ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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造られた怪物(前編)

 ダリア視点

 

「……何を言っているのですか? 私はどこからどう見ても人間です。あなたと一緒にしないでください」

 

得体のしれぬ『継承者』の放った言葉は、私が最も言われたくないものだった。

そんな言葉に、私は警戒感を露に固い声で返す。

 

こいつに私が人間ではないと分かるはずがない。

 

私は外見においての話のみであれば、普通の人間と大して変わらないのだ。他の人にない特徴と言えば、()()肌が人より白いことくらいのものだ。

初対面のこいつに分かるはずがない。()()()()()()()()()()()

普段であれば、ただの根拠のない嫌味でしかないと思ったことだろう。ただ適当に言った言葉が、私の真実にたまたま掠っただけ。そう断じて気にも留めはしなかっただろう。

 

でも何故だろうか……。私はこいつが適当なことを言っているだけだとは、どうしても思うことが出来なかった。

彼の言葉の中には……どこか確信めいたものが見え隠れしているのだ。

そして案の定、彼から返ってきた言葉は、

 

「ふふふ。どこから見ても人間……か。確かに、この僕でさえ、君が僕に()()()()()()()()()()気が付かなかっただろうね。でも、君をこうして初めて()()確信したよ。()()()僕が感じたことは勘違いなどではなかった。君は人間ではない。まさか君は気付いていなかったのかい? まったく、君は実に滑稽な()()だよ。こんな()に僕の計画が邪魔されていたとはね……。実に忌々しいと言いたいところだが……まあ、最終的な目標は達せそうだからね。君をここに連れてきたことで、()もきっとここに寄り道することなく向かってくるだろう。そのご褒美だ。本来なら君が質問する時間は終わっているのだが、特別に教えてあげよう」

 

酷く残酷なものだった。

『継承者』はひとしきり私を嘲笑した後、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調で話し始めた。

 

「僕はね……他者の魂に触れることが出来るんだよ。魂に触れることで、僕はその人間の悩みや弱みを知り、そいつを操ることさえ出来るようになる。なのに……君の魂には触れることが出来なかった。君の魂は、あまりにも肉体と()()()()()()()。まるで本来の体でないものに、無理やり魂を詰め込んでいるような……。だが、それだけが理由ではないな。それだけでは、ここまで魂と肉体の距離は離れはしない。現に僕も()()()()()()だからね」

 

茫然とする私に、彼は話し続ける。

 

「君の魂……いや、これは正確ではないな。君の()()()()()()()と肉体が離れている理由。それはね……君の魂は、魂と呼べるようなものなどではないからだよ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

私はかすれた声で尋ねた。

本当は耳を塞いでしまいたかった。彼の言葉が進むたびに、私の足元がどんどん崩れていくような気持だった。

信じていたものが壊れてゆく。彼の言葉が真実だとしたら、私はいよいよただの人を殺すためだけの()()でしかなくなってしまう。少なくとも人間とはもう決して呼べない。そんな話、私は本当は聞きたくなんてなかった。出来ることなら今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 

でもそれは出来ない……。私には知る義務がある。自分のために。そして……私の大切な人達のためにも。

私はなけなしの勇気を振り絞り、そっと続きを促した。

 

でも私はすぐに後悔することになる。

何故なら、彼が語る真実はどこまでも残酷なもので、どこにも救いなんてないものだったから。

 

「そのままの意味だよ。君の魂は人間のものではない。ただの無機物だ。肉体を動かすためだけに、ただ肉体の中を満たす為だけにある代用品のようなものだ。()()()()()()()()()()()、人間の魂でないことだけは間違いない。だからこそ、君の魂は肉体になじみ切れていないのだろう。その証拠に……」

 

彼は私の顔を指さした。胸がこんなにも張り裂けそうなのに、それでもピクリとも動かない私の無表情を。

 

「君には表情と言うものがない。小娘が君のことをいつも無表情だと書いていたが、全くその通りだったよ。僕は他人の表情を読み取るのは()()だけど、その僕にすら読み取れないとはね」

