侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第34話 奇襲を前に死にたくない

「シュラが……死んだ……?」

 

オネストが皿を落とし、その皿が割れた甲高い音が部屋に響いた。

今部屋にいるのはオネストともう一人、ワイルドハントの一人であった錬金術師、ドロテア。

彼女はオネストにとある依頼をされてからというもの、実はオネストと顔を合わせることが多かったのである。

 

「あ、ああああ……シュラァァァァァァ! 私を置いて逝ってしまうとは、このバカ息子があああああああ」

 

目を潤ませ、シュラが死んだことへの悲嘆を叫んだオネストは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、いいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間何もなかったかのようにいつも通りの顔で会話を続けた。

 

「こうなるとは思ってましたよ。どのみちアリィ殿をあそこまで刺激しておいて生きていられるはずもありませんねぇ。私が何をするまでもなかったです」

 

息子などまた一から作ればいい、次は無能を産まないように母体は厳選しなくては、などとシュラのことがすでに過去のものとなっているオネストの様子にドロテアは正直ドン引きしていた。

オネストの変わり身の早さ、そして息子をまた作ればいい、などと平気な顔をして言う彼のあまりのゲスさに。

 

(ここまで末期とは……素敵な国じゃなあ)

 

欲を言えばもっと自由にこの帝国の生活を楽しみたかったのう、とドロテアは嘆息する。

すでにワイルドハントは権力を取り上げられ解散となっている。

全ては、シュラたちがアリィを追い詰めたがために。

 

「あの無能も、あなたという最高の錬金術師を連れてきたことだけは評価しましょう。ですが……これ以上援助ができないのが申し訳ないです。いろいろと頼みたいことがもっとあったんですがねぇ」

「仕方あるまい、あの小娘が妾にまで目をつけるじゃろうからな。正直今すぐにでも逃げ出したいところじゃ」

 

しかし、このままただ逃げるわけにはいかない。

アリィがイェーガーズだけでなく隠密部隊などを従えていることはすでに聞いている。

そのアリィのことだ、このまま逃げようとしてもあらゆる手段を用いてドロテアを捕らえてしまう可能性が高い。

死を迎えるのは嫌だ。ドロテアもそう考えていた。

 

だからオネストはある条件を提示した。

彼女のことを聞いた時点で頼まれていた依頼を完遂させれば、アリィをとりなして殺すようなことはさせない、と。

本来ならかばうのは危険な行為だ。

だが、オネストとしてはなんとかなるだろうという考えがあった。

 

というのも、ドロテアは唯一、アリィに対して害意を抱いてない。

先のワイルドハント襲撃においても、むしろ唯一アリィを危険と見なし撤退を唱えた人間である。

そしてシュラが死んだ今、彼女がアリィに対して害意を持つ理由は欠片もなくなった。

彼女の研究・願いから考えても、自ら危険に飛び込む理由はないのである。

そして彼女の研究はもしかするとアリィの琴線を刺激するものであるかもしれない。つまり、交渉の余地は十分にあるというのがオネストの考えだ。

 

イルサネリアについても考えたうえでの行動だ。

オネストはアリィに危害を加えることになるつもりもなければそのようになるとも思っていない。ドロテアは先に述べたようにアリィへの害意などもっていないのだから。

 

 

 

 

 

 

一方、時間は少し巻き戻り、シュラとの決闘が終わった後のウェイブ達はというと。

 

「いてっ!? しみるってクロメ! もっと優しく」

「はぁ……我慢我慢。まだまだ怪我をしてるところはあるんだよ」

 

別室にてクロメによるウェイブの治療が行われていた。

といっても、骨が折れたというほどの怪我もなく、消毒をして包帯を巻くといった処置で充分であった。

ウェイブは自分でやると言ったのだが、クロメは頑としてその役目を譲らなかった。

 

その頬を、少し赤らめながら。

 

「ここぞって時弱いとか言ってごめんね。撤回する。すごく強いよウェイブは!」

「お!? おう……わかればいいんだ」

「そして、危ないところをありがとう……」

「クロメ……」

 

二人の間に流れる静かな沈黙。

お互いが顔を赤らめ、次に口にする言葉を探していたその沈黙は

 

「大丈夫ですか!? ウェイブ!」

 

第三者(ラン)の登場によって、急に霧散することになる。

 

ウェイブとクロメの二人も固まり、扉を開けた姿のままランも硬直する。

三人の間には、先ほどとは全く違った意味で沈黙が流れ……

 

「おう、なんとかな」

 

一人だけ意味も分からず朗らかに返事をしたウェイブによってさらに気まずい空気が流れた。

 

「……なんか、すみません。空気も読まずに」

「え? いや、別にそんな大した話は……なぁクロメ?」

「…………」

 

クロメが黙ったまま責めるような目をしてウェイブを睨んでいたが、鈍感のウェイブにはクロメの言いたいことが全くと言っていいほど伝わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったのですか」

 

ランにウェイブがシュラと決闘をするに至った事情を話し……ランが神妙な顔になる。

 

「とりあえずぶん殴ってやったけど、あいつらが危険な集団だってことに変わりはないんだ」

「アリィさんが二人殺したけど、まだあのシュラを含めて4人も残ってる。私たちが手を出せる相手じゃない」

 

そう、シュラたちもまた「秘密警察ワイルドハント」として権力が与えられた部隊。

さらにそれを率いるのは大臣の息子として大臣の権力を背後に持つシュラ。ウェイブ達だけでは太刀打ちできない相手である。

 

