ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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決闘クラブ(前編)

 

 ダフネ視点

 

朝目が覚め、重い体をベッドから起こす。気が重い。魔法薬学の日から、私の体は鉛のように重かった。

何故なら……。

そっと私は隣のベッドを見やる。つい一週間前まで、まだこの時間帯であればそこに人が眠っていた。

でも、今はいない。誰よりも早い時間に起き、人目を避けるように、私を避けるようにベッドから抜け出していた。

 

そこには、ダリアが眠っているはずだった。

 

ダリア。暗闇にいた私を救ってくれた女の子。私が最も一緒にいたかった友達。

でも、今はいない。ダリアはこの一週間、徹底的に私を避けるようになった。まるで私から逃げるように。私に嫌われようとするように。

 

どうして……どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 

答えは簡単だ。私が悪かったのだ。

私がダリアを追い詰めてしまった。

 

ダリアが吸血鬼だということはもう知っていた。でも、彼女にそれを打ち明けてはいなかった。

私がダリアの秘密を知っていると分かれば、ダリアが追い詰められると分かっていたから。

 

あの図書室での一件を思い出す。自分のしようとしたことを知った時、彼女はひどく取り乱した。ただただ自分自身を怖がっていた。

 

そんな彼女に、彼女のことを中途半端にしか知らない私が、おいそれと彼女の秘密を知っていると言う。いい結果になるとは思えなかった。

言うとしても、こんなダリアに余裕がない時期にするつもりなどなかった。

 

それなのに、私は彼女の秘密に土足で踏み込んだ。

少し考えれば分かったはずなのだ。再生力の強い吸血鬼がやけどをした時、その傷が()()()()()()()()

 

なのに、私は注意を怠った。

その結果が……今の空のベッドだった。

 

「……ごめんね、ダリア」

 

私の嗚咽に応えてくれる人間は、今はこの部屋には誰もいなかった。

部屋にはパンジーとミリセントの寝息、そして私の後悔だけが満ちていた。

 

いくら最低な気分であっても、学校では変わらず授業が行われる。授業には行かなくてはいけないし、行きたくもあった。

今、ダリアは最も遅く寝室に入り、最も早く寝室から出て行く。

夜遅くまで待つか、ダリアより早く目を覚ましたとしても、

 

「お、おはよう、ダリア」

 

「……ええ」

 

そう悲しそうな無表情で返して、私が何か言う前にそそくさと出て行ってしまうのだ。

そんな中で、確実に顔を見ることが出来る数少ない時間が授業だった。以前のように隣には座ってくれないし、こちらを全く見ようともせず、私とは離れた席に座ってはいる。でもそこだけがダリアの顔を見れるほとんど唯一の時間だった。

食事の時間も見かけはするのだけど、私達とは離れた場所の上に、すぐに食事を終わらせてまたどこかへ行ってしまっていた。

 

制服に着替え談話室に重い足取りで降りる。

早朝、本来であればまだ誰もいないような時間帯。でも、そこには先客がいた。

 

ドラコだった。

 

誰もいない談話室のソファーに座るドラコは、私と同じく陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

意外なことにダリアは、私だけじゃなくドラコも避けているみたいだった。

話しかければ応えるものの、その話しかけるタイミングが中々つかめていない様子だった。

 

「おはよう」

 

「……ああ」

 

だから最近私達はこうして、朝誰も起きていない時間に談話室でよく会った。

おたがい、ダリアと何とか二人っきりになって話したいと思っているのだろう。この時間以外にダリアと二人っきりになるチャンスはない。授業中は人目がある上、それ以外の時間はいつもフラリとどこかへ行ってしまうのだ。行っている場所は人目につかない場所というわけではないのだけど、いつも違った場所に行っていて、どうしてもその日のうちに所在を掴むことは出来なかった。広すぎる校舎というのも考え物だ。

 

「そっちが降りてきたということは……」

 

「うん。もうどこかに行ってしまったみたい……」

 

「……そうか」

 

予想通りとはいえ、私の答えにさらに落ち込んだ様子でソファーに沈むドラコ。

私はその対面に座りながらポツリとつぶやく。

 

「……ごめんね、ドラコ」

 

「何がだ?」

 

「私、ダリアが吸血鬼だって知ってたのに、あの時そこまで気が回らなかった……。だから、」

 

私の謝罪をドラコは遮った。

 

「いや、お前のせいじゃない。そうか……ダリアが吸血鬼だってことには気が付いていたんだな……」

 

