ダンジョンに戦いを求めるのは間違えているだろうか?   作:蟹味噌汁

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クレインと言う男

「クレイン。クレイン・フォン・グラヴィス。それが俺の名前だ」

 

 落ち着きを取り戻したロキはクレインと名乗った青年の反対側のソファーに胡座を組み座っている。先程まではこの場にアイズも居たが、神の恩恵を与える為に一度部屋を出てもらっている。最もそれは建前の理由であり、本音はクレインと言う男の出生を知る為だ。彼の体に残る傷跡は普通の生活を送って出来るものではなかった。その理由を知る必要がロキにはあった。

 

「クレインな。これからうちのファミリアに入るに当たって聞いておきたい事があるんだがええな?」

 

 口では了承を得ようと確認して来てはいるが、目は有無を言わさない眼光を放っている。先程の情けない雰囲気とは真逆の鋭く尖った刃を喉元に突きつけられているかのような雰囲気。これが本来のロキが持つものなのだろうとクレインは納得する

 

 ちなみにクレインはファミリアと言うものがなんだか分かっていない。が、それを言える空気ではなかった為、組織的なものだろうと自己完結した。

 

「ああ、構わない。何が聞きたいんだ?」

 

 と、クレイン自身口にはするものの、ロキが聞きたい事の内容は大方目星が付いていた。十中八九、オラリオに来る前の自分の事だろうと。そしてその内容を聞いた上でファミリアとやらに入ってくれと言うのなら、その時は入ろうと考えていた。

 

「簡単な事や。クレインが生まれてからの人生。長くなっても構わんから話してみ」

 

「...人に人生を語った経験がない。上手く話す事は出来ないがいいな?」

 

「何でもええからはよ話さんかい」

 

 先を急かすロキのマイペースな態度にクレインは思わず苦笑いしてしまう。それも一瞬の内で、続けて小さく息を吐き出すとゆっくり口を開いた。過去の忘れていた記憶を掘り返しぼやけている記憶を鮮明なものへと変えて行く。それは酷く残酷な地獄のような光景。二度と思い出す事はないだろうと思っていた過去の地獄を遡って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は小さな国の上級貴族の長男として生まれた。妹と弟が一人ずつ居た。裕福な何不自由ない暮らしだったよ。小さい国とは言え上級貴族だったからな。戦争もない。紛争もない平和な国だった。だからだろうな、平和ボケしてた俺達は、屋敷の兵は盗賊団の襲撃に対応出来なかった」

 

 クレインの脳内に再生されるのは忌まわしき始まりの記憶。あの盗賊の襲撃が全てを壊し、今のクレインを作り上げる切っ掛けだった。

 

「確か六歳の俺の誕生パーティーだった気がする。交流のある貴族達を招いて屋敷の庭園で盛大に祝ってくれた記憶がある。そのパーティーの終わり際だったか、大人達に酒が回ったタイミングを見計らって奴らは襲撃を仕掛けてきた。

屋敷に配備されていた兵が纏まりのないまま盗賊団に突っ込んで行ってたな。そして呆気なく全員死んだ。その時に初めて人の死と言うものを見た」

 

 つい先程までパーティー会場で生きていた兵が血を吹き上げ、臓物をぶちまけるその光景は当日六歳と言う幼さだったクレインには残酷すぎるものだった。

 

「怖くなった俺は一人で逃げ出したよ。弟と妹を置いて、一人で逃げ出した。死ぬのが怖くて逃げたんだ俺は...守らないといけなかったのに」

 

 先程まで淡々と語っていたクレインだったが次第に熱が入り語尾が強まる。握られている拳は小さく震えており、それは怒りか憎しみか、はたまたその両方か、彼の心境を表していた。

 

「...妹と弟はどうなったんや?」

 

「分からない。父や母もどうなったか分からない。一人で逃げた俺は盗賊の一人に捕まったからな。逃げれる訳もないのにな。

そこからの記憶はあまり覚えていない。

奴隷商人に流され誰に買われたのか、ただ毎日が地獄の日々だった。俺を買ったヤツが特殊な性癖を持っていてな。言う必要があるか?」

 

