侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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アリィ救済編
第54話 革命が起きるとしても死にたくない


「……ん」

 

朝日が昇る中、ウェイブは目を開けた。

アカメとクロメの決闘が終わった後、ウェイブは見晴らしのいい丘の上にクロメの亡骸を埋葬した。

彼女を埋め、墓石がわりの石を用意し、彼女が持っていたお菓子の入った袋を石の前に置く。

 

その時点ですでに深夜となっており、ついウェイブは肉体的にも精神的にも疲れ果てていたことからそのまま眠りこけてしまったらしい。

起き上がると、全身に痛みが走る。木に寄りかかって寝るという無理な体勢で寝たせいもあるだろうが、一番の理由は帝具の同時使用だろう。

 

グランシャリオとマスティマ。二つの帝具を持ったままここにいるが、ウェイブはどうしてもすぐ帰る気にはなれなかった。

頭の中に、別れ際のアカメとの対話を思い出す。

 

『俺は……これからなんのために戦えばいいんだ……?』

『覚悟がないなら、武器をとるな。戦っていいのは、覚悟のある者だけだ』

 

自分にとっての、戦う理由。

愛する人を守れなかった自分に、いったい何が守れるというのだろうという迷い。

そして……クロメが最後に言った言葉もまた、ウェイブが帰ることをためらう理由の一つであった。

 

『ウェイブが許しても……アリィさんが許さない!!』

 

クロメは、自分の言葉が届かないまでに、アリィのことを大事に思っていた。

いや、むしろアリィに依存していたというほうが正しいのだろう。彼女は言っていた、仲間を守ってくれるのはアリィであり、だからこそ自分はアリィのために戦うのだ、と。

まるで狂信者のごときクロメの姿。それがウェイブに恐ろしい疑念を抱かせる。

 

「……くそっ」

 

信じたくはない。

信じたくはないが……クロメやその仲間たちは、アリィに縛られていたのではないだろうか。

オネストがやっているような、恐怖と権力で縛り付ける支配ではない。

相手を助け、自らを狂信的なまでに信用させるまるで甘い毒のような支配。

思い出してみれば、初めてイェーガーズが集合したあの時もクロメはアリィに対して好意的だった。

つまり……あの時からずっと、アリィはクロメを精神的に支配していたのでは……

 

アリィは、いったい何を考えていたのだろう。

彼女は、クロメのことをどう思っていたのだろう。

それを知るのが恐ろしくて……今まで信じてきたものがさらに崩れ落ちそうで……ウェイブは帰れなかった。

 

情けないな、と自嘲しながら後ろを向くと、そこにはクロメの墓がある。

自分のこんな様子を見て幻滅しただろうな、とウェイブは寂しそうに笑う。

クロメの墓に近づくと、すでにもうここにはいない彼女に語り掛けるように、ウェイブは己の胸の内を吐露した。

 

「俺は軍人だ。軍人は民を守るために戦う……そう信じて俺は戦ってきた。なのに、俺は一番大事な存在(お前)を守ることができなかった。散々俺が守るだなんて言っておきながら、何もできなかった……」

 

その挙句がこのざまだ。

 

「俺は今……何を守ってるんだろうな……」

 

ウェイブの声が、静かに朝の森に溶けていく。

彼の心からの問いに、答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

宮殿内の練兵場では、いよいよ革命軍の総攻撃がくるということで、エスデスがこれまでに準備していた戦力が皇帝やオネストに披露されていた。

皇帝の横にはアリィもいるが、彼女はすでにこの存在を知っていた。

 

「おぉ……これは」

「兵力が足りないなら無から用意するとは……いやはや、さすがはエスデス将軍ですなあ」

 

彼らの前に並ぶのは、氷で作られた兵士たち……「氷騎兵」。

エスデスが毎日少しずつ作っていただけあり、その数はアリィがかつてイェーガーズの集まりで見せられた時とは比べ物にならない。

 

一方、この光景におののいていた者もいる。

それは、総攻撃を前に最後の情報収集のため宮殿に潜り込んでいた革命軍の密偵たちである。

もともと以前から「氷騎兵」の情報はこの場にいる仲間の一人からあがっていた。しかしその段階ではあくまで氷による兵隊が用意されているらしい、という概要に過ぎなかった。

 

つまり……今彼らが目にしているほどの数がいるとは、知らなかったのだ。

 

「まさか、帝国にまだこんな力が……」

「この数はまずい。ただでさえ我々の戦力は予定より少ないというのに」

「そ。やっぱり氷騎兵についてある程度は知ってるよねぇ」

「「「!!?」」」

 

