「よぉ、カネキ。お互い大学卒業おめでとさん」
「やぁ、ヒデ。就職先見つけれなくてご愁傷様」
「言うなよっ。それだけは言うなよっ……」
「去年の春頃、4年になったばっかの時にCCGに就職決まったって言ってなかったっけ?」
「あー、それがよぉー。
上の人に気に入られて推薦してくれることになってたんだけど、近頃の喰種の活動沈静化とかで採用人数を削ったらしいんだよ。
おかげで8月に就職取り消しになっちまってさー」
「へぇ、そういうことだったんだ」
「知ってるか? 今年に入ってからだと、東京都内の喰種による捕食事件はゼロだぜ。
そりゃ採用人数も渋るわなぁ」
「……い、いいことじゃないか」
「そりゃそうだけどよー。丸手さんにも謝られたけど、それで就職なくしたのはキツいぜ。
おかげで就職活動遅れて結局見つかんなかったし……」
「それならちょうど良かった。
ねぇ、ヒデ。喫茶店業務に興味ないかい?」
「就職先紹介してくれんのか!? いや、この際はバイト先でも構わな…………ん? オイ、カネキ?」
「何さ?」
「何で左手の薬指に指輪つけてんの?」
「あーっと……まぁ、今日呼び出したのは、それを含めて話したいことがあったわけで…………ねぇ、ヒデ。
実は僕、喰種になっちゃってさ」
「知ってた。
ンなこといーからさっさと指輪はどういうことか教えろや、コラ」
「えっ?」
━━━━━篠原幸紀━━━━━
「19区を完塞。これで1区から19区までの完塞が終了しました。
残る喰種たちは20区から23区。そして24区にいるだけ…………のはずです」
特等捜査官会議で和修政準特等捜査官が19区完塞の報告を終えた。
本来は特等会議なので準特等である和修政捜査官は参加権はないが、19区の完塞を終えたことの報告と、それ以前に宇井が準特等時代から特等会議に参加権を持っていたので今更だ。
しかし私も含めてだが、19区の完塞という朗報を聞いても出席者の顔色が優れない。
「ご苦労、和修準特等…………と言いたいところだが、今回も結局アオギリは出てこなかったか。
いや、19区の完塞自体は喜ばしい。よくやってくれた」
「ハッ」
「となると次は20区だが、篠原特等。20区の様子は相変わらずかね?」
「はい。喰種の影も形も見当たりません。
ここ1年以上、喰種による捕食死亡者もいなければ喰種に遭遇した人間もいないことから、やはり20区にも喰種はいないのではないかと……」
「……フム、やはりか。喰種たちはいったいどこに消えたのやら。
昨日、コクリア付近に怪しい人影が出没したとの報告があったので、それが喰種なら何を企んでいるのかわかったものではないがな」
出席者の顔色が優れない理由がこれだ。
喰種たちがいなくなっている。
それだけ見たら喜ばしいことなんだけれど、私たちCCGが駆逐したからいなくなったというわけではなく、2年ほど前から急激に東京都内の喰種による捕食事件や遭遇事件が減っていった。
活動の活発化が警戒されていたアオギリの樹も同様に姿を消しており、ここ最近であった一番大きな喰種駆逐作戦で去年の“ビッグマダム駆逐作戦”ぐらいだ。アレも失敗に終わったがな。
それに伴いCCG捜査官の殉職者も減っており、今年に入ってから3か月以上経ったが今年の東京都内の捜査官の殉職者は未だにゼロ。
喰種がいなくなり、被害者がゼロになり、捜査官の殉職者もいなくなる。
やはりそれだけ見たら喜ばしいことなんだけれど、その理由がわからないのが不気味で仕方がない。
「東京23区から脱出したのかとも考えたが、23区外はもちろん名古屋や大阪などの大都市も含め、近隣の小さな町でも特に喰種による捕食死亡者が増えているという話は出ていない」
「となると喰種同士の抗争の結果……ですかね?」
「だとしても捕食死亡者がゼロになったりはしないでしょう、丸」
「ええ、例え24区に喰種が逃げ込んだとしても、結局は喰種は人間を捕食しなければ生きていけません。
喰種による被害者がゼロになったということが不可解ですわ」
「安浦レディの仰る通りですな」
いったいどういうことなのか。
確かに喰種は人間を一度喰いさえすれば1ヶ月程度は持つ。
しかし逆に言えば1年に10度は捕食しなければならないということでもある。
CCGによって喰種の駆逐が行われていたとはいえ、東京都内に住んでいたはずの喰種は1000や2000どころじゃないはずだ。
それなのにここ数ヶ月の捕食被害者がゼロ。東京以外の都市における被害は変わらないことから、喰種が東京都内のCCGからの追及を避けるために他の都市に移り住んだというわけでもない。
何度も言うが被害者がゼロだということは喜ばしいのだが…………いや、日本国内の他の都市ではなく、もしかしたら海外か?