「うん。何度か血を飲んでるところを見たの……。後、去年のニンニク……」

 

「そう……か……」

 

ドラコが黙ることによって、再び談話室は沈黙で満ちた。耳に届くのは時計の時を刻む音だけ。しばらく黙っていると、ふとドラコが話し始めた。

 

「あの時、お前もダリアも気が動転していたんだ。だから仕方がなかったんだ。お前もダリアも悪くない。一番悪いのは……僕だ……」

 

ドラコは沈んだ声でつづける。

 

「あの後、ダリアは僕に言ったんだ。自分が化け物だと。自分は人殺しが好きな化け物だって……」

 

「そんなの、」

 

私はとっさに否定しようとしたが、ドラコに手で止められる。

 

「僕もそう言おうと思った。でも……本当にそれでいいのだろうか?」

 

ドラコはついに涙を流し始めた。

 

「お前も見ただろう? トロールを殺した時、後この前ピクシーを殺した時のダリアの表情を!? 確かにあれらは人間ではなかった!? でも、僕は禁じられた森で見たんだ! あの時の表情を人間にも向けているのを! 僕はそれを見ても、ダリアはそんなことしない、ダリアは本当は優しい子だ。だからあの表情は何かの間違いだ! そう思おうとしたんだ! でも、もし本当に、ダリアの言うことが正しかったとして、それを僕が否定してしまったら……」

 

ドラコは絞り出すように言った。

 

「一体……誰がダリアの味方でいてやれるんだ? 誰が……ダリアを許してやれるんだ?」

 

「ドラコ……」

 

「だから僕はダリアに何も言えなかった……。ダリアの言葉を否定も肯定もできなかった。どっちをとっても、必ずダリアが傷ついてしまうから……。でも、結果はこれだ。僕が迷ってしまったから、さらにダリアは傷ついた。これはその罰なんだ。僕はただ……それでもダリアの味方だと伝えればよかっただけなのに……」

 

早朝の談話室。ドラコの嗚咽だけが耳に届く。

 

「ごめん……。ごめん……ダリア……」

 

そう繰り返すドラコを見ながら、私も涙を流して思う。

 

ああ……どうしてこんなことになってしまったのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

お父様と試合を観戦したのが、まるで遥か昔の出来事のようだった。あの時間の輝きは、もう私のどこにも存在しなかった。

早朝、まだ誰も起きていない廊下を一人歩く。生徒は勿論、先生も、そして廊下にかかった絵達すらぐっすりと眠っている。絵の中から響く寝息を聞きながら、ただ一人歩き続ける。

目的地があるわけではない。しいて言うならば、ここではないどこか。一人静かにいられる場所を求めて歩いていた。

 

ダフネに嫌われたかもしれない……。お兄様に怖がられたかもしれない……。

 

こんな風に逃げても意味はない。そんなことは分かっていた。こうして逃げ続けても、後5年以上もホグワーツで過ごさないといけないのだ。いつかはダフネに向き合わないといけない。

でも、私は怖かった。

あんなに嫌われないといけない、嫌いにならないといけないと思っていたのに。

それでも、私はダフネの傍にい続けた。そこが居心地のいい空間だったから。家族を、そしてダフネを危険にさらすかもしれないのに……。

 

だからバレた。私が化け物だって、ダフネについに知られてしまった。

 

私の異常性を知ってしまった以上、彼女は私から離れて行ってしまうだろう。誰がこんな人殺しの好きな化け物のことなど好きになってくれるのだろうか。

 

でも、ダフネはそれでも私のそばにいてくれる。そんな期待感も私の中にあった。

何故かは分からないが、ダフネはあんなにも私を慕ってくれた。だから、もしかして私の正体に気が付いても、それでも私を……。

 

そんな甘い期待感が、余計に私を苦しめていた。

ダフネならと思う気持ち以上に、ダフネでもこんな私を好きになってはくれないだろう、そう思う気持ちの方が強かったのだ。だって、私ですら私のことが嫌いなのだから。

私は、私が大っ嫌いだ。

マルフォイ家の皆は、あんなにも私を愛して下さっているのに、私はこんなにも異常だ。

お兄様だって、()()()()()()異常だったから私を愛して下さった。私が皆と違って人間ではないと知っても、

 

「人を傷つけるものって言っていたけど、別にダリア自身に人を傷つける気はないんだろう?」

 

幼い頃、雪の降る庭でお兄様が言ったことを思い出す。

あの時は違うと答えたが、本当はその言葉こそが違ったのだ。

 

