ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
ついにやってきたお兄様の初試合。試合前最後のミーティングのために更衣室に向かうお兄様と別れ、私はスキップでもするような軽やかな足取りで、そして小さく鼻歌を歌いながら観客席に向かっていた。
「ダリア、楽しそうだね」
無表情ではあれど、私の顔以外から出ているだろう明るい空気を感じ取ったのだろう。ダフネが温かい笑顔で話しかけてくる。
いつもなら相手がダフネとはいえ、気が緩んでいると自らを律するところではあるが、今の私にはどうしても気を引き締めなおすことが出来なかった。
だからいつもなら家族以外に出さないような、いや、
「ええ! 今日はお兄様の初試合ですもの! 楽しみでないはずがありません! それに、今日はお父様もいらっしゃっているのです! 来年の夏休みまで会えないと思っていましたが、こんな機会に会うことが出来るとは!」
一分一秒でも早く家族に会いたい私としては、試合が始まる前にはもうお父様とお会いしたかった。しかしお父様は一応『理事の視察』という名目でここに来ているらしく、試合前に娘とは言えただの一生徒である私とどこかで落ち合うということは出来ないとのことだった。だから建前としては、教員席で観戦する私と、同じく教員席で試合の視察をしているお父様が、
「……よかったね、ダリア」
「はい!」
日傘をさした状態における最速のスピードで歩き続けたため、かなり早い時間に観客席の入口にたどり着くことが出来た。ここから先は生徒用の観客席に向かうダフネと別れなくてはいけない。
「では、ダフネ。また後で!」
「うん。ダリアはお父さんと楽しんできてね」
「ええ、勿論です!」
一年間会えないと諦めていた家族にもうすぐ会える。それが待ち遠しくて、私は急いで観客席を駆け上っていく。
その後ろ姿を、先程まで私に温かい笑みを向けていたダフネが、まるで痛ましいものでもみるかのような悲しい表情で見つめていた。
ダフネ視点
この一週間、ダリアは今まで見たことないくらいはしゃいだ様子を見せていた。足取りは軽く、いつもはしないような鼻歌まで歌う姿は非常に楽しそうだった。
でも、その目だけはどこか疲れきったように濁っていた。
それが私には、酷くいびつなものに見えた。
ダリアは去年から、いや、私が初めてダリアを見たときから、どこか自分達より遥かに大人のような雰囲気をもっていた上、事実、彼女が子供の様にはしゃぐ姿などこの一年見たことなどない。
なのに、今彼女は異常なくらい浮かれている。それも彼女の家族以外の前で。
彼女はドラコ以外の人間に対して、ある程度の警戒感と距離感をもって接している。
そんな彼女が、まるで
勿論、それだけダリアにとって家族との時間が楽しみだっただけな可能性もある。彼女にとって、家族との時間が他の何よりも大切なのだろう。
でも一年間彼女だけを見てきた私には分かる。ダリアは、それだけでは絶対にここまで人前ではしゃぐことはない。いつも自分を律し、他人との距離を保とうとしている。
そんな彼女がここまで
これが異常でないわけがなかった。
そして何より痛ましいのが……ここまでつらそうなダリアの様子に、私以外の人間が気が付く様子がないということだった。
私にはダリアがこんなにも分かりやすくはしゃいで見えるというのに、そのことに
ここ数日、一見楽しそうな、でもどこか
「ダリア、大丈夫かな? なんだか辛そう」
でも、それに返ってきた答えは、
「そう? いつもの無表情でしょう? そんなに変わった様子には見えないけど。それよりいつになったらグレンジャーを襲ってくれるのかしら?」
そんな
私はその時になってようやく気が付いた。
皆には、ダリアがはしゃいでるようにも、そして辛そうにも見えていなかった。
ただのいつも通りのダリアに見えていた。
彼らはダリアの冷たい無表情しか見ていなかった。
それに気が付いた時、私はすぐにドラコに相談した。
私以外の、絶対に現在のダリアの変化に気が付いているだろう人間に。
夜、皆が寝静まった談話室にドラコを呼び出し、私達は二人っきりで話した。
「ね、ねえ。ダリア、あんなにはしゃいではいるけど、あれって、」
