ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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新たな容疑者

ダリア視点

 

最初に違和感を感じたのは、お父様から届いた手紙だった。

『秘密の部屋』が開かれたとお兄様が手紙に書いた次の日、お父様は部屋について少しだけ書かれた手紙を返した。

 

そこには、50年前にも部屋は開かれ、多くの生徒が襲われた末、ついに一人のマグル生まれの生徒が死んだと書かれていた。

 

私はそれを読んだ時、かすかな違和感を感じた。

今回襲われた猫は、死んだのではなく石になっている。この違いはどこからやってきたのだろうか?

その違和感は次の犠牲者が出たときも続いた。次に石になったというグリフィンドール生も死んではいなかった。

最初は前回とは違い、『継承者』は別の手段を使って生徒を襲っているのではないか?

私は初めはそう考えていた。

 

でも、『決闘クラブ』で起こった光景で、私はそれとは違った結論にたどり着く。

 

ポッターが蛇語を話した時、気が付いたのだ。

 

最近ホグワーツ中を歩き回っていた私には、よく『声』が聞こえることがあった。

それはハロウィーンの時聞いた声と同じものだった。以前のように私にしか聞こえない声。あの殺意に満ちた冷たい声。

それを再び聞いた時、最近の出来事のせいでとうとう私はおかしくなってしまったのだと考えていた。

 

でも、ポッターが蛇語を話したことで、私はようやくその声がなんであるのかを悟った。正確には、彼の言葉をまるで聞き取れていない生徒たちの姿を見て、それに気が付いた。

 

私以外には聞こえない上、理解できない声。私はそれを何であるか知っている。

 

それは蛇語に他ならなかった。

 

何故もっと早くに気がつかなかったのだろうか。

もし、あの声が蛇の声だったとしたら。それがスリザリンの怪物の声なのだとしたら全てが説明できる。

『秘密の部屋』にあるという恐怖。おそらく何かしらの怪物だろうとされるものが蛇の類なら、スリザリンの『継承者』のみが操れるというのも納得がいく。怪物が蛇ならパーセルマウスにしか操ることは出来ないのだから。

あの声が怪物のものだとしたら、『秘密の部屋』が開かれただろうタイミングで突然聞こえだしたことも説明できる。姿が見えないのも、壁の中の配管でも通っていると考えることができた。

 

そして、蛇の中で生物を石にすることが出来る怪物と言ったら……。

 

初め、私は生物を石にする能力と殺す能力は別物だと思っていた。

でも、もしそれが同じ能力で、ただ殺そうとしていたのが、たまたま()()()石にしてしまっているだけだとしたら……。

猫が石になっていた廊下は、確かよく水浸しになっている場所だ。例にもれず、あの日もあの廊下は水浸しだった。

襲われたグリフィンドール生も、大の写真好きで、襲われた時もカメラを構えた状態だったという。もし、彼らがそれらを通して()()()を見てしまっていたのなら……死ぬのではなく石になってしまった理由も説明がつく。

 

視線だけで生き物を殺すことが出来る怪物。

 

そんなことが出来る怪物は、私の知る限りでは『バジリスク』しかいない。

 

それは、自分の出自を知った時から少なくない興味があった生物だった。

 

この恐るべき蛇は、非常に強い毒、そして一にらみで生物を殺す力を生まれつき持っている。その瞳を直視してしまうと、どんな生物も死んでしまうのだと言う。

 

まさにスリザリンの怪物に相応しい生物。

 

でも、私がこの生物にもっとも興味をひかれたのはその部分ではない。殺傷能力だけなら、他にもいくつか同等な力を持った生き物はいる。

この怪物には、もう一つ大きな特徴があるのだ。

 

それは……この蛇が、雄鶏の卵をヒキガエルが孵すことによってのみ生まれるというものだった。

 

雄鶏の卵。そんなものは自然界には存在しない。それは魔法によってのみ生まれうるものだ。

そしてそんなものをヒキガエルが孵す。

これが意味することは……つまりバジリスクは、恐るべき殺傷能力を持った生物として、()()()()作られた怪物ということ。

 

私と同じように。

誰かを傷つけるため、人間が作り出した恐るべき怪物。

 

「あなたなら……私が()であるかわかりますか?」

 

クリスマス前に見た鏡を思い出す。

あの鏡は、確かに私の本質を映し出していた。

 

真っ黒な杖をいじりながら、血に染まる部屋で残酷に笑う私。

 

あの時、私は自分がどうしようもない化物であることを知った。

美しい家族の中に紛れ込んだ、どうしようもなく唾棄すべき怪物。

 

でも、あの鏡はそれだけしか教えてはくれなかった。

あの鏡が教えてくれたのは結果だけ。あの鏡は、私が怪物である理由を映してはくれなかった。

 

私のこの殺人に対する憧れは、いったいどこから来ているのか?