アオギリ幹部のタタラのように、海外から日本に来た喰種も存在している。それなら逆に喰種対策に手をかけられない東南アジアなどの発展途上国ならば、CCGとの争いで鍛えられたアオギリなら敵無しだろう。
となると、ドイツなどの先進国だけではなく、発展途上国との連携も考えなければいけないか……。
「……これは、捜査官の間で噂になっていることなんですが……」
「噂ァ? 根拠もないただの噂だってのか、宇井?」
「え、ええ……」
「まぁまぁ、丸手特等。それで宇井特等、どういう噂なのかね?」
「はい。口にするのも憚るようなことなんですが、何でも喰種どもは……24区で人間牧場を作っていると噂が……」
「何と!? それが事実なら許し難いことだよ、宇井ボォーイッ!!」
「いえっ、ですから噂でして……」
「だが、それなら捕食被害者がゼロってことも納得がいっちまうなぁ」
人間牧場。要するに私らが鶏や牛豚を畜産しているように、喰種どもが人間を育てて喰っているということか。何と悍ましい。
しかし確かにそれが事実なら、喰種が姿を現さなくなったことも喰種の捕食被害者がゼロになったことも説明がつく。
私が討伐したオニヤマダのように好戦的な喰種もいるが、そうでない喰種も存在している。
いや、そもそも喰種が人間の中に紛れている最大の理由は、人間を捕食するためだ。だが人間を襲う必要が無くなったのなら、私たちCCGに駆逐される危険性を冒してまで人間に紛れて生活しようとは思わないのだろう。
……そういえばハイセなんかも非好戦的な喰種だったな。
ヤツはアラタ移送車襲撃事件以降は姿を見せていないが、ヤツが喰種同士の抗争など死んだとは思えないので、おそらくまだこの東京のどこかで生きているのだろう。
アレは一昨々年の暑くなり始めた頃だったか。
その頃、1区にあるCCGラボで電気系統などの細かいところで老朽化した部分が多く見つかった。
建物そのものは問題なかったがラボでは貴重な生体部品を扱っているし、研究のためにアラタを含めた生きた喰種も何体か置いていたので、もし電気系統の異常による停電が原因で不測の事態が起こった場合、尋常ではない被害が発生することが予想された。
そのため局長の判断で、研究などは一時的にストップしてしまうが喰種をコクリアに移し、その間に大々的な建物の補修を行うこととなった。
まぁ、チョコチョコと騙し騙し使うよりも、ラボのような重要拠点は一気に補修を行った方がいいと私も思う。
地行博士なんかはこれを機にネット回線などを最新のものに替えようとしていたのを覚えている。
そして私たちがアラタのコクリアへの輸送を命じられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
深夜2時。他に車が全く走っていない静かな高速道路を走る3台の車。
先導車に法寺と滝澤、真ん中のアラタを乗せた護送車内に亜門とアキラ、そして後続車には私と什造。
アラタはRc抑制剤を打ち込んだ上で拘束具でグルグル巻きにしており、顔もアイマスクや耳栓などをしていたので抵抗される恐れはなかった。
いや、私が捕獲してから長い期間クインケ“アラタ”を作るための道具とされて、そもそもあの時は反抗する気概もなかったのだろう。
輸送途中に喰種から襲撃されることも考慮し、一般車両に被害を及ぼさないために深夜の輸送となったが、それも相まって什造がブーブー眠たがってたぐらいで途中までは落ち着いて輸送作戦を行えていた。
しかし今から考えると、いくら目立たないようにするためとはいえ3台で行動したのは間違っていたかもしれない。
……とはいえハイセ相手では3台でも30台でも結局は同じことだったか。
襲撃が行われたのはラボとコクリアのちょうど中間地点にあたる高速道路上。
しかも立体交差点があり、私たちが進んでいた道路の真上に別の道路があった地点。
襲撃された当初はいつの間にハイセが現れたのかわからなかったのだが、おそらくハイセは真上の道路から飛び降りてきたんだろう。
しかし正確なところはわからない。何せいきなり先手を取られてしまい、車を走行中、何かが車に当たった音がしたと思ったら、いきなりフロントガラスに見えていた視界が1m程上昇した。
後からわかったことだが、走行中の車3台を赫子で持ち上げて停止させるという、とんでもないことをハイセが仕出かしたからだ。
「わぁっ!?」
「うおおっっ!? 何だ!?
法寺、亜門! 状況は!?」
『こちら亜門! 護送車内はまだ大丈夫です!』
『法寺です。篠原さん、ハイセです』
「何っ!? チッ、車から出るぞ什造!
護送車運転手は応援の要請を!」
『はいっ!』
車のドアを開けて外に飛び出す。什造は軽業師のように綺麗に着地していたが、私は受け身を取りつつ転がりながら着地した。
そして目に入ったのは、車を持ち上げている赫子。
しかし最初はその赫子がハイセの赫子だとはわからなかった。何しろ赫子にはところどころに口と眼がついており、口からは呻き声のような音が発せられていたのだが、以前に見たハイセの赫子とは似ても似つかないものだった。
赫子の先は私たちが向かっていた進行方向先に伸びており、それを辿って前に進むとそこにはハイセが1人立っていた。
「うわああぁぁっっ!?」
「滝澤くん!?」
滝澤の悲鳴が響き渡る。
法寺たちが乗っていた先導車のところまで辿りつくと、ようやく事態が飲み込めた。
ハイセは普通乗用車である先導車と後続車をそれぞれ1本の赫子で、そして真ん中を走っていた護送車を2本の赫子で持ち上げていたのがわかったのだが、それとは別の赫子で滝澤を捕まえていたのだった。
車の外に出たところを狙われたか!
「マサミチィーー、大丈夫ですかぁーー!?」
「
「……余裕ありますね、ジュウゾウくんも……セイドウマサミチさんも?」
滝澤は鱗赫で身体を拘束されてはいるが、どうやらまだ怪我らしい怪我はしていないようだ。
ハイセが呆れた顔で什造と言い争っている滝澤を見上げていた。
だが安心出来ない。滝澤は無事だとはいえ、ハイセは滝澤を盾として自らの身体の前にかざしている。法寺が羽赫クインケでハイセを狙っていたが、滝澤に当たる恐れがあるので撃てていない。
ヴィィーーーーン!
