「会いたい人」に伊織さんが会いに行く話。
殆ど刀剣出てきません。刀さに要素皆無に等しい…
いや、軽くあります。描写しかなくて絡みではないけども!
刀剣がちらっとでも出てくるからタグつけたけど、
これタグ要るのかなってレベル。。。
「今日は、織姫様と彦星様が年に一度だけ会える日なんですよね」
7月7日、午前10時。
庭には前日の夜に飾っておいた笹が揺れている。
そのそばで、空を見上げながら縁側の主に尋ねたのは、秋田藤四郎だった。
「ああ、そうらしい」
「へえ…素敵だなあ……主君は、誰か会いたい人はいますか?」
主の顔を覗き込むその空色は、屈託がなく、どこまでも澄んでいて。
「会いたい人、ね……」
尋ねられた"主君"は、その質問にすぐ答えることは出来なかった。暫く間を置いて、おもむろに立ち上がると、秋田の頭に手を置いて言った。
「秋田、少し頼みがある……今日も、私は少し本丸を開けるから…その事を長谷部が戻ってきたら伝えて欲しい」
「わかりました!」
✱
少し薄暗く、木々の隙間から僅かに漏れる日の光だけが辺りを照らす。そこに白い柵で囲まれ、綺麗に整えられた一画がある。中程には
「お久しぶりです」
その前に立っていた一人の若者が、花束を手に、墓の住人であろう相手に語りかけていた。短く切られた白磁色の髪が、日に照らされてきらきらと輝いている。小さいながらもよく通るその声は高くも低くもなく、中性的なものを感じさせた。彼は名を伊織と言い、先程秋田と会話をしていた、彼らの主君である。
会いたい人は居るか、その質問に、彼は即答できなかった。候補に上がるのは数名居るが、"今日でなくてはならない"人はそうそう居なかったからである。そんな中で、是非今日会っておきたいと思った相手がいた。――今、こうして土の下で眠る、彼の母親である。
「なかなか、此方に来れなくて……家を出てから、直接ここに来るのは何十年ぶりでしょうか」
伊織は現在、審神者として本丸での業務をこなしているが、それまでは現世で別の仕事をしていた。就任の際に、兼業という形でどちらの仕事も全うすると決めた彼は、ふたつの世界を行き来しながら、多忙な日々を送っている。結果、審神者になって以降は墓参りに来ることもままならず、本丸や現世で静かに祈りを捧げる程度の事しか出来ていなかった。そこで、今日、折角時間が取れるのならと、こうしてここに来たのである。
いつも無表情に近い顔をしている彼だが、母を前にすればひとりの子供に変わりないのだろうか、自然と頬が緩んでいる。だがその顔には、僅かながら哀愁のようなものをも感じさせた。
「沢山、お話したいことがあるんです……仲間が増えたんですよ」
伊織が言葉を紡いでいく。
審神者になったこと。
"刀剣"と仲間になったこと。
彼らと共に頑張っていること。
毎日とても楽しませてもらっていること。
最近新しい仲間が増えたこと。
現世での仕事が大変なこと。
でも凄く充実していること。
――はじめて、恋をしたこと。
そして、その相手の傍で、最期を迎えたいと願ったこと。
そこまで口数の多くない伊織にしては珍しく、多くのことを話した。話し終わった彼はとても満足そうに微笑んでいた。
彼の母、碧は、伊織を産んで間もなく亡くなっている。幼い頃、一度だけ写真で対面した彼女。言葉を交わすことさえ叶わなかったけれど、こうして語りかけることはできる。彼にはそれで十分だった。
「また改めて来ようと思います。…もしかしたら、此処に帰ってこなくてはならないかもしれないし」
手に持っていた花束を手向け、立ち上がる。先程までの穏やかな笑みは消え、いつもの凛々しい表情に戻っていた。
「来れて良かった。…また、会いましょう、母様」
恭しく一礼をし、踵を返して、そこから去る。
母に似た灰青の瞳を、木漏れ日が優しく照らす。
光の差し込んだその目は、どこまでも静かで。
✱
「お帰りなさいませ。…どちらにおいでに?」
本丸に帰ってきた伊織を一番に迎えたのは、近侍のへし切長谷部だった。秋田から主の外出の件は聞いていたものの、心配症な彼のことだ、おそらく主の帰りを今か今かと待っていたのだろう。
「…現世に。七夕だからな。会いたい人に会ってきたよ」
「…左様ですか。楽しめましたか?」
「………ああ、とても」
やや間を置いて、答える。その反応に長谷部は少し怪訝そうな顔をしたが、やがていつもの表情に戻り、それは何よりです、と笑った。
伊織がふと上を見上げると、もう日が傾いているからか、薄らと星が見えた。天の川は、見られるだろうか。
星に願いを。
紙に刻んだ思いよりも、もっと強い思いがある。
ずっと願い続けてきたこと。
――願わくば、ただ一度でいい、彼女と会うことが出来たなら。
幼い彼の願いは、空に届くことなく、泡のように消えた。