「ああ……。分かっている」
ドラコは私が話しかけると即答した。
「去年のクリスマスあたりからどこか辛そうだったが……あの爺の下らない行動で限界が近づいているみたいだ」
「そう……だよね」
ダリア本人はつらくないと言っているが、やはり皆に警戒されるというのは心が休まることはないのだろう。そんなの、私は耐えられない。ダリアがどんなに強くたって、本当はつらいに違いない。去年からどこか疲れ切った様子のダリアならなおさらだ。
ダリアは些細なことで自分を律することが出来ない程消耗していた。
「ああ。だから少しでもダリアの気晴らしになればと思って父上を呼んだんだ。父上も、ダリアがダンブルドアに疑われていると手紙に書いたからすぐに了承したよ」
どうやらルシウス氏の突然の訪問は、ドラコの差し金だったらしい。
ドラコはそこでため息を一つつき、話を続ける。
「でも……僕の考えは甘かったのかもしれない。ダリアがここまで思い詰めていたなんて……。お前も分かっていると思うが、ダリアがここまで人前ではしゃぐことなんてない。どうやら僕とお前しか気が付いていないようだがな……」
「うん……。皆にそれとなく聞いてみても、誰も気が付いていないみたいだった。あんなに分かりやすいのに……」
私の少し憤りを含んだ言葉に、ドラコは疲れ切ったような、どこか諦観をもったような表情で答える。
「……父上も昔はダリアの表情が分からなかったとおっしゃっていた。それにはしゃいでると言っても、皆には微々たる違いなのかもな。僕とお前はいつもダリアのことを見ているから気が付いたが、他の人間からしたらそんなこと分からないのかもしれない……。違いと言っても、いつもより軽快過ぎる足取りと、いつもはしないような鼻歌を歌っていることくらいだからな。表情が対して変わってるわけじゃない。それに、皆が気がつかない方がダリアのためかもしれない……。今はしゃいでると思われても、『継承者』だと疑われているダリアにとっていい結果になるとは思えないしな」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせる雰囲気を持っていた。
他人を責めるのではなく、まるで自分の無力さを懺悔するかのように。
確かに冷静に考えれば、ダリアの変化を気付けという方が酷な話なのかもしれない。ドラコは生まれたときから一緒にいるし、私はこの一年間ダリアのみを見ていたから分かるだけなのかもしれなかった。
それを他人に求めるのは間違っているのかもしれない。
でも、それでも、だからこそ、
「……それでも、私達がやらないといけないことは変わらないよね。ダリアが少しでも安心できるように、私達は何かしなくちゃ……」
私はそう決意を込めて言ったけど、それに返ってきたのは思いがけない言葉だった。
「何をだ?」
ドラコは、先程と同じ疲れ切った表情をして続ける。
「僕たちに何が出来るんだ? 僕はな……ダリアのためにシーカーになったんだ。シーカーといえば寮における権力の代名詞みたいなものだ。その発言力で僕はダリアを守ろうと考えたんだ。でも、駄目だった……」
ドラコは絞り出すような声で叫びだす。
「僕はシーカーになった! なのに! 誰も僕の言うことを聞かない! ダリアは『継承者』なんかじゃない!」
それは、妹のことをただ心配することしか出来ない、自分の無力さを呪う兄の叫びだった。
「ダリアは誰も傷つけたりなんかしない! ダリアは優しい子だ! 絶対にそんなことを望んでなんかいない! そんな当たり前のことなのに! そう僕は言ってるのに! 誰も僕のことを信じない! シーカーの僕が言っているのにだ! 僕が手に入れたものは結局! ダリアを守ることを何一つできてやしないんだ! 何も!」
私はそう慟哭するドラコを見ていながら、何も言うことが出来なかった。
いや、言う資格がなかった。
だって、私もドラコと同じように、いやそれ以上に、ダリアに何もしてあげられていないから。
私とドラコ以外いない談話室で、静かに泣くドラコの背中を撫でながら私は思う。
ああ……なんて自分は無力な存在なんだろう。
ダリアは私を助けてくれた。まだ私が小さかった頃、彼女にそんな意志はなかっただろうけど、確かにダリアは私を救ってくれた。
