侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第31話 権力と暴力を使われ死にたくない

ワイルドハントの面々は今まで、誰にも止められることなく己の欲望を満たしてきた。

それができたのはもちろん彼ら自身の能力が高かったこともあるが……シュラが「大臣の息子」であったことが大きいのは紛れもない事実である。

 

今現在、この帝国を牛耳っているのが大臣・オネストであることは帝都にいる者であれば誰だって理解している。例外を挙げるなら皇帝本人や政治を知らない子供たちくらいであろう。

すなわち、シュラたちに逆らうということはこの国に逆らうと同義であったし、そしてそれをシュラ自身もまた公言していたのだからより脅しとしては十分だった。

 

権力と暴力。それがワイルドハントの矛であると同時に盾。

しかし……力というものは、より強い力に屈服させられるのが道理。

 

もし、「大臣の息子」という権力をどうでもいいと一蹴できる者だったら?

もし、相手がどんなに強い暴力を振るおうとそれを否定できる者だったら?

 

 

 

 

 

ザクッ、ザクッ。

アリィが歩くたび、土がこすれる音がする。

目を濁らせた少女を前に、シュラはいいようのない感情を胸に抱いていた。

いや、本当はこの感情が何かわかっている。ただ、認めたくないのだ。

よりにもよって、自分が、このひ弱そうな少女に対して……

 

(恐怖、しているだと……この俺が、このシュラ様が、こんな弱そうな女に!?)

 

シュラは理解できない、したくない。自分が恐怖を抱いているということを。

シュラが葛藤で立ち尽くす中、後ろにいたワイルドハントのメンバーが動き出す。

 

「むー、なんかよくわかんないけど、殺しちゃっていいんですよね?」

 

彼女はコスミナ。西の国の魔女裁判にかけられ、有罪とされた歌姫である。

しかし、その理由は「歌声が人を惑わす」という人々のうわさ、迷信によるもの。その果てに家を燃やされ、家族を失い、精神を病んだ女性。ある意味人々の迫害の犠牲者でもある。

 

彼女の帝具は大地鳴動ヘヴィプレッシャー。マイク型の帝具であり、これを介して発された声は超音波となり、敵を粉砕する。

今もアリィめがけて超音波を放つため、コスミナが大きく息を吸った。

しかし彼女は知らない。アリィの帝具はすでに発動しているということを。かつて彼女のすべてを奪った声が、今再び、己を滅ぼすことになることを。

 

『――』

 

音というものは基本的に全方位に発されるものである。

もちろん帝具であるヘヴィプレッシャーは超音波にある程度方向性を与えることはできる。

しかし、もともと全方位に発されるものを前に飛ばせるということは、それは別の方向にも発することができるということで――

 

『あ』

 

ヘヴィプレッシャーが放った超音波が、コスミナの全身を砕いていく。

燃やされた家の中でも唯一生き残るほど生命力の高いコスミナも、至近距離から全身を粉砕されては生きていられるはずもない。

全身を砕かれ、コスミナが血を吐いて倒れるのを見て錬金術師であるドロテアは舌打ちをした。

 

「さっきのチャンプといい、どうやら攻撃しようとすれば自分に返ってくるカウンターみたいな能力のようじゃのう……ここは引いた方がいいぞ」

 

ドロテアの判断は正しい。イルサネリアの能力については完全に正しいというわけではないが、この状況を一番よく理解できている。優れた錬金術師であるというその頭脳は決して伊達ではない。

だが、良くも悪くも……そのような理屈で動かないのがシュラの集めたメンバーなのである。

 

「あやつの能力と拙者の剣……はてさて、どちらが上回るものか」

「何を言っとるんじゃイゾウ! おぬしが奴の力に抗える筋合いなぞ」

 

ワイルドハントのほとんどが手を出そうにも出せない今の状況にまごつく中、一人足を踏み出したのはイゾウ。

彼はワイルドハントの中で唯一帝具使いではない。自身の刀「江雪」を何よりも愛し、刀に血を吸わせんと何人もの人を斬ってきた剣客。

そんな彼の顔に浮かんでいたのは……歓喜だった。

 

