侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第8話 ドSに目をつけられたけど死にたくない

アリィの今日の仕事は、珍しく宮殿外へ出るものであった。

いわゆるおつかいの類ではあるが、ただのおつかいではない。

なにせ今日は二人宮廷勤めの兵士が横にいるのだ。彼らは彼らで別途仕事があるのだがアリィとしては前回のように敵が現れても自分が戦わなくて済むと大変ご機嫌だった。

 

彼らの目的地、警備隊本拠地に到着すると、入り口で名前を言うだけで別室に通される。

すでに連絡が伝わっていたらしい。

 

通された部屋には、一人の女性がベッドに横になっていた。

アリィたちの姿を見ると、腹筋を使ってあわてて起き上がろうとする。

しかし、あわてていたせいかうまく起き上がれずバタンとベッドに倒れこむ。真っ赤になった彼女は頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません!」

「いえいえ。両腕がないと起き上がるのもつらいでしょう。どうぞ、そのままで。私は皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスと申します」

「自分は帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタスであります! 敬礼もできず、このような姿でもうしわけありません!」

 

女性……セリュー・ユビキタスはせめてもと頭をさげる。

そんなあたふたした彼女にかわいらしさを感じたアリィはにこりと微笑むと用件を伝えた。

 

「ナイトレイド討伐、おつかれさまです。皇帝陛下も大変喜んでおられましたことを伝えます」

「ハッ! 光栄であります! 自分は務めに従い、正義を執行しただけであります!」

 

さすがに皇帝がここまで来てセリューをねぎらうことはできない。

なので皇帝の代わりにメッセンジャーとしてセリューの元に訪れるのが今日のアリィの仕事であった。この後はセリューが回収したという帝具を宮殿に運搬するのも彼女の仕事だ。

 

とはいえ、彼女は肉体的には非力。

直接手に持ち運搬を担当するのが二人の兵士の役割であった。

 

「あ、貴方は! 首切りザンクという悪を倒した方ですよね!」

「は、はい……あぁ。そういえばあの時あなたもいましたね。すぐに気づけず申し訳ありません」

 

そう、アリィがザンクの首を警備隊詰め所に持っていったとき、警備隊の一人であるセリューもまたその日夜の担当で詰め所にいたのである。

本当は手をとって正義を語りたかったが、アリィが精神的に疲れきっていることが表情からわかっていたので自重した。話をきいて彼女が兵士ではない、侍女であるとわかった以上その恐怖も大きかっただろうと彼女を気遣ったのである。

 

「いずれまた宮殿でお会いするかもしれませんね。きっとあなたは出世しますよ」

「いえ……まずは両腕をどうにかしないと。知り合いの科学者の方が義手を作ってくださるとは言ってくださったのでまずはそれを待ちます」

 

万が一皇帝と鉢合わせでもしたときに今のような姿を見せるのは恥ずかしかったのだろう。

セリューの答えにアリィは微笑むと、おだいじにと言い残して部屋を出た。

ナイトレイドから回収した鋏型帝具、エクスタスはやはりアリィが持つには重かった。なので兵士にお願いしたため、アリィは運搬役をつけてくれたオネストに感謝していた。

 

(しかし、今日はやけに私へニコニコ笑顔を向けていましたが……どうしたのでしょう?)

 

大臣がアリィの機嫌を取ろうとしていた、その原因と出会うまで、あと少し。

 

 

 

 

 

宮殿に戻ると次は昼食の用意だ。

もちろんアリィ自身が食事を作るわけではない。専門のコックが作り、盛り付けた皿を台車で運び、食堂で給仕するのがアリィの仕事である。

しかし、いつも皇帝一人、または大臣との二人の食事であるはずが今日は三人分の皿が用意されていた。

 

「今日は一人多いのですね」

「あぁ。なんでも北からついにエスデス将軍が帰ってきたらしいぞ。それで、皇帝陛下や大臣と一緒に昼食をとるんだと」

「なるほど」

 

エスデス将軍の話ならアリィも耳にしていた。

若くして帝国の最大戦力の一人と数えられる女傑。強力な帝具を所持しており、自身の戦闘能力も相当高いのだとか。さらに性格は残酷、冷血なドSだという。

 

(因縁をつけられたりしたら嫌ですね……。襲われて死ぬのは嫌ですね)

 

恐怖を感じながら用意ができた台車を押し、食堂へ入る……前に、ノック。

 

「失礼します。本日の昼食をお持ちいたしました」

「入ってよいぞ!」

 

皇帝の声にアリィは扉をあけ、一礼する。

中にはキラキラした目でこちらを見る皇帝と、なぜか冷や汗を流しているように見えるオネスト。

そしてもう一人、目つきの厳しい女性がいた。彼女がエスデス将軍だろうとアリィは最大限警戒して給仕を始めた。

食事をしながら、オネストがエスデスにアリィのことを紹介する。

 

「あぁエスデス将軍。彼女が例の、新しい帝具使いでしてな。くれぐれも彼女を怯えさせたり、彼女に悪意をもつようなことはつつしんでください。あなたの部下にも、しっかり伝えておいてくださいね」

「ほう、こいつか?」

 

射抜くような視線。

瞬間、アリィは扉のほうへ後ずさり、プルプルと震えだす。

だが、エスデスは彼女の怯える様子を見てフン、と鼻を鳴らした。

 

