侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
ナイトレイドのサンディス邸襲撃より数日後。
帝都警備隊からの事情聴取や死んだ両親の遺産整理などで忙しかったアリィは宮殿に来ていた。
というのも、今日より侍女として働く事になったのだ。
くわえて、自らの帝具……死相伝染イルサネリアについて皇帝に報告することを命じられていた。
今までずっと失敗作だとされ記録になかった帝具が現れたとなれば当然の話ではあるが。
しかし、手放すのはいやだ。アリィはそう考えていた。
なぜなら、この帝具は自分を生かしてくれるから。ナイトレイドの襲撃ではっきりわかった。
襲撃者がナイトレイドだとわかったのは取調べのときである。
襲撃者の一人が「アカメ」と呼ばれていたことを話したときに手配書を見せられ、それがアカメと呼ばれた人物と相違ないと確認した。
そこではじめて知ったのだ。自分を狙ったのが「ナイトレイド」と呼ばれる、今もっとも危険視されている殺し屋集団なのだと。
「いやですねぇ。死にたくないですねぇ」
思わず独り言がもれる。
間違いなく、イルサネリアがなければ死んでいた。
しかしナイトレイドを退けたということは、彼らにとってアリィは油断できない敵と認識されてしまったということ。
加えて、そのことも皇帝陛下の前で話すよう命令がきたとなれば憂鬱でしかない。
(帝具使いだから前線に出すとか言われたら困るんですよね)
なぜなら、死にたくないから。
もともと侍女として働く用意が進められていたため、これ幸いとばかりにその話をごり押ししたのである。用意を手伝ってくれていた貴族には感謝である。
もっとも、その貴族もアリィが忙しい間に殺されてしまったのだが。
なぜアリィの家がその貴族と親しかったのかというと……遠い血縁関係があったということもあるが、“趣味”があったからという理由もある。娘のアリアなどは喜色満面で人の虐げ方を紹介していたものだ。
そして、それがナイトレイドの目にとまり殺害されたということだ。
アリィのような幸運は、彼らには訪れなかった。
「あぁ、本当に。死ななくてよかったです」
その後。ついにアリィは、皇帝への謁見に臨むことになる。
「アリィ・エルアーデ・サンディス。本日よりお世話になります」
「うむ。顔をあげてよいぞ!」
皇帝陛下は、幼い少年だった。
聞いていた通りだが……予想以上に子供だった。見た目も、雰囲気も。
その横でクッチャクッチャと肉を噛む腹の出た巨漢が前に出る。
「いやぁ、聞きましたぞ? ナイトレイドを退けたとか。実に頼もしいですなあ」
ふっふっふと笑う男に内心アリィは舌打ちをする。
目の前の男はオネスト大臣。皇帝から信頼を得てその座に就いた切れ者。さらに皇帝を傀儡とし、悪政をつくす帝都腐敗の根源ともいえる存在である。
しかし、アリィにとってこの大臣が腐敗政治を行う存在であることはさほど重要ではない。その腐敗政治の悪影響が自分に来なければそれでいい。
アリィが問題に思ったのは別のことである。すなわち、先ほどの大臣の言葉。
「ナイトレイドを退けた」……これはそこらの一兵卒では到底なしえないことである。ましてや一人で。ましてや複数人を相手に。
だがアリィとしては困るのだ。大きな兵力と扱われても困る。
なぜならば――
「僭越ながら。私はあくまで、死におびえる、侍女がやっとの女でございます。勇猛果敢な兵士の方々と肩を並べることはできませんでしょう」
アリィは、死にたくない。
戦いを仕事とする兵士にされては困るのだ。だから婉曲的に、「自分は兵士になる気はない」と断って見せた。
(ほう……頭は回るようですねぇ)
オネストは新しく来た人間が手駒にできるか。それを見極めようとしていた。
新たな帝具……それも記録に残らなかったもの。まず革命軍がこの帝具について情報を持っていることはないだろう。もし自分たちの側に引き込めればそれは素晴らしいアドバンテージになる。ナイトレイドを退けたという実績は十分なもの。
しかし自分の敵になるようならさっさと処分したほうがいい。
だからこそ、彼女を見極める必要があったのだ。
(加えて見た目もいい。若い。使えそうなら陛下の側に置くのもアリですな)