私は、人殺しが大好きだ。

 

理性ではそれが間違ってる。そんなことしていいはずがない。そんな事は分かっている。

でも、実際にその時になったら、私の理性はたやすく塗りつぶされた。

動物を、人を傷つけ、そして殺すことほど楽しいことはなかった。

 

こんな化け物を誰も好きになりなどしない。

 

現にそれをお兄様に告白した時、お兄様は何も答えてくださらなかった。

それもそうだろう。そんな殺人鬼のことなんて、どんなに優しいお兄様でも受け入れてはくれないのだ。お兄様なら受け入れてくださると、私が勝手に甘えていただけなのだ。

お兄様ですら、私の悍ましさを否定できなかったのだ。

 

「ダフネ……お兄様……。お父様……お母様……ご、ごめんなさい……」

 

大好きな人たちに申し訳なくて、私は廊下に独りうずくまりながら涙を流す。

こんな所で泣いていても仕方がない。何も解決しないし、何も彼らに報えない。

 

でも……。

 

ダフネだけじゃない。今私は大好きなお兄様からすら逃げていた。

だって、どんなに期待しても、どんなにそれでも大丈夫だと言われても、

 

私のことを知った二人の瞳に、ぬぐいようのない恐怖が映っているかもしれないから。

私は、いざ彼らの瞳を覗いて、それが本当に存在していることを確かめるのが怖くて仕方がなかった。

 

だから逃げた。こんなこといつまでも続くはずがないと分かっていながら、私はお兄様達から、そして自分自身から逃げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ロンとハーマイオニーと玄関ホールを歩いていると、掲示板の前に人だかりができているのが見えた。近寄ってみるとそこには、

 

「決闘クラブ?」

 

張り出されたばかりの羊皮紙にはそう書かれていた。

僕が読み上げたのを聞きつけ、同じく掲示板を見ていたシューマス・フィネガンが興奮したように話し始める。

 

「面白そうだろう! 今夜が第一回目だ! それに、決闘の練習なら悪くないよ。()()()から逃げるのに役に立つかも……」

 

名前こそ言わなかったが、誰のことを言っているかすぐわかった。

僕も白銀の少女を思い浮かべながら応える。

 

「そうだね」

 

「……部屋の『恐怖』に決闘の練習して役に立つのかしら」

 

シューマスにうなずく僕の横で、ハーマイオニーだけは懐疑的なことを言っていた。でも、どうやら『決闘クラブ』自体には興味があるらしく、張り出しを食い入るように見つめていた。

 

「僕たちも行かないかい?」

 

ロンも乗り気だったみたいで、僕達三人は仲良く全員で行くことになった。

 

夜八時。

僕たちは再び大広間へと向かった。『秘密の部屋』事件のせいで皆不安がっている中、大勢の生徒が『決闘クラブ』に集まると予想したのだろう。普通の教室ではなく、ホグワーツ内で一番広い大広間で行われることになっていた。

そしてその予想は正しかった。

食事用の長テーブルが取り払われた大広間は、学校中の生徒が集まっているのではと思えるくらいごった返していた。真ん中の舞台の周りで、皆興奮した面持ちで杖をせわしなく触っている。

 

「いったい誰が教えるのかしら?」

 

ペチャクチャしゃべる生徒の群れに割り込みながら、ハーマイオニーが言った。

 

「フリットウィック先生ならいいわね。若いとき決闘チャンピオンだったらしいわ」

 

目を輝かせながら話すハーマイオニーに、舞台上の人物を見てしまった僕は暗い声で応えた。

 

「誰だっていいよ。あいつでさえなければ……」

 

でも、現実は非情だった。

 

「静粛に!」

 

舞台上にいたロックハートが大声を上げた。きらびやかな深紫のローブをまとい、その真っ白な歯を見せつけながらロックハートは続ける。

 

「私が提案したところ、ダンブルドア校長からこの『決闘クラブ』のお許しをいただきました! 私自身が数えきれないほど経験したように、皆さんにも自らを守るすべを身に着けてもらうためです さあ、では助手の()()を紹介しましょう!」

 

そう言って指示した先には、二人の人物が立っていた。一人は真っ黒なローブをしたスネイプ。よほどここにいるのが不本意なのか、いつにもまして不機嫌な表情をしている。

そしてもう一人は……。

 

彼女を認識した瞬間、大広間は静寂に包まれた。

 

な、なんであいつがあそこにいるんだ!?

