Bad apple.   作:天凪。

5 / 5
 お気に入り数500超えました、有難うございます。区切りが良いですし、何か番外編でもと思ったのですがいかがでしょうか。
 試験期間なのに何故かどんどん書けちゃう不思議。本来勉強しなければならない自習時間にこそこそ続き書いてました。アッこれ試験アカンやつや。

 書いてる途中で1〜4話にところどころ時系列の矛盾を見つけたので修正しました。プロットとかちゃんと書いてないからこうなるんですよね。反省します。


act.5「ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ」

 打ちっ放しのコンクリートの壁に囲まれた部屋に、独特な香りを持った紫煙が漂う。もう慣れた臭いではあるが、やっぱり良い匂いとは言えない。そんなことを思いながら、目の前の革のソファに座る長身痩躯の黒尽くめの男に首を傾げて見せた。

 

「じゃあ、そのスナイパー君が有能かを今夜の任務で審査して、ボクがオッケーしたらその子は晴れて幹部昇進ってことだね?」

「ああ。こいつがその資料だ。」

「ありがとんとん。……こ、こいつぁとんだ悪人面だな。」

「何笑ってんだてめえ。」

 

 いやだって、と口に手を当て笑いを堪えながら返事をし、資料に添付された盗撮と思われる写真を見る。

 今ボクと話している銀髪の彼のような鋭いグリーンアイには特徴的な隈が残り、長い黒髪はニット帽から零れ落ちている。やや頬骨の出た、あまり健康的とは言えない顔色の男は、記憶にあるより幾分若いように感じられた。上から下まで黒い衣服に身を包むその姿はお世辞にも正義とは程遠い。背負った黒のギターケースには恐らく楽器ではなく愛用の凶器が収まっているのだろう。

 

「うん、なんかもう既に幹部みたいな貫禄あるしいいんじゃない? ジンニキレベルに全力で黒尽くめだし。」

「あぁ? 馬鹿にしてんのか。」

「してますん。」

 

 額に青筋を立てたジンが懐に左手を突っ込んだのを見るやいなや、ボクはその部屋から飛び出した。サプレッサーで抑えられた銃声が後ろから聞こえる。一歩間違えれば体に穴が空く鬼ごっこ。スリル満点である。

 

「今日こそ殺す。」

「ちょっとお、ジンってば沸点低すぎ! カルシウム足りてないんじゃない? 煮干し食べる? それとも牛乳? ホットミルク作ったげよっか?」

 

 無言で発砲音が増えた。解せぬ、思ったことを言っただけじゃないか。というか弾の無駄遣いは駄目だろう。今何発撃ったよ? 煽り耐性という言葉は彼の辞書には載っていないらしい。

 入り組んだ廊下を小柄な体に物言わせて駆け抜ける。逃げ足の速さにゃ自信があるのです。そのまま外に出て、暫く走ったところに停めてある組織の黒いワゴン車の後部座席に乗り込む。運転席に座る下っ端工作員に適当に行き先を告げ、シートに深く座った。

 

***

 

 企業秘密なルートで手に入れた今回の任務の相棒、諸星大かっこ偽名かっことじのメールアドレスで指示を送る。今日のお仕事は敵対する組織にこちらの情報を横流しするという裏切りをしてくれやがった取引相手をオハナシしようぜで呼び出してスナイプしてもらうというものだ。ボクの仕事取引相手を呼び出すくらいなんだけど。簡単すぎワロリンヌ。

 送り主を辿れないように細工したパソコンで金を用意すれば助けることを考えてやろうといった主旨のメールを送ったのはお昼過ぎ。今はとっくのとうに日は落ちて三日月が天上に昇っている。

 ボクは入り組んだ路地の先にある開けた場所が見えるビルの最上階にいた。そこが、取引相手を呼び出した場所である。なんで待ち合わせ場所に行ってやらないのかって? 基本的にボクは単独での話し合いをラムに禁じられているからだ。