「...いや、ええわ」

 

 ロキはクレインの口から語られた内容に驚くと同時に酷く後悔していた。クレインの体にあった無数の傷。それを見ればある程度の内容は察する事が出来ただろうに。自分がしている事はただクレインのトラウマをほじ繰り返しているだけではないのか?と。

 

 だが、自分のファミリアに入るのならば素性を知る事は必須だ。それがクレインの為にもなり、他のメンバーの為にもなる。そう考えているロキは軽い自己嫌悪になりながらも聞き手に徹した。

 

「だけどな、そんな地獄も一年で終を告げた。運がよかったのか俺を買った奴が住んでいた国は戦争をしていたらしくてな。地方の領主だったそいつは敵国に責められ俺の目の前で死んだよ。無様な姿を晒しながら、俺に助けを求めながらな。

終わった。助かった。その時はそう思っていた。だがどこまでも俺は運が悪かったらしい。七歳の俺は敵国の捕虜にされたよ。その国の人間じゃないってのにな」

 

「...」

 

「ただな、捕虜なんてその国には必要なかった。圧倒な武力を持っていたその国に捕虜なんて存在は資材を食い荒らす家畜でしかなかったらしい。そこで国の人間が思いついたのは捕虜の女子供を使った囮作戦だった。俺達捕虜の前で同じ捕虜を拷問し殺す。徹底的に俺達に恐怖を植え付けてからあいつらはこう言った。

死にたくなければ農民を装い敵兵を殺せとな。

作戦内容は簡単だ。国の兵士が相手の領土内の村を滅ぼし、その村人に成り代わった俺達が救援に来た兵士を殺す。そんな内容だ。

穴だらけの作戦だと思うだろ?別にそれでよかったんだよ。俺達は変えの効く駒だ。成功すればラッキー程度の考えだ。」

 

「...ふざけとるな」

 

 確かにクレインが口にした内容は道徳に反する残酷な行為に他ならない。だが、それが戦争だった。勝てば天国、負ければ地獄。その簡単なルールに乗っかり、人々は地獄に堕ちないようどんな手でも使う。

 

「確かにふざけた内容だった。それでも死の恐怖を植え付けられた俺達は藁にすがる思いでその作戦に乗っかった。

その結果、俺は二度に渡りその作戦を生き残った。周りの捕虜だった人が減っていく一方で俺は生き残った。

だが相手兵士も馬鹿じゃない。三度目の作戦は当然失敗し、俺も敵兵に斬られた。自分の体から溢れ出る血と激痛を感じて死んだと思った。それと同時に酷く安心したのを覚えてるよ。これで終わるんだと」

 

 思い出すのは地獄の光景。視界には人の死体と炎、空を覆い尽くさんばかりの黒煙。鼻につく臭いは吐き気を催す悪臭だったとクレインは鮮明に思い出す。

 

 クレインの瞳には何も映っておらずまるで死人のように淡々と口を動かしている。その姿に薄ら寒いものを感じたロキは一度休もうとクレインに声を掛けようとするが、彼は再び口を開いた。

 

「だが俺は死ななかった。黒いローブを纏った女が俺を助けてくれた。その顔までは視界がぼやけて見る事は出来なかったが俺の隣に座り込んだ女はこう呟いていた」

 

ー生きたいなら殺しなさい。

 

「ってな。その意味は理解出来なかったが俺は何故かその女に手を伸ばしていた。この人は命を救ってくれるって頭のどこかで感じていたんだろう。女は懐から何かを取り出すと俺の口に何かを入れた。そこからの記憶は完全に思い出せない。ただ、目を覚ました俺の隣にはその女がいない代わりに一本の剣が置かれていた。そして俺は命を繋ぎ止めた」

 

「...その剣はどこにあるんや?」

 

 聞きたい事は幾つかあったが、一度話を本筋から逸らす為にどうでもよさそうな事を問い掛ける。

 

「...そう言えば俺の剣は何処だ?あれをなくす訳にはいかない」

 