あのままだと私は、どうしようもなく中身のない純血主義の申し子になっていただろう。家族の愛を信じられず、ただ周りに八つ当たりするだけの、信念も中身もない人間になっていたことだろう。
ダリアは、私に夢と希望と憧れと、そして何より家族愛を教えてくれた。
空っぽだった私を、ダリアは満たしてくれた。
そんな彼女に私は何もしてあげられない。なに一つ与えられた恩を返せていない。
私が闇に迷い込んだとき救ってくれた彼女に、今度は彼女が道に迷い途方に暮れているというのに、私は何一つしてあげられていない。
その方法すら思いつかない。
そんな人間を、果たして胸を張って友達だと言えるのだろうか……。
私は観客席に向かうダリアの背中を見ながら考える。
私に何が出来るか分からない。でも、これだけは言うことが出来る。
私はダリアのためならどんなことだってやれる。いや、やってみせる。
その決意を新たにして、私はダリアの背中に祈った。
どうか試合の間だけは、ダリアが今のつらいことを全部忘れて、少しでも穏やかな時間を過ごせますように……。
ダリア視点
教員用の観客席に着いても、まだお父様は来ていないようだった。それどころか、まだ他の先生すらも来ていなかった。どうやら早く来すぎてしまったらしい。
他の教員はともかく、お父様はここに来る前に校長と学校運営についての意見交換をするとのお話だった。ダンブルドアもいないところを見ると、まだ理事としての仕事をなされているのだろう。
私は少し残念に思いながら、自分に割り振られた日陰の席に向かう。
日陰になった端の席に着くと、私は足をプラプラさせながらお父様を待った。
空気こそ冷たいものの、空は忌々しいほど暖かそうな快晴だ。でも、今日だけはそれが愛おしい。外で会うなら、
そんな明るい場所で、唯一暗くなった場所に籠りながら私は思う。
ああ、はやくいらっしゃらないかな……。
手紙のやり取りはある。迷惑になると思い、お兄様程長い手紙は書かなかったが、それなりに手紙のやりとりを行っている。でも本当は、私は出来ることならお顔を見たかった。家族が元気にしているところを直接見たかった。
欲を言えば、今回お父様だけではなく、お母様の姿も一目見たかった。けど、そこまで我儘は言えない。お母様は人混みはお嫌いだし、それにお体もあまり強くない。こんな所に来ていただくわけにはいかない。
だからお父様とはやくお話したい。
お母様は元気にされているだろうか? 厳しいことしかおっしゃらないだろうけど、ドビーはちゃんと元気にしているだろうか?
お聞きしたいことも、そしてお話したいこともたくさんある。
勿論今日のメインはお兄様の初試合であることは変わりない。お兄様はこの日のため、未だかつてない程多くの練習をこなしておられた。そんな愛するお兄様の雄姿を見ることが出来る。
けれどそれと共に、私ははやく大切な、私が唯一幸福を感じ、そして幸福を願える家族との時間が欲しかった。
だというのに……。
「やあ、ダリア! 君もこの席なのですか!?」
……私は今、心底邪魔な人間に絡まれている。私に遅れてやってきたロックハート先生が、教員席にいる私を見つけると、いつもより遥かに鬱陶しい笑顔を浮かべながら話しかけてきたのだ。去年はニンニク教師だったけど、そういえば今年はこいつが教員だったのを忘れていた。去年もそうだったけど、私はなるべくこの無能以下の『闇の魔術に対する防衛術』の先生を意識から追い出していたらしい。
そんなどうでもいい存在が、こんなタイミングで話しかけてくる。
幸せな思考を邪魔する存在に殺意がわいた。
「……はい。スネイプ先生のご厚意で……」
思わず殺意を持ちそうな気持を落ち着かせながら、私は出来るだけ冷静な声で返した。こんなのでも一応教師。あまり波風を立てるわけにはいかない。
でも、私の気持ちに気が付かないのか、
「そうですか! ですがスネイプ先生が誘わなかったとしても、私が君をここに誘ったと思いますよ! 君は首席だからね! それくらい役得があってもいいと思いますよ!」
「はあ……」
どうやらロックハート先生は、私が主席だからここにいるという意味不明な勘違いをしている様子だった。この先生には私の肌の情報は伝わっていないのだろうか?