 ただ戦闘能力が高いだけで幹部になったやつはいくらでも補充できるけれど、ボクのように普通じゃ手に入らないスキルなど――ボクの場合は些細なことも取りこぼさない広大なネットワークによる情報収集能力と、そのネットワークのお陰で手に入る軍資金を指す――を持っているから幹部になったやつは、そうはいかない。貴重なだけに簡単に死なれると困るが、そういうやつは大抵他の幹部と比べて戦闘能力に乏しい。実際ボクは逃げ足が速くてちょっと射撃が上手いだけで、一発殴られただけで気絶する自信があるほど対人格闘はからっきしだ。単独任務が禁止されているのは、有能な幹部を死なせないためと、便利な道具が逃げ出さないように監視するためである。まあボクは組織に貢献しててかなり信用されているから、護衛目的の方に圧倒的に比重が置かれているのだけど。ちなみにボク以外の場合はシェリーのことだ。彼女ははっきり言ってその頭脳以外組織に役立つものを一つも持っていない。その頭脳自体、少し無理をする必要があるが、一応替えがきく。だから彼女に対する脅しは半分以上本気になってしまう。彼女は聡明だからそのことを察し、そして怯えている。逃げ出したいと思ってしまう。そんな忠誠心を欠片も見せない彼女を野放しに出来るはずもなく、めでたく監禁ライフと相成ったわけだ。もうちょっと柔軟になればいいのにね。

 さてさて、ターゲットが待ち合わせ場所に現れたようだ。ややくたびれた、けれど高そうなスーツに身を包んだ冴えないオジサン。しきりに腕時計を確認しては辺りを見回す。指定した時間は過ぎているのに誰も現れないから不審に思っているのだろう。ボクはその姿を文字通り高みの見物しながら、予め仕掛けた小型スピーカーで話しかけた。

 

『やあオニイサン、今晩は。』

「ひっ……! だ、誰だ!?」

 

 気を利かせてオジサンではなくオニイサンと呼んであげたというのに怯えるばかりでつまらない。ありったけの()をかき集めて詰め込んだと思われる大きな鞄を抱え込み、へっぴり腰で威嚇している。優秀な盗聴器は綺麗に音声を拾ってくれるものだから、イヤホンから聞こえるオジサンの引き攣った叫び声がうるさい。そっとボリュームを下げて、言葉を続けた。

 

『だ、誰だ!? と聞かれたら答えてあげるが世の情け! なんちゃって。キミにラブメッセージを送った張本人ですよ〜。』

「ふざけやがって……お、お前の言った通り金は用意した! だから、だから見逃してくれ!」

『ふうん、その日の内に一億用意できたんだ? すごぉい、そんなに私腹を肥やしてたんだね。』

「な、ち、違、これはその、」

 

 わざとらしく賞賛してやれば、目に見えて狼狽えるオジサン。冷や汗を垂れ流し、金を抱えて縮こまっている姿は哀れそのもの。そんなビビリなのによくもまあ裏切るなんて大層な真似ができたものだ。もしかしたら無理矢理ないしは言葉巧みに情報を引き出させられたのかもしれないけれど、情報が流れたという証拠が上がっている以上彼に未来はない。

 

『あはは、それに見逃すとは言ってないよ? ボクは考えてやっても良いって言っただけさ。』

「は!? 話が違う!」

 

 唾が飛ぶ勢いで叫ぶオジサンを見下ろす。ああ、可哀想に。一縷の望みに縋ってのこのこ出てくるのではなく、情報を流した相手に助けを求めれば良かったのに。……まあ、どうせその敵対組織さんからも見捨てられるか捨て駒扱いされるかの二択だろうけどね。

 

『違わないよ。だって嘘ついてないもの。ああ、始めっから助ける気なんてないのにそんなこと言ったって意味だったら、嘘ついたかな。』

「! この外道め!」

『なんとでも言えばいいよ。それじゃあオニイサン、残念無念、また来世〜。』

「あ、待、待ってくれ、頼む、俺にはまだ幼い娘が、」

 

 台詞の途中で盗聴器の電源を切る。それと同時に、オジサンがぱたりと崩れ落ちたのが見えた。頭部からじわじわと液体が広がっていくところから、きっちりばっちりヘッドショットをかましてくれたようだ。

 居座っていた部屋から非常階段に出て、そのまま気配と足音を消して屋上へ向かう。そのままこっそり屋上を窺えば、思った通りの男がライフルを片付けようとしているのが見えた。そしてその背後から近寄り鉄パイプを振り上げている見覚えのない男の姿も見え、反射的にウエストポーチからコルトディフェンダーを抜いた。

