一年に一度でも、彼等が言葉を交わすことが出来たなら。
彼等はまずなんと言葉を交わすのか。
「願いを書いて木に括り付ける?」
「そう、エミリアたんは初めて聞いた?」
「うん、スバルの故郷では普通なの?」
「あぁ、色んな所で短冊に想いを綴って笹……木に吊るすんだ。俺の故郷では普通だったな」
「じゃあみんなでやってみましょう。レム……のためにも」
ふと、スバルが故郷の話を聞かれて、星の話をしたのがきっかけだった。
七夕というものがあるのだと、口をついて出てきた。
この世界の暦には七夕なんてものはない、勿論七月七日という日付も存在しない。
この世界に来て、元の世界であったイベントをこちらの世界でもやりたいなど思ったことも無かった。
けれど、願いたい事はある。
叶えたいことも、叶えると誓ったことも。
ナツキ・スバルが彼女の英雄に誓ったあの時に。
彼女を失って、絶対に取り戻すと誓ったあの時に。
「だからこそ、願いとして吊るす事じゃ無いよな」
「急にどうしたのかしら。早く吊るすかしら、後ろが使えてるのよ」
「あぁ、ベア子先に吊るしてていいぞ」
「届かないからスバル待ちかしら。早く吊るすのよ」
「なるほどな」
ひょいっとベアトリスの短冊を取り上げて、突然行われる事になった七夕の為に屋敷の中心に立てられた木に、括りつけてやる。
願いは、『にーちゃと、その周りを囲む幸せ』と書いてある。
ベアトリスらしい、素直ではないが優しさが滲み出ている内容に、スバルは温かい気持ちになる。
「その『周り』には、レム、もいるかしら。スバルが何を悩んでいるか丸分かりだから一言だけ言わせてもらうのよ」
ベアトリスの口から『レム』という単語が出たことに驚いているスバルは、続くベアトリスの言葉に引き込まれる。
「叶えることも、叶えてやることも、願うことも、全て道の途中でしかないかしら。重要なのはレムが戻ってくる結果、何よりもそれを望んでいるのはそれを訴えて屋敷の皆とレムの繋がりを必死に保っているスバルだと、そう思うのよ」
ベアトリスの言葉に、スバルは言葉を返す事ができない。
「どうしても自分が戻してやりたい、それだけは譲れないというなら、戻してやった後の願いを書けばいいかしら」
スバルも、どんな手を使ってでも、どんな苦行を乗り越えてでも、レムを元に戻したいと思っている。
それが誰の手でも、神の気まぐれであったとしても構わないと頭では理解しているのだが、心が素直にそれを受け入れてくれない。
レムを元に戻すのはスバルでありたいし、他の誰かにレムが助けられるのを黙ってみていられないと思ってしまう。
それはスバルの『強欲』だ。
そんな『強欲』で元に戻せる機会を逃すのは馬鹿らしい。
スバルは頭の中で整理がついたと、短冊を書き直した。
新ロズワール邸の中央には、その広さと場所には似合わない細い木が一本、堂々と聳えている。
その枝にはパラパラと願いが散りばめられていてーーその一番高い所に、スバルの吊るした短冊がある。
願いは、『好きな人と、好きなだけ喋れるように』。
ーー七夕という物があるらしい。
ーー願いを吊るして、星に願うらしい。
ーーだとすれば、私の願いは。
ーーレムの、願いは。
七夕というものは、一年に一度、星の川によって切り離され普段会う事の出来ない二人の男女が会う事のできる日と、スバルくんが言った。
ベアトリス様が『にーちゃとその周りの幸せ』に、レムも含まれているのだと言っていたと、嬉しそうに、何処か哀しそうにスバルくんは言った。
エミリア様は、『レムが早く元に戻りますように』と書いたらしい。
それがレムの為に頑張ってくれるスバルくんの為なのか、それとも本当にレムの事を想ってかはわからない。
でも、レムの為に『七夕』をやろうと言ってくれたのは、エミリア様なのだとスバルくんは言う。
ーーじゃあ、スバルくんがやりたいと言ったわけでは無いのだろうか。
ーーそんな事を思うのは、レムの『強欲』だろうか。
そんなレムの思考を読み取ってくれたのか、決して返される事の無い言葉のキャッチボールをスバルくんは続ける。
スバルくんは、レムを元に戻したい。
けれどそれは願いなんて形で有りたくないのだと。
でもそれはスバルくんにとっての『強欲』で、それはレムが元に戻ることより大切な事じゃないと、ベアトリス様がスバルくんに教えてくれたと言う。
ーーレムを元に戻すのは、他の誰でもないスバルくんがいい。
ーーレムだってそう思いますと、一言言いたい。
だから、スバルくんは願いをこう書いたと。
『好きな人と、好きなだけ喋れるように』。
この言葉のキャッチボールが、投げた球が、いつか返ってくるようにと。
ーーその好きな人が誰かぐらい、レムにだってわかる。
ーースバルくんの声が、全て伝えてくれている。
ーーレムは、スバルくんがーー
スバルは、レムが好きな人だとは一言も言わなかった。
いつかレムに伝えるからと、一言添えて。
ロズワール邸の七夕の、『眠り姫』と『英雄』の時間は終わりを告げた。