侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第55話 弱者であっても死にたくない

「同志たちよ! 今日、我々は歴史を変える! 腐敗しきった帝国を打倒し、民のための、新しい国を作るのだ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

指揮官であるナジェンダの声に、革命軍の兵士たちからは大きな声が上がる。

革命軍の数は当初予定していた人数ほどではなかった。アリィの策により協力を断った有力者の助力はその大半が再び取り付けることはできなかったが、それでも革命軍は今、帝都を包囲している。

 

その軍勢を、帝都を囲む壁の上から見る三人の人影があった。

 

「フ……圧巻だな」

「いやー、アリィさんが戦力が減るように細工したはずなのに、それでもワラワラいるもんですね」

 

一人はエスデス。これから始まる戦いに高揚が止まらない生粋の戦闘狂。

もう一人は、エスデスの連絡役として任命されたスズカである。

見渡す限りの敵という光景にエスデスは喜びを覚えていたが。一方で本来ならもっと多かったのだろうと思うと落胆する気持ちもある。

 

「まったく……どこぞの誰かが余計なことをしたせいで人数が減ったのは興ざめだな」

「余計な事、ですか?」

 

ジロリと睨みつける三人目……アリィの視線など気にも留めないエスデスは、その通りだとうなずく。

彼女は自分が絶対的な強者であると理解している。故に兵力が多かろうと自分なら蹴散らして見せる。それが彼女の考えだ。

確かに、相手の戦力を削ることは立派な戦術の一つだ。

しかし……一人で大勢を打破できる彼女にとっては、アリィのしたことは「弱者の思考」にすぎなかった。

 

「お前がしたことはしょせん革命を止めるでもなく、戦力の一部、それもあったところで特別戦局が変わるわけでもない、数だけの戦力を削っただけだ。その程度の小細工にすがるのはしょせん弱者の思考だ」

「えぇ。弱者の思考です。それが何か?」

 

だが、アリィにとっては「弱者の思考」という言葉は嘲りにもならない。

彼女は自分が「弱者」であると十二分に理解している。本来なら蹂躙するのではなく蹂躙される側であることを理解している。

だから彼女は策を練る。

 

「小細工、弱者のやり方、大いにその通りですとも。勝つために策を弄し、勝つために仕込む。当たり前の話ではないですか」

「ふん。そんなもの、私には」

「必要ないとでも? ろくに勝てないあなたが、そんなものなぞ必要ないと言うとはおかしな話です」

「……なんだと?」

 

「ろくに勝てない」などと言われて黙っていられるエスデスではない。

しかし。アリィは、ただの一度も、「エスデスが勝利した姿」を見たことがない。

それもまた事実なのだ。

 

「ロマリーではあなたはナイトレイドの策にはまり、分断された挙句何もできませんでした。キョロクでは結局護衛任務に失敗していましたね? 闘技場の戦いでも、結局ブドー大将軍が死んだ挙句ナイトレイドを取り逃がしているではないですか」

 

確かに彼女はただの一度も敗北していない。スサノオを破ったのもエスデスだ。

だが、彼女は最終的にはナイトレイドに勝利することができていない。敗北はなくとも、完全な勝利はただの一度も果たしていない。

 

「もう戦いは始まりました。今更あなたが勝つために何かを準備する時間もないでしょうが。今までと同じ考えで挑むというのならどうぞ一人で自滅してください。私を巻き込まないところでご自由にどうぞ」

「私がいなくて帝国が勝てるとでもいうのか?」

 

アリィの言うことが気に食わず、エスデスは自分が負けるときは帝国は終わりだ、と暗にアリィを追い詰める。

確かにエスデスは帝国にとっては大きな戦力である。それは紛れもない事実であるし、アリィだって彼女の力の大きさを理解している。

ただ。

 

「”はい”。確かにあなたは強いですし、貴重な戦力です。ですが……あなたが負けても帝国は勝てる。私は勝てる」

 

あなたの力に依存なんてできるわけないでしょう? と胸に手をあてたアリィは答え、エスデスの力に頼らなくても自分は勝つと言い切って見せる。

今までの準備はそのための仕込みでもある。どうせ仕込むなら徹底的に仕込む。たとえエスデスという戦力が失われようとも自分が負けることだけは、死ぬことだけはないように。

 

「ほう……随分と言うものだ」

「死なないために必死なんですよ、私は」

 

外からは何やら声が聞こえる。

次の瞬間、彼女たちに向かって大砲が撃ちこまれるが……それらはすべてエスデスの氷によって相殺された。

大砲が撃ちこまれたことにより、アリィの表情が僅かに歪む。さらに、彼女の顔や腕が黒く染まり、そこから瘴気があふれ出す。

 