 晴れた夜空と静まり返ったビル群に響き渡る乾いた破裂音。怪しい男は重い音を響かせて倒れた。不意を突かれ焦った表情から一転、目を見開いて言葉を失っている黒衣のスナイパーの前にボクは姿を現した。瞬間向けられたのは拳銃の銃口と殺気の篭った目。

 

「誰だ。」

 

 ボクの容姿に驚いたのか、一瞬彼は目を丸くしたがすぐに元の刺すような目に戻し、拳銃を握ったボクの左手に照準を合わせた。ボクは緊迫した空気にそぐわない笑みを顔に乗せ、愛銃を下ろした。

 

「狙撃技術は申し分ないけど、周囲に対する注意力散漫はいただけないね。ま、それくらいは目を瞑っといてあげるよ。」

「……まさか、シードル、か?」

「ふふ、ご名答。お仕事お疲れ様、諸星大君。危ないとこだったね。次からは気をつけな。」

 

 ボクの台詞から正体を推測した彼にもう一度笑いかける。彼も拳銃を下ろし、静かに息を吐いた。それを見ながらボクは仕留めた男に躊躇なく近づきその懐を探る。見つけ出した携帯電話のデータを見ようとするが、案の定ロックがかけられていた。持って帰って解析専門のやつに解除してもらえばいいか。男の携帯電話と、ついでにコルトディフェンダーもウエストポーチにしまった。

 

「情報を受け取った側の人間と見て間違いないだろうね。携帯を解析すれば色々分かるかな。……あ、ちゃんとした自己紹介がまだだったね。ボクはシードル、情報収集が得意でそれ関係の任務をすることが多いよ。あと暗殺とか暗殺とか交渉とか暗殺とかするよ。よろしくね。」

「ああ。知っていると思うが、諸星大だ。長距離狙撃を得意としている。」

 

 左手を差し出したら素直に握手に応じてくれた。成長が止まって久しいボクの手は諸星君の手より一回りも二回りも小さい。諸星君の手は大人らしく大きくて、皮膚は肉刺の出来た痕や傷痕で固くなっていた。

 握手を解くと諸星君はライフルの片付けを再開した。ボクは彼の隣に座り、その様子を眺めた。狙撃は経験がないからあまり詳しくないけれど、恐らくこれはレミントンM700。一撃必殺(ワンショット・ワンキル)に長けたライフルだ。よくよく見るとグリップ部分などに手を加えた痕跡があるから、レフティである自分の構えに合わせて自分でいくらかカスタムしたのかもしれない。ボクも左利きだからその苦労は分かる。世の中は左利きに優しくない。悲しい。

 そんなことを考えていると、諸星君が自嘲的な響きを含ませてポツリと呟いた。

 

「注意不足などという初歩的ミスを犯した俺の幹部昇進は見送りか。」

 

 何を言ってるんだこやつは。諸星君の言葉にボクは呆れ顔をして見せた。

 

「ボクの言葉聞いてた? 目を瞑るって言ったっしょ。大丈夫、キミは百パーコードネーム貰えるから。」

「聞いていたが……何故そんなことをする? それにその根拠はなんだ?」

 

 銃をしまう手を止め、諸星君は静かな森を思わせる深緑でボクの目を射抜いた。ボクはそれを真正面から受け止め、しかしすぐに逸らした。

 あの正義側の目は好きじゃない。正義を信じる目は、真っ直ぐで、綺麗で、眩しすぎる。悪いことだと分かっていてそれに手を染めた自分が、どうにも汚らわしい存在のように思えて、なんというか……ムカつくんだ。この怒り――と言うにはあまりに複雑な感情――をあちらの人間に向けるのはお門違いなのだけど。

 犯罪組織に所属していても笑って生きたいと思うのはいけないことか。人間誰でも怒りや悲しみ、憎しみ、恨みだけで人生を終えたくないって思うだろう? 悲しんで涙を流すより楽しくて笑っていたい。憎悪で人を貶めるより歓喜を人と分かち合いたい。そう思っても、いいだろう? それとも、大義名分もなく一度でも人を殺めた人間は、一生笑っちゃいけないのか? そう喚く自分を、彼らの目は肯定し、糾弾しているように見えて仕方なくて、真っ直ぐ見つめ返すのが苦手だった。

