侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第32話 八つ当たりで死にたくない

大臣・オネスト。

 

先代皇帝が生存していた頃から頭角を現し始めてはいたが、彼が真に権力を握ったときはと言われればやはり幼い現皇帝を皇帝の座につけたときであろう。

彼は見た目こそ太った俗物ではあるが、長年政治に携わった経験だけではなく頭が切れる非常に有能な人間である。

これが無能な人間であればとっくに彼は権力を失っている。

 

そう、自分のやりたいように皇帝の陰で暗躍することで当然敵も多くなる。

しかし皇帝が自分を信じ切っていることにより、権力の掌握、さらに敵の排除を進めてきた。

時には正面から不正の事実を暴いて見せ。時には偽りの証拠で冤罪を押し付け。

彼は己の地位を盤石なものにして見せた。

 

今では、大臣に反感はあっても正面から反対することなどできない。

オネストは危機管理能力にも優れている。

自分の身が危ういと思えばその排除にすぐ動く。

 

そしてたいてい、自分に逆らうとこうなる、という見せしめになるように排除するのだ。

 

さらに平時でも皇帝からの信頼が厚い、と見せることで問題が起きないようにも努めている。

この積み重ねによって、彼は権力を思うように行使できる場を作り上げたのだ。

 

ただ偶然や生まれから力を手にしたわけではない。

権力を手に入れながらあらゆる危機を乗り越えてきた男。それがオネストなのだ。

 

そんな彼は、今――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、何か申し開きはありますか」

「ひ、ひとまず落ち着いてくださいアリィ殿」

 

人生最大の危機(ピンチ)を迎えていた。

 

 

 

 

 

発端はオネストが食後のデザート第一弾を楽しんでいたときである。

ノックの音に加え「お時間よろしいですか」とアリィの声が扉の奥から聞こえていた。

そういえばデザート第二弾を頼んでいたなと思いどうぞと許可を出した。

 

そして入ってきたアリィは……左手に皿を、右手に紙の束を持っており。

その表情はどこまでも無表情で、しかし紛れもなくオネストの背筋を凍らせるには十分で。

ゆっくりと入ってきた彼女は硬直するオネストの前でつぶやいたのだ。

 

「デザートと言い訳、どちらから口にいたしますか?」

 

うまい言い回しですねぇ、だなんて笑う余裕もなかった。

 

「と、とりあえずまずは事情の説明をお願いします。そうでなくては言い訳と言われましてもどうにも……」

「それもそうですね。では説明いたしましょう」

 

話を聞いていくうちに、オネストはいつの間にか頭を抱えていた。

心なしか頭がズキズキしてくるような痛みを感じるのだが幻覚でもないだろう。

 

要約すると、次のような話になる。

オネストの息子・シュラが自分に襲い掛かってきたがどういうことなのか。

さらにかねてからアリィが情報を集めていた危険人物が数名一緒にいた、あまつさえシュラが大臣の息子だと言う権力を振りかざして。

大臣の権力を使っている以上、その責任もまた大臣にあるはずである、さぁどう始末をつける気だ?

 

これがアリィの主張である。

当然、オネストとしては頭を抱えているが内心では輪をかけて叫びたい状況であった。

よりにもよって、ただでさえ精神が追い詰められて危険な状態であるアリィにシュラが自分の名前と権力(俺は大臣の息子だ)を振りかざして狼藉を働こうとしたのである。

 

シュラが自分の名前を使って暴れること自体は別にかまわない。

ワイルドハントという権力を与えたのもシュラの行動に対して寛容だったからである。

だがその一方でオネストにも守ってもらいたい一線というものがある。それを乗り越えないようにと、オネストは確かに釘を刺していた。アリィには手を出すな、と。

 

しかしシュラはアリィがどのような人物かについてはあまり真剣に聞いていなかったため、容貌を把握していなかった。ただ弱い侍女であるという認識しかなかったのだ。

 

「では、何か申し開きはありますか」

「ひ、ひとまず落ち着いてくださいアリィ殿」

 