そして何故か響き渡る機械の駆動音。何の音かと思えば、ハイセの左手にはバリカンが握られていた。
あのバリカンってもしかして…………いや、それよりも危惧すべきなのは、
「鱗赫が5本だと!?」
以前、ハイセと戦ったときは鱗赫の数は4本だったはず。喰種レストランでは羽赫を新たに使ったと聞いていたが、鱗赫も増えているのか。
そしてその鱗赫も以前とは様変わりしており、異様な威圧感を放っている。
1年にも満たない間で、いったいハイセはどこまで変わったというんだ。
「違いますよー、ハイセ。マサミチの名字はタッキーです」
「タ、タッキー・マサミチさん? いや、マサミチ・タッキーさんですか?」
「違ェよ!!」
緊張感持ってくれないかな、キミタチ。
「ハイセェェーーッッ!!」
「えーっと…………亜門さんでしたっけ?」
護送車から飛び出してきた亜門も私たちに並ぶ。
前衛として私、亜門。中衛に什造。後衛に羽赫クインケを持った法寺。そして私たちの横にアキラが車を持っているハイセの赫子を警戒するために陣取った。
それを見たハイセは「フム」と一言呟き、伸ばしていた鱗赫に何らかの動きを見せた。
出来れば鱗赫が何をしてるのかを見たかったが、ハイセ本人から目を離すのは危険なのでアキラに任せた。少しすると後ろで何か重いモノを置くような音がして、車を持ち上げていたハイセの鱗赫が腰へと戻っていく。
「アキラ?」
「はい。車が3台ともひっくり返された状態にされました。アレではハイセの赫子が無くとも車は動けません。
護送車運転手は無事です」
「そうか。わかった。
アキラは中衛に。時間を稼ぐぞ」
「はい」
「アキラ、俺の後ろに」
これで私たちの逃げる手段がなくなった。走って逃げてもハイセの足の速さでは追いつかれてしまう。
私と法寺は自分たちで車を運転していたので、ハイセと対峙していない人間は護送車を運転していた局員のみ。しかし彼1人では車を元に戻せないし、そもそもアラタを放って逃げるわけにはいかない。
いや、そもそもハイセがここに姿を見せたということは、アラタが目的ということか?
「どうも、亜門さん。ジュウゾウくんと篠原さんもお久しぶりです。残りの人はタッキーさん含めて初めてですね。
そちらのオールバックの人は……もしかして中国の喰種組織、
「ええ、そうですよ、ハイセ」
「ああ、なるほど。タタラさんから聞いた風貌そのものですね」
「タタラとは知り合いですか?」
「ケンカ売られたので、2つに割れてたアゴを4つにしてあげました」
「(ア、アゴ? 2つ?)」
「(割れてるのか?)」
「(やはりハイセとアオギリは友好関係でないのか)」
「(彼の仮面の下はそういう……)」
「しかしタタラさんが言ってたみたいに“ヤクザ組織に勤めてるインテリ弁護士顔”って、そこはかとなく合ってますね」
「…………」
「あはー「ちょっと黙ってような」ムグゥ?」
ほ、法寺? 何か静かに怒ってないか?
でもキレてハイセに挑んだりするなよ。時間稼ぎのためにもヤツのお喋りに付き合うんだぞ。
それと什造が何か言いかけたんで、慌てて口を塞いだ。
スマン、什造。今だけは黙っていてくれ。
「で、そちらの女性は?
以前、見かけたゴリって呼ばれてた女性とは違うみたいですが…………でも、そもそも女性をゴリって呼ぶの酷くないですかね?
やっぱりCCGは軍隊と似たようなもんでしょうから、やっぱりそういうイジメもあるんですか? 先月、自衛隊でイジメによる自殺事件ありましたよね?」
? 何のことだ?
五里を名字で呼ぶのが酷い?
「……あっ!? ハ、ハイセ」
「何でしょうか、え~と、アキラ……さん?」
「私は真戸だ。真戸暁。
それよりハイセ。五里は普通に名字だ。アダ名じゃない。五里霧中の五里だ」
「ゴリムチュウのゴリ…………漢数字の五に、里芋の里?」
「それだ。決してゴリラのゴリじゃないぞ」
「…………あっ!」
そういうことかよ! た、確かに五里は女性にしてはガタイがいいが……も、もしかして五里自身も嫌がってたりしてたのか?
そういえばウチのチビたちの通っている学校でもイジメ事件があったよな。確か加害者は被害者の名字をもじって変なアダ名で呼ぶというくだらないイジメをしていたようだったが…………無事に帰ったら、五里はそういうこと気にするかどうかをいわっちょに確認してみるか。
しかし……ちょっと違和感を感じたな。今のハイセのセリフ。
「ゲフゲフンッ!! ま、まぁ、それは置いておきまして……。
あ、あー……真戸、さん……ん? マド? もしかしてお父…………お祖父さんも捜査官をしてます?」
「? ……い、いや、キミが11区で戦った捜査官のことを言っているのなら私の父だ。祖父ではない。
老けて見えるかもしれないが、まだ父は40代だぞ」
「えっ?」
ハイセ、不思議そうな顔をしているのは真戸とアキラが親子で似ていないことか? それとも真戸が40代だったことか?
まぁ、確かに私と真戸が並ぶと、真戸の方が年食ってるように見えるけどさ。
いやしかし、とにかく時間を稼がなければ。
11区の時はいわっちょたちもいたのにハイセには敵わなかったんだから、今のこの状態では勝ち目なんてあるわけがない。
応援が来ても勝てるかどうかわからないが、それでも今の状態よりはマシだ。
今の地点なら近場の支局から応援が来るとしても……最低20分はかかるか。くそ、高速道路を通っていたのが裏目に出ているな。
「何の用かな、ハイセくん?