「しかし、ダリア! せっかくここで見られることになったんです! もっと前の席で見るといいですよ! 私の隣などどうでしょう! 私は昔、プロのクィディッチチームに誘われたことがあってね! 私は闇の魔術を根絶するという目標があったため断りましたが、クィディッチのことなら何でも知っているつもりですよ! だから、私なら君に素晴らしい解説をして差し上げることが出来ますよ! さあ、そんな
先生の勢いに呑まれて絶句している私の腕を掴んだかと思うと、ロックハート先生は引っ張り始めた。
日陰になっていない、私を苦しめる日光が降り注ぐ席へと。
私の秘密が、衆目にさらされるかもしれない場所へと。
日陰にいたため私は今日傘をさしていない。今日向に行くことは出来ない。
周りを見回しても、まだ教員席に来ているのは私達だけだった。今私を助けてくれる人間は誰もいない。
私はそんな状況で、必死に日陰に留まろうと抵抗する。
「は、離してください! わ、私は肌が弱いから、この席に、」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ! 大丈夫! 私が君にしっかりとクィディッチの楽しさを教えて差し上げますよ!」
私の訴えを聞かず、ロックハート先生はなお私を引っ張っていこうとした。どうやら彼は人の話しを聞く人間ではないらしい。今もおそらく私の抵抗は、ただ少女が有名な自分に恥ずかしがっているだけだとでも思っているのだろう。
手袋を外せばこんな人間、私はいともたやすく振りほどくことが出来る。しかし、それは日向に行くのと同様の理由ですることができない。手袋をつけた私は、その辺の女の子と対して力が変わらない。
杖を抜こうにも、杖腕を掴まれていて抜くことが出来ない。
どうすることも出来ず、私はだんだんと力負けして、日向の方に連れ込まれようとしていた。
まずい、このままだと……。
「離してください! わ、わたしは、」
「君のような子が、こんな暗がりにいては駄目ですよ! さあ、私と明るく、そして晴れやかな舞台へと!」
焦るばかりで事態は好転せず、いよいよ私の手が日光に当たろうとした瞬間、突然ロックハート先生の腕が横から掴まれた。
「な、なんです!?」
どうやら相当な力で掴まれているらしく、痛みでロックハート先生は私を離した。
私は急いで暗がりに逃げ込む。そして、
「……ギルデロイ・ロックハート。君は私の娘に何をしようとしているのかね?」
聞きたくて仕方がなかった声のした方を振り向くと、そこには、私の大切なお父様が、ひどく怒った表情で立っておられた。
ルシウス視点
「ダンブルドア、どういうことか説明してもらえますかな?」
私は憎しみを隠しもせず、目の前に座る老害に問いかけた。
しかしダンブルドアはとぼけた表情で、
「おお、ルシウスよ。一体、わしは何を説明をすればいいのか皆目見当がつかんよ。おぬしは一体、何にそこまで腹を立てているのかね?」
そう、はぐらかすように返した。その態度に私の憎しみは膨れ上がっていく。
よりにもよってこの老害は……私の愛する娘を去年に続き、今年も苦しめ続けている。
それを知ったのは息子からの手紙からだった。
ハロウィーンの次の日に届けられた手紙には、『秘密の部屋』が開かれたから、その詳細を教えてほしいという旨と……ダリアが犯人として疑われていると書かれていた。
その手紙を見たとき、私は最初、ドラコが何を言っているか理解できなかった。
だが手紙を読み進めるうちに、私はダリアの現状を理解し、思わず怒りに手が震え始めた。
手紙には、
ダンブルドアがダリアを『継承者』と疑っており、それを生徒の前で暴露したため、ダリアが今非常につらい思いをしている。
そう書かれていた。
あの老いぼれ。私の娘を去年だけでは飽き足らず、今年も苦しめぬくつもりらしい。
やはり私が今年行ったことは間違いではなかった。あの老害はダリアにとって危険な存在だ。ダリアのために、奴をホグワーツから速やかに排除する必要がある。
老いぼれから、私はダリアを守らなくてはならない。
「『秘密の部屋』が再び開かれたことはもう分かっている。あなたがどう対処なさるか知らないが、迅速に対応されないのであれば、貴方には校長の席を退いてもらわなくてはならなくなる。非常に残念なことではあるがね。ですが、わたしが聞きたいのはそんな当たり前のことではない……」
私は目の前で校長席にふんぞり返っている老害を睨み付ける。出来ることなら、今すぐここからたたき出してしまいたい。が、他の理事を