 そう首を左右に動かし辺りを見渡すクレイン。その瞳には光が戻っており、あの異様な雰囲気が無くなった事にロキは小さく安堵の息を零した。

 

 しかし、自分から話を振ったはいいが、ロキ本人もクレインが持っていた武器は見ていない。アイズが彼を連れてきた時には既に武器は持っていなかった。

 

「多分やけどクレインが倒れとった場所にあるんやないか?アイズは何も持っとらんかったで」

 

「...そうか。なら今直ぐ取りに行っていいか?あれを無くす訳にはいかない」

 

 クレインの言い草からしてその女の代わりに置いてあった剣は今でも使っているのだろう。それはつまり十年以上もの間クレインは同じ剣を使い続けている事になる。

 

 その事実にロキは怪訝に思うもクレインが嘘を付いていない事は分かる。気を逸らす為に剣の話に切り替えたが、その女の事も含めその剣の事が気になり始める。

 

ー休憩挟む意味でもええタイミングか。

 

「まち。あんたはまだ体調が完全やないやろ?それに剣が落ちてる場所も分からん筈や。アイズに行かせるからちょいまち」

 

 先程の落ち着いた雰囲気とは打って変わりそわそわし始めたクレインを傍目で見ながらドアの前で待機してるであろうアイズに声を掛ける。

 

「アイズ!ちょっと来てくれへんか!」

 

 ロキの言葉に間を挟むことなく扉は開き、隙間からアイズがひょこりと顔を覗かせた。

 

「なに?」

 

「クレインが倒れとった所にこいつの剣が落ち取らんかったか?それ大切なもんらしくてな、すまんが取ってきてくれへんか」

 

「分かった」

 

 間髪入れずに返事を返したアイズは素早くドアを締め、目にも止まらぬ速さで廊下を掛けていった。レベル5の速度は凄まじい。直ぐに取ってきてくれるだろう。そう分かっているロキは改めてクレインへと視線を向ける。

 

「アイズに任せたから安心し。直ぐに取ってきてくれるわ」

 

「...すまない。感謝する」

 

 その言葉を最後に部屋は静寂に包まれる。

 

 なんか気まずいな、と感じるロキは部屋の空気を変えようと話題を考えるが、目の前にいるクレインは先程出会った初対面のようなもの。先程の重すぎる話もあり、ロキは何をどう切り出せばいいか迷っていた。

 

ーもうこうなったら最後まで聞かなあかんか。

 

 それは今後クレインの主神になる者としてか、ロキ個人の考えなのか、彼女本人にも分からないが、話の続きを聞くために再び口を開いた。

 

「アイズが戻ってくるまでに聞かせてくれるか?まだあるんやろ?」

 

「ん?ああ、一応はあるが...そこからは大した話はない。ここオラリオに来るまではひたすら戦場を駆け回っていた」

 

 大した話はないと言う言葉にロキは少しばかり安心したが、それに続いて発せられたものは捨て置けないものだった。オラリオに来るまで戦場を駆け回っていた。それはつまり十年以上の間戦場に出向いていたと言う事になる。繰り返すが神であるロキに嘘をつく事はできない。つまりクレインの言った事は事実に他ならない。

 

「ちょちょちょ!まちぃや!クレインは死にたくなかったんやろ!?なのに何でまた死にに行くような事をしとんねん!?」

 

 ロキの問いかけにクレインは眉を寄せ返答に詰まる様子を見せる。

 

「...最初の頃は俺にも分からなかった。ただ何かに突き動かされるように戦場を求めた。当然何度も死にかけた。だが何度も死にかけ、それでも戦場を駆けていると一つの事に気付いたんだ。

...笑ってたんだよ俺は。あれ程の恐怖と憎しみを生んだ戦場で笑ってた。その事に気付いてからだったか、戦うことが楽しくて楽しくて仕方がなくなっていた。

どうしてそんな事になったのか分からないが、それが今の俺だ」

 

「なんや...それ」

 

 ロキの視界に映る青年は何ら変哲のない人間だ。だと言うのに、クレインの話を聞いてからロキの瞳にはクレインが得体の知れない何かに見え始めていた。

 