 ……もう、面倒臭い思考回路してんな、ボクは。考え過ぎだよ、作戦はDon't think, feel.(考えるな、感じろ)で行こう、うん。

 

「今までのキミのスコアを見るに、キミはこの組織で一番長距離狙撃が上手いよ。今いるスナイパーの幹部は、長距離というより百メートル以内の精密狙撃とか、不安定な足場での狙撃とかに長けてるんだ。だからキミのようなタイプのスナイパーはいた方が心強い。ボクあんまり強くないから上から目線でごちゃごちゃ言いたくないしね。厚意は素直に受け取っといてよ。」

「……強くないなど、動くターゲットの後ろから脳幹を一発で撃ちぬく腕のやつがよく言う。」

「ええ〜、あれくらい普通だよ。」

 

 へら、と笑ってからボクは立ち上がった。諸星君は目でボクを追う。ボクはその視線に笑みを返した。

 

「この後用事あるから失礼するね。遺体とかは下っ端が処理してくれるから、今日はそのまま帰っていいよ。ああ、明日にでも昇格の連絡が行くと思うから楽しみにしてて。それじゃ、アデュー!」

 

 実は用事なんて特にない。強いて言えばジンに報告をしなければならないのと、友人宅に溜めていた積みゲーを崩さなければならないくらいだ。とは言え用事と言っておけば深く追求することはないだろう。藪をつついて蛇を出すなんてことにならないよう、鼠さんは細心の注意を払わなければならないのだから。

 そうしてボクは諸星君を置いてさっさと屋上を後にした。車もバイクも乗れないため、わざわざ工作員や友人に足になってもらわないと行けないのは少し面倒だ。前に自転車で移動してたらベル姐さんに叱られた。その後姐さんから聞いたのだろうラムからも電話でネチネチ説教された。良いじゃないか自転車、ガソリン代も要らないんだぞ。組織の幹部がママチャリ移動って字面がやばい。これだけで十分は笑える。そう言ったら反省しろってキレられて監禁された。暇で暇でしょうがなくて見張りを弄りまくったらその人の胃に穴が空いたらしく、一週間くらいで解放されたけど。

 まずはジンに報告しようかと思い、携帯を取り出すと、なにやらメールが一通届いていた。誰からだろう。差出人の名前を見て、思わず口角が上がった。なんというタイミング。内容は紹介したい人がいるんだけど明日時間はあるかというもので、答えは勿論イエスだ。ボクは迷わずそう返信し、続けてジンにも任務完了の旨を伝えるメールを送信した。

 ――ああ、明日が楽しみだ!

 

***

 

 翌日、ボクは東都のとある喫茶店を訪れていた。温かみのある間接照明により落ち着いた雰囲気の店内は、男性でも気軽に入れそうだった。店の奥にあるテーブル席の客が待ち合わせの相手と気づき、案内しようとする店員さんに断ってそちらへ向かう。

 彼女は隣りに座る人との会話に勤しんでいてこちらにまだ気づいていなかった。ボクはわざと足音を鳴らして自分の存在を知らせる。それに気づいた彼女はようやくボクの方を向いたので、ボクはにっこりと笑みを浮かべて挨拶をした。

 

「やあ、明美! おっひさ〜。遅れてごめんね。」

「久しぶり、理夢。私達が早く来すぎただけだから気にしないで。」

「というと……二人っきりの時間を楽しんでたのかな? かな?」

「もう! からかわないでよ。」

 

 黒檀の髪を長く伸ばした可憐な女性――宮野明美の隣に座る男を見遣りにやにや笑って言えば、彼女は頬を朱に染めて怒るポーズをした。男はボクの顔を見て驚愕している。彼がそんな顔をするのはそう多くないことなので、是非とも写真に収めてからかう材料にしたくなった。

 明美の前の席に座り、ウェイターを呼び止めホットコーヒーを頼む。ついでにと明美はカフェラテとアイスコーヒーも一緒に頼んできた。二人の目の前にあるカップは既に空になっていたところを見るにかなり早くここに来ていたことが分かった。