キミはアオギリの連中と違って、あまり好戦的な喰種ではないと思っていたんだけどねぇ」
「ええ、まぁ。今回はアオギリとは関係ありません。
……いや、情報の出所がアオギリだから、関係なくはないのかな?」
「情報、だと?」
「はい。さっきも言った通り、アオギリにケンカ売られて返り討ちにしたことあるんですよ。
で、それの貸しとして、ちょっとばかり情報を押し売りされてしまいまして。ソレを確認するために来たんですけど…………その車で運んでるのはアラタさん、でいいんですかね?」
ハイセが指差したのは護送車。
答えることは出来ないが、自分でもその答えないということがそのまま返答になってしまうことがわかる。
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ります。……ハァ、やっぱりかぁ。逆にアオギリに借りを作っちゃったか……。
あー、それじゃあアラタさんとタッキーさんを交換して貰えません?」
「ハイセ、キミが人質に取ってる人間の名前はタッキーではなく滝澤だ」
「え? ジュウゾウくんってば……まぁ、いいや。そんなことは」
「(そんなことって言うなよ)」
「じゃあアラタさんと滝澤さんを交換で」
アラタ輸送の情報源がアオギリ? どこから情報が漏れたんだ?
いや、それを考えるのはここを切り抜けてからだ。
しかし滝澤が人質に取られている上に、そもそもハイセに対抗する戦力が足りていない。どうしろというのだ、この状況!
……だがCCGの威信にかけてアラタをそう簡単に渡すわけにはいかん。
幸いにもハイセは11区のときと同じく、コチラへの殺意は感じられない。何とか口八丁で少しでも時間を……。
「……何で、アラタを奪いに来たのか聞いてもいいかな?」
「奪いに、って言葉は適当じゃありませんね。アラタさんは貴方たちのモノじゃないでしょう。
助けに来たんですよ」
「ああ、そうかい。じゃあ、何でアラタを助けに来たんだい?」
「……えー、まぁ、その…………うん。何と言いますか…………将来的に、その何です? 僕のお義父さん、になる人なので……」
「ハァ?」
お父さん? いや、“なる”だから義理の父か。
もしかしてアラタの娘とかと付き合っているということか?
「よ、予想外の返答だったよ。
……お、おめでとう?」
「あ、ありがとうございます?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……いや、実はお互いにハッキリと口に出してるわけじゃないんですけどね。
けど僕としましては、やはり彼女に対して良いところの一つは見せたいと言いますか、誠意を見せたいと言いますか、彼女が喜んでくれたら嬉しいと言いますか……」
「あ、うん」
「CCGの方々にご迷惑おかけしちゃうってのはわかってても、アオギリからこんな情報聞いちゃったから来ざるをえなかったんですよ。
……何で滝澤さんそんな睨むんですか?」
「何でもねぇよっ!」
「…………あっ。大丈夫ですよ。きっと滝澤さんにも彼女が出来ますって」
「ウルセェよっ! 俺に彼女がいないってこと前提で話すんじゃねぇ!!」
だから緊張感持ってよ、キミタチ。
滝澤も滝澤でそんな状況でハイセに噛みつくようなことするな。
しかしマズいな。これなら11区のときのように訓練とかの理由の方が助かった。
今言った理由が本当ならば、アラタを助けだすまでハイセは絶対に引かないぞ。
クソッ、アオギリめ。我々とハイセを争わせる気か。
先程のハイセの言葉からすると、やはりハイセとアオギリは消極的敵対といった感じの関係なんだろう。正確には積極的敵対から、ハイセの力を知ったことで消極的敵対になったという感じか。
おそらくアオギリとしてもハイセのあの力は脅威のはず。なので積極的敵対している我々とハイセを争わせて、我々の力を削げれば良し、ハイセの力を削げれば更に良しってところなんだろうな。
「……悪いけど、そう簡単に頷くわけにはいかないね。
アラタを渡せばキミが何もせずに帰ってくれるとは思えない。何しろ将来のお義父さんを我々は捕まえていたのだからね」
「それは信じてもらうしかないですね。
でもそれは現時点で僕が会話しているってことが証明になりませんか? 僕がその気になれば貴方たちを皆殺しにしてアラタさんを助け出せることもわかっているでしょう?」
「……アオギリがここを監視しているってことはないかい?
キミがアラタを連れて行ったあと、立ち往生している我々を始末しにくるとか?」
「え? あー、それは考えてませんでした。それでしたらアラタさんを渡してくれたら、車も元に戻し…………あ、いや、やっぱもういいです。
滝澤さんお返ししますね」
「え? って、あ゛あ゛ああぁぁーーーーっ! 篠原特等! 後ろ!」
アッサリと滝澤を捕まえていた赫子を私たちの方に寄こしたので呆気に取られてしまったが、先程までハイセと面と向っていた滝澤が私たちの方を振り向いた途端そう叫んだ。
その言葉に反応して後ろを振り返ってみると、50mぐらい離れたところに大きな荷物を担いで走り去る人影が見えた。
……って、待て! アレは荷物じゃなくて、拘束具でグルグル巻きにされていたアラタだ!
ハイセに気を取られているうちに奪われていたのか!?