「ダリアを……。娘を犯人だと、『継承者』だと疑っているそうだな。この学校の敷地には、前回の犯人もいるというのにだ。娘を疑う理由など皆無だと思いますがね? 娘への云われない嫌疑、別に今すぐしかるべきところに訴え出ても構わぬのだぞ」
知能の下がった老人に言い聞かせるように、私は脅しを込めて言い放つ。が、ダンブルドアはそれに取り合わなかった。
「……誰にそれを聞いたのか知らぬが、誤解じゃよ、ルシウス。わしはただ、おぬしの娘に聞きたいことが、」
この期になってもとぼけようとするダンブルドアに、私の堪忍袋の緒が切れた。
「御託はどうでもいい! お前が私の娘をこれ以上傷つけるなら、私はお前をここから追い出すだけではすまさんぞ、ダンブルドア! 娘は今回の件では無関係だ! お前は関係のない人間を疑っている! お前はただ今回の真犯人を追っていればいいのだ! もし証拠のある真の犯人を捕まえられなければ、ダンブルドア! お前は校長に留まることは出来ないと考えろ! お前はただ自分の首の心配だけしていればいいのだ!」
私の大声に一瞬瞠目した後、ダンブルドアは目を細めていった。
「分かっておるとも、ルシウス。しかしのう。わしに忠実なものが一人でもいる限り、わしはここに留まり続ける。それはおぬしら理事の意見があってもじゃ。それよりルシウス……もしやおぬし、何か知っておるのではないのかね? 娘が疑われていると思い憤るのは分かる。じゃが、それだけではないのではないかね?」
そう目を細めて尋ねてくるダンブルドア。それに対し、
「……私が知るわけがなかろう。私も事件のことをつい先日知ったのだよ?」
私はダンブルドアと同じようにとぼけた表情で返した。
ダンブルドアは、そんな私をじっと疑り深く見つめていた。
校長室での忌々しい時間が終わり、ようやく私達は今回の最大の目的である競技場に足を向けていた。
「それにしても、ルシウスは娘を随分と可愛がっておるのじゃのう」
観客席に着く直前、校長室からずっとだんまりであったダンブルドアがそんな当たり前のことを尋ねてくる。
正直この老いぼれと必要以上のことをしゃべるつもりなどないのだが、話しかけられた以上無視するわけにはいかない。こいつはまだ、一応この学校の校長なのだ。貴族として余裕ある対応をとる必要がある。
「……何を当たり前のことを言っている。あれは非常によくできた娘だ。まあ、我がマルフォイ家の子供なのだ。それも当たり前のことではあるがね」
「そうじゃのう。ダリアは非常に優秀な生徒じゃ。わしも学生だった頃は天才だのと言われて過剰にもてはやされたが、彼女は当時のわしなんぞより遥かに優秀じゃよ。彼女程才能あるものを今まで見たことないのう。それこそ、
「……ふん。それはそうだろう。あの子は我が、」
「は、離してください! わ、私は肌が弱いから、この席に、」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ! 大丈夫! 私が君にしっかりとクィディッチの楽しさを教えて差し上げますよ!」
何か引っかかる言い方をするダンブルドアに返そうとしたが、私が言い終わる前にそんな男女が争うような声が聞こえてきた。
その切羽詰まった声が聞こえた瞬間、私は教員席への階段を駆け上がる。
それに遅れてダンブルドアも走り始めていた。
あの声は、紛れもなくダリアのものだった。それも相当焦った。
そしてもう片方は……おそらくギルデロイ・ロックハートのものだった。
無能の分際で、私の娘に何をしようとしているのだ!
はやる気持ちを原動力に階段を駆け上がる。
そして教員席にたどり着いた私が目にしたのは……今年教員になってしまった無能作家が、私の愛する娘を日向に引きずり出そうとしている姿だった。
ダリアの焦る姿を見て、私の頭に血が上る。
思わず魔法で吹き飛ばしてやろうと思ったが、今奴がダリアの手を掴んでいる状態では、ダリアまで被害にあってしまう可能性がある。
だから私は、私の出来る限りの力をかけながら、ダリアを掴む無能の腕を掴んだ。
「な、なんです!?」
手を離したすきに日陰の方に逃げ込んでいく娘を横目で確認し、目の前のゴミに問いかける。
「……ギルデロイ・ロックハート。君は私の娘に何をしようとしているのかね?」
「む、娘!? わ、わたしはただ、こんな暗がりの席ではなく、もっと前の席に連れて行ってあげようとしただけですよ!」
「……」
何を言っているのだこいつは? ダリアの肌のことを知らないのか?
