侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第30話 取り調べの末死にたくない

「どういうことだ、大臣ッ!!」

 

皇帝との謁見が終わった後、納得がいかなかったエスデスはオネストのもとへ怒鳴り込んでいた。

こうなることを予想していたオネストはやっぱり来たかとため息をつきながらハムを噛みちぎる。

 

「どうもこうもありません。今回あなたが任務を失敗したのは事実ですし、一方でアリィ殿が成果を上げたのも事実。何より言ったはずです、アリィ殿を刺激しないでほしいと」

「だが……!」

「アリィ殿は爆弾です。あなたが彼女を刺激すればあなたが死ぬだけでなく帝国が滅びかねません。あなたは帝国の将軍なのですからねえ。そして私もあなたを止めなかったと巻き添えを食らいかねません。正直今回のことがこれで済むならよっぽどましなのですよ」

 

オネストの言葉は完全にアリィを擁護するもの。

オネストとしてはアリィを排除するのはまず不可能である以上、基本的に放置するのが一番であると考えている。しかし、今回エスデスが彼女を無理に連れ出してしまった。

その結果は彼女がより危険な精神状態になるという最悪のもの。

 

今回アリィをエスデスより上につけたのはエスデスから命令権を完全に剥奪し今回のような事態が再び起こることを防ぐためであるが、それと同時にアリィ本人を納得・安心させるためという理由がある。

彼女を上につけることでアリィの精神安定を図ろうとしたのである。

 

「心配せずとも、あなたの地位が下がったわけではありません。基本方針や命令こそアリィ殿からですが現場での対応はあなたがすることになるでしょう。基本的には変わりません」

「……フン、そういうことで納得しておいてやる」

 

エスデスが鼻を鳴らすも、仕方なく納得する。そもそもこれは皇帝から下された命であり、大臣につめよったところで皇帝の意見が変わらなければ意味がない。ましてや大臣自身も意見を変える気がないのだ。ここでごねても何も進歩しない。

 

「さてエスデス将軍。もともとあなたが戻ったらお願いするつもりだったのですが、西で暴れている外敵の排除を頼めますか。あなたにはやはり戦いが合っているでしょう」

「ああ、そうだな。戦場こそ私の生きる場所だ。せいぜい蹂躙して憂さ晴らしでもしてくるとするか」

 

ようやく顔に笑みを浮かべ、エスデスは部屋を出て行った。

うまい具合にエスデスに頼み事までできたオネストはふーぅっと息を吐くと椅子に深く座り新たな肉に手を伸ばす。

 

彼の客は、これからもう一人来るのだ。

 

「よう親父ぃ! 急に呼びつけるなんてどうしたんだよ」

「ああ、来ましたねシュラ」

 

シュラ。オネストの息子でありかつて新型危険種を解き放った張本人である。

しばらくは帝都から離れ各国を旅していたのだが先日帝都に戻ってきたのだ。彼が見定めた仲間と共に。

オネストはシュラが自分の前の席に腰を下ろしたのを見て話を始めた。

 

「”ワイルドハント”でしたか。うまく機能してますか?」

「おうよ! まぁ今はまだ市民を”取り調べ”してる段階だが……続けりゃナイトレイドを炙りだせる。その時は俺たちがあいつら全員狩りだしてやるよ。任務失敗するようなどこぞの特殊警察と違ってな」

 

イェーガーズをだしにして笑うシュラ。それほど彼は自信に満ち溢れている。

権力と暴力。この二つの力を取り揃えているからこそだろう。

一方オネストはというと眉間にしわを寄せてやれやれと呟いた。

 

「別に市民をいくら殺しても構いませんし期待もしています。ですが、あまりイェーガーズとはぶつからないでくださいね。今のイェーガーズは少々事情が違います」

「あん? なんだよ、強い奴でも入ったっていうのか?」

「……少々違います。エスデス将軍の上に、新たに司令官として役職を得た者がいるのですがね。彼女を刺激してほしくはないのですよ」

 

彼女。つまりは女。

エスデスに続いてさらに強い女が現れたのか? とシュラは眉を寄せるがどうも話は違うらしい。

そう。彼女は決して、強くなどないのだから。

 

「彼女の名は、アリィ・エルアーデ・サンディス。普段は皇帝付き侍女をしておられます。実際彼女自身は全く強くはありません」

「はぁ!? 弱っちぃ侍女風情がトップだっていうのかよ!」

「少々込み入った事情がありましてねぇ……とにかくシュラ。彼女に危害を加えたりして刺激するのは絶対に禁止です。宮殿で侍女に手を出したりもしないように」

 