全員が驚いた顔で振り返る。

潜んでいた彼らの後ろに立っていたのは一人の女性。

密偵のうち、男性二人が相手へと襲い掛かるが、女性は軽やかな身のこなしで、一瞬で二人を地面にたたき伏せる。

最後に残った密偵の女性のほうを見るが、彼女は震えて動かない。

 

密偵たちをたたき伏せた女性の名はスズカ。かつてロマリーにてボリックの護衛として集められた羅刹四鬼の、最後の生き残りである。

スズカにやられた男たちは、戦闘でかなう相手ではないと判断し、即座に逃亡を選択する。

彼らの任務は戦闘ではなくあくまで情報偵察。ここで戦うという選択は愚かな行為だ。

 

「逃げるぞ! お前もはやく……えっ」

 

震えて動かない女性を引っ張ろうと手を伸ばしたとたん……これまで動かなかった女性が俊敏な動きで隠し持っていたナイフを密偵の首に走らせる。

何が起こった、と思考が停止したもう一人も、後ろから身体操作により爪を伸ばしたスズカによって胸を貫かれ、そのまま絶命した。

 

「すごいですね、これが羅刹四鬼の身体操作……初めて見ました」

「君も今の動きは鮮やかだったけどねー。何、暗殺部隊でも十分やっていけたんじゃないの?」

「いえいえ。私は体がもちませんでしたから……技術だけは体が覚えていた、それだけです」

 

スズカと、そして革命軍側であったはずの女性の密偵がケラケラと笑う。

腕を振るうと、革命軍の密偵の姿からクロメたち暗殺部隊に似た学生服を着た少女へと姿を変える。

隠密部隊に所属し、アリィより与えられた帝具・ガイアファンデーションの使い手たるメイリーだ。

 

「こいつら見逃さなくてよかったの?」

「氷騎兵の情報はすでに流してますから。必要以上に情報を流す必要はありませんよ」

「ふーん。ま、アリィさんも承知ならそこまで考えなくてもいいか」

 

あの人マジでやばいもん、とスズカはつぶやく。

実は彼女、アリィが宮殿にて暴走した際に鎮圧するために命じられて彼女に襲撃をかけるはずだったのだが、攻撃を仕掛ける前の時点で「あ、これは無理だ」と悟った。悟らざるを得なかった。

なにせ気配を消して近づいたはずなのに、しかもまだ距離が明らかにあるはずなのに、彼女の視線はスズカを射抜いていた。おまけにその傍らで貴族や兵が何もできずに死んでいった。

 

仮にも羅刹四鬼だ。戦うことができればたいがいの相手には勝てると思っている。

だがアリィは違う。アリィはそもそも、戦いになることすら認めない。向かってくるものはただ彼女の帝具によって殺される。

故に彼女は降伏した。

彼女曰く、決してその時の視線だけで殺されるかと思ったあの感覚にときめいたわけではない。

 

裏で革命軍の密偵達が殺されたことを知ることなく、皇帝はエスデスが見せる氷騎兵に見入っていた。

しかし同時に悔しくもあった。彼女が見せるような力など、自分にはない。

革命軍が迫る中、帝国を、そしてアリィを守る力が自分にはないと。

 

「素晴らしいなエスデス将軍。余にも、何か力になれることがあればいいのだが……」

「おぉぉぉぉ! さすがは皇帝陛下、そのような慈愛あふれる高潔さ、このオネストただただ感服するばかりでございます……」

 

皇帝の言葉に涙して頭を下げる……演技をするオネスト。

もちろん、頭を下げるその内心ではもくろみ通りだと笑っている。

表情を厳しいものに変えると、オネストは革命軍を葬るための”具申”をする。

 

「では陛下には……”あれ”を使っていただきたく」

「……っ! やはり、使うのか……」

「至高の帝具。皇帝陛下のみが許されるそのお力を……今こそ振るう時なのです!」

 

皇帝はアリィの方に視線を向け……そのあと、静かにうなずいた。

自分が、守らなくてはならないと。

 

その後、廊下を一人歩くオネストは満足そうな笑顔を浮かべていた。

皇帝が至高の帝具を使うことを決断した以上、こちらの勝利に限りなく近づいた。

さらに氷騎兵、そしてそれを操るエスデスがいる。

 

(かかってきなさい反乱軍……歴史に残る、大量殺戮をなしとげてあげます……!)