 

私はそっと手を顔に添える。相変わらず動くことのない、私の顔に。

自分の表情が動かないことを気にしたことなど、今までの人生でほとんどなかった。時折自分でさえ分からないものではあったが、家族だけはいつも私の表情を読み取ってくれていた。だから私はこの無表情で悩んだことなどほとんどない。愛する家族さえ読み取れるのなら、他の人間に読み取れる必要性など皆無だと思っていたからだ。特にこの学校に入学してからは、ダンブルドアに私の感情を読み取られないようにするためにも、この無表情の仮面が有難いものにすら思えたこともある。

 

でも、今は違った。

今程この無表情が嫌になった時などない。

 

この私の動くことのない表情は……私が人間では……マルフォイ家ではないことの証でしかなかったのだ。

私はこんなものを……ダンブルドアと会う時に有難がっていたのだ。

 

なんて滑稽で、愚かな怪物なのだろうか。

 

悲しみで胸が張り裂けそうだ。

手で抑えられた口角が、少しだけ下に動いたような気がした。

 

「さて。君が人間でないことは自覚したかな? では今度こそ質問に答えてもらおうか。君は一体()だ? 君のような()()が、何故マルフォイ家のような純血の娘として存在しているんだい?」

 

私は()()()()()()指の隙間から『継承者』を睨みつける。

マルフォイ家の人間ではないと言われ、私の感情が悲しみから怒りに変わってゆく。

 

「まったく。ルシウス・マルフォイは一体何を考えているのやら。マルフォイ家は純血だと言うのに、君のような得体のしれない()を家に招きいれるとは……。マルフォイ家も落ちたものだ」

 

私が人間でないことは最初から分かっていた。私は『闇の帝王』が造った、人を殺すためだけの存在。日常という名の幸福とは、まさに真逆に存在する怪物。それが私だ。

 

でも、そんな私をマルフォイ家は家族として迎えてくれた。たとえ私の真実を知らなかったからだとしても、マルフォイ家は私を()()()人間のように扱ってくれた。私はそんな心優しいマルフォイ家に迎えられたことが……マルフォイ家の一員であることが誇りだった。

 

なのに、こいつは私の誇りを踏みにじった。私の家族の在り方を馬鹿にした。

 

別にこいつは間違ったことを言ったわけではない。事実、真実を知った()()()がマルフォイ家と共にいるあり方を否定しかけているのだ。私が優しい()()であるマルフォイ家に相応しくないのは、間違いではないのだ。

 

でも、それをこいつには言われたくなんてない。私なんかを迎え入れてくれた家族を愚弄することは許さない。

人間でもなく、怪物でもない得体のしれない生き物に、私の家族とのあり方を語られたくなんてない。

 

……聞きたいことは全て聞けた。今度こそこいつにはもう用はない。

()()()マルフォイ家を馬鹿にするけれど、本当に愚かなのはお前だ。杖を奪ったくらいで私を無力化出来たと思うとは。私が人間でないと分かっているくせに、未だにどこか私のことをただの小娘だと侮っているのだろう。このくらいの距離で、私に対応できると思うとは……。

 

その愚かさを身をもって知るがいい!

 

私は一気に身をかがめると、未だに嘲ったような笑みを浮かべながら話す『継承者』にとびかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

急いでは駄目だけど、急がなくちゃ。

そんな矛盾した思いで頭が一杯になりながら、私はこの穴掘り作業を続ける。

 

早く行かなくては、ハリーだけでバジリスク、そして()()()()()()()()()()()()『継承者』と戦わなくてはならなくなる。

彼は私より偉大な魔法使いなのは分かっている。彼は知識があるだけの私と違い、知識はなくとも、代わりに本物の勇気を持った偉大な魔法使いなのだ。彼ならバジリスクにだって立ち向かえる。そう信じている部分も心の中には確かにあった。