もしそんなことしようものなら、とオネストは釘を刺す。

こうでもしないとこの息子は聞かないだろうと思いながら。

 

「万が一アリィ殿に目をつけられた場合私は一切かばいませんからね。どうなろうと自己責任です」

「おいおい、たかが侍女だろ? そんなにやばいのか?」

 

この時点でシュラはすっかりアリィという存在を軽視していた。

たかが侍女風情、しかも聞いてみれば年齢も若くどう考えても危険だとは思えない。

強さもないし権力も大臣ほどではないだろう。ならば相手が自分に目をつけようと「自分は大臣の息子だ」と言えば黙るだろう。今までの人間(ザコ)どもと同じように。

 

そんなことを考えていたから――アリィという少女がどのような人間か、シュラは完全に聞き逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここの劇場、二度と公演できなくなったんですか……残念です」

 

数日後。

帝都にある……いや、”あった”劇場の一つ、ウマトラ劇場の建物を見上げながら残念そうにアリィは肩を落とす。

両親が生きていたころに、連れて来てもらったことがある。何も知らないあの頃は劇場で公演される劇に泣き、笑っていたものだ。

 

「…………」

 

思い出していると、どうにもむなしくなる。

あの頃はよかった。死に怯えて生きることもなく、目の前の日々を笑って生きていればそれでよかった。

いつからだろう。心がこんなにも冷え切ってしまったのは。

世界がこんなにも、自分にとって恐ろしいものであると色あせて見えるようになったのは――

 

「いけませんね。約束に遅れてしまいます」

 

今の彼女の服装は真っ黒な喪服。

そう、これからボルスの妻であるマリア達と合流してボルスの墓参りに行くのだ。

ボルスの葬儀が執り行われてから、マリア達は毎日墓に通っていた。マリアと娘のローグもまた、喪服に身を包んでいる。

そして、彼女たちにアリィもできる限り同行していたのである。

アリィの精神状態が弱っていることはマリアもウェイブやクロメから聞いて知っており、マリアとしてもアリィを気にかけるようにしていた。

 

「遅くなりました、申し訳ありません」

「いえいえ。それじゃあ行きましょうか」

 

マリアと娘のローグ。そして今日はウェイブとランもともに来ていた。

クロメは用があると言って来ていない。

墓場につくとマリアとローグは膝をついて祈りを捧げ始める。

ウェイブやラン、アリィもボルスの冥福を祈る。

 

「あの……何か生活に不自由していませんか」

「イェーガーズのお給料として……エスデス将軍やアリィさんから十分なお金をいただきました。蓄えもありますし、しっかりとこの子を育てていこうと思います」

 

マリアはローグを優し気な目で見る。

これから母一人娘一人の生活となる。お金があるといっても無限ではない。いつか生活がたちいかなくなるかもしれない。それでも、娘はしっかり育てて見せるという母の決意がそこにあった。

 

「それに、最近はアリィさんがなにかと気にかけてくださって……墓参りにも、何度もご一緒してもらって」

「……私は、ボルスさんからお二人のことを頼みます、と託されました。私には……その、責任があります」

 

何度も何度も自分の中で問いかけた疑問。なぜ、ボルスは自分にこの二人のことを託したのか。

その答えは、いまだ出ない。

だからというのもあるが、アリィは侍女などの仕事がないときはできるだけ二人と一緒に行動することにしたのだ。幸い、皇帝もアリィが心を休めることができるならと涙を呑んで彼女の勤務時間を減らしている。

 

彼がアリィに託した二人と一緒にいれば……答えがわかるかもしれない。

そう、思っていたから。

アリィたちはこの場にまだ残るが、ウェイブとランは仕事があるからと一足先に戻ることになった。

最後に、ウェイブがマリア達に忠告する。

しばらく帝都の中心部に来てはいけない。シャレにならないやつらが暴れているから、と――

 

 

 

 

 

 

「今の帝都はあいつらのせいで最悪だよ……」

「あいつら、ですか」

 

革命軍の密偵……に、変装しているアリィ直下隠密部隊の一人、メイリーは革命軍の協力者から新しくできた治安維持部隊の情報を受けていた。

もちろん実際は隠密部隊なのである程度情報は持っている。しかし革命軍側はどこまでつかんでいるのか、どういう認識をしているのかを知ることができる。メイリーにとって得られるものは多い。

 

聞き取りを続けていると急にあたりが騒がしくなる。

 

「あんた、間違っても外に出るなよ」

(……なるほど。ここまで危険視されていますか)

 

