七夕ですね。
なんでも七夕の笹って6日の夜までに飾っておいて7日には下ろしちゃうらしいですね。知らんかった。今まで「気が早いなあ」とか思って短冊書いてました。
あ、願い事、一部叶いましたよわたしは。一昨日。(早い)
ささのはさらさら のきばにゆれる
おほしさまきらきら きんぎんすなご …
日も傾いてきたころ、庭先に可愛らしい、鈴を転がすような歌声が聞こえる。縁側で短冊を手にした短刀達の声だった。まだ覚えたてなのだろうか、拙いながらも紡がれるこえ。
「お待たせ、これでどうかな」
そこに現れたのは石切丸だった。一軍の刀剣達が出陣するついでに、今夜短冊を飾る笹を取ってこようという話になり、たった今帰還したのである。
「もー、遅いよ石切丸さん!はやくはやく!みんな願い事書いちゃったよ〜!」
はしゃぎながら彼の元に駆け寄ったのは、乱藤四郎。七夕の話を聞き、せっかくだから笹を飾ろうと言い出したのは彼だった。それに他の短刀達が面白そうだと便乗し、こうして本丸全体で七夕のお祝いをすることになった。
「それにしても素敵だよね!年に1回だけ、天の川を渡って会えるなんて。ボクは寂しくて耐えられないと思うけど」
「はは、そうだね……さて、これでよし、と。さ、皆、もう短冊を掛けても良いよ。高い所に飾りたい子は私に言ってくれれば掛けて差し上げよう」
笹を庭に固定し、石切丸がそう微笑みかけると、皆一斉に手の中の短冊を笹に掛けに向かった。
「どれ、俺も何か願ってみるかな」
縁側に置かれた箱の中から青い紙を一枚、三日月が呟く。
「天下五剣殿の願いは何でしょうか、『益々美しく』…なんて、冗談ですよ」
その隣にいた小狐丸がくすくすと笑った。三日月は、そうだな、無病息災でも祈っておくか、と、からからと笑う。
✱
「……そうか、明日は七夕か」
七時前。仕事で現世に赴いていた伊織が帰り着き、色とりどりの短冊や七夕飾りが掛けられた笹を見つけた。
『みんながいつまでもげんきでいられますように』
『おいしいごはんが食べたい』
『無病息災』
ボールペンで書かれた丸っこい子供のような字から、筆で書かれた力強くも整った字まで、様々な筆跡で書かれた短冊が風に揺られて、ひらりひらりと舞っている。
「今お帰りですか」
願い事を眺めていると、縁側から庭に降りてくる長谷部の姿があった。
「ああ、先程」
「……それですか。短刀達が飾りたいと言っていたので、昼間の出陣の際に笹を持って帰ってきたのです。…主も何か、お書きになりますか?」
「…願い事、ね」
「お待ちを。今、短冊と筆を持ってきます」
「………ああ、頼む」
願い事。
俗世に割と疎いところがある伊織も、七夕の文化は知っている。彼が今現世で勤めている組織でも、七夕飾りをやっていて、大きな笹に掛かる色とりどりの札に様々な願いが込められていた。伊織も短冊を渡されはしたが、簡潔に部下や相棒の無事を祈る旨だけ書いて下げてきてしまった。
「お待たせいたしました。どうぞ」
息を切らせながら、長谷部がすっと箱を差し出す。昼間はもっと沢山あったであろう短冊も、もう数枚しか残ってはいなかったが。
「…お前は何か書いたのか?」
ふと、伊織が尋ねる。長谷部は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの澄ました顔に戻る。
「俺ですか。…俺は、なにも」
「折角だ、何か書くといい」
箱から一枚、黄色の短冊を摘んで差し出すと、長谷部は、では、と言ってそれを受け取った。
二人で縁側に並んで座って、各々の願いを一片の紙に込める。何を願おうか頭を抱える長谷部の横で、伊織は考え込むようにして短冊とにらめっこをしている。
「これは…複数願い事を書いても良いものなのか」
「…いえ、分かりかねますが…何人かは2.3の短冊を下げているようでしたよ」
「…そうか」
それを聞いて、伊織は手早く短冊に思いを書き込んでいく。そうして出来た一枚目の短冊を脇に置き、二枚目の短冊を手に取った。欲が少なそうな主にしては珍しいものだと、長谷部は目を丸くしていた。