「止めてくれるな。今、江雪が震えて仕方ないのだ……! きっとあの怪異な女を斬れば江雪の飢えを満たす血が吸えるということに違いない……! おぉ江雪よ、今お前の飢えを満たしてやるからな」

 

アリィが何かをするより先に、勢いよく土を蹴って抜刀する。

目指す先のアリィは何をするでもなく、じっとこちらを見ていた。

鞘から外に出された刃は血を吸わせろと言わんばかりに切れ味のよさを見せつけるような輝きを見せ、その美しい刃を、血に染めた。

 

「かっ……」

「きっとその血を吸わせたことは、ないでしょう?」

 

喉元から血を吹き出したのは――イゾウの方であった。

イルサネリアはたとえ相手が純粋な刀のための気持ちであろうが何だろうが……主たるアリィに危害を加えるような行為には容赦なく牙をむく。

イルサネリアの力により、イゾウもまた己の衝動に飲み込まれ、自分で自分の喉を江雪で切り裂いたのである。

 

「ローグ、見ちゃダメッッ!!」

 

マリアが娘に凄惨な光景を見せまいとローグの顔を自分の胸に抱きしめて隠す。

対してアリィは、イゾウから噴き出した血をよけることもなくその顔を返り血で濡らす。顔だけでなく、弔いのためであるはずの喪服さえ黒の中に血の紅が混ざる。

血で濡れることなど、どうでもいいと言わんばかりに。

 

(あぁ……そうか、江雪……お前はずっと、拙者の血を吸いたかったのだな……)

 

倒れ伏すイゾウ。

しかしその手には、なおも血に染まった江雪が握られていた。

江雪の刃はイゾウから流れる血でさらに紅に染まっていく。

 

「いいぞ……ぞん、ぶん、に……せっしゃの……ちを……」

 

カハッ、と血を吐くとイゾウは動かなくなる。

その姿を、アリィはじっと見下ろしていた。死んでなお自分の血を刀に吸わせることを喜ぶイゾウのことが、理解できないとでも言いたげに。

だが、視線をそらすと今度はシュラたちの方へと向けた。

 

「さて……」

 

気がつけば、自分が集めてきた人材がもう二人殺されている。

アリィの口から言葉が出ると同時に、シュラは思わず今までの動揺を言葉でぶつけた。

 

「ふ、ふざけんじゃねえ! 俺たちに手を出して、ただで済むと思ってんのかあ!!? 親父には絶対にこのことを伝えるからな、はは、そうだ。強がっちゃあいるがお前はもう終わりなんだよ!」

「……人の話を、聞かない人ですね」

 

シュラはアリィが何かしら帝具を持っているであろうことは理解した。

だが、それがどうした。帝具があろうとこの国を支配しているのは自分の父親であり、そんな自分にたてついた以上、この帝国で生きていくことはもうできない。

口で何と言おうとも、国を相手にして勝てるものか。

そう、思ったのだが――

 

「私に危害を加えるなら殺す。それが誰かだなんて関係ないんですよ……将軍だろうが殺す。大臣だろうが、殺す。もちろん、大臣の息子だろうが、殺します」

 

本当に……本当に、目の前の少女は権力を盾にしたところで動じない。

自分に危害を加えられるくらいならば、権力があろうがなかろうが構わず殺す、と。

 

かつてのアリィなら危険を避けるために逃げていただろう。

だが、今のアリィは違う。死の危険は彼女が逃げようとするだけではどうにもならずに何度も何度も襲い掛かってきた。

だから、全てを薙ぎ払う。

「死にたくないから逃げる」のではなく、「死にたくないから殺す」というように彼女の考えは変化していた。もちろん、こんなものが、まともな成長と呼べるわけがない。

戦乱やまぬ帝国の中、命の危険にさらされ続けた末に、彼女はさらに歪み、狂い、壊れていったのだ。

 

「て……てめぇはいったい、何者だ……?」

「皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディス」

 

その名前を聞いて、ようやく気が付いた。

アリィ。その名はオネストに聞かされていた名前。

絶対に危害を加えるな、刺激するなとオネストが釘を刺すほど警戒していた女。

シュラは歯噛みする。侍女というから宮殿にいると思った、他のオモチャよろしく侍女服を着ておとなしくしてるだけの、地位だけの人間だと思っていた。

 

そんなものじゃない。そんなはずがなかった。

 

アイツは、恐怖と狂気が混ざり合った末の、怪物だ……っ!