 ウェイターが去っていったのを確認してから、明美が口を開いた。

 

「じゃあ早速紹介するわね。情報通のあなたのことだからもう知ってると思うけど、この人が私の彼氏の、諸星大くんです。」

「やあ諸星君、昨日ぶり! 昨日の今日で彼女とランデブーなんてイケメンはやることが違うね、キミだけ爆発しろ!」

「ええっ! 嘘、もう会ってたの? というか昨日って、そんな偶然あるのね。」

 

 明美の紹介を聞いてから、ボクは明らかに動揺している彼――諸星君に小さく手を振ってあげた。この時のボクの顔はそれはそれは輝いていたことだろう。いつも冷静そうなやつがおろおろしていると面白いよね、ボクは面白いって感じる。

 明美はボクの台詞に驚きの声をあげた。そんな偶然があったんですよとボクは明美に言った。クスクス笑って昨日のことを反芻する。あのメールを見て本当に驚いたんだ。初めて会った翌日に紹介してもらえるなんて。諸星君からしたら驚きの連続だろう。監査しにきた上司が子供のような見た目で、翌日可愛い彼女に癒やされようと思ったら親友という名目でまた会うことになったんだもの。

 ウェイターが注文した飲み物を持ってきたところで一旦会話が中断された。ボクは運ばれてきたホットコーヒーに角砂糖一つとミルクを入れて一口飲んだ。前に座るカップルに目を向けると、明美は可愛らしいラテアートを見て嬉しそうにしていて、硬い表情の諸星君はアイスコーヒーをブラックのまま結構な勢いで飲んでいた。二人の間の温度差でグッピーが死にそう。

 アイスコーヒーのグラスをテーブルに置いた諸星君が、戸惑いの滲む目をこちらに向けてきた。

 

「……明美と親しかったのか、シー、」

「おっと、ここでそれを出すのはやめてほしいな。今のボクは"白雪 理夢(しらゆき りむ)"という、親友の彼氏がいいやつか否かを確認しに来た一般人なんだから。」

 

 仕事として動いてるわけでもないのにコードネームを出そうとしてきたものだから、言い切る前に遮った。確かにボクを指す名前はシードルしか教えてないから、そう呼ぶしかないのだろうけど、プライベートでその名前を呼ばれるのはあまり好きではない。

 諸星君はボクが名乗った"白雪理夢"という名に反応した。

 

「それが、お前の本名か?」

「うん? んー、まあ、一応?」

「何故疑問形なんだ、自分のことだろう。」

「ボクにも色々あるんだよ、色々。」

 

 そう、色々あるんだ。ボクはたくさんの名前を持っているが、実は名乗るものの中に本当の意味での本名というのは存在しない。ボクには本名がないのだ。それはボクの生い立ちが関係している。

 名前というのは、幼い頃に親しい人間から名付けられることで決まるものだ。それは大抵血の繋がった家族から与えられる。両親、祖父母、あるいは兄姉。親の恩師や友人が名をくれることもある。まあ、とにかく名前は与えられるものだとボクは思っている。

 で、だ。前提で分かるだろうけれど、ボクは名前を与えられていない。四歳頃まで実母と暮らしていたが、彼女から名前を呼ばれたことが一度もない。クソガキとかゴミとかとは呼ばれたことあるけどそんな名前は嫌である。断固拒否である。名前をくれる相手がそれをサボったお陰で、ボクの本名は、ずっとずっと空白なのだ。もしあの人がボクの名前を決めていたとしても、ボクはそれを知らないし、彼女はとうの昔に死んでいるから知りようがない。

 ……彼女の死因って、なんだったっけな。忘れちゃった。でも死んだってのは覚えてる。それで、彼女が死んだ後、ボクは――ああやだやだ、嫌なこと思い出しちゃった。しかもこれでまだまだ序の口なのだから、重すぎて笑い話にも出来ない。だからボクは普段、自分の過去は語らない。シリアス君がログインするから。

 ちなみに、白雪理夢という名前は自分でつけた名前だ。由来は非常に安直で、コードネームのシードルの原料である林檎からグリム童話の白雪姫を連想して作った。オヒメサマって柄じゃないけどね。むしろボクは毒林檎を渡す魔女、否毒林檎そのものかな。