「さて、飾るか」
二枚とも書けたのであろう。すっと立ち上がり、伊織が笹の方へ歩いていく。
「あ、俺が掛けましょうか」
「良い。自分で掛けられる」
傍にあった、短刀たちが使ったのであろう脚立に足をかけ、一番上まで登る。そこまで登ると、伊織の身長なら、笹の一番上に手が届きそうなほど高い。
そして彼は、二枚あった短冊のうち、白いほうを
それから少し経って、漸く願い事を書いた長谷部が、伊織が掛けた青いほうの短冊のすぐ近くに自分のそれを結びつけた。
「短冊、見てもよろしいですか?」
結び終わり、伊織の方を見て長谷部が一言。無言で頷き、肯定の意を示す。
『誰一人欠けることなく、任務をし通せますよう』
自らよりも仲間のことを思う、彼らしい願いだった。
ほんの少し、ほんの少しだけれど、自分の事に触れていてくれたらと思わずにはいられなかった。勿論「誰一人」の中には長谷部も当然含まれているわけだが、その優しさがほんの一瞬でも自分ただ一人に向けられたならと、嫉妬のような、独占欲のような、僅かながらのどろりとした感情を抱いてしまったことに、長谷部は心中で赤面した。
出来ればもう一つの方も、と口に出そうとした瞬間、背後から足音が聞こえた。
「なんだ、楽しそうだな」
そこには三日月を先頭に、三条派の刀剣達が立っていた。
「ぬしさまも短冊を書かれたのですか」
「ああ、折角だしな」
「みせてください!」
「…これだよ」
少し苦笑しながら、目を輝かせる今剣に先程長谷部が見ていた短冊を見せる。あるじさまらしいですね、と彼は笑っていた。
「長谷部君も何か願いを書いたのかい」
「…まあ、一応」
「そうか。叶うといいね」
石切丸はふふ、と微笑みながら、後で皆の願いが叶うよう別途祈祷でもしようかな、と呟いていた。
「そういえばお前達は何故ここに?」
「風呂が空いた故長谷部を呼びに来たのだ。もうすぐ夕餉だと燭台切も言っているし、早めにと思ってな」
そう三日月が答えると、すぐに行く、と言って長谷部がぱたぱたと室内に戻っていった。
「主も早めに湯浴みを済ませるといい。ではな」
岩融が今剣を抱えて、五人も長谷部の後を追うように部屋に入っていった。
残された伊織は、ふと笹に目を戻す。自分の願い事は見せてやったが、相手の願い事を見せてもらっていないことに気がついたから。他人の願いを覗き見するのは如何なものなのかと思いはしたが、好奇心には流石の彼も勝てなかったようだ。
かさっ。
几帳面な字で書かれた、彼の願い。
『いつまでも主の傍に居られますように』
自らよりも主君である自分を思ってくれる彼の優しさに、思わず笑みが零れる。
「…どうしてもう少し自分本位の願い事が書けんのだ…ははっ」
そう、馬鹿にするような言葉ではあったが、ひとりごちたその声色からは彼を嘲るようなものは一切感じられなかった。純粋に自分を大事にしてくれる彼のその思いを、無下にすることなど出来るわけがなかったから。
ふと上を見上げると、自分が先程掛けた白い短冊がはためいているのが見えた。下手に誰かに見られるのが気恥ずかしく、つい誰も届かないであろう一番上に掛けてしまったが。
『最期は彼の傍で迎えたい』
名を出す事さえも躊躇ってしまったが、彼なりの精一杯の我儘とも言える願い事だった。
ひとと刀。例え自分がどれだけ長く生きることが出来たとしても、いつかは別れが来てしまう。――自分の、死によって。よく言う「ずっと一緒に」「永遠に一緒に」等という願いが叶わないことくらい、伊織には分かっている。それならばせめて、自分の命が消えるその瞬間に、愛する相手に傍にいてほしいと願った。それがたとえ、床の中でも、戦場でも、現世でも、…何処であっても。
「いつまでも私の傍に、か。…君がそれで良いのなら、星に願わずとも…私が叶えるのに………否、叶えてもらうのは私の方なのかな」
憂いを帯びた目をして、緩やかな弧を口元に描きながら、彼は建物の中へと入っていく。庭には、生温い風に吹かれて小さく揺れる、色鮮やかに飾られた笹だけが残されていた。
おほしさまきらきら、そらからみてる。