 

何故、私はこれ程殺人にひかれているのか?

 

それは怪物としての本能なのだろうか? それとも……

 

答えはすぐ近くにある。今もこの城の中を這いずり回っている。今も誰かを襲おうと、虎視眈々と狙っている。

 

「ああ、早くあなたに会いたい。そうでなくては……私は家族に顔向けできない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー視点

 

「君はスリザリンでもうまくやってゆける」

 

組み分け帽子は、去年僕にそう言った。

あの時はそんなことあるわけないと思った。今でもそう思し、断言できる。

あんなマルフォイのような嫌な奴等ばかりの寮になんて、死んでも入るのは嫌だった。

なのに……

 

「皆君のことをスリザリンの曾々々々孫だとか言い出しちゃうよきっと!」

 

僕がダリア・マルフォイが出した蛇を止めた後、ロンとハーマイオニーが僕を大広間から連れ出して言った。

 

そして、それは残念ながら現実のものになっていた。

 

次の日大広間に行ってみると、周りはその話題で一杯だった。僕を好奇の目線で見るものもいれば、警戒したような視線を送ってきている生徒も存在していた。ロンの話を聞いてみると、どうやら僕が『継承者』であるダリア・マルフォイの共犯者、もしくは僕こそが『継承者』じゃないかと言う人間がいるとのことだった。それが一体誰なのか、そしてどれほどいるのかは教えてくれなかった。

多分それこそがロンなりの答えなのだろう。

 

「まったくどうかしてるよ! 僕はダリア・マルフォイが出した蛇を止めたんだよ! そうでなきゃジャスティンは噛まれていた! なんで僕がそれで疑われないといけないんだい!?」

 

「僕もそう思うよ。でも、確かに傍から見たら君が蛇をけしかけているように見えたからね……。それにパーセルマウスは……」

 

申し訳なさそうに話すロンに、僕は少しだけ頭が冷えた。

 

「ごめん、ロン。怒鳴ったりして。ロンは信じてくれてるのに……」

 

「いいや、別にいいよ。とりあえずジャスティンにありのまま話せばいいんじゃないかな? 皆だって、昨日のことがあまりにもショッキングだから言ってるだけで、冷静に考えれば『継承者』はダリア・マルフォイ以外いないわけだし」

 

「……うん、そうだね」

 

ロンの慰めにいったん落ち着き、僕はジャスティンと会えるだろうタイミングである『薬草学』の授業を待つことにした。彼にあの時の本当の事情を伝えれば、きっと事態は好転する。皆僕が無実だってことくらいすぐ分かってくれる。

そう自分を奮い立たせながら、皆の視線に耐えじっとその時を待った。

 

……でも、そんな時間はやってこなかった。

 

大吹雪のせいで、午後の『薬草学』の授業がなくなってしまったのだ。

これで僕が授業でジャスティンに会う機会は、クリスマス後までなくなってしまった。

突然空いてしまった時間、僕たちは談話室でくつろぐことにした。でも、僕は正直くつろぐような気分ではなかった。皆から向けられる好奇と警戒の視線。そして自分がスリザリンの子孫かもしれないという疑惑。そんなもの僕は耐え切れなかった。

僕が何もできない時間をイライラしながら過ごしていると、

 

「そんなに気になるのなら、君からジャスティンに会いに行けばいいじゃないか? ハッフルパフの寮に入ることは確かにできないと思うけど、あっちも僕たちと同じで空き時間だ。図書館にだったらいるかもしれないよ? 今こうしてそこで貧乏ゆすりしているよりかはいいよ」

 