 

「オモチャに任命してやる……でしたか? ならば死んでください。私の、平穏のために」

 

アリィがワイルドハントに向けて手を伸ばす。

シュラにはそれが、死神の手のようにしか見えなかった。

このままだと、死ぬ。

もう目の前の少女はひ弱な少女になんか見えない。帝国らしい、狂ったバケモノだ。

 

「震えろ、私の――」

「し、”シャンバラ”ァァァァ!!」

 

なりふり構わずシュラは自身の帝具を発動させた。

次元方陣シャンバラは空間を操る帝具であり、対象をあらかじめマーキングした場所へ任意に飛ばす能力を持っている。

その力を使って、シュラは、逃げた。

ワイルドハントの全員が光に包まれ、その場から消える。

 

シュラの選択は今日唯一にして最大の正解であった。

シャンバラでの逃走はそれこそアリィという脅威を排除するためではなく脅威から逃れるためのものであり、イルサネリアが発動することはない。

さらに、イルサネリアの瘴気から強制発症させる”感染爆発”はアリィの視野範囲内でなければ使えない。

 

あとに残されたのは転がる二つの死体とアリィ、そしてなおも震えるマリアとローグ。

危機が去ったことにより、マリアはなおもローグを抱きしめたまま震える足で立ち上がるとアリィのもとへと歩み寄る。

 

「あ、アリィさん……」

「……殺さなきゃ」

「ヒッ!?」

 

思わず悲鳴を上げマリアが後ずさる。

アリィはシュラたちが消えた場所から視線を外すことなく呟き続けていた。

頭を抱え、虚ろな目のまま小さな声で。

 

 

 

 

 

 

 

「殺さなきゃ殺さなきゃだめだだめだ逃げられたまた来る襲われる排除できなかった最悪です失態です殺さなきゃ排除しなきゃ守らなきゃダメなのに失態です排除できなかった私が狙われる殺されるだったら殺さないと見つけなきゃ捕らえなきゃ消さなければ殺すしかないあいつらが悪いそうだこうするしかないんです死にたくない死にたくないだから殺さなくては排除しなくては消さなくては――」

 

 

 

 

 

 

 

シュラ達は逃げることには成功した。

ただ……逃げたところで、すでに、手遅れである。

ロマリーでの戦いで心に大きな傷を負った彼女に対し、恫喝の末さらに脅威として認識させてしまったのだ。

 

彼らが好き勝手に振りまいた悪意は……恐怖を排除しようとするさらなる悪意を呼び起こしただけだったのである。

 

 

 

 

 

「アリィさん!?」

「来ましたか、ウェイブさん。二人のことをお願いします」

 

アリィやマリア達がワイルドハントに襲われたという知らせを聞いて、最悪の事態を予想して駆けつけたウェイブ。

幸いにも彼の予想は外れ、三人とも生きていた。

しかし、マリアとローグは家の中で震え、アリィの顔や服も血に染まっており……何かがあったのは明白であった。

 

「あ、アリィさんは……」

 

怯えるマリアたちから話を聞くことも正直はばかられ、ついすがるようにアリィの背中へと声をかけたウェイブだったが、アリィは立ち止まることなく振り返って答えた。

血に濡れた顔はそのままに、笑顔を見せて。

 

「やることができましたので……大臣に会ってきます」

 

答えた後、前を向いたアリィの顔は、ウェイブから見ることはできない。

彼女は……すでに、笑ってなどいなかった。




ワイルドハントって「残り何人」の表記はなくて最後に「全滅」だけなんですね
おそらく一話でまとまって死ぬことが多かったりしたせいかもしれませんが。
本作も同じようにしていきます。これから少しずつ死んでいきますし。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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