「なんだ、相当な擬態かと思ったが完全に腰抜けではないか。あの程度殺気とも呼べんぞ。こんなやつが本当に帝具持ちを殺したりナイトレイドを撃退したというのか?」

「えぇ。それは間違いありません。もっとも、あくまで帝具の力であり本人は兵士になるのも嫌だと言っておりますがな。まあ戦闘能力もないし仕方ないと思うんですけどねぇ」

 

オネストがアリィの肩をもつが、その答えにエスデスは不満そうに続けた。

 

「だが軟弱にもほどがあるな……おい、お前。アリィとかいったな。私自ら鍛えてやる、私の軍に入れ」

「お断りいたします」

 

間髪をいれずアリィは拒否した。

冷酷だと噂の将軍の部下になるなど、アリィからすれば考えるだけで恐ろしい。冗談としても笑えない。とても自分が訓練についていけるとは思えず、むしろ訓練で死んでしまうのではとすら思った。

これについてはアリィの想像は決して間違いではない。エスデスの訓練はドSであると軍では評判である。

 

しかし、当然エスデスとしては面白くない。

さらに顔に不快さを表し、甘えるなとアリィに言った。

 

「ナイトレイドを撃退でき、帝具使いを一人殺している。実績はあるのだろう? つまり能力はあるということだ。だから後は、お前のその性根をたたきなおしてやろうと言っているんだ」

「その際死にそうなので心よりお断り申し上げます。そもそも、私は軍属になるのも希望しておりませんので」

 

互いに一歩も譲らない。

アリィは兵士となり命を懸けるなどまったくもって望んではいない。彼女は死にたくないのだ。だからこそ死の危険が高い兵士になりたいはずがないのだ。

 

しかしエスデスには理解できない。

力とは振るうべきものだ。力があるのに戦いを恐れるならそれは弱者の考えだ。

弱肉強食を是とするエスデスとしてはアリィをなんとしても戦えるようにしたかった。

彼女には、対ナイトレイドにあることを考えていたのだから。

 

「おい大臣。あの話は覚えているよな。先ほど廊下で私が頼んだことだ」

「え、えぇ。覚えてますが……いやまさか、アリィ殿を参加させる気ですか!?」

「エスデス将軍。アリィは余の侍女だぞ? あまり危ないことはさせたくないのだが」

 

オネストどころか皇帝まで難色を示す。

しかしエスデスは一切気にした様子もなく立ち上がるとアリィに指を突きつけた。

 

「この後訓練場に来い、仕事はほかの侍女にさせろ、私の名前を出せば嫌とは言わんだろう。お前の力がどれほどなのか私が手合わせしてやる。逃げるなよ」

「エスデス将軍!」

 

オネストが呼び止めるが、さっさと部屋を出て行ってしまう。

エスデスはそのまま訓練場へ向かうのだろう。

 

静まり返った食堂で、アリィはおそるおそる口を開いた。

 

「エスデス将軍と手合わせなんて、私死にかねないのですが」

 

皇帝もオネストも黙る。

二人ともアリィが戦えないことは知っている。アリィが先の出来事で生き延びたのは全て、帝具の力であってアリィの力ではないのだと。

故にアリィがエスデスと戦えるはずもなかった。

 

「なので私は訓練場に行く気はありませんが……構わないですよね」

「……あとでエスデス将軍には言っておきます」

 

搾り出すような大臣の声にアリィはにっこり微笑むと、一礼して台車を運んでいった。

エスデスとうっかり鉢合わせることがないよう、少し遠回りで。

 

 

 

 

 

「ねえねえ、そこのお姉さん!」

 

厨房に戻る途中、アリィは金髪の少年に声をかけられた。

 

少年は皇帝への謁見が終わったあと、主からはしばらく自由にしていいと言われていたので宮殿を散策していた。そこで、少年はアリィをみつけてしまったのである。

 

(うわ、あのお姉さん、とても僕の好みだ!)

 

言葉だけなら、微笑ましい状況かもしれない。

だが、違う。彼の本心は決して愛とか恋とかそんな微笑ましいものなんかではないのだ。

少年の名前はニャウ。エスデスに仕える三獣士の一人。

 

つい最近帝都に戻り、宮殿へ来たばかりの彼は、傷つけてはいけない侍女がいるなんて知らない。そんな話は聞いていない。伝えるべき主は現在訓練場で獲物を今か今かと待っている。

故にニャウは侍女なんていくらでも代わりが効く、そういうものとしか認識していなかった。

 

だから自分の趣味に走る。

気に入った女性の顔の生皮を生きたまま剥ぎ取ってコレクションするという、あまりに嗜虐的な趣味に。

 

「お姉さん、僕にその顔の皮剥がせて?」

「お断りいたします」

 

彼の純粋な悪意をアリィはすぐに見抜いていた。

だからすぐに、脱兎のごとく逃げ出した。

ニャウは相手がすぐさま逃げ出したことに多少面食らうものの、その顔はニヤリとゆがむ。

 

「その程度じゃ逃げられないよねー」

 

獲物を追って、少年の獣も走り出した。




エスデス「……遅い」





シェーレ死亡シーンはオールカットです。
特に接点もありませんし、ここでアリィを介入させる必要もなかったので。
次回でついに、多くの皆さんが予想を立てているイルサネリアの能力について触れることになりそうです(予定)

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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