でも、今回は彼だけに任せていられない。いや、任せていいはずがない。

 

マルフォイさんのことは、他の誰でもなく私が助けなくてはならないのだ。

彼女を傷つけたのは私だ。だからこそ、私は罪滅ぼしのためにも、そして彼女から与えられた恩を少しでも返すためにも、()()()彼女を助ける義務がある。

 

でもそれが分かっていても……私はなるべく作業を慎重に行う他なかった。

やはり思いのほか大きく岩が崩れ落ちていたのだ。一気に崩れた岩を吹き飛ばすことも出来るが、その場合またトンネルが崩れてしまう可能性が高い。ロンもいるから二人でやれば早いかもとも思ったが、複雑に重なった岩を見て、一人で作業した方が安全だと判断したのだ。ロンは今手持無沙汰なのか、今はこの事態を引き起こしたペテン師を蹴り上げている。

 

逸る気持ちと緊張のあまり額に汗が伝う。

 

一つ一つ慎重に、けど素早く岩を魔法で移動させていく。少し離れた位置で作業しているから安全だとはいえ、一つ間違えればまた最初からこの作業を行わなくてはならないと思うと、どうしても慎重に作業をする必要がある。

 

でも、もうすぐそれも終わる。

 

だって……。

 

私は緊張と共に、その最後の一個の岩をトンネルの脇にそっと下した。

 

目の前には、人ひとりが通れるほどの大きさになった隙間が出来上がっていた。

触ってみても崩れる様子はない。これなら前に進むことが出来る。

 

「やったな、ハーマイオニー! これで僕らもジニーを助けに行けるよ! この馬鹿がやらかした時はどうしようかと思ったけど……。やっぱり君は天才だよ!」

 

ロンの声に頷きながらも、私は振り返ることなく前を見据える。

やっと進める。少し時間はかかってしまったけど、行かないという選択肢はもとより存在しない。

待ってて、ジニー、マルフォイさん! 今助けに行くから!

 

「ロン、ありがとう。でも、今はそれどころじゃないわ! さあ、そんな馬鹿なんかほっといて先に、」

 

私は額の汗を拭いながら、今度こそ後ろにいるロンを振り返ろうとして、

 

「ご苦労様」

 

ロンの向こうから飛んできた赤い閃光に当たった。

 

それは以前マルフォイさんが『決闘クラブ』で使っていた『失神呪文』だった。

私は凸凹した地面の上に倒れ伏す。

薄れる意識の中、

 

「ダフネ・グリーングラス! なんでこんな所に!? やっぱりお前もダリア・マルフォイの仲間だったのか!?」

 

「仲間……? そんなの当たり前でしょう?」

 

そんな会話が聞こえたような気がした。そして再び赤い光が洞窟を照らした時、私の意識は完全に闇に堕ちていた。

 

 

 

 

私は……結局マルフォイさんを救うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リドル視点

 

この小娘はただの餌だ。

ハリーを『秘密の部屋』へと導く、ただの餌に過ぎない。

ハリーがこいつを『継承者』だと思い込んでいるのならば、ウィーズリーの小娘とこいつが学校から消えれば、彼は必ず『秘密の部屋』を探しに来るだろう。ジニーだけでもよかったのだが、その場合ハリーは『秘密の部屋』ではなくスリザリン寮に行ってしまう可能性がある。だから僕は、我が忠実な僕であるマルフォイへの褒美も含めて、ジニー共々ダリア・マルフォイを『秘密の部屋』に連れ去ることにしたのだ。

唯一の懸念材料は、ハリーが『秘密の部屋』にたどり着けるのかということだが……おそらく心配はないだろう。ジニーの話ではハリーはパーセルマウスの上、もう『秘密の部屋』について多くの情報を得ているとのことだった。それに友人である『穢れた血』が襲われたのだ。彼ならどんなことをしてでも謎を解き、この『秘密の部屋』にたどり着くことだろう。仮にも僕からたった一つの傷跡だけで逃げ延びたのだ。それくらいしてもらわねば拍子抜けだ。