ロンが僕の様子を見かねてそう提案する。

僕はロンの提案を受け、図書館にジャスティンを探しに行くことにした。図書館にいるかどうかは賭けでしかないけど、ロンの言う通り何もしないよりは遥かにましなような気がしたのだ。

 

でも、それは結果的には失敗だった。

 

図書館にいざついてみると、ジャスティンは当然のようにそこにはいなかった。代わりに、僕らと同じく『薬草学』の休講になったハッフルパフ生達がたむろして、僕の話をしていたのだ。

それもよりにもよって、彼らは僕がダリア・マルフォイの共犯者だと考えているようだった。

 

「僕、ジャスティンに言ったんだ。自分の部屋に隠れてろって。あいつ、ポッターに自分がマグル生まれだってばらしちゃったみたいなんだよ。あいつが襲われてしまうかもしれないだろう?」

 

手前にいた太った男子生徒が得意気に話している。どうやら彼らは僕の存在にまだ気が付いていないらしい。

 

「……アー二ーはポッターが『継承者』だと思ってるの?」

 

太った子の前にいる金髪を三つ編みにした女の子が聞くと、彼は重々しく話し始めた。

 

「……いいや。『継承者』はダリア・マルフォイだと思うね。あのダンブルドアがそう思ってるんだから間違いない。まだ捕まえていないのも、きっと彼女のやった証拠を掴み切れていないだけさ。でも、ポッターはパーセルマウスだ。なら、あいつはきっとダリア・マルフォイの共犯者に違いないよ。パーセルマウスは闇の魔法使いの証だ。そんな奴が今回無関係のはずがないんだ。ポッターはマグルの家族にいじめられたから、ひどくマグルを憎んでるって聞いたことがある。多分それでダリア・マルフォイに協力してるんだよ」

 

僕が聞けたのはそこまでだった。僕はあまりにも馬鹿馬鹿しい内容に腹が立った。

 

なんで僕が蛇と話せるだけで、あんな奴の共犯者だと疑われないといけないんだ!

 

僕はついに我慢できず、彼らの中に突入することにした。

 

「やあ」

 

彼らの反応は劇的だった。僕が話しかけたとたん、表情を真っ青になっている。

 

「な、なんだよポッター」

 

太った男の子は震える声で聴いてきた。僕は顔色の悪い彼らの様子に、どこか嗜虐感を持ちながら続ける。

 

「僕、ジャスティンを探しているんだけど、彼がどこにいるか教えてくれないかい?」

 

彼らの表情はついに青から土気色になっていた。

 

「あ、あいつに何のようなのさ!?」

 

どうやら僕がジャスティンを襲うために探していると思っているようだ。僕はそんな彼らにイライラしながら話す。

 

「いやね、僕、『決闘クラブ』で本当は何があったのか説明したかったんだよ。皆勘違いしているみたいだから」

 

「か、勘違いなものか!」

 

アーニーは相変わらず震えてはいるが、大声で話し始めた。

 

「あの時僕は見たぞ! 君が蛇に話しかけてジャスティンにけしかけているのを!」

 

「けしかけてなんかいない!」

 

僕も負けずに大声を出す。

 

「僕が話しかけたから蛇はおとなしくなったんだ! 実際、ジャスティンには傷一つついてやしない!」

 

「そうだね。でも、あと少しってところだった!」

 

アーニーは頑固に続ける。

 

「さ、最初に言っておくが僕は純血だぞ! 君がダリア・マルフォイの仲間だろうと、僕が純血な限り、」

 

「君がどんな血だろうと構うもんか! 僕とダリア・マルフォイは関係ない!」

 

僕の我慢もそこまでだった。もうこんな不愉快な連中と一緒にいたくもない。

僕はこちらを睨み付けるマダム・ピンスを無視して、図書館を後にした。

 

まったく! 皆なんで僕を疑うんだ!? 僕はジャスティンを助けただけなのに!