「しまった! アラタが!?」
「貴様は陽動か、ハイセッ!」
「そりゃ1人で来たりしませんよ。戦うだけならともかく、アラタさんの救助が目的なんですから。
それでは僕も失礼しますね」
「待て「うわあぁぁ!?」くっ!」
ハイセが身を翻したところを追撃しようとした亜門だが、ハイセからパスされた滝澤を受け止めるために足を止めざるを得なかった。
そのままハイセは法寺の羽赫クインケによる攻撃を物ともせず高架下に飛び降り、アラタを連れ去った人影も100mぐらい私たちから離れたところで同じく高架下に飛び降りた。流石に私たちでは高架下に飛び降りて追撃というわけにはいかない。
飛び降りたときにアラタを担いだ人影の顔部分が見えたが、鳥のようなマスクをしていたために人相はわからない。しかしあの鳥のマスクには見覚えがある。確か11区の戦いのときに梟が“カラスくん”と呼んでいた喰種だったか。
くっ、ハイセを追うかアラタを追うか迷ったが、その迷いが致命的な遅さを……いや、どうせ無理か。
どちらにしろハイセを追っても返り討ちにされただろうし、アラタを追うためにハイセに背を向けるのは無謀だ。ハイセが現れた時点で我々の負けは決まっていたということか。
「完敗、だな」
「篠原さん……」
「いいんだ、法寺。これは私の責任だ」
まいったな。まんまとやられてしまった。
局長に何て詫びればよいのか。アラタを奪われ、ハイセを取り逃がしたのは私の責任だが、局長が周囲の反対を押し切ってラボの改修工事を決断したことが原因とも繋がりかねない。
私1人の責任で収まればい「あ、すいません。車を元に戻し忘れました」…………いいから帰れよ、歯茎。
「あ゛? 僕のことを歯茎って言ったら…………しまった!? 篠原さんは篠原の刑に処せれない!?」
だから帰れ、歯茎。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ウン、思い出しただけで腹が立ってくる。
次にハイセと会ったときこそ、その貼り付けたような笑顔に赤舌をぶち込んで……やれればいいなぁ。
何とかして私のミスを庇って頂いた局長の恩に報いたいところだが、ハイセに勝てるとは思わないし、そもそもハイセ自体がアレから姿を見せたことはない。
いや、そういえば“ビッグマダム駆逐作戦”が失敗したのは、喰種同士の抗争か何かはわからないが、ビッグマダムが先に始末されてしまったことが最大の原因だ。
お零れ程度の喰種しか駆逐出来なかったあの作戦は、2年前の喰種レストランが壊滅したときと同じくハイセがやったと予想されている。
そういうことではハイセと出会う機会はあるだろう。
……倒す方法見つかってないがな!
それとあの時に感じた違和感だが、今から考えると何でハイセが“里芋”なんて知ってたんだろう?
アイツ、喰種だろ。里芋はじゃが芋よりマイナーだし、喰種がわざわざ文字の例として取り上げるにはおかしい気がするな。
もしかして東北出身か、アイツ?
「――では、23区内の完塞が終了次第、24区の探索を本格的に力を入れることにする」
「ま、そうでしょうなぁ。
流石に残りの20区から23区を放っておいて、いきなり24区に攻め込むのは危険でしょう。
そういえば宇井ボォーイ、最近の24区の動静はどうなのかね? 有馬特等と一緒に潜っているんだろう?」
「24区も喰種の姿は全く見えません。
ですがRc細胞壁の活動が活発化しているのか、1日でルートが滅茶苦茶になることが多々あります」
おっと、イカンイカン。今は会議に集中しなければ。
しかし24区の探索か。
局員の殉職者が減って喜んでいたが、24区の奥深くに踏み込むとなるとそうもいかなくなる。
それに24区にならハイセがいるかもしれんし、何よりも24区の喰種を駆逐したとなると東京からほぼ全ての喰種を駆逐出来たことと同じだ。
何とかして成功させなければな。
什造も根気強く説教を続けてきたためか、最近になってようやく他人の痛みがわかるようになってくれた。付き合ってくれた亜門やアッキーラには感謝だな。
まぁ、喰種との戦いがないことに不満を持っているみたいだったが、これで什造もヤル気を出してくれるだろう。
最近はお菓子を食べてばっかりだったからなぁ、アイツ。
「そういえば今回も有馬特等は出席なされていないのですか?
コクリア監獄長は昨日の怪しい人影が出没した件で、コクリアの警戒に当たっていると聞きましたが」
「フン、相変わらず有馬特等は好きに行動されているようだ」
「それが何か、和修準特等?」
「まぁまぁ、宇井特等、和修準特等。
それに今日の貴将は無断欠席じゃないぞ。ちゃんと事前に出席出来ない旨を伝えられていた。何しろ今日は高槻泉の小説の発売記念記者会見に出るのだからな。
それこそ記者会見は11時からだから、もうそろそろ始まるな。
ちなみにこれが今日発売されるはずの高槻泉の著作だ」
局長が得意げにブックカバーがかけられた本を私たちに見せた。
いや、見せたというより見せびらかすといった感じだな。
「へぇ、局長のところにも届いたんですかい?
有馬にしては珍しい気配りをしやがりましたね」
「ということは丸手特等にもか?
ああ、昨日帰宅したら宅配便で届いていてな。今日の11時にこの本が発売されるからそれまでは秘密にしておくように、との貴将の手紙も同封されていてね」
「私もです」「私もですわ」「同じく私にも」「ウム」
「……私だけじゃなかったのか。
おや、篠原特等には届かなかったのかね?」
「ハハハ、届くには届いたんですが、妻に取られちゃいまして読めてないんですよ……」
「…………そんなことのために特等会議を欠席ですか」
和修準特等には届かなかったのかな?
まぁ、有馬のことだから嫌がらせとかではなくて、ただ単に和修準特等の家の住所を知らなかったから、みたいなオチなんだろうが。
もしくは眼中にないって感じかな?
「それにしてもあんな本を出版させて良かったのですか?」
「ん? 何か問題となるような描写があったかな、安浦特等?
まだ完成版全ては読めていないが、3ヶ月前ぐらいの最終チェックの際には特に問題なかったはずだがね」
「その……和修局長をモデルにしていると思われる人物に思うところがありましたわ」
「(有馬さん! 何故局長をランニングシャツと縦縞トランクスで爆走する人物にしたんですか!? そういうのやめたんじゃなかったんですか!?)」
「……宇井特等、顔色が優れないようだが?」
「い、いえいえ! それに喰種を美化するような描写があったかな、と」
「ああ、確かにそういう描写があったな。
だが恋愛モノなんだし、そう目くじら立てなくても良い範疇だと思ったのだがね」
ウーム、私はまだ読めていないんだから、ネタバレするのは止めてほしいんだが……。
しかしどんな内容なんだろうなぁ。
有馬が主人公で、脇役として亜門やアッキーラ、それに例の金木くんも出てくるとは聞いているけど、カミさんは夜更かししてまで読んでいたみたいだからきっと面白いんだろう。
今日、なるべく早く帰って読んでみるとするかな。きっと亜門やアッキーラたちも読みたいと思っているだろうしね。
「恋愛モノ……ですか?