まあだが、ハリーが入り口を見つけるのに、多少の時間はかかってしまうのは仕方ないだろう。

偉大なスリザリンの血統である僕でさえ、入り口を見つけ出すのに5年もかかってしまったのだ。多くのヒントがあるとはいえ、これといって特別な魔力を持たない、ただの十二歳の子供にすぐに見つけ出せはしないだろう。

僕は寛容だ。まだジニーの魂を完全には吸い切れていないこともあるし、少しの間だけなら待っていてやろう。たとえそれが()()()()を貶めた愚か者だとしても、僕は待ってやろうではないか。

そう思いながら、僕はもう用のなくなった人形で暇つぶしでもしていようと思っていたわけだが……。

 

なんだこの状況は?

 

僕が茫然と見つめる先には……ダリア・マルフォイがこちらに杖を向けて立っていた。

 

あり得ない。あれは決して人間の出せる動きではなかった。

この人形風情は、唐突に人間とは思えないような素早さで僕に跳びかかってきたのだ。そして突然の事態に一瞬茫然としてしまった僕のすきを突き、自身の杖を僕から奪い返したのだ。

 

ダリア・マルフォイは人間ではない。それは分かっていた。

肉体と魂の在り方、そして僕にさえ読み取ることの出来ない完全な無表情から、この小娘が一見人間に見える『何か』であることは間違いない。

だがそれだけだ。人間ではなかろうと、僕は杖を持っており、こいつは持ってはいないのだ。ただの小娘に、この状況を打破できるはずがない。

そう思い高をくくっていたのだが……だが現実は違った。

僕はこの人形のことを人間ではないと理解していながら、どこかただの小娘だと侮っていたのだ。

 

なんという屈辱だ……。たかが人形如きに出し抜かれ、あまつさえ杖を向けられるなど屈辱以外の何物でもない。杖を奪われた際に、杖とは反対の手に持っていた日記を取り落としたのも腹立たしい。こいつが日記ではなく僕へ杖を向けている以上、どんな呪文が放たれようと『記憶』でしかない僕に決して効くことはないが、それでもこの状況は屈辱以外の何物でもないのは間違いなかった。

 

僕は怒りで表情を歪ませながら、こちらに杖を向けるダリア・マルフォイの無表情を睨みつけた。

 

「……やはりお前は人間ではないな。人間にそんな動きが出来るはずがない。本当に……お前は一体『何』なのだ?」

 

僕は屈辱に震えながらも、頭に残った冷静な部分でこの人形を分析する。ジニーから得た情報のほとんどはハリーについてのものであったが、中にはこの人形のことも少しだけ含まれてはいた。恐ろしい上級生として、時たま日常の出来事の話に上がるくらいではあったが、その中にいくつか気になる情報があった。

曰く、ダリア・マルフォイは日光に弱く、外に出る時はいつも肌の露出部分を極限まで減らしているとか。

正直話半分にしか聞いていなかった情報ではあるが、先程の人間離れした動きと合わせて考えれば……。

 

「……そうか。先程の動き、それとジニーの書いていた、日光に当たれない体。お前のことが少しだけ分かったぞ。お前の体はやはり人間のものですらない。それだけでは君の魂のことは説明出来ないが、君の体の中には、一部きゅうけ、」

 

しかし僕の言葉は最後まで続くことはなかった。

何故なら僕が言い切る前に、

 

『アバダケダブラ!』

 

相変わらず無表情のダリア・マルフォイが、僕に呪文を放ってきたから。

僕の視界は緑の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

早鐘のように鳴る胸を押さえ、僕は部屋の奥へと進んでいく。薄暗い部屋のあちこちに、蛇が絡み合った彫刻の施された柱が立ち並んでいる。僕は一歩一歩慎重に、足音をなるべく立てないように前へと進んだ。

 