 

僕はあまりにも腹立たしくて階段を踏み鳴らすように歩く。授業中ということもあり、誰もいない廊下を一人肩を怒らせながら歩く。ジャスティンが寮に引きこもってると分かった以上、僕は外にいる理由はなくなった。早く暖炉のある談話室に戻ろうと、そう思った。そう、思っていた。

 

でも、僕が無事に談話室に戻れることはなかった。

 

それは隙間風で松明の消えてしまった廊下に差し掛かった時だった。

お昼なのに暗い廊下。足元がよく見えない上に、僕も怒りで足元なんか見ていなかった。そのため、僕は床に転がった()()()足を取られてしまった。

しこたま打ち付けてしまった額をさすりながら、僕は怒りに任せ振り返る。

 

そこには僕が探していたジャスティンが転がっていた。

 

まるで石になったかのように硬直し、恐怖に目を見開いている。

 

「ジャ、ジャスティン!」

 

背筋が凍るような思いでジャスティンに話しかけても、当然返事はない。

僕は必死にどうするべきか考えていると、ふと、視界の端に奇妙なものが映り込んだ。

 

それは何故かいつもの透明な真珠色ではなく、黒くすすけた色をした『ほとんど首なしニック』だった。じっと動かない彼の表情も、ジャスティンと同じで恐怖に染まっている。

 

それは紛れもない、第二、第三の犠牲者だった。

そのうちの一人は、ゴーストであるのに襲われていた。

 

まるで胃がひっくり返ったかのような衝撃を受ける。

正直、ここから早く逃げ出したかった。今僕はダリア・マルフォイに次ぐ容疑者だと思われている。そんな僕がこんな所にいれば、僕が『継承者』だと決めつけられてしまうことだろう。

でも、本当に二人を見捨てて逃げてもいいものなのだろうか?

助けを呼ばなくて本当に大丈夫なのだろうか?

 

そう二の足を踏んでいる時、僕の後ろから声がかかる。

 

「おや~。ポッター。こんなところで何をしているのかな~?」

 

現状考えうる限りで最悪の相手だった。声の方を振り返ると、そこにはポルターガイストのピーブズが漂っていた。彼は授業時間にこんな所にいる僕を意地悪な瞳で見つめていたが、ふと、視界の端に同じく空中を漂っているニックを映ったことで動きが止まった。一瞬驚愕とした表情になったのち、僕の静止を聞かず、ピーブズが大声を上げる。

 

「襲われた! また襲われた! 生きてても死んでても襲われた! お~そ~わ~れ~た~!」

 

一斉にドアを開ける音と、そこから大量に人があふれだす音が廊下に響き渡る。おそらく、近くの教室という教室から生徒が集まってきているのだろう。

授業を受けていた生徒も、皆授業を放棄してでもこちらに来ている様子だった。

 

そしてものの数分で、先程まで誰もいなかった廊下は人で埋め尽くされた。

石になったジャスティン、ニック、そしてその傍らに立つ僕を遠巻きにして。

 

「き、聞いてくれ、僕じゃないんだ!」

 

僕は大声で無実を訴えるが、誰一人として僕の話を聞いている様子ではなかった。生徒だけじゃない、死んでいるはずのゴーストさえ石にする力が僕にあると、皆本気で信じている様子だった。

 

彼らの目には、僕に対する恐怖がありありと浮かんでいた。

 

今まで向けられたことのない類の視線に立ちすくんでいると、授業を放棄された先生たちがやってきた。

 

「なにごとです!?」

 

数名の先生を連れ、マクゴナガル先生が生徒を押しのけ最前列にやってくる。

先生は石になった二人に瞠目した後、他の先生方に後処理を頼んで僕に向き直った。

 

「……おいでなさい、ポッター」

 

マクゴナガル先生の瞳には、他の生徒と違い恐怖こそなかった。が、態度はどこかそっけないものに思えた。

 

「せ、先生。僕じゃないんです。僕は、」

 

「ポッター。残念ですが、私の手に負えないのです」

 

やはりそっけなく告げると、先生は黙って前を歩き始めた。黙ってついてこいということなのだろう。

僕たちが歩き出すと、人垣はパッと左右に割れる。

彼らの間を通る際、やはりほとんどの生徒達は僕のことを凝視していた。

 

それはあの時と同じだった。

ミセス・ノリスが襲われた時と同じように、僕は生徒の作った道を歩く。

 

でも、あの時と違い、皆に恐怖されているのはダリア・マルフォイではなく僕だった。

 

どうして……どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

 