確かに恋愛描写はありましたね。私もあんな恋愛をしたかっ……いえ、それはともかく、局長がよろしいと判断されたのでしたら構いませんが……」
「安浦レディ、いったい何が問題なのですかね?
いや、実は私は読んでしまったら内容を言い触らしてしまいそうだから、まだその本は封を開けてもいないのですよ」
「そんなに気にすることではないと思うんだけどねぇ。
そもそも“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”というタイトルからして、もう真面目に読む人はいないだろう」
「……ハ?」「局長?」「ウム?」
「どうかしたのかね?」
「そんなタイトルでしたっけ?」
はて? 封を開けてすぐカミさんに取られてしまったからマジマジと表紙を見たわけではないが、確かタイトルは……“何とかのブレイブ”だったか?
少なくともそんな“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”みたいな長ったらしいタイトルではなかったはずだが?
というか何じゃい、そのヘンテコなタイトルは?
「局長、ちょっとその本貸して頂いてもよろしいですか?」
「あ、ああ。構わないが……しかしどういうことだ?」
「いわっちょはもう読んだのかい?」
「ウム、だが読んだのは“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”ではなく“王のビレイグ”だったはずだが……?」
「ああ、そんなタイトルだったね」
「有馬さんが送る本を間違ったのでしょうか?
確か今日は“王のビレイグ”の他にも、同じ翔英社の作品が発売されるはずですから……」
「しかし安浦特等、この“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”も著者が高槻泉ですよ。
……2作品同時発売、とかでしょうか?」
宇井が局長から本を受け取りブックカバーを外すと、中から出てきたのはピンク色というかパステルカラーというか、若い女の子が好みそうな色調をしているカバーがかけられた本があった。
確かにタイトルは“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”で、作者名は高槻泉となっている。
しかしいわっちょや宇井の言葉が本当なら、彼らに送られてきたのは“王のビレイグ”。
これはいったいどういうことなのだ?
「……とりあえず、テレビつけてみたらどうですかい?
確か記者会見がテレビ中継されるって話でしょう?」
「あ、なるほど」
「それもそうだな」
「私は退室してもよろしいですか?
こんなことに時間を使っている暇などありません」
せっかくの特等会議がグデグデになりかけている。
まったく……有馬のヤツめ。
しかし和修準特等も不機嫌に退室を求めているが、やはり局長とは似ていないなぁ。
もう少し気を抜けばいいのに。どうも丸も和修準特等のことは気に入らないらしく、よく愚痴を吐かれてしまう。
確かに和修準特等がドイツで振るった手腕は局員の死傷者が多発したと聞くが、日本に来てからは喰種が出ないせいで地味な仕事を愚痴らずに続けているんだから、もう少し成長を見守ってもいいと思うんだけどねぇ。
そして宇井がテレビをつけると、高槻泉の記者会見の中継が映された。
ちょうど今から始まるらしく高槻泉と有馬、そしてあの金木研くんが壇上に上がって記者会見の席につくところだった。
それと同時にドアがノックされた音が室内に響き渡る。
「うん、特等会議中に?
誰だ、入れ」
『――こんなにも大勢の前で話をするのは“黒山羊の卵”以来でしょうか――』
「しっかし、有馬のヤツがテレビに映ってるってのは、どうにも違和感しか感じねぇなぁ」
「ウム」
「金木ボーイか。昨年の区対抗草野球大会に有馬特等が助っ人として連れて来て以来会ってないな。
今年の大会には来てくれるだろうか? 何としても昨年打たれたホームランの借りを返したいのだがねぇ……」
「失礼します」
「平子先輩? それに……あんていくのマスター?」
記者会見が始まると同時に会議室に人が入ってきた。
宇井の言葉を聞いて振り向いてみると確かにそこには平子が、そしてもう1人初老の男性がいる。
顔に見覚えはないが……ハテ? 何だか既視感が?
どこかで会ったかな?
「……何の用だね、平子上等?」
「平子先輩、どうしてあんていくのマスターをこんなところに?」
『――それは文字通り作家生命、“高槻泉”個人のいのちをかけたものとなります――』
「ソチラの御仁は知り合いかね、宇井ボーイ?」
「え、ええ。有馬さんに連れられてよく行く喫茶店のマスターで…………先輩、その服装は?」
いったいどうしたのかと思えば、局長がやけに厳しい顔をして平子を睨んでいる。
確かに部外者をわざわざ特等会議に連れて来たのは好ましいことではないが、平子が理由もなくそう迂闊なことをするとは思えん。
局長に睨まれている平子は……いや、待て。
どうして平子は0番隊がいつも着ている戦闘時にも使えるコートを着ている? どうして平子はクインケを仕舞っているトランクを持っている?
思わず椅子から腰を浮かしてしまったが、特等会議にクインケなぞ持ち込んでいないのでどうすることも出来ない。
そんな慌てている私たちを尻目に、平子はコートの内ポケットからゴソゴソと何か白いモノを取り出し――――
『私は“半喰種”です』
『私は“半人間”です』
『僕は“人工喰種”です』
「辞めます」
テレビに映っている人間も含め、四者四様の言葉が室内に響き渡った。
って、平子が取り出したのは辞表じゃないか!? しかも「辞めます」って、もしかして後輩の宇井は特等になったのに自分は上等のままだったり、宇井の更に後輩のはずの伊丙と地位が並んだことが嫌になったりしたのか!?
た、確かに嫌になっても無理ないかもしれないが、私は推薦する機会があれば、平子の昇進は常に推薦し続けていたぞ!
だから早まったことをしたりせず、私やいわっちょが何とかするから早まる…………待て。今、有馬は何と言った? 高槻泉と金木研も何と言った?