恐ろしかった。

あいつはもうすぐそこにいる。ここまで来たのはいいが、僕があいつと正面から戦っても決して勝てないだろうと思っていた。あいつの試験での成績は勿論、『決闘クラブ』で示された実力を目の当たりにすれば、何の力もない僕が勝てると思う方がどうかしている。

 

でも、どんなに恐ろしくても進むしかない。ロンの妹であるジニーがここにいる限り、ダリア・マルフォイがいようと、そして『バジリスク』がいようと逃げるわけにはいかない。僕は戦わなくてはならないのだ。

だからこそ、僕はなるべく慎重に前に進まなくてはならない。少しでもあいつとの勝率を上げるために。僕は杖を構え、そっと声のする方に足を進めた。

 

そして、遂にその光景が見えた。

 

「ジニー。それに……。あれ? なんで彼がここにいるんだ?」

 

柱の陰から恐る恐る覗った先には、何故か茫然とした様子のダリア・マルフォイ。彼女の奥に見える、床に倒れ伏しているジニー。

そして……ここに決して居るはずのない、僕に『秘密の部屋』の真実を教えてくれたトム・リドルが立っていた。

 

何故彼がここに?

 

僕の頭の中は疑問符で一杯だった。

彼は日記の中だけの存在のはずだ。その上、そもそも彼は50年前の人間だ。何故彼が当時の姿のまま、こんな所でダリア・マルフォイと対峙しているんだ?

 

何が起こっているか理解できず、柱の陰からのぞき込む僕の耳にダリア・マルフォイの声が届く。

 

「……『死の呪文』が効かない? いや、そもそも貴方に当たった手応えすらなかった……。あなたは……本当にそこにいるのですか?」

 

当惑したような声を出すダリア・マルフォイに、

 

「言ったはずだ。僕は『記憶』だと。まだ『記憶』でしかない僕に、君の呪文は効かない」

 

トムがどこかあざ笑うような雰囲気で応えた。そう言いながらそっと彼が視線を送った先には、一冊の本が床に開かれた状態で落ちていた。それは僕がトイレで見つけた、あの50年前のことを教えてくれた日記で間違いなかった。

彼は相変わらずどこか嘲笑するような表情で話すが、

 

「さて、君の無駄な行動のせいで最後まで言えなかったではないか。君は、」

 

「黙りなさい! 私は……私は!」

 

ダリア・マルフォイの叫び声に遮られた。

ダリア・マルフォイはいつもの姿からは考えられない程取り乱した様子で叫び声をあげると、杖を振りかぶり、

 

『アバダ、』

 

『エクスペリアームス、武器よ去れ!』

 

僕の呪文を受け、杖を弾き飛ばされた。彼女の真っ黒な杖は弧を描き僕の手の中に収まる。

 

「ダリア・マルフォイ! そこまでだ! トム、大丈夫!?」

 

僕は興奮をした声で、ダリア・マルフォイに杖を向けた。

トムが何故ここにいるか分からない。でもあのままでは彼にダリア・マルフォイが何か良くない呪文を使っていた。それにさっきの瞬間、ダリア・マルフォイはトムに集中するあまり隙だらけだった。このチャンスを逃せば、僕はジニーを救えない。

そしてその考えは正しかった。これで、僕は今年ダリア・マルフォイが起こしていた事件を解決することが出来た。拍子抜けするほどあっけなく。

 

「ははは! ハリー! 来ていたんだね! ()()()()()()()()! それに、ありがとう。君のおかげで()()()()()()()

 

こちらを睨みつけるダリア・マルフォイに、少しの油断もせず杖を向けながら歩く僕にトムが話しかけてくる。

先程の嘲笑といった笑顔ではなく、どこか人を安心させるような微笑みを浮かべた彼に、僕は少し当惑しながら応えた。

 

「トム。何で君がここに……。君は50年前の人物のはずだよね。君はゴーストなのかい……? ……いや、今はそれどころじゃないね。僕の方こそありがとう。君のおかげで、こうしてダリア・マルフォイを、」

 