僕はただ、蛇からジャスティンを助けただけなのに。ここにいたのも、ただジャスティンにその時のことを説明するためだったのに。

 

僕は苛立ち、悲しみ、そして今からどこに連れていかれるのかという不安でジッと視線を下げながら人垣の中を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

ダリアの様子がまた明らかにおかしくなっている。

 

以前のようなはしゃいでいるというわけではない。だがかと言って落ち込んでいるのかといえば、そういうわけでもない。

 

今僕は……ダリアの表情がまったく読めなかった。

僕はどんなに表情が乏しくても、ダリアの感情をそこから読み解くことができる。家族も、そしてダフネも読むことはできるが、僕の方が細部まで分かってやることが出来る自信がある。

 

でも、今はそれが全くできない。こんなことは今まで一度もなかった。

本当の無表情。ただジッと虚空を見つめ、ここではないどこかを見つめている。

 

まるで耳を澄ませて、何かを懸命に聞き取ろうとしているように。

何かを探すように。何かを問うように。

 

これが一時的なことであれば、そんな時もあるな、と思うことが出来た。

でも、この様子が何日も続けば話は違ってくる。

『決闘クラブ』の日までは、僕とダフネを避けこそすれ別にこんな無表情を浮かべているということはなかった。あの日、ポッターが巻き起こした衝撃的な事件に目を奪われているすきに、ダリアは大広間から消えていた。そして、ダリアと話す最大のチャンスを逃してしまったことに落胆しながら迎えた次の日には……

 

ダリアの表情が消えていた。

 

わけが分からなかった。

あの日あったことといえば、ポッターがパーセルマウスだったことぐらいしか思いつかない。次の日の午後にまたポッターが問題を起こしたらしいが、その日の午前から表情はもうああなっていたので、そちらは関係ないだろう。

 

パーセルマウス。

 

スリザリンの血統のみが持っているとされる能力。ポッターだけではなく、それをダリアも持っている。

だが、ダリアはおそらくそんな能力を誇りに思っても、ましてや望んでもいないのだろう。だからこそ、ああして無表情になっているのだろうが……一体何を考えているのかまではさっぱり分からなかった。

 

でも、これだけはわかる。

 

僕の知らない所で、何かダリアにとってよくないことが起きている。

 

それだけは、僕にも確実に分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

玄関ホールの掲示板には、ほとんど生徒全員の名前が書き込まれたリストが掲げられている。

 

クリスマス休暇に向けた、ホグワーツ特急の予約リストだ。

 

数日前まで、このリストに書かれた名前はここまで多くはなかった。

しかし、ジャスティンとニックが襲われた次の日には、このリストは埋め尽くされていた。

 

ゴーストさえ石にしてしまう謎の力。今まであった漠然とした不安が、明確な恐怖となるには十分な出来事だったのだろう。

そしてここまで生徒がホグワーツから逃げ出したいと思う理由が……

 

ダリア・マルフォイと僕の名前がこのリストに入っていないということだった。

 

「パパがクリスマスにあいつが家にいないことを悔しがっていたけど、これでハッキリしたな。こんな時にホグワーツに残るなんて。やっぱりあの兄妹は疑わしいよ。パパはパパであいつらの父親を捕まえて、僕らは僕らであいつらの尻尾を捕まえてやろう。あいつが『継承者』だって分かれば、おのずとあいつの隠し持っている物も分かるだろうし」

 

ロンはそう言って、僕達とマルフォイ兄妹、そしていつもあいつらと一緒にいるクラッブ、ゴイル、グリーングラスだけが残る状況を喜んでいた。これでポリジュース薬さえ完成すれば、あいつらに最高のクリスマスプレゼントを送れると。

けど、僕は正直複雑な気分だった。僕らと彼らだけが残る状況に、素直に喜べなかった。

 

皆が帰る理由に、ダリア・マルフォイだけではなく僕がホグワーツに残ることも含まれているからだ。

 

結局、僕はジャスティンとニックが襲われた日、特に何かお咎めを受けるということはなかった。

マクゴナガル先生に連れていかれた校長室で、『組み分け帽子』に余計なことを言われたり、部屋にいた『不死鳥』が突然燃え上がるなどのハプニングこそあったが、無事ダンブルドアに無罪放免を言い渡されたのだ。