そしてここで冒頭に戻る。

現在、アリィの中でシュラたちワイルドハントの排除はもはや確定事項である。

 

「ちなみに、ワイルドハントの連中はどうしました?」

「そうそう、その報告もしませんと。眼鏡をかけた女性と刀を持った男は私に襲い掛かってきたので死んでいただきました。眼鏡をかけた女性が持っていた帝具は現在こちらで預かっています。他の人間は……あれも帝具でしょうね、逃げてしまいましたよっ……!」

 

彼女の報告にオネストは安堵する。

シュラが連れてきた人材の中に一人、ある頼みをしたい人物がいたのである。

幸いにも、その人物はアリィによって殺されるという事態は回避できたらしい。

だがそれをおいても、すでに二人死亡しているとは……とオネストは嘆息した。

 

悔しそうに歯噛みするアリィに向けてオネストはまず自分の潔白を説明する。

いや、シュラの暴走を止められなかった時点で潔白とはいえないかもしれないが、それでも馬鹿息子に巻き込まれて自分までアリィに殺されるのはまっぴらごめんなのである。

 

「まず言わせていただきたいのですが、私はシュラに釘を刺しておいたはずなんですがねぇ……。アリィ殿に危害を向けるようなまねをするな、と」

「全然刺さっていませんでしたが?」

「うっ……。い、いえしかし、私個人としてはあなたを、そう、守らねばならないということは重々理解しておりました。シュラも私の言うことは聞きますから、アリィ殿に危害を加えることはしないようにと言いつけていたのですが……」

 

しばらくじっと大臣を見つめるアリィ。

オネストとしてはいつ彼女が自分を殺そうとしないか気が気ではなかった。正直自らの帝具を発動させた方がいいのではないかと思ったほどである。

だが、その帝具はオネストの奥の手に近い。一度使うと再使用には時間がかかるものでありうかつに使えるものではない。

そもそも、発動に失敗したらその時点で完全な敵対として殺されかねない。

 

「……やれやれ。嘘をついているわけでもないようなので……オネスト大臣が私に対して配慮していただいたことはわかりました。あなたが私を害する原因にはなっていないということでしょう。……もっとちゃんと釘を刺しておいてほしかったものですが」

「えぇ、えぇ。その点は本当に申し訳ありませんでした。二度とこのようなことがないように私も気をつけますし、シュラにも言い聞かせておきますので……」

 

アリィの表情が変わったのを見て、オネストは喉元まで来ていた死神の手が離れていくのを感じた。

どうにか危機を乗り越えたと思ったオネストは……

まだ、アリィのすべてを理解できてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「いえ、結構ですよ。彼らは全員殺しますので」

 

 

 

 

 

 

「……なんですと?」

「私にとって彼らは危険です。危険だから殺します。言って聞くなら今回のことは起こっていません。だから殺した方が安全なのです。私のために」

 

まるで暴君の八つ当たりにもとれるような発言。

しかし彼女は本気だ。本気でワイルドハントを認めたからこそ、本気で排除することしか考えていなかった。

オネストは理解する。一歩間違えれば、自分もまた確実に排除されていた、と。

自分にとって害になるなら排除する。それはオネスト自身も行ってきたことなのだから。

 

それでですね、とアリィは話を続ける。

 

「ではこちらを。大臣にお願いできなければ、ブドー大将軍や皇帝陛下にお話ししようと思っていますが」

 

呆然としたオネストを置き去りにしたまま、話を進めていく。

持っていたデザートの皿を横に置くと、もう片方の手に持っていた書類を大臣の前に置いた。

いったい何を……と読み始めたオネストの顔は凍り付く。

書類の内容はとある要望。さらに、その後ろに続くのは内容の根拠を補強する資料であった。その後も読み進めていったオネストは、やがて諦めたように顔をあげた。

 

「さすがに……私からは何も言えませんねぇ……」

「では、認めていただきますね?」

 

アリィの微笑みに、オネストはどうしようもないといった顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! くそっ!!」

 

一度隠れ家に逃げたシュラは宮殿に戻ってきたものの、ずっと悪態が止まらなかった。

楽しみを邪魔されたこと、脅しが通用しなかったこと、自分が恐怖を抱かされたこと、せっかく集めた人材が二人も殺されたこと……苛立つ原因をあげればきりがなかった。

その全てが、たった一人の少女によるものである。

アリィ・エルアーデ・サンディス。

 

(絶対に消してやる……!)