「……ポッター。何故あなたがそいつのことを知っているのかは知りませんが、それ以上近づかない方が賢明ですよ。そいつは『けいしょ、」

 

「ハリー。杖を借りるね」

 

こちらに何か言おうとするダリア・マルフォイの言葉を遮り、トムは僕の持っていた彼女の杖を搔っ攫うと、

 

『シレンシオ、黙れ!』

 

ダリア・マルフォイに呪文を放った。彼女はまるで猿轡をされたように黙り、その上、

 

『ブラキアビンド、腕縛り!』

 

続いて放たれた呪文によって縛り上げられた。

 

「お前はそこで大人しくしていろ。そうでなくては……僕は君の秘密をハリーに話してしまうかもしれないよ」

 

縛り上げられながらも尚こちらを睨みつける彼女の瞳が、少しだけ見開かれた気がした。

 

「君の体の一部のことをジニーから聞いた覚えはない。つまり、君は君の体のことを学校の人間には隠しているということだ。それに、君はハリーに杖を奪われた時、また先程のように動けばいいのに、そうはしなかった。それをしてしまうと、ハリーにバレてしまうと思ったのだろう? いや、その後ろにいるダンブルドアにかな? まあいい。ともかく、バラされたくなかったら、大人しくそこで見ていろ。ハリーが来た以上、君のことを聞くのは全てが終わった後だからだね」

 

「トム。どういうこと? こいつの秘密っていったい、」

 

「いいや、ハリー、それを君に話している時間はもうないんだよ。それよりも、彼女はもうこうして無力化したんだ。今彼女は声を上げることもできない。きっと『バジリスク』も()()()()()()()()。奴は呼ばなければ来ないからね。それに、君にはやらなくてはいけないことがあるんじゃないのかい?」

 

ダリア・マルフォイに何か話すトムにその言葉の真意を尋ねようとしたところ、彼は僕の言葉を遮り、そっと未だ地面に倒れ伏しているジニーを見やった。

 

「そうだ、ジニー!」

 

僕は大声で叫び、部屋の奥、見上げる程巨大な、まるで年老いた猿のような顔をした魔法使いの像の足元に転がっているジニーの傍に駆け寄る。膝をつき揺り起こしながら名前を叫んでも、彼女は一向に目を覚ます様子はなかった。

 

「ジニー! 死んでは駄目だ! ジニー!」

 

僕はついに杖を脇に投げ捨て、ジニーの肩をしっかりと掴んで起き上がらせようとする。

でもジニーの顔はまるで大理石のように白く、冷たかった。

一向に目を開ける様子のないジニーの肩を再度揺さぶる。

 

「ジニー! お願いだ! 目を覚まして!」

 

必死に叫ぶ。ダリア・マルフォイを倒せても、ジニーが死んでしまってはまったく意味がない。

どうか生きていてくれ。そう願いながら再度叫ぼうとした僕に、

 

「その子は目を覚ましはしないよ」

 

近くから静かな声がかかった。

いつの間にかこちらに近寄り、僕の投げ出した杖を()()()()()トムがこちらを見降ろしていた。

 

「目を覚まさないって、どういうこと!?」

 

「生きてはいる。でも、それもかろうじてだ。もうすぐしたら……その子は死ぬ」

 

「なんでそんなこと分かるのさ!?」

 

彼がどういう存在なのかよく分からない。でも、ジニーがこんな状態でも平然と話す彼に、僕は苛立ちを露に大声を上げた。助けられたとはいえ、赤の他人に友達の妹が死ぬ等と軽々しく言ってほしくない。

しかしそれに返ってきた答えは、

 

「どうして分かるか……か。それはね、ハリー。僕が……僕こそが、この『秘密の部屋』の『継承者』だからだよ」

 

トムは相変わらずの微笑みを浮かべたまま、何でもないことを話すような気軽さで、僕にとんでもないことを言った。

 

静まり返る『秘密の部屋』には、僕の息を呑む音だけが響いていた。


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