 ボクは嫌な記憶を振り払うために、やや強めの語調で、そんなことよりと口に出した。

 

「ボクが最近まで海外にいて予定が合わなかったからお付き合い報告遅れたのは良いんだけどさ、二人の馴れ初め突っ込みどころ満載すぎない?」

「やだ、それも知ってるの? 理夢ストーカー?」

「いつもニコニコ明美の隣に這い寄る混沌、白雪理夢、です。じゃなくて、明美ってば当たり屋なんかにオトサれたの?」

「当たり屋でも大くんは良い人よ。」

「顔が良ければ犯罪者でも良いっていうの!?」

「何を言っている、ここにいる全員が犯罪者だろう。」

「黙らっしゃい! 当たり屋風情が大天使アケミエルと恋仲になるなど笑止千万!」

 

 さらりと会話に参戦する諸星君を芝居がかった口調で糾弾する。いやでもホント、なんで明美はこいつを選んだんだろう。確かに顔は大人の色気があって十人中八人はイケメンだとか格好良いとかいうだろうし、鍛えているから体は筋肉質でその上高身長だし、ビュロウじゃ切れ者と評判になるくらい頭が良い。性格は任務といえど同時に二人の女は愛せないと言ってきちんと別れてから明美と付き合うくらい実直で、約束は必ず守る。あと殺してやると言われるほど激しく憎まれようと相手の心を守るために嘘をつく不器用な優しさも持っている。

 見た目良し頭良し運動神経良しで性格も最高に良いとかなんだこいつ完璧かよ。煙草と酒くらいしか悪いとこなくない? 盛り過ぎだろ、二次元かよ。そういや二次元だったわ。こんなやつに本気で口説かれればそりゃオチるわ。

 ぬるくなったコーヒーで喉を潤し気持ちを落ち着けて、明美を見据えた。明美はボクの目が真剣なのに気づき、居住まいを正した。

 

「明美がこいつを本気で好いているってのは分かった。でもね、疑うわけじゃないけど、万が一こいつが鼠だったら、キミはあの子と違って大切にされてないから、間違いなく粛清される。」

「……ええ、分かっているわ。それでもこちらに引き込んだのは、その覚悟があってのことよ。」

 

 明美の曇りのない瞳が、逸らされることなくボクの目を見つめ返した。

 ボクは暫くして、深く息を吐いた。それを合図に、固かった空気が一気に緩む。静観していた諸星君も、微かにほっとしたような顔をしたのが視界の端に見えた。

 

「じゃあいいや。二人が付き合い始めたって聞いてすぐに諸星君の過去を一通り洗ったけど、気になるようなことはなかったし、本人の性根もそこまで腐ってなさそうだし。明美って頑固だから、これ以上とやかく言ったところで別れる気はないんだろ?」

「ふふ、分かってるじゃない。……ねえ理夢、大くんは本当に良い人よ。心配しないで。」

 

 良い人っていうのは知ってるよ、彼と会うずっと前、それこそ親の子宮にいる時からね。でも、筋書き通りなら、明美は諸星君のせいで死ぬんだよ。事情があったのだろうけどスパイを引き込んだ明美が殺されることくらいすぐ分かるはずのに、彼は、FBIは、キミを見殺しにしたんだよ。

 その言葉はコーヒーと共に飲み込んで、代わりに笑みを返した。

 

「そんなに心配してないよ。それよりさ、二人の馴れ初めちゃんと聞かせてよ。」

「知ってるくせに聞くのか?」

 

 ボクの言葉に、暫く黙っていた諸星君が訝しげに尋ねてきた。分かってないな、諸星君は。人伝に知るのと本人から聞くのとじゃあ全然違うのに。

 

「知ってるだけだもん、本人がどう思ったのかとかは分かんない。ねえねえ、諸星君はなんで明美を口説こうと思ったの?」

「有り体に言えば一目惚れだな。」

「ちょっ、大くん!」

 

 なんてことだ、諸星君を照れさせようと口撃したのにさらりと躱された挙句流れ弾が明美に当たってしまった。諸星君が顔色一つ変えないのとは対照的に明美の頬は林檎のように赤くなっている。