 

舞台の上に、冷たい美貌を持った少女が上がる。彼女は、やはりいつもの無表情で辺りを見回していた。

 

「皆さんご存知、スネイプ先生です。勇敢にも手伝ってくださるとのことです! そしてこちらも皆さんご存知、学年主席ミス・マルフォイです! 彼女の優秀さをご存知のダンブルドア校長から、是非にと紹介されました!」

 

最初の騒がしさはどこへやら、痛い程の静寂の中ロックハートは意気揚々と宣言していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セブルス視点

 

「……今、なんと?」

 

「うむ。明日の『決闘クラブ』じゃが、ダリア・マルフォイと助手をしてもらえんかのう?」

 

夜遅く急に呼び出されたかと思えば、ダンブルドアはそんなわけの分からないことを言い出した。

明日、あの無能教師が『決闘クラブ』なるものをやることは知っている。『秘密の部屋』の怪物に役に立つとも、そしてあの無能から何か生徒が学べるとも思えなかったので、考えるのも時間の無駄だと考えていたのだが……。どうやら吾輩も無関係ではいられないらしい。それに、何故ダリア・マルフォイもなのだろうか。彼女もこんな無駄な時間に付き合うとは考えにくい。

 

「……何故ですかな?」

 

「なに、悪いがギルデロイだけでは少々不安でのう。明日は大勢の生徒が集まるじゃろう。皆不安じゃろうしのう。じゃからせめて、君がいれば皆多少の安心と、少々の防衛手段を学ぶことができると思ってのう」

 

ロックハートに許可を出したものの、どうやらあれでは何の役に立たないことは分かっているらしい。それに、

 

「ミス・マルフォイは?」

 

「ホグワーツ内で最も優秀な生徒は彼女じゃ。生徒である彼女ならより生徒目線でものを教えれるじゃろう」

 

そしてダンブルドアは続けた。

 

「……それに、先程も言うたが、明日は多くの生徒が集まるじゃろう。それこそ全員がのう。彼女だけ参加しないのはまずかろう。もし、その間になにかあれば……。これは彼女のためでもあるのじゃよ」

 

「あなたはまだ、彼女を疑っているのか!?」

 

気が付けばいつのまにか怒鳴っていた。彼女が優秀だからなどと言っているが、こちらが本音なのだろう。ダンブルドアは未だにダリア・マルフォイを『継承者』と疑っていた。

 

「コリン・クリービーが襲われた夜、彼女は間違いなく寮にいたと多くの生徒が証言しております! それはあなたが我輩に命じて調べたことだ! 彼女の疑いは晴れたはずだ!」

 

「……前にも言うたが、彼女がその時間別の場所にいたからと言うて、それでやっていないことにはならん。『継承者』は犯行現場におらんでも、相手を襲える方法を持っておる」

 

「……ならば、どうすれば彼女の疑いがはれるのですかな?」

 

我輩はダンブルドアを睨みつけながら言った。

 

「あなたは吾輩に、彼女が()()()()何もしていなかったら疑いが晴れると言いました。それは、一体どういう状況なのですかな?」

 

「……」

 

ダンブルドアは何も答えなかった。それが、彼の答えだった。

 

「……最初から、彼女の疑いを晴らす気などなかったのですね?」

 

今までの校長の言動を見ていたら、我輩にはどうしてもそうとしか思えなかった。ダンブルドアは明らかにダリア・マルフォイに囚われている。何故そこまで彼女に拘るかは知らないが、いつもは飄々としながらも正しい答えを導きだしていたダンブルドアが、今回ばかりは判断を誤っているとしか思えなかった。

 

「……そうではない、セブルス。確かに、トムのことでわしはダリアに少々拘りすぎていると思わんでもない。わしが今のところ彼女以外の人間を疑っていないことも確かじゃ。わしは初め、彼女があまりに学生時代のヴォルデモートに似ておるから疑った。じゃが、今はそれだけが根拠じゃないのじゃよ」

 

ダンブルドアは一息つき続けた。

 

「ルシウスに会って分かったのじゃ。ルシウスは……マルフォイ家は今回の件の何かを知っておる。いや行っておる」

 

我輩は瞠目しながら聞いていた。

 

「ルシウスが何をしたかは分からぬ。じゃが、彼が何かを行った結果、『秘密の部屋』は開いた。現に事件が起こり始めた瞬間、彼は活発にわしを学校から追い出そうと動いておる。まるで最初から準備していたみたいにのう。勿論彼が犯人だとは思っておらん。彼はホグワーツにはおらんのじゃからのう。じゃが……」

