ダンジョンに戦いを求めるのは間違えているだろうか? 作:蟹味噌汁
一つの噂があった。
それはどんな規模の戦場にも必ず現れると言われる狂気を孕んだ狂戦士の噂。
敵も味方もいない孤独な男は目につく全ての生物を切り裂き、引きちぎり、磨り潰し、殺してきたと言う。獣のような雄叫びを上げ、戦場を駆け回る姿は正しく魔獣そのものだと口々に言われる。
何時からか戦場の亡霊と呼ばれた男の存在は、勝つ筈の国が滅び、負ける筈だったが国が繁栄を手にしたと言われる程に、その男は戦場に多大な影響を与えていたそうだ。
しかし、誰もその男の素顔を知らないと言う。それはその男と真正面から出会った人間んが片っ端から殺されているからだ。老若男女関係なく戦場にいる人間は全てが敵。そんな狂気を孕んだ男は戦場において最も恐れられ、畏怖される存在となっていた。
だが、何時からかその男は戦場に姿を現す事がなくなった。一体いつからか、その正確な時期を判断する術を誰も持ち合わせていなかったが、その男の行く先を予想付けるだけの噂が流行っていた。
―迷宮都市オラリオ
終わりのない「ダンジョン」と呼ばれる魑魅魍魎が蔓延る世界が存在する都市の話だ。
その男がなぜ幾多もの戦場に現れては暴れていたのか、その理由を知る者はいないが、オラリオの話が流行りだした途端に男が戦場に現れなくなった為、その男がオラリオへ消えたのだと、国々の兵士は安堵の息を零していた。
ーー知ってるか?亡霊がオラリオに行ったらしいぜ。
ーー迷宮都市だったか?亡霊にも人並の欲ってもんがあるのかね。
ーー金......女......名声......なんかしっくりこねえな。
ーー狂人の考えてる事なんて分かるかよ。何はともあれ亡霊が消えてくれるなら何でも構わねえよ。
ーーちげえねえ。
そして噂の張本人である戦場の亡霊と呼ばれた男は所々錆付いた無骨な大剣を背中に背負い、迷宮都市オラリオの門を叩いていた。
酷く薄汚れたローブの隙間から見える口元は微かにつり上がっており、その異様な風貌もあり隠しきれない狂気が滲み出ていた。
☆★☆★☆★☆
薄暗く、じめじめとした空気が蔓延するオラリオ内のダンジョン五階層にて一人の男が身丈程の無骨な大剣を振り回していた。
二メートル近くはあるであろう錆付いた大剣はダンジョンの壁を削りながら近くに居た数体のゴブリン、コボルトの体を力任せに引き千切る。錆付いた刃はすでに刃としての機能を失っており、敵を切り裂くと言うよりは力任せに相手の体を引き裂く事しか出来なくなっていた。
欠けた刃に肉が突き刺さり、そのまま力任せに引きちぎられる。その痛みは一体どれ程のものなのか。知性、理性のないゴブリンやコボルト達は目の前の化け物に畏怖を抱き、そして恐怖した。冒険者を遅い、殺す事が最も強い本能と言われている魔物が怯えているのだ。目の前の理不尽な暴虐に。
しかし、その大剣を使う青年は関係ないと言わんばかりにダンジョンの壁含め全てを破壊して行く。一体その細い体のどこにそれだけの力があるのか疑問に思うほどの速度で振り回される大剣は無情にモンスターの命を刈り取って行く。
引き裂かれた臓物が周囲に散乱し、返り血が青年の体を赤く染める。ゴブリンの体内から零れ落ちた綺麗な石は大剣の嵐に見舞われ粉々に砕け散る。まさしく狂戦士のような戦いぶりを見せる青年に周囲を通りかかった冒険者は恐れを抱き、皆引き返していった。
そんな狂気染みた戦いを見せる青年はふと振るっていた大剣の動きを止めた。既に青年の瞳に動く生き物が見えなくなったからだ。
ーーつまらない…。
青年の心中は決して穏やかなものではなかった。より強い生き物と、自身に生きている実感と死と隣り合わせの興奮を味合わせてくれる強者を求め、遥か遠くの地にあったオラリオに来たと言うのに、その内容は青年の心の渇きを満たしてくれるものではなかったからだ。
ここオラリオにたどり着いたのはつい数時間程前。青年は迷う事なくダンジョンへと足を踏み入れ、長旅の疲れを癒すことなく、ダンジョンへと足を踏み入れた。そのまま歩みを止める事なく初めて見た異形の化け物に驚きながらも、その全てを殺しながらここ五階層まで降りてきていた。
その話を冒険者と呼ばれる人種が聞けばあり得ないと否定するだろう。それほどダンジョンと呼ばれる場所は危険な場所であり、一般人が入れる場所ではないのだ。だが、この青年は五階層まで無傷で進んでいる。どころか現れるモンスターの弱さに呆れ果てている程だ。
「所詮噂に尾ひれが付いただけだったか」
無駄足を踏んだ。そう判断した青年は来た道を引き返そうと後ろを向いた。
その時だった。青年の長年磨いた六感と呼べるものがが嫌な予感を告げる。その予感に従うように青年は後方へと大きく飛びのいた。その次の瞬間、青年が先ほどまで立っていた横の壁が破壊され、立ち上る煙の中から異形の巨体が姿を現した。
牛の頭に濃い毛の生えた人の体。その巨体は青年の三倍程はあり、強者と呼べるだけの圧倒的オーラを纏っていた。
「こいつは…」
青年の顔には自然と笑みが浮かんでいた。自然と手は大剣の柄へと伸び、体は既に戦闘態勢へと入っている。青年は恐れない。まるで恐怖と言う感情が抜け落ちているかのように、歓喜と言う真逆の感情が青年の心を支配していた。
間違いなく青年の瞳に映る異形の怪物は強い。それこそ青年が今まで渡り歩いて来た戦場で出会った誰よりも強いと本能が告げていた。だが、それこそが青年の心から求めていたもの。
まるで長年待っていた恋人に出会ったかのように青年は笑い、そして迷う事なく地面を踏み込み、異形の怪物―ミノタウロスの元へと駆け出していた。