「私が死なないためならば、戦場にだって立ちましょう。必要ならば、人間であること(・・・・・・・)すら捨てましょう」

「そういえば、臆病な貴様がよくもまあこんなところに顔を出したものだ。今更ながら何が目的だった?」

「布陣を確認しておきたかったんですよ……もう充分です。スズカさん、例の場所に飛ばしてください」

「はいよっ!」

 

スズカが袖口から出したシャンバラをアリィに向け、アリィはその場から消失した。

動き出した革命軍に対し氷騎兵を差し向けながら、エスデスはアリィに対しては珍しく歓喜を顔に出していた。

 

「ハハッ、人であることすら捨てるとまでいうのか……。革命軍の次は、人を捨てたあいつと戦うのかも一興かもしれんな……!」

(あぁ、嬉しそうで何より……)

 

エスデスの嬉しそうな、氷のように冷たく笑う顔に被虐趣味のスズカは恍惚を覚える。

さらにもう一つ、彼女の心には「納得」があった。

当初、アリィに対しては不思議に思っていた。別にアリィに対して、帝国を裏切るなどといったそのような心配はまったくしていない。ただ、アリィと関わって日が浅い彼女はアリィの行動を疑問に思ったのだ。

 

かつて彼女に襲い掛かろうとしたときに味わった、殺気とは別の悪寒。「これ以上踏み込めば死ぬ」という、生物としての根源的な恐怖。本来なら感じるはずの殺気が感じられないだけに、今までにない恐怖を感じさせ、スズカの被虐心を躍らせたものだ。

そんな彼女の行動原理は、「恐怖」だったはずだ。死にたくない、という言葉はこれまでに何回も聞いた。

しかしだからこそ疑問に思っていたのだ。

 

(そんなに怖いなら、他のお偉いさんみたいに宮殿とか安全なところに隠れればいいのにねー)

 

彼女がシャンバラでアリィを転送した先は、宮殿でもなければ隠れ場所でもなんでもない。

死を恐れるはずの彼女がなぜそこに行くのだろうか、とはマーキングを命じられた当初からずっと疑問に思っていた。

だが……アリィの去り際の言葉を思い返せば。今では納得がいくのだ。

 

彼女は死を恐れている。そしてアリィは、革命は自分の命を脅かすものだと認識している。

かつて彼女を殺そうとした革命軍が国を支配することになれば、きっと自分は殺されると。自分の持つすべてを奪われたうえで命すらも奪われるのだと。

 

だから……彼女は本気で、それこそどんなことをしてでも、この革命に抗おうとしている。

彼女は言った。「死なないためならば、戦場にだって立つ」と。

矛盾した言葉のようにも思われる。しかし違う、違うのだ。

アリィにとっては……まったくもって、矛盾した言葉ではないのである。

 

 

 

 

 

戦闘は激しくなっていた。

エスデスが一人で革命軍の砲撃を退けたことを受け、革命軍は危険種を操る帝具による、危険種戦力を投入。

一方で帝国も、同様の帝具で空中を警護させていた危険種たちを呼び寄せ、革命軍の危険種と戦わせる。

人間だけでなく、危険種までもが乱戦を繰り広げていた。

 

「ははは! これぞ最終決戦にふさわしいセレモニーだ! 盛り上がってきたところで本格的に始めようか、氷騎兵、突撃!」

 

危険種のぶつかり合いにより激しさを増す戦場に、エスデスは喜んで笑う。さらに、自らがこの決戦のために少しずつ用意してきた戦力……氷騎兵をここで投入した。

数こそ革命軍に劣るが、その力は一騎で何人もの兵士を薙ぎ払えるほどのものだ。

ゆえに、数で劣れども革命軍にとっては十分な脅威となる。

しかし、氷騎兵が革命軍に迫る中、一人の人影が氷騎兵の前に飛び出す。

 

「インクルシオォォォォォォォ!!」

 

竜の鎧をまとったタツミが、瞬く間に氷騎兵を二体、手にした武器で切り刻んだ。

タツミの活躍に革命軍は喝采を上げるが、一方でタツミは内心冷や汗をかいていた。

瞬く間とはいっても、実際に戦ったからこそ分かることもある。

 

(こいつら、一体一体がかなり強い……気合い入れていかねえとやばいな)

 

革命軍と帝国軍、最初のぶつかり合いはこうして危険種と氷騎兵の登場により、まず帝国側が人間以外の戦力によって革命軍を攻撃していくことなる。

もちろん、この攻防の裏で、ナジェンダはひそかに指示を出し、少しずつ次の行動に向け布陣を動かしながらも的確に氷騎兵に対処している。

だが。ナジェンダはまだ気づいていなかった。

この場に帝国の兵士が来ない、本当の理由に。

 