 

ダンブルドアは吾輩の目をじっとのぞき込みながら言った。

 

「ダリア・マルフォイはどうかのう?」

 

「……」

 

ダンブルドアの言葉に、我輩は何も言えなかった。

 

「ルシウスが何かしらの準備をし、ダリアが実行する。そう考えるのが自然じゃろう? それに、最近一人で行動していることが多いそうじゃのう?」

 

ルシウスと昔から親交のある私には分かってしまった。奴は根っからの純血主義者だ。彼が『秘密の部屋』を開ける手段を持っていたとして、彼は一切のためらいをもたないだろう。

私はダリア・マルフォイが関わっているかはともかく、ルシウスが何か知っていることに反論できなかった。

 

「セブルスよ。じゃからそなたには『決闘クラブ』で彼女の実力を測ってもらいたい」

 

「……彼女の実力を測ってどうするというのですか? 彼女が優秀なのはもう分かっていることでしょう?」

 

「そうなのじゃが、わしが知りたいのは彼女が一体どんな呪文を使うかじゃ。彼女の使う呪文がもし闇の魔術じゃったら……彼女をより『継承者』として疑うしかない。セブルス、やってくれるのう?」

 

どうやら吾輩に拒否権はないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

大広間に設置された舞台の上。私はロックハート先生の演説をしり目に周りを見渡す。

そこには目を見開いてこちらを見つめる生徒の群れ。

本当にホグワーツ中の生徒が集まっていますね。

今にも壊れそうな檻の中の猛獣でも見る様な視線にさらされながら考える。

 

やっぱりダンブルドアの命令など無視すればよかったかな……と。

 

朝、一人で食事をとっている時、突然見たこともないフクロウが私に手紙を届けに来た。訝しみながら手紙を読むと、

 

『ダリア、すまんが今晩の『決闘クラブ』において、君に模範を務めてもらいたいのじゃ。皆が不安を持つ中で、少しでも皆が自衛手段を持てれば皆安心じゃと思うたのじゃ。おそらく、ホグワーツ生の()()()()が集まることじゃろう。じゃが、如何せん教えるのがギルデロイでのう。彼だけでは不安もあるのじゃよ。じゃから最も優秀な君に助手をお願いしたいのじゃ。しかし君もこの前の試合の件もあって、彼と一緒に行動するのは気分が悪いと思う。そこでセブルスも助手につけておいたので、どうかよろしくお願いできんかのう?』

 

凄まじく胡散臭いことが書いてあった。あの爺のことだ。絶対にこれを額面通りにとってはいけない。

思わず破り捨ててやりたかったが、必死にそれを抑える。正直断りたかったが、ある一文が非常に引っかかった。

 

『おそらく、ホグワーツ生のほとんどが集まることじゃろう』

 

この一文を読み返した時に、私はまた行く以外の選択肢がないことを悟った。

これは遠回しの脅しだ。その時間、もし事件があれば君の疑いが深まる。奴はそう言っているのだ。

 

本当に小賢しい老害……。

 

私は今度こそ手紙を破り捨てながら、黙々と残りの食事をとるのだった。

 

そして渋々やってきた私を出迎えたのは、明らかに歓迎されていない視線の山だった。

ため息をひたすら我慢している私の横で、

 

「では、まず私とダリアが見本をお見せしましょう!」

 

そう、ロックハート先生が宣言していた。

 

……とりあえず瞬殺しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「……ねえ、ドラコ」

 

「……なんだ?」

 

「私の目がおかしいのかな? あそこにいるのがダリアに見えるんだけど?」

 

「……奇遇だな。僕にもダリアに見える」

 

私とドラコは同時に目を擦るが、やっぱりダリアであることには変わりなかった。

 

正直最初は『決闘クラブ』に来るつもりはなかった。そんな下らないことをしている時間があったら未だにホグワーツをさまよってるダリアを探しに行きたかった。

でもドラコが、

 

「ダフネ。『決闘クラブ』に行くぞ」

 

そう、私を誘ったのだ。

 

「え? でも、私ダリアを探したい……」

 

「ああ、僕だってそうだ。だから『決闘クラブ』には行くが、別に参加はしない」

 

ドラコがよく分からないことを言い出した。

 

「どういうこと?」

 

「さっき他の連中に聞いたんだが、今夜の『決闘クラブ』にはどうやら生徒のほぼ全員が参加するらしい」

 