「あんな警察が許されてる国なんて、おかしいだろ……」

「……そうですね。この国は、おかしい。間違ってるからこそ正さなくてはなりません」

 

場所によっては反逆罪として捕らえかねられない本音をつい漏らしてしまったウェイブだが、意外なことにランもまたそれに賛同する言葉を口にした。

だが、その目に深い怒りと悲しみが宿っていることを、ウェイブは見逃さなかった。

 

「ラン、お前最近マジで様子が変だぞ」

 

先日も、帝都で休日を過ごしている際に街の中で芸をしている道化師に対し、ものすごい形相をして睨みつけていたところをウェイブは目撃していた。

普段は鈍感なウェイブだが、一方で仲間の感情に鋭い時もあるのが彼の長所の一つなのだ。

 

一体何を考えているのか、と詰め寄るクロメにランは大層なことは考えていないと答えるが、じゃあ話しても問題ないはずだ、とクロメに言い返される。

ウェイブも一緒になってクロメ共々ランに詰め寄る。

二人に顔を近づけられたランは降参とばかりに手をあげた。これ以上隠し通すことも難しいとわかっていたからである。

 

「……分かりました。話しますよ」

 

そして、彼の過去が二人に語られる。

 

彼はかつて、帝国中央部にあるジョヨウの近くにある農村で、子供たちに勉強を教えていたこと。

ジョヨウは豊かで治安もよく、勉学を学ぶゆとりのあった子供たちは将来有望であったこと。彼らを教えている日々が幸せなものであったこと。

 

しかし。

ランが留守にしていた時、ある凶賊(・・・・)によって子供たちが皆殺しにされたこと。

 

ジョヨウの役人は「地方最高の治安都市」という名目を守りたいがために、この事件を闇に葬ったこと……

 

「そんなことが!?」

「許されてしまうんです。今の帝国では」

 

これが、ランにとって「国を変える」という大志を抱くきっかけとなった。

国を変える方法は二つ。

外から壊して変えるか、中から治して変えるか……この二つであった。

その結果ランが選んだのが……中から変える道であったからこそ、いま彼はここにいる。

もし外から変える道を選んでいたならば、彼は革命軍としてウェイブ達と戦う運命にあっただろう。

 

中から変える道を選んだのは、ジョヨウの太守が女性であったということ。

ランは気に入られたと言葉を濁したが、正確にはたらしこんだ。これによって帝具を得、権力を得てイェーガーズに招聘されることになったのである。

 

「ですから、私は……死んだ子供たちのためにも。帝都でものし上がって、権力を手にしなくてはなりません」

「よし、それなら俺も協力するぜ! 人でも国でも、悪いものは治さないとな!」

「……ウェイブ」

 

「ではまずはワイルドハントに表立って喧嘩を売らないように」、といかにも教師らしい注意がランからされる。

一方で頭ではわかっても受け入れにくい、といかにも子供の様に、でも、あいつら放っておけないしと言い訳を口にするウェイブ。

そんな二人の様子を見て、クロメはケラケラと笑っていたが……

 

 

 

 

 

「その必要はありませんよ、皆さん」

 

 

 

 

 

突然の声に全員が身を固くして声のあったほうを見る。

部屋に入ってきたアリィは、つい途中から聞き耳を立ててしまったと三人に謝罪する。

そしてその上で、持っていた書類……大臣の印も入った書類を見せる。

 

「ワイルドハントには正式に解散の命令が出されました。さらに言えば、彼らを率いていたシュラにはすでに死んでいただきましたよ。残るメンバーは三人です」

「なっ……」

 

告げられた情報に思わず声が出るウェイブ。

だが一方で、ランはそういうことかと一人納得していた。というのも、ウェイブのもとへ来る前にアリィがかつて彼に渡していた書類……シュラが新型危険種を解き放った重要参考人であるというエスデスの証言書などの書類、そして彼が独自に集めまとめた証拠を受け取りに来ていたのだ。

これを使ってワイルドハントを追い詰めるつもりなのだろうとは思っていたが、まさかこうも早く結果が出るとは。

アリィの手腕にランはただただ感服していた。

 

「これにより、彼らは以後法による庇護は与えられません。すでに彼らは無法者と化したわけです」

「じゃぁ! 俺たちはこれから……」

 

ウェイブの言葉にアリィは頷き返した。

 

「はい。イェーガーズ司令官として命令を下します。ワイルドハントの残党を、狩りなさい」

「「「はっ!!」」」

(そう。あんな危険人物を生かしておくわけにはいかない。だから殺す。私のために。私が平和で生きていける未来のために!!)

 

さらにアリィが隠密部隊から今しがた届けられた情報をもとに、奇襲作戦を指示していく。

隠密部隊によって、ワイルドハントの残り三人のうち、二人の居所が割れている。どうやら二人ともワイルドハントの詰め所で待機しているらしい。すでに帰ることのないシュラを待って。

故に、そこをイェーガーズで奇襲をかけ、殲滅するという作戦だ。

 

標的は海賊として南方で暴れていた男、エンシン。

そして……

 

(ついに……ついに、この時が来た……!)

 

子供ばかりを殺すシリアルキラーにして、ランの教え子たちの仇(・・・・・・・・・・)……チャンプ。




本当は襲撃まで行く予定でしたが……更新が遅くなりましたし早めに切ることにしました。
といっても文量は最近とあまり変わってない不思議。
話はあまり進んでいないというのに、なぜだ。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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