ダンブルドアはやっぱり偉大な人物だった。僕が何か言う前から僕のことを疑ってなどいなかった。

 

でも、生徒はそうではなかった。

 

ダンブルドアから犯人ではないというお墨付きを貰いこそしたが、どうやら皆は僕を犯人だと思わざるを得ないらしい。

皆廊下で出会う度、僕を避けて通るのだ。まるで僕に触れると石になる。そう言いたげな態度だった。

唯一の救いは、同じグリフィンドール生の皆は僕を信じてくれていることだった。スリザリンも信じてはいない様子だったけど、彼らのそれは善意からくるものではない。

ロンとハーマイオニーは勿論、他のグリフィンドール生も僕を『継承者』だとも、ダリア・マルフォイの共犯者だとも思っていなかった。

フレッドとジョージにいたっては、この状況を楽しみだしている節さえあった。

僕の周りに纏わりつき、

 

「おい! ハリー様のお通りだ! ハリー様は今お急ぎである! 今から『秘密の部屋』でお茶をお飲みになるのだ!」

 

そう言って廊下を行進するのだ。おそらく、これは彼らなりの励ましなのだろう。彼らは僕が『継承者』などと考えるのは馬鹿馬鹿しいと思っているのだ。

それに、二人が僕にこっそり言ったことがある。

 

「ハリー。元気だしな。皆馬鹿だぜ。ハリーが『継承者』なんてあり得ないのにな。君が誰かを石にできる程優秀なわけがないだろう?」

 

「本当にな。それに……ここだけの話、犯人はダリア・マルフォイで決まりだぜ。ちょっと方法は企業秘密だが、あいつが最近夜中にホグワーツ内をうろついているのを僕らは()()()()()()()。……方法が方法だから先生達には言えないけど。まあ、ハリーにはいずれ教えてやるよ」

 

そんなグリフィンドールの仲間たちの励ましもあり、僕は何とか正気を保つことが出来ていた。彼らがいなかったら、僕はあまりの理不尽さに頭がどうかしていたかもしれない。

 

だって、

 

『ふ~む。君は私が組み分けを失敗したのではと心配しているね?』

 

校長を待つ間、僕は自分がスリザリンの血筋なのではという不安から被った帽子の言葉を思い出す。

 

『確かに……君の組み分けは難しかった。しかし、わたしが君に言った言葉は変わらんよ。……君はスリザリンでもうまくやってゆける』

 

『そんなことはない! あなたは間違っている! だって、僕はあんな連中とは違う! あんなマルフォイみたいな連中とは、』

 

『ふむ。マルフォイ家は今年二人おったのう。一人はスリザリンですぐ決まったが、もう一人は君と同様非常に難しかった。今思えば、君と彼女は非常に似通っておった』

 

『……どういうこと?』

 

『彼女も君と同じく非常に類まれなる未来を持っておった。恐れを知りながら進む勇気。じっと時を待つ忍耐力、そして素晴らしい知識欲、才能。そしてどんな手段でも目的を達しようとする狡猾さ。君と同じじゃよ。彼女と君は非常に似通っておる。ただ彼女はスリザリンを選び、そして君はグリフィンドールを選んだ。それだけのことだ』

 

あの時帽子は一体何を言いたかったのだろうか。

僕があんなマルフォイ家の奴に似ているはずがないのに、なのに帽子は僕とダリア・マルフォイは似ていると言った。

 

そんなはずはないと何度も否定する。

でもその度に、僕の頭の中で僕がささやく。

 

僕はパーセルマウスだろう。そんなスリザリンの証を持ってる僕が、スリザリンの資質を持っていないわけがないじゃないか。

 

皆から向けられる警戒の視線。そして自分の中に生まれた、本当に自分はグリフィンドールなのだろうかという迷い。

いくらグリフィンドールの皆が信じてくれると言っても、これらが僕の心をゆっくりと蝕んでいた。

 

でも……もうすぐこの状況に終わりが来る。

 

ハーマイオニーが、ようやくポリジュース薬を完成させたのだ。

 

これでダリア・マルフォイを捕まえることが出来るのだ。

 




ダリアちゃんは今城中を昼夜問わず歩き回ってます。

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