テレビを見やると、有馬はいつも通りの澄ました顔をしてテレビに映ったままだったが、高槻泉は右眼、金木研は左眼が白目部分が黒く、黒目部分が赤くなる赫眼に変化していた。
しかも金木研が手に持っているのはハイセのマスクだとっ!?
「有馬さんっ!?」
「まさかあの本は事実だとっ!?」
「ウムッ!?」
『――そして今ここに、人間と喰種の共存を目指す組織“:re”の設立を宣言致します――』
いわっちょと宇井と安浦さんの3人が、“王のビレイグ”を読んだ3人が叫ぶ。
それと同時に平子は机に辞表を置いてからクインケを展開して私たちに刃を向けて牽制し、平子と一緒に入ってきた初老の男性の身体が盛り上がり、まるで赫者のように姿を変え始め―――――“隻眼の梟”としての正体を現した。
しかも平子の持っているクインケが異様だ。
一見すると今まで平子が持っていた[ナゴミ1/3]に似ているが、刀身部分に人間の口のようなものがついており、しかもその口が呼吸しているかのように閉じたり開いたり動いている。
まるで生きているかのようなクインケだ。
「今頃、伊丙たち0番隊が手分けして白日庭と和修邸に襲撃をかけています」
そう言って平子は取り出した拳銃を局長に向けた。
隻眼の梟は暴れたりせずに局長の一挙手一投足を見張っている。
「同じく主だったVの拠点も:reの面々が襲撃をかけている頃だろう」
「…………」
「きょ、局長? まさか“王のビレイグ”の内容が事実だとでもいうのですか?」
「ど、どういうことだね、宇井ボーイ!? 安浦レディ!?
“王のビレイグ”を読んでいない私たちにもわかるように説明してくれ給えっ!?」
「か、簡単に説明しますと“王のビレイグ”とは、主人公が所属している対喰種組織の裏の顔が悪の組織であり、その悪の組織によって人工喰種にされた元人間の隻眼の喰種“名無き”が王として喰種を率いて、人間と喰種の間に生まれた半人間の主人公と手を組んで世界に反旗を翻す英雄劇です」
「付け加えるならビレイグとは北欧神話のオーディンの別称で、意味は“片目を欠く者”。
そして……悪の組織は実は喰種が操っている、という設定でしたわ」
「ウム」
「まぁ、詳しいことは今テレビで娘が説明するよ」
隻眼の梟の言葉がTVに映っている高槻泉に聞こえていたわけではないだろうが、高槻泉が再び話し始めた。
自らの生い立ち。有馬の生い立ち、金木研が人工喰種となった経緯。
CCGに挑んだこと。アオギリの樹を作ったこと。戦いの末に有馬と手を組んだこと。金木研の発見。奇跡ともいえる金木研の人工喰種としての力。
そして金木研を喰種に希望を与える“隻眼の王”としようと画策し、遂にはアオギリの樹や有馬すら超える人工喰種として鍛え上げたこと。
その鍛え上げた力を以って金木研がアオギリの樹を掌握し、新しく“:re”という人間と喰種の共存を目指す組織を設立したこと。東京23区内ほぼ全ての喰種を支配下に置き、24区も支配下に置いたことで喰種を24区に集めたこと。
昨今の喰種被害者数が激減しているのはこれが理由のこと。
次々と信じられないようなことを話し続けていく。
しかしまさか、そんな馬鹿な事が……クソッ、エイプリルフールは明日だぞ!
『――それと“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”、略して“喰愛”という小説も書いてネット小説として放流しましたのでよろしくお願いします』
『えっ? 何ソレ聞いてない』
『いんや、トーカちゃんとの約束でさ。カネキュンとトーカちゃんの日常をちょっとね……』
『待って。お願いですから待ってください』
『もう遅い。放流“しました”と私は言った』
『……おぅふ――』
金木研が崩れ落ちた。
というか“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”も結局は高槻泉の作品なのか。
『――ああ、だけどCCGの局長に発送した“喰愛”はダミー用で、それも私が書いたものですがネットに放流したのとは別物ですので、今CCG局長が持っている本はそれ一冊のみのプレミアモノですね。
読みたい人がいらっしゃいましたら、CCG局長から強奪してください――』
オイ、やめろぉ!
高槻泉の影響力でそんなこと言うな!
いや、まぁ、そんなことよりもだ。
もし今の高槻泉の言葉が本当なら、CCGは裏からVという喰種組織に操られており、そしてその黒幕は和修家ということに……いや、まさか。そんな馬鹿な事があってたまるか。
局長の言葉が聞きたかった。そんなことはない、と言って欲しかった。
だが局長は相変わらず平子と梟を厳しい顔で睨んでいるだけだ。
テレビでは高槻泉の発言が続いている。そして高槻泉の隣に座っている有馬貴将はいつも通りの顔をして、高槻泉の言葉を否定することもなく佇んでいる。
そう、あの有馬貴将が高槻泉の言葉を肯定している。ということは……だ。
「……そうか。高槻泉がお前の娘か、功善」
何、だと……?
今の言葉は事実なのか? しっかりと局長の言葉が耳に入ったはずなのに、脳がその言葉を認識するのを拒否している感じがする。
だが局長が梟たちの言葉を否定しないということは局長は…………喰種。そして和修家も……。
何てことだ。私たちはいったい今まで何のために戦ってきたんだ。
チラリと横を見てみると、いわっちょを始めとした皆も呆然としている。
和修準特等は怒りながらも青い顔をしているが、局長が喰種ならば彼も……。
「……こんなことをしてどうするつもりだ、功善?
