが、それでも効果は大きい。

血を吐いたマインはとっさに引き金を引く。狙いを定めたわけではなかったが、接近していたということもありその銃撃はボルスの脇腹を貫いた。

 

「グフッ!?」

「や……がはっ!?」

 

やった、と思うもつかの間、あごの下にアッパーを入れられマインは一瞬意識が飛んだ。

撃たれてもなお、闘志を燃やすボルスがマインを殴り飛ばしたのだ。

荒い息を吐きながらもなおも攻撃を繰り返すボルスに、マインは反撃することができない。

 

「ど、こに、そんな力が……」

 

ボルス自身だって驚いている。撃たれた傷は、とても痛む。このままだと命にかかわるかもしれない。

だが倒れはしない。こんなことで倒れるわけにはいかないと、本能が叫んでいる。

それはきっと、彼女と出会ったからなのだろう。

血を流しながらも、ボルスはマインにとどめを刺そうとルビカンテを構えなおした。

彼女と……アリィと初めて出会った時を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

アリィはボルスを見てもさほど驚いた表情をせず、そのまま一礼して部屋に入ってきた。

ボルスにとっては衝撃的だったのを覚えている。なにせマスク半裸姿。自分でも拷問官に間違えられても仕方ない服装だなとは思っていたし、事実何度も間違えられていた。

しかし、アリィはそのような様子を一切見せなかったのだ。

 

「ボルスさんですね? 初めまして。私は特殊部隊の皆さんのお世話をすることになりました、皇帝付き侍女のアリィ・エルアーデ・サンディスと申します。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」

 

その後、たわいのない話をした。あまり内容については覚えていないからそこまで大した話はしていなかったのだろう。印象に残ったのだって、むしろこの後だったのだから。

きっかけは忘れたが、彼女はこう口にした。

 

「そうですか……ボルスさんは、優しいのですね」

「……私は、優しくなんかないよ」

 

年下の少女に話してもよかったのかと今なら思うが、あの時はついぽろぽろと喋ってしまった。

かつて焼却部隊に所属していたこと。仕事とはいえ、誰かがやらなければならないこととはいえ、処刑や処分で数多くの人を生きたまま燃やしてきたこと。だからこそ、自分は知らないところでも数多くの恨みを買っているだろうということ。そして、それ故に報いを受けても仕方ないということ。

 

ボルスが話すことを、アリィは黙って聞いていた。

そして話が終盤になり、報いを受けても仕方ないと口にしたところで初めてアリィから口を開いたのである。

 

「ボルスさん。だから、死んでもいい、だなんて思っているのですか?」

「え?」

 

暗い話だったし、相手がどんな表情をしているか怖くてついうつむきがちになっていた頭がそこで初めて上げられた。顔を上げた前には、アリィが静かな、しかし納得のいかないような表情でこちらを見据えていた。

 

「いいですかボルスさん。話を聞いた限り、いくらあなたが人を手にかけようと、報いを受けても仕方ない? そんな馬鹿な話がありますか」

「だけど、私は……」

「少し、私の話をしましょうか」

 

アリィは立ち上がると、窓の近くへと歩いていき、そこから眺める風景をじっと眺めていた。

彼女の視線の先には、サンディス邸がある。あらゆる死を見つめることになった、アリィの始まりの場所。

 

「私は、死にたくない。だから、死なないためならおそらく誰であろうと手にかけるでしょう。そしてそれを悔やむことはないでしょう」

「そんな……」

「なぜなら。私は、私を守ることができるからです。ボルスさん、私のようにあれとは言いませんが……あなたは帝国を、民を、家族を守るためにその手を汚してきたのではないのですか?」

「……家族……。妻と、娘が、私には……」

 

自分にはもったいないほど美しい妻と、幼くかわいい娘。

そうだ、自分は――

 

「疫病が蔓延すれば民が死にます。敵を生かしては兵が死にます。そしてあなたが報いを受けて、死んだらどうなりますか? 誰が、あなたの家族を守るのですか?」

 