シュラが集めてきた者たちによる部隊、秘密警察ワイルドハント。

彼らはすでに取り調べと称して多くの民を犠牲にしており、アリィが気にしたウマトラ劇場の劇団員もワイルドハントによって皆殺しにされていた。彼らの快楽の犠牲となって。

 

そして今、騒ぎを聞きつけウェイブとランが駆け付けた時には師とその家族が襲われ、敵討ちを誓うも無残に殺された末に縛られ逆さ吊りにされていた皇拳寺の門下生たちの姿があった。

 

「こ、こんなの、やりすぎだろ……っ」

 

ウェイブはその残虐さから納得がいかない。

しかし、声を荒げるも「大臣の息子に逆らうのか」と言われては引き下がるしかない。大臣一派と事を構えることになってしまうからだ。

ウェイブ、ランは悔しそうにするも、頭を下げる。

 

「おう、わかってるじゃねぇか」

(耐えるしか……ないのか……?)

 

 

 

 

 

 

 

マリアとローグが祈りを捧げるのを、アリィはじっと見ていた。

ボルスはなぜ自分に二人のことを託したのか。なぜ、自分なのか……?

ふとしたひょうしにいつもこのことが頭を駆け回る。

あの時、ボルスは何を思っていたのだろうか……?

 

「へぇ……こりゃ驚いた」

 

そこへ急に声がかけられる。

振り返ってみると、そこには数人を従えたシュラがいた。

彼のことはアリィも知っていた。情報を集めていたということもあり、彼が何をしてきたかも知っている。

 

「墓参りを欠かさない美人の未亡人、噂通りだ。おまけに上玉の女にガキもいるとかついてるな。たまにはこんな辛気臭い郊外にも来てみるもんだな」

「な、何かご用でしょうか……?」

 

ただならぬ雰囲気を感じたマリアが、おそるおそる口を開く。

その問いに答えるのは、ニヤニヤと笑みを浮かべる男たち。

 

「ああ、お前たちを新しいオモチャに任命してやる」

「光栄に思えよ。大臣の息子から目をかけられたんだぜ」

「ああああああ!! あの子超可愛いんですけどおおお!」

 

二人の後ろからはローグに目をつけたらしい巨漢が息を荒げながら駆け寄ってくる。

この状況に、アリィは……二人をかばうように前に出た。

 

「……去りなさい」

「ちっ、天使とのラブラブの結婚式をあげるってのに……邪魔してんじゃあねえ!!」

 

ピエロの姿をした巨漢……チャンプは子供を数多く殺してきたシリアルキラーである。

幼い子供を天使と呼んで愛するが、汚い大人にしないため、と惨殺することに性的快感を覚える狂人であり、大人は容赦なく殺してきた。若いとはいえ、アリィも彼からしてみれば好みの範囲外であったらしい。

彼が振り上げた拳は……アリィに当たることなく彼自身の顔を殴りつけ、吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

「な、何をしやがった? おいてめぇ! 俺は大臣の息子なんだ、俺たちに逆らうってことは大臣に逆らうってことだぞ! それが」

「それが、ナニカ?」

 

アリィの答えに、シュラは絶句する。

チャンプが突然自分を殴り飛ばすというわけのわからない光景も驚いたが、今の彼女が口にしたこともわからない。

イェーガーズですら引き下がったというのに? 自分の状況が分かっていないのか?

しかしシュラの額を冷汗が流れる。今、目の前にいる彼女はこれまで遊んできたオモチャとは何かが違う。

 

(違う……こいつはわかったうえでそう答えている!)

 

「あぁ、もう……」

 

一方、アリィはというと。

自分が二人の前に出たことに誰よりも自分自身が驚いていた。こんな危険な状況の中、前に出るなど。

だが、二人だけではなく自分だってオモチャ任命された挙句殺されかけた。さらにボルスに託された二人まで襲われそうになった。

ああ、そうだ。知っていた、こいつらがどれだけ危険な人間かということくらい。

だったら……自分がこうするのも、当然なのかもしれない。

マリアとローグとの触れ合いの中、僅かに癒されていた心が再びひび割れていく。

 

「……どいつも、こいつも、そんなに私を殺したいんですか……?」

 

歴史の中で、多くの書物や物語に出てきた言葉がある。

それは子供だって知っていること。

だが、やりたい放題やってきたワイルドハントの者たちが、これまで意識できていなかったこと。

すなわち――

 

 

 

 

 

 

 

 

――やったら、やり返される。




目には目を。歯には歯を。

悪意には、悪意を。

暴虐には、暴虐を。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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