こんな長年保ってきた均衡を崩すような真似をして……」
「大したことじゃない。今まで放っておいてしまった娘のワガママに付き合うだけさ。
まぁ、周りの皆を巻き込んでしまったのは心苦しいが、その皆が予想以上にも乗り気だったのでね。心置きなく娘の味方をすることが出来る。
しかし責任逃れのつもりはないが、今の私は脇役だ。あくまで主役は娘やカネキくんたち若者『――それと喰愛の外伝として、私の父母の馴れ初めから別れを描いたエピソードも同時に――』…………えっ? 何ソレ聞いてない」
「……そ、そうか。お前の監視はしていたが、監視をする相手を間違ったか。金木研を甘く見てしまったようだな。上手く物事が進み過ぎていることに疑問を持つべきだったか。
しかし解せないのは平子上等だな。理由はどうあれ、君がしていることは喰種対策法に触れているぞ」
喰種対策法。
喰種と知っていながら匿ったり庇った人間も処罰対象となり、刑罰は人間の犯罪者を匿うよりずっと重いものとされ、死刑判決が下された判例もあるぐらいだ。
平子がそれを知らないはずがない。知ってて尚、梟と組んでこのようなことをするということは、平子も覚悟の上のことだということはわかる。
「何故こんなことに付き合っている? そこまでするとは君は貴将の何なんだね?」
だがしかし、せめて私たちに相談して欲しかったと思うのは私の傲慢なのだろうか……。
そんな想いを胸に抱くも、平子はいつもと変わらない表情をしながら口を開く。
「ただの部下です」
そしてパァン! という銃声が室内に響いた。
「パパッッ!?!?」
「えっ?」「和修準特等?」「ま、政?」「パ、パパ?」
……別の意味で驚いたぞ、オイ。
━━━━━黒磐武臣━━━━━
「そ、そんな……カネキさん?」
「大丈夫か、小坂?」
小坂の顔色が悪い。
確かに今テレビで流された内容は、CCGに勤めている自分にしても衝撃的なものだった。
休日に小学校時代の同級生の小坂と偶然再会したので、近況報告を兼ねて喫茶店で茶を飲んでいた途中、小坂がスマホを取り出してテレビを見たいと言い出した。
何でも親友の恋人がテレビに出るらしく、しかもそれが局でも噂になっていた有名な高槻泉の書く有馬特等が主人公の作品の発表記者会見ということだったので、自分も興味深く小坂のスマホで会見のテレビ中継を見ていたら、とんでもない内容が白日の下に晒されてしまった。
まさかCCGの裏にそんな組織が……。
有馬特等が否定していなかったということは事実なのだろうか?
急いで局に戻り事実関係を確認したいところだが、こんな状態の小坂を放っておくわけにはいかない。
「しっかりしろ、小坂。
さっきのカネキさんというのは確かに小坂の親友の恋人で間違いないんだな?」
「……う、うん。間違いないよ。私、何度も会ったことあるもん。
クラスの皆と一緒に勉強を教えてもらったり、遅くなったときに車でトーカちゃんと一緒に家まで送ってもらったりしたこともあるし……」
先程、高槻泉が言ったことが正しいのなら、金木研さんは人間から喰種にされてしまった人工喰種。
そして金木研さんの恋人は金木研さんが人工喰種にされてしまった直後、彼の身体が喰種として馴染まずに苦しんでいたところを助けてもらったのがキッカケで縁を深めていった喰種。
というか高槻泉が書いた“喰種だけど愛さえあれば関係ないよねっ”はカネキュンとトーカちゃんの日常を書いたものと言っていたから、小坂の親友のトーカちゃんと金木研さんの恋人のトーカちゃんは同一人物なのは間違いないだろう。
しかし小坂の親友が喰種?
この小坂の様子だと親友が喰種だとは知らなかったみたいだが、喰種捜査官としては……この状態はどうするべきなんだろうか?
今の会見のせいで社会が荒れることになるだろう。
少しでも金木研さんとトーカちゃんのことを調べるために、小坂に2人の詳しいことを聞くべきだろうか?
しかし今のショックを受けている小坂にそういうことを聞くのは酷だろうし、そもそも隠されていたようだから小坂は何も知らないだろう。だからひとまず小坂を家に送ってから局に…………いや、待て。それはマズいか。
小坂の高校の同級生には、小坂とトーカちゃんが親友ということを知っている人間がたくさんいるだろう。
もしこの会見を見てパニックになった人から不確定な噂が広まり、小坂までもが喰種と噂されてしまったらとんでもないことになりかねない。
ここはやはり保護も兼ねて、小坂を最寄りの支局に連れて行くべきだな。
「小坂、言い難いんだが話を聞かせてくれるか?
喫茶店じゃマズいからCCGの支局で」
「え?」
「頼む、小坂。それが君のためにもなるんだ」
「……うん。わかった。
でもトーカちゃん、何でこんなことに…………あ、トーカちゃんからメール来てた」
「!? どういう内容なんだ?」
「えーっと…………え、何コレ?」
結婚しました。
金木 研
董香
……うん? あ、添付ファイルに今日付けで役所に提出したらしき婚姻届けの写真が。
原作で新たな事実が発覚する前に投稿しなきゃ(必死)
この話は原作100話の時点での情報を持って書いています。
それにしても平子さんが一気に主役に?
でも「辞めます」は絶対に書きたかったです。
あとは後日談を書いて終わりです。
原作とはかなり違う道を辿ることになりますが、とりあえず“黒山羊”って組織名はカネキュンに相応しくないと思いますので組織名は“:re”に。
ただし“王”ではなく、restartなどの“再び”の方の意味です。
Re:ゼロから始める人間との関係。
……それとてっきり政はカモフラージュ用の養子とかだと予想していたんですがねぇ。
となると政が行っていたドイツの方もグルでしょうかね。
でもよくよく考えますと:re4巻の巻末4コママンガの「御飯を犬死にさせる気か!」の“犬死に”って表現が伏線っぽいですね。
というか今更ですがいわっちょさんが書きづらいです。
もう「ウム」さえ言わしときゃいいか。