振り向いたアリィは、窓から差し込む日の光を背にして彼へと手を差し伸べた。

それはまるで、天使のようにも見えて。

ボルスは自分でも意識しないままに近づき、アリィへと手を伸ばしていた。

 

気が付けば、涙が止まらず。

伸ばされた彼女の手を握りながら、頭を下げていた。

 

自分がしてきたことは、確かに恨みを買うようなことだったかもしれない。

だけど、それは、一方で間違いなく人を守ることにつながっており……自分が家族を守る存在であると改めて気づくことができた。

今までやってきたことに意味はあったのだと、大事なことを思い出した気がした。

自分は、生きて守らなければならない人達がいるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「マイーーーーーーン!!」

「!?」

 

建物の壁を壊して……いや、それ以前から崩れ出していた建物からインクルシオを着たタツミが叫びながら飛び出してきたことによりボルスは意識を戻す。

とっさにルビカンテをタツミの方へむけて炎を放つ。しかし、炎を受けてなおその中からタツミはこちらへと向かってきた。

ブラートが装着していたころから戦火を潜り抜けてきたインクルシオは、すでに火への耐性を備えていたのである。

 

「マインは……やらせねええ!!」

 

タツミの渾身の一撃が、ボルスをとらえる。

すでにマインの一撃を受けて血を流しており、体力が残っていなかったボルスは耐えきることもできずに吹き飛ばされた。

そのまま壁にたたきつけられ、勢いのまま壊れた壁の欠片に埋もれ倒れ伏す。

体中から血を流して倒れたボルスを見ると、タツミはマインを抱きかかえて走り出す。

 

「タツミ……ちゃんと、役目は果たしたんでしょうね……?」

「ああ! 内部を破壊して建物を崩し、ついでに羅刹四鬼の一人も生き埋めにしてきたぜ! それでお前のピンチにも駆けつけてきてやったぞ? 完璧だろ?」

「そう、ね……」

 

タツミが走り去ってからしばらくした後……ガラリと、ガレキが崩れる音がした。

 

「……フーッ……フーッ……」

 

 

 

 

 

 

「くそ、ナイトレイドめ……建物ごと崩すとは」

 

エスデスは舌打ちをしていた。正面から突破するのかと思いきやまさか建物ごと破壊してくるとは。

マインがボルスへと銃を乱射していた際、彼自身は避けた、または外れたと思った攻撃は建物を着実に破壊していたのである。そしてそれこそが、マインの役目であった。

しかも、対処のためエスデスが一度部屋の外に出て指示を出していたのだが……戻ってみれば、ボリックの姿がない。

 

「ボリック! どこへ行ったボリック!」

「ボリックなら逃げだしたぞ、お前の忠告を聞かずにな」

 

呼ぶ声に返ってきたのは、護衛対象の声ではなく警戒すべき敵の声。

姿は見えないが、その声は間違えようがない。

かつて将として認めていた相手。にもかかわらず、帝国を去りナイトレイドを率いる相手。

 

「ナジェンダか……!」

「今頃私の仲間たちが、ボリックを殺している」

 

事実、建物が崩れ出したことに恐れをなしたボリックは抜け道から脱出しようとしていたのだ。

しかし、その抜け道にはすでに抜け道の存在を知っていたアカメが待ち構えていた。

大臣にも隠していた帝具使いの護衛、ホリマカは村雨によってすぐに殺され、逃げようとしたボリックもアカメが振るった一閃により首から血を吹き出し、死亡していた。

 

「相変わらず姑息な真似を……!」

「お前の強さは嫌というほどわかっている。だから正面からぶつかるような真似はしない。ただでさえ、道中でアリィに部下を二人も殺されたしな」

「ナジェンダァァァァァ!!」

 

怒りのままに氷を放つが、相手の姿は見当たらない。

気配も消えたところを見ると、このまま逃走してしまったようだ。

ボリックはおそらく殺され、対して自分はナイトレイドの首をとるどころか戦うことすらできなかった。

 