 

他のワイルドハントのメンバーは別行動をとっている。

別れ際、彼らが自分を見る表情がいつもと違って見えたのがまたいらだってしょうがない。

八つ当たりの先を求めて歩いているとき、シュラの目に映ったのは街で会った腰抜けのイェーガーズと、少女。

一瞬アリィだったらと及び腰になったが、明らかに別人だった。

 

「また会ったな、腰抜けのイェーガーズ君。横にいるのは……へぇ、こんな上玉もいたのか。気づかなかったぜ」

 

無理やりに少女……クロメの腕をつかむと、シュラは舌なめずりをしながらにらみつけた。

 

「お前、次のオモチャに任命する! クスリで強化したタイプか? お前みたいな薬漬けの女とやったことはないからな、面白そうだ」

 

どうせイェーガーズといえど、あの腰抜けなら何を言うこともできないだろう。

そうすればあのアリィという女に話が届くこともないはずだ。そこの腰抜けが何か言ってきたとしても街と同じように脅しつければいい……

そう考えていたシュラは、八つ当たり先のオモチャとしてクロメを連れて行こうとする。

 

「待てよ」

 

案の定、残っていたイェーガーズ……ウェイブがシュラを止める。

わかりきったことを言い出したこと、腰抜けの癖に自分にまた食い下がってきたこと、何より八つ当たりを邪魔されること。すべてがわずらわしい。

気が立っていたシュラは振り返すと怒鳴って脅しつける。

 

「あぁ!? なんか意見あるのかコラ!? 俺は大臣の息子……」

 

 

 

 

 

 

 

シュラの顔に、ウェイブ渾身の拳がたたきつけられた。

 

 

 

 

 

 

殴り飛ばされたシュラは派手に背中から倒れこむ。

ウェイブはクロメを背中にかばうと、怒りに燃えた目でシュラを見下ろしていた。

彼は見た。目の前の男によって、危うく殺されるところであったマリアとローグが震える姿を。

彼は聞いた。アリィがいなくては本当に死んでいたこと。アリィの様子がおかしくなったこと。

 

「汚い手で、俺の仲間に触るんじゃねぇよ」

 

知人を傷つけられ、そして大事な相手が傷つけられそうになることを……黙ってみていられるような男ではない。

 

「治安を乱す輩は俺たちイェーガーズが狩る!! たとえ大臣の息子だろうがな!!」

「……ハ」

 

一方のシュラは……完全にキレていた。

何も、何も思い通りにならない。

たかが侍女と侮っていたアリィに邪魔され……そして、腰抜けと見下していたウェイブに殴り飛ばされた。

 

「どいつもこいつも……調子に乗りやがってぇぇぇぇ!! 俺に逆らうやつらは、全員俺が裁いて! 死刑にしてやるよぉぉ!!」

 

シュラから溢れ出す殺意。

ウェイブも身構え、一触即発になったその場に……

 

 

 

 

 

「待てぇい! 貴様ら……私が守護する宮殿で暴れようというのか!?」

 

 

 

 

 

声が響くと同時に、重圧のある存在感をまとった男が現れる。

鋭い眼光で三人を睨み、腕を組むその男の名前は。

 

「そんなことは絶対に許されんぞ。以前ここで帝具を使った馬鹿がいたが……今貴様らが帝具を使って暴れるのならば直に裁いてやる。 この私のアドラメレクでな」

 

大将軍、ブドー。




次話、ついに……

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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