 

 

 

 

宮殿・最上階。

オネストと、杖を手にした皇帝は至高の帝具を目覚めさせるためその場にいた。

 

「伝令によると、エスデス将軍たちは敵をよく防いでくれているそうです」

「おお、さすが将軍だな!」

 

これからやろうとしていることに少々気後れしている様子だったが、オネストの言葉を聞いて顔を輝かせる。

しかし、それだけでは弱いと感じたオネストはさらに言葉をつづけた。

 

「アリィ殿も、敵を押しとどめるのに尽力しておられるようですが、万が一のことがあってはたまりません。彼女たちがふんばっている今こそ、皇帝陛下にはできることを、その準備をしていただきたいのです」

「今の余にできること……至高の、帝具」

「はい。偉大なる皇帝の血族でなければ至高の帝具は使えません。他の者ではだめなのです」

 

自分の手に、その手に持つ杖に視線をやる皇帝。

その杖こそ至高の帝具を起動させる鍵であり、ひいては皇帝自らが力をふるうことになる鍵でもある。

だが。だが、今はエスデスや兵士、そしてアリィが自分の代わりに敵の攻撃を防いでいるのだ。そう考えると、杖を持つ手に力が入る。

いつだったか、アリィが質問してきたことを思い出した。

「もし自分が違う親の元に生まれて来たら」。そんな質問をされて、自分が皇帝じゃなかったらと考えたことはあると吐露した。

それでも、自分はこう答えたはずだ。

 

『確かに余は皇帝としての日々に重荷を感じたことはある。だが、父上と母上の息子として生まれたことを余は誇りに思っているし、そうでなければよかったと残念に思ったことは一度としてない』

 

今手に持つ杖は、まさに皇帝としての重荷を象徴するかのように実際以上の重さを感じさせる。

だが。

それでも。

自分は――皇帝。帝国を背負う人間なのだ。

 

「よし!」

 

皇帝は一歩、前に踏み出した。

 

「見ていてくれ……余の初陣を!」

 

決意を固めた皇帝を、オネストはこれでもかとほめはやす。

これから彼がやることに対し、決して疑問を持たないように。

 

「おお……さすが陛下。その勇敢さ、その心! まさに名君の器にございます! 心なしか、後ろ姿も先帝……父君に似てきましたなぁ……」

「……そうか。それは嬉しいことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、その父親を殺したのは、ほかならぬオネストその人なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

(私は何も悪くありません。少しずつ毒を飲ませたというのに気づかない、お人よしの先帝に問題があります)

 

杖を差し込む台座への階段を、皇帝は一つ、また一つと登っていく。

 

「父上は偉大な皇帝だった。母上が後を追って殉死したほどの。余は。二人の子として、恥ずかしくない皇帝でありたい」

 

母親が殉死?

 

(あれは私が無理やり、毒を飲ませて後追いに自殺に見せかけただけですよォ……)

 

台座についた皇帝は杖を差し込む。

次の瞬間、彼の頭の中にあふれるかのように情報が流れ込んだ。

頭に直接流れ込むそれは、至高の帝具の操縦方法、そしてその帝具の力について。

 

「大臣! これは人そのものを滅ぼす兵器になりかねないぞ! 危険すぎる!!」

「ですからっ! 陛下に叡智をもって乗りこなしてほしいのです! 千年続いた帝国を終わらせるわけにはいきません! 帝国を、そして陛下が守りたいものを! 守るためなのです!」

(陛下は私のいうことを聞いていれば大事にしてあげますから……今もこれからも頑張りなさい、グフフフ)

 

オネストの内心に気づくことなく、皇帝はその言葉を受け入れる。

 

(父上……母上……)

 

皇帝の脳裏に浮かぶのは、尊敬する両親の姿。

そして――

 

(どうか余に帝国を、そして……)

 

質問の答えを聞かせたあの時に見せてくれた、少女の笑顔――

 

(愛する者を、守る力を……)

 

少年の純粋な気持ちに応えるかのように。

帝国の切り札である、最悪の兵器が目覚めようとしていた。




「死にたくない」キャラクターの話を、最近いろんなところで見るようになりました。
このサイトでも読みましたし、FGOでもですし。

アリィもまた、死にたくない。
だからこそ彼女が何をしようとしているのか。彼女の心をどう書こうかと悩んでいたらいつの間にか時間がたっていました。

「死にたくないから戦場にだって立つ」
彼女の考え方がこの物語の当初から変化したからこその発言です。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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