 これは予め答え決めていたな。明美はものの見事に引っかかっているが、これはハニートラップだ。色々台本とか決めているんだろう、こう聞かれたらこう答えろ、みたいな。将来的には本当に明美を愛してくれると分かっているが、付き合って一年も経っていない今はまだ惚れていないと見た方がいいだろう。

 やれやれ、これは諸星君を照れさせられるのは当分先のことになりそうだ。仕方がない、今日は明美を弄り倒しちゃおう。久々に会えた組織の清涼剤だ、思う存分堪能させていただくとしよう。

 

 

 

「あー楽しかった!」

「今日だけで一生分恥ずかしい思いをした気分だわ……。」

「ふふふ、仲睦まじいってこたあよーく分かったぜ?」

 

 今度あなたに恋人が出来たらからかってやるんだから、と明美がぶすくれる横で涼しい顔をした諸星君がさりげに全額支払っていた。自分の分くらい出そうと財布を出したのだが、明美の親友なのだから奢らせてくれと譲ってくれなかったのでお言葉に甘えて奢ってもらった。太っ腹だ。まあ、どうせ経費で落ちるんだろうけどね。

 店を出て近くの駐車場に停めてあるらしい諸星君の車に向かう。そして見つけたのはシボレーC/K。ゴツいの乗ってんなこいつ。あれ、確かこの車爆発しなかったっけ。死んだふりする時に。そうかそうか、あと数年の寿命かこいつ。可哀想に。しかし人命には変えられん。諸星君、大切にしてやれよ。

 

「じゃあボクはこの辺で。二人はこの後ドライブデート?」

「いや、明美を家に送っていくつもりだ。良ければアンタも送っていくが。」

「ありがとう、でも遠慮しとくよ。邪魔しちゃ悪いし、もう友達に迎え頼んじゃったし。」

 

 諸星君の誘いを断って二人が乗り込むのを見る。諸星君悪人面だからゴツい車似合うね。

 そういえば彼に伝え忘れていたことがあったのを思い出し、エンジンをかける前にガラスをノックしてドアを開けるよう指示する。諸星君は怪訝そうな顔をしながらドアを開けた。ボクは手を伸ばして諸星君の襟を鷲掴み引き寄せる。バランスを崩し、一気に近づく彼の耳元に口を寄せ耳打ちをした。

 

「明美を泣かせたら、ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ。」

 

 今日出したものの中で一番低い声で脅す。元々あまり怖くない声だからそんなに恐ろしげに聞こえないかもしれないけど、普段明るい声音で話しているし、今日もそうだったからその落差の分の迫力はあるだろう。それに気合入れて感情込めてやったからその分力も篭っている。いやあ、最後の最後に結構な爆撃をかましてやれたぞ。

 固まっている諸星君を押してシートに戻す。今日一番に驚いた顔をしている諸星君にわざとらしくニッコリ笑ってやった。

 

「それじゃ、末永く爆発しろ〜。」

 

 そう言い残してボクは足早にその場から去った。

 

 バーボン、ライ、この二人に接触できた。後は――スコッチ、だな。




 シードルはジンニキを煽るのに全力です。毎回ジンニキがキレてアジト内リアル鬼ごっこが開催されるので、発砲音のする中シードルが廊下を全力疾走していたら大体「ああ、またか」って周囲からほのぼのされています。

 明美とは仲良しです。コナンの世界と気づく前から懇意にしていました。なのでキャラクターとして見るというより純粋に親友として見ている節があります。故に明美が死ぬ原因となった諸星大(赤井秀一)にはちょっと冷たく当たる時がある。でも組織のせいで塞ぎこむことの多かった明美を笑顔にさせた人でもあるので複雑。
 明美にとってシードル(理夢)は本当に大切な親友。組織の人間で唯一自分を気遣ってくれる存在。シードルに本当の幸せを知ってもらいたい、だけど力をもたない自分では何もしてやれないと思っている。

 赤井さんのスペックをべた褒めしてますが、シードルのお相手は降谷さんです。降谷さんです。

 シードルのキャラデザを変えようと思い色々描いているんですがなかなかしっくりこなくて悩んでおります。
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