この男が教員として選ばれた時、私は一度だけこいつと会ったことがある。理事としての義務で会ったこやつは……驚く程無能の、口先だけの男だった。ペラペラと話す内容には真実味も内容もありはせず、それどころかこちらの話を一切聞いている様子はなかった。
そんな人間とこれ以上話しても仕方がない。こいつには全てが終わったら、我がマルフォイ家の持つ全力を使って報いを受けてもらう。
そんな怒りを込めて、丁度教員席にたどり着いたダンブルドアに問いかける。
「ダンブルドア……君は教員の教育もまともに出来ないのかね? しかもこやつは君が選んできたものだと私は記憶しているが? なぜ、ダリアの肌のことをこやつは知っていないのかな?」
私の言葉で、ここで何があったのか全て悟ったらしい。先程と違い、ダンブルドアは真剣な様子で謝罪をした。
「すまなんだ。ダリアのことをギルデロイには伝えておらんかったのじゃよ。わしの落ち度じゃ。ダリアもすまんかったのう」
暗がりからこちらを窺っているダリアにダンブルドアが謝罪すると、ダリアはぞんざいに頭を縦に振って応えた。ダンブルドアのことが嫌いだからというのもあるのだろうが、早くこの茶番を終わらせて私と話したいという態度だった。
「そうか、分かってくれるか。ありがとう、ダリア。それとギルデロイ。君にはダリアのことを伝え忘れておったとはいえ、嫌がる娘を連れ出そうとは関心せんのう」
そう言って珍しく仕事をしている校長を背に、私はこちらをキラキラした目で見つめるダリアに近づいていった。
「お父様……」
短い時間ではあるが、よほど家族と過ごせる時間が嬉しいのだろう。ダリアは無表情ではあるが嬉しそうに、涙を流していた。
今年、ホグワーツ特急に乗る前に見たダリアの姿を思い出す。
ああ、まだ私はダリアを助けることが出来ていない。まだダリアはこのホグワーツで、ダンブルドアの脅威にさらされ続けている。
だが、それももうすぐ終わる。私が終わらせる……。
その思いを込めて、私はそっとダリアの頭を撫でた。
「ダリア、よく頑張ったな」
ダリアは私の言葉に静かに頷くと、私のローブに抱きつき顔を埋めていた。
ハリー視点
選手全員が真紅のユニフォームに着替え終えたとき、キャプテンのウッドが大声で演説を始めた。
「確かに、スリザリンの箒は我々の者より優れている! だが、それ以上に我々は乗り手が奴等より優れている! 我々は金でチームに入ったものなどいない! 箒で乗り手を選んだりしない!」
「その通りだ!」
ウッドの演説に、ジョージが合いの手を入れる。
それに気をよくしたウッドはさらに声を大きくした。
「今日! 俺たちはあいつらに教えてやるんだ! 金でクィディッチが勝てるわけではない! 血で勝てるわけではない! そんなことも分からなかった連中を後悔させてやる!」
そこまで言ってウッドは僕の方を向いた。
「ハリー! すべては君の肩にかかっている! あの小賢しいマルフォイに、目にもの見せてやれ! 金持ちの父親がいるだけじゃ勝てないことを教えてやれ!」
僕はその言葉に大きく頷いた。今年のスリザリンは、金にものいわせて最高速の箒をそろえている。今日ほどスリザリンを負かしたいと思ったのは初めてだった。
ウッドの演説が終わりグラウンドに出ると、僕たちはかつてない程の歓声に包まれた。
グリフィンドール、そしてレイブンクローとハッフルパフも僕たちを応援しているようだった。彼らもスリザリンが金にものを言わせたスリザリンが負けてほしくてしかたがないのだろう。微かにスリザリンのブーイングも聞こえたが、それらは圧倒的な歓声に飲み込まれていた。
「握手をして!」
歓声の中、マダム・フーチの指示で両チームのキャプテンが握手をする。
お互いがお互いの手を握りつぶそうとした後、僕たちは箒にまたがった。
「笛が鳴ったら開始です! ……っピー!」
マダム・フーチの笛の音で、試合はついに開始された。
皆一斉に飛び上がる中、僕は皆より一層高いところに舞い上がった。
箒ではるかに劣っている以上、僕ができるだけはやくスニッチを見つけ出して捕まえるしか方法はない。僕は高い位置から全体を見回し、黄金の輝きを目を皿にして探す。
そこに、
「調子はどうだい? 傷物君?」
マルフォイがまるで僕の視界を邪魔するかのように現れた。
最新の箒にまたがり、いつものように僕の神経を逆なでするマルフォイ。
その口元は、僕を嘲るように歪んでいる。
でも、その目だけは、油断なく僕をじっと見つめていた。