彼女はアリィによりセリューが殺された時から、すでに余裕や冷静さが一部失われていたのだ。

もし万全の状態であったら、建物が崩れかけようと決してボリックから離れようとはしなかっただろう。ナイトレイドの首をなんとしてもとってやろうと焦りがあったのだ。

 

「任務失敗か……護衛任務なぞ、二度とやらんぞ」

 

帽子を目深にかぶり、吐き捨てるようにエスデスは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……フーッ……フーッ……フーッ……」

 

ボルスは、息を荒げながら歩いていた。

ルビカンテは捨ててきた。タツミの一撃を受けた時思わず盾にしようとしたことで破損していたし、なにより今の自分にそれを背負う体力は残されていない。

だが、ルビカンテで防いだことにより即死を避けることはできたのだ。

 

(かえ……らなくちゃ……)

 

体中の血が止まらない。さらに、ガレキの一部が体に刺さり、マインから受けた傷とあわさって全身から力が抜けそうなのを必死で動かしていた。

意識も薄れつつある。自分がどこに行こうとしているのか、半分わかっていなかった。

途中で倒れつつも、崩れた壁に身をよりかからせて無理やり起き上がる。

 

(せめて……せめて……)

「……ボルスさん」

 

なおも歩き続けた末に探していた人物から声がかけられ、吐いた血で真っ赤な覆面の下で微笑む。

そこにかけつけたのはアリィ。

彼女はもちろん、ナイトレイドが攻めてくるであろう大神殿には行くまいとしていたが……ここへ連れてきたのはメイリーだった。

アリィの命によって内部に潜入、そして教団の人間に変装してボリックに「いざとなったらエスデスに前線に出てもらい、自分は抜け道で安全なところに避難したほうがいい」とそそのかした彼女は撤退途中でボルスがタツミにやられたのを見たのだ。

 

かといって道具も持たない自分では助けることはできない。迷った末ナイトレイドが撤退したのを見てそばで待機しているアリィに知らせ、彼を助ける手伝いをしてもらうことにしたのである。

しかし、すでにボルスは虫の息だった。

安心して地面に倒れたボルスの止血や治療をしようと側によったアリィの手を、震える手で握りしめる。

驚いたアリィを見据え、ボルスは必死で言葉を紡ぐ。

 

「つま、を……むす、めを……おね、がい、します……」

「……わかりました」

 

アリィには、覆面の下の表情は見えない。

けれど、涙を流すその覆面の下で……安堵を浮かべた、そんな気がした。

ウェイブがボルスの名を呼びながら走ってくるのが聞こえる。

ボルスの手を握り返しながら、アリィは彼が息を引き取っていくのを感じていた。

最後に希望を託された、その手を握りしめながら。

 

 

 

「奥さんや子供もいるってのに……なんて伝えればいいんだ……っ!」

 

駆けつけたウェイブが涙を流しながら悔やみ続ける横で、アリィはじっと自分の手を見つめていた。

彼女はどうしてもわからなかった。

 

なぜ、彼は自分に妻や娘のことを託したのだろう、と。

 

アリィが自分の命を助けることを何よりも優先するということは、ボルスもよくわかっていたはずだ。

もしかしたら、彼の妻と娘だってアリィは見捨てるかもしれない。いや、状況次第では間違いなく見捨てておかしくない。

にもかかわらず。ボルスは、アリィに託したのである。

 

「……どうして、なのでしょうか」

 

わからない。

わからない。

ボルスが握りしめたその手を……アリィは帝都に帰るまで、何度も見つめていた。

 

 

 

 

 

ボルス、死亡。

イェーガーズ 残り4人。




今までで最長となりましたが、どうしても分けたくありませんでした。
分けたら分けたで長さが半端になるだろうというのもありますが。

これにてキョロク編は終了、帝都に戻ります。
そして、暴走編の後半がスタートします。


彼が最期に託した希望は、間違いなく運命を変えることになったのです。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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