 英雄?そんな存在では決してない。確かに英雄足り得る実力と折れない胆力は持っているだろう。しかし、彼はどうしよもない程に壊れていた

 

「なら神の恩恵も貰わんとダンジョンにもぐっとったのは...」

 

「命を賭してでも楽しめる殺し合いだ。その為の強者を求めて俺はここに来た」

 

 クレインの言葉を聞き、ロキは体全体に張っていた力が抜けていく感覚が分かった。

 

 彼は決してロキの求めた原石などではない事が分かったからだ。磨けば磨くほど光を放つ石ではない。磨けば磨くほど死をもたらす破滅の原石だと理解出来たからだ。

 

 その異常性を理解してしまったロキは天井を見上げ大きく息を吐き出した。

 

ーったく、とんでもない奴が転がりこんできたもんや。

 

 ロキは考える。クレインをファミリアに入れるべきなのかを。この壊れている青年を入れる事によって大切なものが壊れてしまわないかと考える。

 

 クレインはそこらの弱小ファミリアでは間違いなく持て余す人材だと分かる。間違いなくクレインと言う存在は善からぬものを招くと断言出来る。だからこそ、彼を救えるのはロキ・ファミリアと言ったオラリオでも頂点を争う巨大なファミリアだけだろう。

 

 とは言えロキとて聖人ではない。神界に居た時こそ酷く荒れていた彼女だが、この下界に降り立ち大切なものを見つけた彼女は変わったのだ。それと同時に表立って見せる事はないが、その大切なものが壊れる事を恐れている。だからこそ安易にクレインのような存在を入れる訳には行かないのだがー。

 

ーうちがそんなんで...誰がこいつを救ってやんねん。

 

 ロキは覚悟を決める。例えクレインが壊れていると知っていても、家族と言う存在を知った自分が家族を失ったクレインにそれを与えると決めた。

 

「なるほどな...クレインの事はよお分かったわ」

 

 その言葉にクレインは察する。恐らく自分はここから追い出されるだろうと。自分のような存在は拒絶されるだろうと、頭の片隅で理解した。しかし、決して悲しくはなかった。オラリオの外でも似たような経験があるからだ。所詮ここも同じだと言う事。そう思いながらもクレインは静かにロキの言葉の続きを待った。

 

「その上で言わせて貰うわ。うちのファミリアに入り」

 

「...何?」

 

 思っていたのとは違う言葉に素っ頓狂な声を思わず出してしまうクレイン。その様子を見て口端を歪めたロキは口を開いた。

 

「出ていけ言われると思ったんかあ!?んな訳ないやろ!これからクレインはうちの下でヒィヒィ言いながら働かなあかんで!ちなみにクレインの意思は関係ない!これは強制やで!」

 

 そう癪に触る様子で大口を開けて笑うロキを尻目にクレインは未だに驚きの表情のまま固まっていた。理解出来ないのだ。自分のような存在を受け入れると言った目の前の彼女が。今までクレインに向けられた目は畏怖の感情だけだった。幾つかの例外はあるが、ロキのような優しさに触れたのは初めての経験だった。

 

「俺が言うのもなんだがな...あんた変わってるよ」

 

「その変わっとるうちの下で働くのはクレインやねんで?」

 

 ロキの態度にクレインは自然と笑みを浮かべていた。恐らく、いや、間違いなくロキのファミリアに入ってもクレインは変わらない。相も変わらずに戦いを求めた血で染まる戦いをする。

 

 クレインは思う。そんな自分を受け入れてくれると言うなら、また家族と言うものを求めていいかもしれないと。時には羽を休める事も大切だと、そう自分に言い聞かせる。

 

「...そうだな。...これから宜しく頼む」

 

「逃げようとしても逃がさへんからな?覚悟しいや!」

 

 こうしてクレインは新たな居場所を得た。一度は失い、再び手に入れた家族と言うものを無くさないようにと、壊さないようにと、クレインは自身の内に確かな覚悟を決めた。

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