「うん。それで?」

 

回りくどい物言いにイライラしながら先を促す。

 

「……考えてもみろ。ほとんど全員が大広間に集まっているのに、ダリアだけが参加せずによそをほっつき歩くと思うか? 今でさえ一応人目につくところは歩いているんだぞ? ダリアは人目につかない場所で事件が起こった時、真っ先に疑いが深まるのを恐れているんだよ」

 

ドラコの言う通りだった。ダリアは私達から逃げ回っていても、絶対に人目のない所には行っていなかった。以前の周りを常に警戒しているダリアなら、知っていれば嬉々として人目のない場所にいっていることだろう。でも今は違う。ダリアは人目のない場所に下手に行くことが出来ない。何かあれば真っ先に疑われるのは自分だと知っているから。

 

「成程! じゃあそこへ行けば!?」

 

「ああ! ダリアをやっと捕まえれるかもしれない!」

 

そう思いやってきたのだけど……。

 

「いるにはいたが、まさか檀上だとは……」

 

「あれじゃ二人っきりになれないよ……」

 

私とドラコは肩を落とすしかなかった。

 

「……とりあえず、参加はしとくか。もしかしたらチャンスが来るかもしれない」

 

「そうだね……」

 

再び壇上に目を向けると、丁度クズ教師とダリアが礼をしあっているところだった。

綺麗な礼をしている顔は、遠目からでも私達には疲れを感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「ロックハート……死んだな」

 

ロックハートとダリア・マルフォイが礼をしあっているのを見ていると、隣のロンがボソリとつぶやいた。僕だけではなく、おそらく大広間にいるほぼ全員が同じ感想のようだった。皆ロックハートを売られていく仔牛でも見る様な目で見ている。皆次の瞬間には、ロックハートの石像が出来上がってると思っていた。

ハーマイオニーだけはどちらの応援をしようか迷うような仕草をしていた。輝くような瞳で二人を交互に見ている。

 

ロックハートはくねくねした大げさな礼をするのに対して、ダリア・マルフォイは見ている分にはうっとりさせられるような綺麗な礼をしていた。やはり彼女は見た目に関しては抜群によかった。

 

礼が終わり、二人とも杖を剣のように突き出した。

 

「御覧のように、私達は作法に従って杖を構えます」

 

ロックハートは自分が死刑台にいるとは知らず、観衆にのんきな説明をしている。

 

「三つ数えたら術をかけます。勿論、私は手加減します。相手は学年主席とはいえただの学生です! ダリアは大船に乗ったつもりでやってくださいね! 私が華麗にさばいてあげますから!」

 

死ぬなあいつ。皆確信した。ダリア・マルフォイはいつにもまして能面のような表情をしていた。

 

「1……2……3!」

 

数え終わった瞬間、ロックハートは杖を振り上げた。でも……。

その瞬間には勝負はついていた。

ダリア・マルフォイの杖から、呪文を唱えることなく放たれた。真っ赤な閃光が、ロックハートの胸に命中する。

それが当たった瞬間、ロックハートはすごい勢いで吹っ飛んでいった。

壁に激突したロックハートはそのまま地面に横たわり起きてはこない。

 

「きゃああああ!」

 

ロックハートの近くにいた生徒が、彼が死んだと思い悲鳴を上げる。かくいう僕も奴が死んだと思った。しかし、

 

「馬鹿者。失神しているだけだ。死んではおらん」

 

スネイプのどこか嬉しそうな声が大広間に響いた。

 

「ミス・マルフォイが唱えたのは『失神呪文』だ。二年生が使える様な呪文ではない上に、それをより高度な『無言呪文』でやっている。非常に見事だ。流石はスリザリン」

 

手放しにスネイプが褒めるのを聞きながら、皆安堵した。とりあえず人死にが出たわけではないらしい。スネイプは足の先で気絶したロックハートをつつきながら、

 

「しかし……()()()()()()()君がロックハートを沈めてしまったせいで、模範にはならなかったようだな」

 

そうにやけながら言った後、

 

「ではミス・マルフォイ。次は私と決闘をしたまえ。君がどのような呪文を使うのか見ておこう」

 

真剣な表情に変わり、ダリア・マルフォイに言っていた。

それに対して彼女は、

 

「……成程。そういうことですか……」

 

何故か納得したような、どこか呆れたような声で応えたかと思うと、二人とも先程と同じように杖を構えていた。

 

一難去ってまた一難。また人死にが出るかもしれない局面がやってきていた。

 


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