「オネスト大臣」

「!」

 

背後から、突然声をかけられる。声の主は、先ほど何も言うことなく皇帝の横にいた人物。

ゆっくりと振り返ると、アリィがじっとオネストを見つめていた。

 

「何か、用ですかな?」

「至高の帝具……どのようなものかはだいたい知っています。大臣は、あれを皇帝陛下に使わせるのですね?」

「えぇ、そうですとも。アリィ殿は反対なのですかな……?」

 

やはり知っていたか、とオネストは内心舌を巻く。

考えてみれば、彼女は直接聞いたわけではないがドロテアを殺した可能性が高い。ならばその時に至高の帝具について何か情報を聞いていてもおかしくはない。

さらに言えばあれはかなり強力な力を持っている。巻き込まれることを恐れるなら使用に待ったをかける可能性も……

 

「構いませんよ。革命軍を葬るのであれば、必要なことです。徹底的に、何万人と殺すことになろうが知ったことではありません。存分に消し飛ばしてしまえばいい」

「おやおや……反対なさるのかと思って一瞬冷や汗をかきましたよ」

「ただし」

 

予想外の肯定に、オネストの頬が緩む。

反乱軍を滅ぼすためならばどれだけ殺そうとかまわないと言い切る彼女はやはり自分と同じ側の人間だ、とオネストは思ったが、アリィは一言だけ、彼に釘を刺す。

 

「余計なことだけは、しないでくださいね」

「えぇ、えぇ。わかっております」

 

 

 

 

 

革命軍拠点には緊迫した空気が流れていた。

ついに、革命軍は悲願であった革命を起こす。すべてを成功させ、国を変えるのだと息巻いている。

そんな中、生存者は残り三名となったナイトレイドもまた、緊張の中にあった。

 

「ではこれより、最終標的を確認する!」

 

革命にあたり、絶対に殺さなくてはならない人間。平和な時代を作っていくためには邪魔でしかない、これまでの帝国で数多く人々を苦しめてきた外道たち。

 

大臣オネスト……帝国を腐らせてきた、諸悪の根源。

エスデス将軍……戦乱を好む魔人であり、彼女がいる限り平和な時代は帝国には訪れない。

サイキュウ……暗殺部隊設立をオネストに進言したオネストの補佐。

 

「この三人だけは、絶対に葬らなくては虐げられた者たちの怒りが収まらん……!」

「ボス、ドウセンなどはどうした?」

 

アカメが疑問を口にする。本来なら、もっと多くなるかと思っていたのだ。

だが、本来この中に入っただろう人間……ヨウカン、コウケイ、ドウセンはすでにこの世にはいない。

 

「彼らは先日……アリィによって殺された。何があったかはわからんが、密偵の報告によると宮殿で内政官がアリィを怒らせた結果、アリィが足を引っ張りかねないと判断したものをことごとく粛清していったようだ。彼女も追い詰められている、ということなんだろう」

「……アリィ、か」

 

タツミにとっては複雑な存在だ。

タツミはイェーガーズ、というかエスデスに拉致されていたころ、アリィと対面して直接言葉を交わしたことがある。

最初はただの侍女だと思っていた。しかし自分の正体を見抜かれたりロマリーでの凶行を見たりした後では……彼女の恐ろしさを思い出すだけだ。

 

「ボス。アリィは最終標的には入らない、ということでいいのか?」

 

アカメの言葉に、ナジェンダはやはり聞かれるかと息を吐く。

正直、ナジェンダとしても彼女についてどう判断するかは迷った。アリィによってレオーネやチェルシーは殺されたし、ラバックやマイン、スサノオが死んだのも元はと言えばアリィがラバックとタツミを捕らえたことが発端である。あの捕獲作戦は裏でアリィが動いていたのだと知ったときは、すべてが手遅れだった。

 

故にナイトレイドにとって、アリィは天敵ともいえる。

だが……それでも、ナジェンダはアリィを絶対に殺さなくてはならない標的とはカウントしないことにした。

 

「ああ。もちろん殺せるようであれば殺して構わん。しかし、彼女を優先するよりもこの三人は何としてでも消さなくてはならない。新しい時代を作っていくためにも邪魔な存在だからだ。その点からするとアリィは放置してかまわん。私たちは革命を、帝国の打倒を優先するんだ」

「「了解」」

 

とはいえ。アカメの心の中にはうっすらと不安が渦巻いていた。

オネスト、エスデス、サイキュウの人相書きに加え……横に分けるように置かれた、アリィの人相書きをじっと見つめる。

 

(本当に……本当に、アリィを止めなくとも革命は成功するのだろうか……?)

 

 

 

 

 

様々な人の心が渦巻く中、すべての舞台は整った。

もはや流れを止めることは不可能。

革命が、始まる。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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