皇帝の側とはつまり、自分の側でもあるのだが。
しかし、強力な力を持っているようだがどうやら戦いは嫌だという。
ならばもう少しつついてみるかと、オネストは口を開いた。
「しかしですなぁ。貴重な帝具使い。遊ばせておくわけにもいかないのですよ。最近は革命軍やナイトレイドといった邪魔者が多いのはあなただってご存知でしょう、ねぇ?」
目の前の女はつい最近ナイトレイドに襲われたばかり。オネストの言葉には自然と重みが出る。そして決して無理なことは言っていない。あくまで正論で攻めたのである。
「仰ることはごもっともです、ですが、私は争いの場に出ることは嫌なのです。死にたくありませんから。そしてこのような私だからこそ、イルサネリアは適合したのです」
「ほう。そういえば、あなたの帝具についても話を聞きたかったところです。聞かせてもらえますかな?」
ナイトレイドを撃退する帝具の力。オネストとしてはぜひ聞いておきたい。
アリィとしても、侍女として皇帝に仕える以上情報まで隠し通せるとは思っていなかった。それに、イルサネリアの力はけっして対策がたてられるようなものではない。
だから情報を開示することに抵抗はなかったのである。
「はい。まず帝具の力から申し上げます。イルサネリアの能力は、一言で申し上げますと――」
アリィが退出した後、謁見の間は異様な沈黙に包まれていた。
オネストとしても、どうしたものかと頭を抱えていた。
「どうしたのだ、大臣? アリィに何か問題でもあったか?」
「いえまあ、多少は」
「しかし、アリィに対して悪意がなければそれでいいのだろう?」
アリィからは実に有用な話が聞けたが、オネストにとって困ることはいくつかあった。
まず一つ……死相伝染イルサネリアは“オンオフが効かない”ということ。
つまりそれを聞かされて初めて、この部屋にいた全員が「既にイルサネリアが発する瘴気に
だがアリィの話によれば、アリィに悪意がなければ問題はないという。
――そう、アリィに、悪意さえ持たなければ。
(つまり彼女に対し害するようなことを考えたら死ぬかもしれない、とは……)
実に厄介な能力だとオネストは思う。
なにせ暗殺を企もうにも、企んだ時点で効果は発動する。しかも殺意を抱き続けようものなら、そこに待っているのは自分の死だ。いまいましいことに、ナイトレイドは腕こそちぎれたそうだが死ぬまでには至らなかったという。
(どうせなら逃げずに死ぬまで戦えばよかったものを……でしたら我々の負担が減ったというのに)
ストレスがたまってしまう、とオネストはハムをまるごと噛みちぎる。
正直その能力は実に魅力的だった。ナイトレイドを撃退できたのも納得である。
自分が手に入れられれば、と思うほどですらあった。しかし、オネストはアリィからイルサネリアを奪おうという気はさらさらなかった。
理由の一つは、もちろんアリィに悪意を抱けないこと。
彼女はすでに、イルサネリアを己の命綱と認識している。それを奪おうとすることはすなわちアリィの命を脅かそうとするも同然の行為だった。
悪意とはいうが、正確にはイルサネリアが所持者の意思をもとに、所持者にとって悪意にあたるのかを判定するというのがアリィの話した見解であった。
そしてもう一つ……
オンオフが効かない程度では済まない、イルサネリアが失敗作とされたことにも関わる理由。
(さすがに私では……おそらく適合しないでしょうねぇ)
イルサネリアには、作成された時より適合者が見つからなかった。
そして適合しなかった者の多くが、発狂することになったのだ。発狂しなかったとしても、適合することはできなかったのである。
ただ一人、アリィという例外を除いては。
なぜアリィにしか適合しないのか、考えられるその理由も聞かせてもらった。
その話もまた、オネストの頭を悩ませるものではあったのだが。
(困りましたねぇ。せっかくの強力な帝具なのですが)
イルサネリアが抱える問題。帝国を守る武具としては失敗作とされた理由。
それは……
命をかけて戦う軍人や兵士には、絶対に使うことができないためである。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて